Walmart、Amazon、Peloton。コロナ禍で米メガテック企業に起きた変化から日本企業は何を学ぶべきか。シリコンバレーで活躍するパロアルトインサイトCEO石角友愛氏、立教大学ビジネススクール田中道昭教授が徹底議論

緊急事態宣言の度重なる延長、オリンピック開催是非の議論と、依然混沌とした状況が続く日本とは裏腹に、シリコンバレーではワクチンの複数回摂取が進み、市民がマスクなしで屋外を出歩く風景が見られ始めているそうです。コロナ禍と呼ばれる約1年半の間、アメリカのメガテック企業、ベンチャー企業はどのような進化を遂げたのか。DXを迫られる日本企業は何を学ぶべきなのか。『いまこそ知りたいDX戦略』、『“経験ゼロ”から始める AI時代の新キャリアデザイン』の著者であり、パロアルトインサイトCEO、AIビジネスデザイナーの石角友愛さんをゲストに迎え、立教大学ビジネススクール田中道昭教授がお話を伺います。

前編は、シリコンバレーの最新の状況から始まり、Walmart、Peloton、Amazonという注目企業がコロナ禍にどんな変化を遂げてきたのか、お話を伺います。

*本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。

コロナ禍でDXを加速させたWalmart。非DX企業からの成功の秘訣とは何か

田中:デジタルシフトタイムズ 田中道昭です。本日の対談のゲストは、私も拝読し感銘を受けた『いまこそ知りたいDX戦略』、『“経験ゼロ”から始める AI時代の新キャリアデザイン』という最近出版された2冊の本の著者でありパロアルトインサイトCEO、AIビジネスデザイナーの石角友愛さんです。今日はシリコンバレーからzoomでご登場頂いています。こちら日本は「おはようございます」ですが、そちらは夕方でしょうか?こんばんは。よろしくお願いします。

石角:はい、どうもよろしくお願いします。石角です。今日はありがとうございます。

田中:石角さん、収録日である5月18日時点で米国シリコンバレーはどんな状況ですか?

石角:そうですね。ワクチンの接種率がかなり高くなり、私の周りでも2回目のワクチン接種を終了して2週間が経った人が多く、しばらく我慢していた歯医者や美容院、ネイルサロンに行く人も増え、みなさん少しずつノーマルに戻りつつあると感じています。

田中:そうですか。それはかなり羨ましい状況ですね。石角さんご自身ももう2回ワクチンを接種されたのですか?

石角:はい。2回目を接種し2週間が経ちました。

田中:そうですか。やはりワクチンを打つと、感覚的には以前のように普通に生活することに違和感がないのでしょうか?あるいはまだ違和感がありますか?

石角:今回CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が「ワクチンを打って2週間経った人は、屋外だけでなく屋内でもマスクをしなくていい」と発表しましたが、もう2年ほどコロナ禍の中生活していますので、まだ慣れないですね。マスクをしないで外出することにも慣れないですし、屋内でマスクを外すことにもまだ抵抗があります。ただ、マスクをしない人はこれから町に増えていくとは思います。私はマスクをするようにしていますが、周りはマスクをしないで外を歩いている人もいますね。

田中:そうですか。日本は5月現在では、まだマスクをしていない人を探すのが大変なぐらいですが、日本も早くアメリカに追いつき追い越せとなりたいところです。実際にコロナの状況、感染者数や死亡者数は圧倒的に米国の方が多かったので、この一年強、非常に大変な状況の中を過ごされたと思います。その一方で、私は日本からアメリカの会社も随時ベンチマークしていますが、デジタル化という観点では、やはりWalmartがかなり進んだと思います。三密回避のニーズを受けて一気にデジタル化し、Walmartアプリの進化が進みました。三密回避のニーズは、アメリカではこの一年、相当強かったのでしょうか?

石角:すごく強いですね。皆さん、ソーシャルディスタンスを徹底していましたし、Walmartは今回AIやデジタルの活用、IoTの活用、ブロックチェーンの活用など数々の施策により一気に業績を伸ばしています。ただ、コロナでチャンスを掴んだというよりも、以前からデジタルの基盤を整えていたからこそ準備ができたのです。コロナ需要に応じてさらにデジタルに投資することができたのがWalmartだと思います。今回、コロナでデジタル化の重要性に気づいた企業は多いと思いますが、中長期的な視点が非常に大事だと思います。

田中:そうですね。まさにおっしゃる通りです。表面的にはWalmartが三密回避の流れを受け、一気にデジタル化を進めたように見えますが、石角さんのご指摘の通り、水面下で実際はかなり前から、企業DNAの刷新から手をつけています。やはり中長期的に進めてきたからこそ、このコロナ禍で一気に進めることが出来たというのは見逃せないですよね。

石角:はい。そう思います。

田中:そういう意味では、表面的に見えているところだけでいくと、Walmartのアプリはかなり進んでいます。ECでの注文、決済はもちろん、ストアピックアップの申し込みなどもアプリ内でできます。さらに驚いたのは、薬の処方箋の対応までアプリの中でできるという点です。やはり普通の人の生活にかなり浸透して、一気に広がったという感覚なのでしょうか?

石角:そう思いますね。Walmartは、特に地方にすごく戦略的に出店しています。私は最近キャンプにはまっていて、様々なところにキャンプに行くのですが、やはり地方に行けば行くほど、薬局を含めいかに街全体がWalmartに全ての機能を依存しているかを感じます。

コロナのワクチンについても、Walmartは予約なしで、ウォークインで接種できるようにしています。この間Walmartに行ったら店内放送で「ファイザーのワクチンが余っているから、接種したい人はフロントに来てください」というアナウンスがありました。そういうオペレーションの凄さはもちろんですが、ワクチンに関しては懐疑的な人がいないわけではないので、そういう人たちに対しても、アクセスしやすい立地条件やWalmartに買いものに来たついでにワクチンを打てるといった身軽さを通じて、様々な形で少しずつワクチンに対するアクセスを広げていることが、パブリックヘルスの観点からも価値があると思います。

アプリに関して、実はストアピックアップの機能はコロナ前からありました。WalmartはAmazonと戦うためにO2Oに力を入れていますから、ストアピックアップや、ロボットで在庫を出す機械に対する投資などは、10年ほど前からすごく力を入れています。他にも、AIに関する研究所も別に作り、Walmartの店舗内データをどう活用できるかの実証実験を、店舗で行っていたりもしています。ものすごく多岐にわたってデータの活用を進めていると感じますね。

田中:本当におっしゃる通りですね。私は日本企業にとって、GAFAのような生まれながらのデジタル・テクノロジー企業をベンチマークすることも重要だと思いますが、それ以上に、元々は世界最大の小売の会社で、非デジタルネイティブ企業ながらDXを成功させているWalmartをよりベンチマークすべきだと思います。

そういう意味では、成功の秘訣というのは先ほどお話ししたように、社名をWal-Mart Stores, Inc.からStoreを取ってWalmartに変更し、テクノロジー企業になると宣言してまず企業DNAの刷新から手をつけたことにあると思います。また“Everyday Low Price”には引き続きこだわっていますが、そこだけではなく、カスタマーエクスペリエンスにもこだわっています。やはりAmazonを徹底的にベンチマークして、Amazon流、そしてテクノロジー企業流のカスタマーセントリックの会社に変化してきたと思います。自分たちの強さを徹底的にいかすDXの使い方をしていると思いませんか?

石角:そう思います。そこが本当にブレないですね。何でもGAFAを真似して、GAFAがうまくいっているからといって色々なことを手広くやるのではなく、自分たちのコアバリューは“Everyday Low Price(毎日お買い得)”であって、市民の人達が日常的に利用するワンストップショップ(必要品が何でも揃うお店)になる。やはり“brick-and-mortar(実店舗)”における店舗経営のノウハウと、その実店舗からでしか得られないデータを持っていることが、Amazonに対する競合優位性だということを、DNAレベルで理解できていると思います。

さらに、投資する時には一気にやっています。過去にJet.comを買収した時も、33億ドルを投資していました。当時私の周りでも「ありえない」という人が多かったのですが、あのディールもデジタル投資という観点からはすごく意味がある判断だったと思います。実はあれが基盤になって色々なアプリの展開ができています。投資するところには一気にする。そこのコアがぶれないのがWalmartですよね。私もすごく注目していますし、田中先生がおっしゃるように、日本企業はデジタルネイティブでない会社がほとんどですから、デジタルネイティブでない会社がどうやってDXしていくのかを研究するという意味では、Walmartのような成功事例はすごく役に立つと思います。

田中:そうですね。一言で言うと、もともと世界最大の小売企業であり、日常生活に必要なものがおおむね揃うスーパーセンターであることに加え、アジア流に言うと、スーパーアプリ帝国としての機能をこの一年で構築してきた。そういう意味では、スーパーセンター×スーパーアプリ帝国を担う、巨大な小売企業が生まれたというところです。

やはり起点としてはスーパーセンターとしての多店舗展開が基盤にあって、それをデジタル化していますので、強みがすごく生きていると思います。

私が最近思うのは、AmazonとWalmartを単純に比較した時に、AmazonはAmazonの本体とAWSでできているので、時価総額などの指標でWalmartが凌駕するのは、これは極めて困難な話だと思います。ただ、小売企業としてのAmazonと小売企業としてのWalmartを比較すると、今回自分たちの強みを活かしてDXを進化させたWalmartは結構強力な存在になったと思うのですが、その辺りはどうご覧になっていますか?

石角:そうですね。Walmartに関してはAIやIoT、ビッグデータへの投資という観点からもすごく注目が集まっています。GAFAのように華やかなイメージはないかもしれないですが、ものすごく歴史も長い。でも、だからこそDXやイノベーションを起こす時には難しい部分もあると思います。そんな中、その企業文化を変えていくという意味でも、Walmartが今回コロナ禍で取り組んだことはすごく注目されていますので、そこが強みになるというのは本当にその通りだと思いますね。

田中:そうですね。石角さんの著書『いまこそ知りたいDX戦略』の第1章の中にDXの定義の記載があり、それがまさに本の表紙にも書かれている「自社のコアを再定義し、デジタル化する」というものでした。そういう意味では、Walmartの事例も、自社のコア、自社の本来あるべき姿、ミッションを再定義してそれをDXで進化させた、本当に成功事例ですよね。

石角:はい、そう思いますね。WalmartはIntelligent  Retail Labという機関を2019年に立ち上げています。まだ実証実験の段階だとは思いますが、これは小売分野でAI活用の推進を加速するために立ち上げた事業部隊です。実際に、実験型店舗とはいってもお店の中でお客さんは買い物を通常通り行い、商品に対して様々な場所にセンサー等をつけて、Amazon GOのようなデータ収集や解析の実験もしています。それで、お客さんがどういう導線で買い物をするかというデータを集めていますが、こういう取り組みはすごく関心がありますね。

コロナ禍で株価3倍、解約率5%以下のホームフィットネスサービスPelotonの魅力とは

田中:思いがけずWalmartから話が始まりましたが、本当は最初にお伺いしたかったのはPelotonです。まだ石角さんやっていますか?というところからスタートしようと思ったのですが(笑)。Peloton、まだされていますか?

石角:はい、やっています。田中先生はPelotonのことを様々なところで書かれていて、日本に住む方でここまでPelotonのことを、ユーザーとしても経営の観点からも知り尽くしているのは田中先生くらいなのでは?と思います(笑)。なんでこんなに詳しくご存知なのですか?

田中:実は最初にPelotonの存在を教えてもらったのは、石角さんだったとご存じでしたか?

石角:そうなんですね、嬉しいです。

田中:今日はご紹介もそこそこに対談に入ってしまいましたが、石角さんとはNewsPicksの動画配信番組で2回ご一緒させていただいています。初回はもう2年ほど前になると思います。その時に実は、動画の配信では流れていなかったかもしれないですが、打ち合わせの時に「Pelotonやってます」とおっしゃっていたのです。Pelotonが動詞になっていたのがすごく印象的でした。石角さんの言葉のニュアンスが、エクササイズをしているだけではなく、オンラインで仲間と繋がって楽しんでいると、そんなところも含めた「Pelotonやってます」という感じでした。

昨日少しやり取りさせていただいたのですが、Pelotonはこの2年間でバイクでのエクササイズだけではなく、ヨガなどいろんな分野に広がったそうですね。恐縮ですが、石角さんからPelotonとはどのようなもので、ユーザーとしてどのような使い方をされているのか、お教えいただけますか?

石角:はい。Pelotonというのはフィットネステックのアメリカの企業で、コアのビジネスはサイクリングバイクです。室内で乗れるエクササイズバイクと、あとは室内でできるランニングマシーンの製造販売をしています。でも、バイクやランニングマシーンのハードウェアを単体で販売して終わりではなく、サブスクモデルを導入しています。

家にPelotonのバイクが届いて、利用を始める際に毎月40ドルほどのサブスクリプション料金を払うとオンラインのクラスが受けられます。サブスクリプションせずに、クラスを受けないでただバイクに乗るとか、Pelotonバイクに乗りながらApple Fitness+などを見るというのもありですが、やはりそのデータ、車輪の速さや負荷の重さと連動してクラスをリアルタイムで受けられることにPelotonの楽しみがあるのです。Pelotonはバイクの購入費だけではなくサブスクリプションのビジネスモデルで成功した会社で、サブスクリプションのユーザーに関して言うと離脱率が数パーセントです。

田中:すごく低いですよね。

石角:そうなんですよ。もう私も2年ぐらいずっと使い続けていて、他のサブスクリプションサービスを見直すとしてもPelotonは最後まで続けると思います。そのくらいものすごく愛用しています。

私は一回ログインすると1時間ぐらい運動するのですが、その間の情報を全部溜めていますし、コミュニティとしてもすごく強い繋がりを持っていますので、企業としても大きな可能性を秘めていると思います。コロナ禍でも、株価が一気に半年で3倍以上になりすごく注目されている会社です。

田中:本当にそうですね。AppleやAmazonなどが、Pelotonの好調さを見て似たようなサービスを提供し始めていますが、やはり違いますか?

石角:そう、違うんですよ。

田中:コミュニティという話がありましたが、どこが違いますか?

石角:実はApple Fitness+ができた時に、私はApple Watchを以前からずっとつけていますので、Apple Fitness+の方がApple Watchと連動していて、運動しながら自分の心拍の変化がリアルタイムで画面に表示されるのでいいと思い、一度、ランニングのクラスやヨガのクラス、筋トレなどの全てをApple Fitness+に移行しようとしました。でも、やっぱりPelotonに戻ってしまったのです。

田中:それは何故でしょうか?

石角:Pelotonは、クラス、メニューが豊富で、運動する人への理解がものすごくできています。ちょっとした事ではありますが、音楽の音量などもApple Fitness+に比べて最適化されています 。

田中:音楽配信企業を買収して、自社で音楽まで配信していますよね。

石角:そうなんです。音楽もやっていますね。音楽と運動はものすごく親和性が高いビジネスですから。Pelotonはインストラクターがプレイリストを全部手作りしています。インストラクターが、運動しながらそのプレイリストに対しての思い入れも語るのです。例えば、30秒一気にスプリントするという時にそれに合う曲をかけて、「私もマラソン出た時にこの曲を聞いていたの!」とインストラクターが言ったりするので、こちらも入りこめます。それがApple Fitness+に関して言うと、音楽に対する大きなフォーカスがなく、走っていて飽きてしまうのです。

自宅でやるフィットネス事業の成功の秘訣は、コンテンツとしてユーザーを飽きさせないクラス構成がどう作れるかだと思います。飽きてしまうとユーザーは戻ってきませんし、ロイヤリティが高くならないから結局離脱率が高くなり、新規顧客獲得単価も高くなってしまいます。やはりユーザーが飽きない以上は絶対帰ってきますので、ビジネスとしてもすごく大事だと思うんですよね。そういうコンテンツの構成部分で、Pelotonはユーザーのことを知り尽くして作られていると思います。

あとはやはりデータですね。特にエクササイズバイクに乗りながら授業を受けていると、負荷をどれくらい重くしたとか、スピードが速くなったなどの情報がリアルタイムで画面に表示され、フィードバックが自分にすぐ来るのです。エクササイズしていて、そういう点も飽きさせないという意味で大事ですね。

田中:なるほど。スピードや負荷など、その辺りまで含めてテクノロジーでカスタマイズしている。音楽にもこだわっている。そこが飽きさせない低い解約率・チャーンレートの秘訣なわけですね。

石角:そうですね。離脱率5%以下ですからね。

田中:いや、すごい数字ですね。あとはやはり典型的なDtoC企業なのに、リアルで店舗展開していることもすごいなと思います。徹底的にユーザーに使って欲しい、コミュニティに属して楽しんでもらいたいというこだわりが感じ取れる会社ですよね。

石角:そう思いますね。なので、今回ランニングマシーンでリコールが出るなど少しネガティブなニュースが出て株価が下がっていますが、だからといって、コアなユーザーは、運動をしないわけにはいきません。CEOの対応が遅れたことが問題視されましたが、是非、次の商品開発にこの経験を生かしていただきたいです。

田中:そうですね。ここからぜひ挽回していただきたいです。ネガティブなニュースでしたが、ここから必ず何か大きな挽回をしてくれるのではないかと期待しています。

石角:消費者のリスクに対して、ここまで大きく問題が露呈したのは、ホームフィットネスという産業が、コロナでものすごく大きくなった証拠でもあり、市場規模が大きくなった現れでもあると思います。 私も今後に期待しています。

Amazon GO・Walmartに見る、DXの真髄「自社のコアを再定義し、デジタル化する」

田中:ご著書である『いまこそ知りたいDX戦略』の一章に記載されているDXの定義に、先ほどもご紹介させていただきましたが「自社のコアを再定義し、デジタル化する」とあります。またマイケル・ジョーダンにとってのコアはバスケだと、非常に面白いメタファーが使われています。私も日本の大企業向けの様々なプロジェクトに取り組んでいますが、私自身最初のファースト・ステップをどこに置いているかというと、石角さんがおっしゃっているように自社のコアをまずは徹底的に再定義して、それをどうデジタルでアップデートしていくのか、というところです。本質は一緒だと思いましたが、やはりそこが重要ですよね?

石角:はい。本当にそう思います。先ほどのWalmartのケースもそうですし、自社のコアが定義づけられていない中で、周りがデジタル化に取り組んでいるから、今流行っているから、補助金が出るからなどの理由だけでデジタイゼーションデジタライゼーションを行ったとしても、結局はROIに繋がりません。結局は会社のDNAが変革するレベルのトランスフォームはできないという結果になる会社もたくさんあります。ですから、やはりフォーカスを見失わずに、かつROIを出すことに拘るべきだと思います。コアの再定義と、そのコアに対してのデジタル化であるということを見失わない方がいいと思いますね。

田中:そうですね。私は以前、シアトルのAmazon本社の近くにあるAmazon GOに行った時に驚いたのが、日本のメディアでの報道は無人レジコンビニとして有名ですが、行ってみると、無人レジコンビニどころか超有人店舗だったことです。店内にはオープンキッチンがあり、そこで人がサラダやサンドイッチなどを作っています。今自社のコア、事業の定義というお話をしていますが、おそらくコンビニのSTP、セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングについては、昔も今もこの先も、消費者が求めているのは、「便利で美味しいものを素早く食べたい」などの、「便利」や「美味しい」がコアだと思うのです。そういう意味で便利という点においてはただ単に立ち去るだけ、Just Walk OUTの概念をデジタルでアップデートして実現しているし、美味しいという点で素晴らしいと思ったのは、そこはデジタルではなく人がアップデートしているというところです。やはり徹底的にコアを再定義した上でデジタル化をしていますよね。

石角:はい、本当にそう思いますね。Amazon GO、店員さんもいますし、無人ではないです。私も最初行った時、「あれ?もう出ていいの?」と戸惑いました。店員さんに、「このままもう出ていいですか」とどうしても聞きたくなってしまいます。

田中:そうですよね。なんだか万引きしたように感じてしまいますよね。

石角:そうなんです。それで店員さんに出る時に、「出ていいの?」と聞いたら「出ていいよ」と言われて。その後本当に私の鞄に入れた商品の金額がチャージされるのを見て、店員さんに「どうやってわかったの?」とつい聞いたら、「ふふん。私たちにはただ分かるんだ」と言ってごまかされましたけど(笑)。

でもこういうやりとりはすごく大事ですよね。ここが本当に完全無人店舗だと、また違う顧客体験になると思うので、バランスがすごく良いですね。

田中:本当におっしゃる通りです。ワインのコーナーには人がいて接客していますしね。まずはその事業のコアをきちんと定義して、デジタルがやるべきことと人が本来やるべきことを区別し、人がやらなくてもいいところはデジタルでアップデートしています。

石角:はい。あと最近の報道では、このAmazon GOの技術、無人コンビニに対する技術自体を、例えば空港のコンビニ事業者に対してライセンシングするビジネスモデルを検討しているということでした。これもAmazon GOのコアを理解したビジネスモデルの設計だと思います。結局、リテール経営や人のマネジメント、コンビニの店員さんの管理や教育、コンビニに対する物流よりも、Amazon GOに関してAmazonが持つ一番のコアな強みはやはりあの技術です。無人で誰が何を取ったか、何を取らなかったかを全部把握し、ブレない、精度の高い形でほぼリアルタイムでチャージする。その技術をもしライセンシングして商業化することができたなら、すごいことだと思います。やはり時間に追われた人が多い空港こそ本当に無人コンビニが必要とされているエリアだと思いますし。そういった新しいビジネスモデルの展開は、私も今後注目していますね。

田中:おっしゃる通りですね。やはりそういうシステムや仕組みづくりがすごいです。実は今年に入って、3月くらいだったと思いますが、韓国で新しくオープンした百貨店の中にAmazon GOのシステムを導入した店舗が誕生し、Amazon GOのシステムをいち早く韓国の百貨店に輸出したと話題になりました。石角さんのおっしゃる通り、そういった事例が広がってくると思います。

あとはやはりAmazonについてすごいと思うのは、今までの歴史の中で、常に自社業務を事業展開するということを繰り返していることです。まずは物流業務をAmazonフルフィルメントへ、クラウドコンピューティングをAWSへ、EC事業をマーケットプレイスへというところです。最近すごく注目してるのはAmazon Careです。社員向けのAmazon Careというヘルスケアのビジネスを、今年から米国企業向けに外販すると発表しています。Amazon Care、Amazonのヘルスケア事業についてはどのようにお考えですか?

石角:ものすごく注目してます。やはりデータとビジネスという掛け合わせの観点から言うと、一番可能性があり、今後の伸びしろが残っている業界が医療だと言われています。それは、裏を返せばまだデータやAIで大きなイノベーションが起きていない規制産業だという意味です。特にアメリカのヘルスケアのコストはものすごく高いです。経営者としてもすごく高いと感じていますし、個人として毎月何十万も払っている人も多いです。
Amazon Careがやろうとしていることはそのコストを下げることだと思います。Amazonの社員だけでなく、アメリカの人に対して展開するというのは、ヘルスケアがなぜこれほど高かったのかという、みんなが苦しんでいたけれど、誰も取り組んでこなかった問題にAmazonが真っ向から取り組んでいくということです。これにすごく期待していますし、今後大きなイノベーションがこの領域で起こると思います。

Walmartもそういう意味でヘルスケアにすごく力を入れています。

田中:おっしゃる通りですね。ヘルスケアを明確に3大コア事業の一つに据えてきています。

私はベゾスウォッチャーと言われるほど、長年Amazonのジェフ・ベゾスに関する情報収集をしていますが、ジェフ・ベゾスは動画や対談で、「10年後はどうなるかわからないけれども、昔も今も10年後も変わらないことが三つある」といつも言い続けています。その三つが、「低価格、豊富な品揃え、迅速な配達スピード」です。様々な事業において、この三つに必ず注力していますし、ヘルスケアでの展開も、おそらく低価格で豊富なメニューがあり、スピードを重要視して展開してくると思うので、ヘルスケアにおいて相当強力な事業者になりますね。

自社のDXに本当の消費者視点はあるか。目的を見失ったDXにならないために徹底するべき価値観とは

石角:ベゾスの後釜にAWSのCEOであるアンディが選ばれましたが、先生はベゾスウォッチャーとして、どうご覧になっていますか?

田中:私は、今回ベゾスがCEOから退任して会長になり、なおかつ後任のCEOが、Amazonが生まれて間もないところから企業DNAを共にしている方ということで、相当強力だなと思っています。むしろここからre:Invent※ではないですが、さらに再成長すると思いますね。

※re:Invent
AWSの年次イベントの名称。

まずAmazon自体、もともとAmazonのジェフ・ベゾスはDAY1という言葉にすごくこだわっています。2017年のAnnual Reportに添付されている、ベゾスの株主レターにはDAY2という概念が出てきます。実はDAY2という言葉も彼はよく言っていて、DAY2とは日本語的に一言で言うと大企業病です。その上でAmazonがすごいのは、とにかく一日何回でもベゾスは「Amazonにとって今日がDAY1だよね」と言い、スタートアップ企業のようなDNAがないと絶対に継続的にイノベーションは生み出せない、ということにこだわっています。

それからDAY2、大企業病にAmazonが陥らないことにこだわって仕組み化をしています。そのDAY2に陥らない仕組みが2017年のAnnual Report、株主レターに書かれています。これは有名なお話ですが、意思決定を二つに分けるということ。要するに、取り戻し不可能な意思決定には自分たちが関与するが、後で取り返し可能なものはどんどんエンパワーメント、権限移譲すると書かれています。私が思うに、ジェフ・ベゾスは会長になっても、多分重要な意思決定には引き続き関与するが、そうでないものには、社長のアンディ以下に権限移譲していくでしょう。

その一方で、私は個人的に、退任の時の社員向けレターに書いた優先順位に着目しています。今までであれば、宇宙事業を真っ先に書いていたはずなのに、宇宙事業の前に気候変動対策や地球環境問題、ワシントンポストを優先順位の高い場所に書いていました。元々いち早く2019年にThe Climate Pledge※にサインをしていることもあり、彼は本気で気候変動対策を考えていると思います。

※The Climate Pledge
AmazonとGlobal Optimismが共同調印した、パリ協定の目標を10年前倒しで達成する取り組みで、2040年までに炭素排出量の実質ゼロ化を目指す


そういう意味では、Amazonにとっても、地球に住む我々一人ひとりにとっても、そういった問題にAmazonが本気で取り組むことで、状況は良くなっていくのではないかと考えています。石角さんは、どのようにお考えでしょうか。

石角:私はアンディを後任に選んだというところに、Amazonの今後が現れていると強く感じています。Amazonの利益のうち60%がAWS事業ですが、これからもっとその比重が大きくなると思います。ECはもちろんAmazonのコアなのでなくなりませんが、AWSとECの関係性が今後Amazonの中でどうなるのか。もちろん規制強化で分社化や解体など、マクロ要因でのリスクもあると思いますが、アンディがCEOになったことで、AWSがより注目されると思いますね。

田中:そうですね。そういう意味では、AWSを起点に全ての事業展開をしていますよね。先ほどお話をしたヘルスケアについても、AWSのクラウドコンピューティングが底辺にあり、AIやIoTのプラットフォーム、データのプラットフォームがある。一番上に多分ECや薬局、Amazonファーマシーが展開されたり、恐らくゆくゆくは健康保険のようなところまで展開するのでしょうけれども、全てのベースはAWS です。

それから私が最近Amazonで着目しているのは、特にAWSの文脈で言うと、昨年の12月に製造業のDX、Amazon Monitronを発表していますよね。現時点において日本企業、日本の製造業は、機械やハード、部品の分野にはAmazonなどのGAFAは入ってこないと思っていると思います。ただ、実は全く違うレイヤー構造を作っています。部品やハードは引き続き従来のものをお使いくださいとしながらも、その上にレイヤー構造として、センサーやIoTやAIの階層を作っています。そういう意味では、製造業も次の大きなAmazon、AWSの領域だと思います。

石角さんがおっしゃる通り、Amazonはここからさらに大きく成長すると私も思いますね。

石角:そうですね。AWSに関して言うと、我々の会社パロアルトインサイトでDXのプロジェクトに関わる中で、とにかくクラウドに移行したい、というご依頼をたまに受けます。それもやはりコアの再定義や、どこに注力するのかということに繋がると思います。ただデータを一元化しようとしたり、クラウド化するのは、リソースが無限大にある会社であればいいと思いますが、ほとんどの会社はそうではありません。そういう時は、「何のために」を考えた上でゴールドリブンにデータを選び、それをクラウドに上げるなどのシステム設計、アーキテクトの力がすごく大事になると思います。

AWSなども安いわけではないので、むやみやたらに、何でもかんでもクラウドとするのではなく、ゴールドリブンな視点で、問題解決のためのDXを考えることが重要だと感じます。

田中:そうですね。2020年1月のCESに行った時にAWSのバイスプレジデントの女性のイノベーションの講演を聞いたのですが、非常に感銘を受けたのが、AWSは直接的にはエンタープライズ、 BtoBのエンタープライズが顧客ですが、彼女がすごく強調していたのは、自分たちは顧客であるBtoBのエンタープライズのその先にあるコンシューマーのことを起点に考えているということでした。

ちょうど昨年、このデジタルシフトタイムズで、AmazonジャパンのAmazon Payの総責任者の方と対談をさせていただきましたが、BtoBのエンタープライズの顧客とBtoCの消費者の顧客で利害が不一致になる際に、Amazon社内のルールとして明確にあるのは、BtoCの消費者の利益を優先するということです。そこも含めて、やはりカスタマーセントリックで事業展開しているところもAWSの強みですよね。

石角:その通りですね。特に最近AWSはMachine Learning as a Serviceといって、AIを開発する会社向けに、SaaS的なものをAWS上で展開しています。そこでも最終的には我々が作ったAIを使う人、または最終的にそこの対象になるコンシューマーに対してのスタンスが非常にはっきりしています。

最近特に顔認証技術自体に関して、AWS含めアメリカで議論がありますが、BtoBのレイヤーだからといって、コンシューマーに対して責任を取らない、またはその技術がどうコンシューマーに届けられるかは、我々の問題ではないというスタンスでなく、逆にミドルレイヤーにいるからこその影響力を理解した上で、ここにはサービスを提供しないと決めるなどのポリシー作りを考えていると感じます。

そういった姿勢は、今後も特にミドルレイヤーの大企業には求められると思います。データを扱って、単純にそれをサードパーティーに渡すこと自体が見直されなければいけない中で、AWSのカスタマーセントリックの思想、会議室で必ずカスタマーの椅子が置いてあるなど、ユーザー視点を忘れない姿勢はものすごく大事だと思います。その辺りは日本企業にとっても参考になると思います。

田中:そうですね。日本企業の場合はどうしてもBtoBの会社とBtoCの会社で、BtoBのエンタープライズ、法人向けに取引している方がいいというような認識が確実にあると思うのですね。

石角:それは何でだとお考えですか?

田中:パナソニックにしてもNTTにしても法人向けというところに非常に自負心があります。私が彼らにいつも言っているのは、Amazonではむしろ、BtoBの事業をしている人たちでも消費者、カスタマーセントリックの企業DNAが貫徹されています。多分そこが生命線ですよね。

カスタマーセントリックという意識があるかないかで、DXの使い方も全く違ってしまう。これはDXだけでなく、業績にも大きく影響を与える話だと思います。その違いは大きいと思いませんか?

石角:その通りだと思います。以前、BtoBの大企業、製造業の会社から、データやAIを活用した新規事業を作りたいという依頼を受けたことがあります。ただ、BtoCに事業展開したいと言うんです。でも我々はずっとBtoBの大きなメーカーでBtoCに対しての知見がないから、まずPoC(概念実証)をやりたいとのことでした。そこでPoCをやったのですが、抽象的な話題から抜けられず、プラットフォームの構想からプロダクトデザインに落とし込むまでがすごく大変でした。コンシューマー向けのアプリを作るのか、Webサイトを作るのか、何をビジネスにするのかという、そういう単純な会話ですらすごく苦労しました。結局パロアルトインサイト側で、スマホ用のアプリケーションとプロダクトデザインをして、実際にPoCを行いました。

その辺りのマインドセットやプロダクト志向自体も欠けていたのではないかと思います。BtoBでも、結局最後はBtoBtoCになるわけですから、ユーザー志向やプロダクト志向はすごく大事だと思います。

BtoBの事業者でも今までの慣習だけでビジネスを進めるのではなく、自分たちも何かの企業のユーザーなわけですから、消費者の視点を自分のビジネスに生かすということがすごく大事ですし、これからのAI時代には、より大切になってくると思います。

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