【東証も新設。カーボン・クレジット市場最新事情】アスエネ✕SBIの「Carbon EX」が手がける排出権取引所とは

気候変動問題の解決に取り組むクライメートテックのリーディングカンパニーであるアスエネとSBIホールディングスが共同で設立した合弁会社のCarbon EXが、10月4日にカーボン・クレジット取引所のサービスを開始。カーボン・クレジットとは、森林の保全や省エネ機器の導入により削減したCO2をクレジット(排出権)として発行し、主に企業間で取引する仕組みのこと。2050年のカーボンニュートラルに向けてさまざまな脱炭素の取り組みが生まれる中、新たな取引所の誕生により日本の脱炭素業界はどのように変わるのか。アスエネの代表取締役CEO、兼Carbon EXで共同代表取締役兼Co-CEOの西和田 浩平氏の展望を伺います。

取り扱うのは日本のJ-クレジットをはじめとする世界のクレジット

――まず、海外におけるカーボン・クレジット取引所の現状を教えてください。先進的な国に対して日本はどのようなポジションなのでしょうか?

国際的に見てカーボン・クレジットの売買市場が盛り上がっているのは欧州とアメリカです。アジアは欧米に比べるとこれからのフェーズですが、シンガポールは民間企業と政府系企業のジョイントベンチャーという形で取引所がすでに創設されています。シンガポールに次いで盛り上がりを見せているのがオーストラリアと日本ですね。国内では弊社以外ですと東京証券取引所が10月11日に「カーボン・クレジット市場」を開設しています。Carbon EXは私たちアスエネとSBIホールディングスが出資している合弁会社です。10月4日にカーボン・クレジット・排出権取引所のサービスを開始して、現在はクレジット創出事業者(セラー)と購入者(バイヤー)の登録を受け付けています。

――東証が運営するカーボン・クレジット市場との相違点を教えてください。

大きな違いは取り扱いクレジットの差です。東京証券取引所のカーボン・クレジット市場で取り扱うのは日本政府が発行するJ-クレジットのみです。私たちの取引所では日本政府が認証するJ-クレジットと非化石証書(※1)と、海外ではすでにメジャーなボランタリークレジット(※2)も取り扱います。ボランタリークレジットは植林や森林保全はもちろん、ダイレクトエアキャプチャーのような大気中のCO2を直接回収するテクノロジーに関してもクレジットを生み出せます。そしてグローバルな基準が設けられているので、世界中でクレジットの発行と購入が可能です。

※1 J-クレジット同様に政府が主導する国内制度。2018年5月に非化石価値を証書化して売買できる「非化石価値取引市場」が創設された。
※2 民間企業やNGOなどの団体が発行するカーボン・クレジットの一種。国や自治体による規制がなく自由な活用ができる反面、公的な証明として弱いというデメリットもある。

株や仮想通貨のような金融商品として定着させるべく、市場整備に取り込む

――ボランタリークレジットは世界共通で使える反面、信頼性の面で公的なクレジットに劣るというデメリットもあるのでしょうか?

ボランタリークレジットは民間主導の制度ですが、今はGXリーグ(※3)でもそれらの一部を認証する動きがあります。現在はどのクレジットを認証するのかを最終議論中で、この流れは各国で進んでいます。

※3 2050年のカーボンニュートラルに向けて、GX(グリーントランスフォーメーション)に取り組む企業が協働する取り組み。

――カーボン・クレジット業界は今後、いろいろな制度が乱立する戦国時代のようになっていくのでしょうか?

その可能性は大いにあります。私たちはカーボン・クレジットの世界が株や仮想通貨のような金融商品に発展すると見ています。仮想通貨が誕生した当初は規制もないまま数々の取引所がつくられ、多くのトラブルが発生しました。そこからライセンスが生まれ、市場が整備されて現在に至っているように、カーボン・クレジットの健全な取引にも市場整備が欠かせません。現在、私たちの取引所ではクレジット創出事業者と購入者の登録を受け付けているとお話ししましたが、KYC(本人確認手続き)による審査プロセスを厳密に実施しています。

――仮想通貨は一時期、投機目的の金融商品としてバブル化しましたが、カーボン・クレジットでも同様の懸念はないのでしょうか?

カーボン・クレジットは仮想通貨と異なりリアルな活動と紐づいています。カーボン・クレジットを創出する際は植林でCO2を吸収するなど、現実にCO2を減らす必要があります。仮想通貨に対しては「実体経済がない」といった批判もありましたが、カーボン・クレジットにそのようなことはありません。

世界全体で2050年までにカーボンニュートラルを目指すという共通のコンセンサスがあり、ある意味クライメート投資としてカーボン・クレジットを購入する企業が非常に増えています。割合としてはCO2排出量の多い大企業が多いですが、環境意識の高い中小企業も増加傾向にありますね。

国内外のクレジットを取り扱うことで、健全な競争を促進

――東証のカーボン・クレジット市場と同じタイミングでCarbon EXを開設した理由を教えてください。

海外を見ると去年辺りからカーボン・クレジットの取引所が徐々に増えつつあり、日本でも今年中に参入しないと世界の潮流に乗り遅れると危機感を感じたためです。僕らが取引所をオープンするにあたっては事前に東証さんにもお話をしています。一つの取引所よりも複数の取引所があったほうが健全な競争が促進され、お客さまにとっても利便性が高まるでしょう。私たちは海外のボランタリークレジットも取り扱っているので、お客さまからすれば国内だけでなく海外の相場観と照らし合わせて吟味することができます。

――海外のボランタリークレジットを扱うことで、公正な価格競争ができるようになるということでしょうか?

そうです。加えて今はカーボン・クレジット業界の黎明期なので、どういう目的でどのクレジットを選べばいいのか不明瞭なお客さまも多くいらっしゃるでしょう。信頼性の高いクレジットを選ぶべきとはいうものの、なにを基準に信頼性が高いといえるのか? どのクレジットの信頼性が高いのか? そういったお悩みが寄せられているので、私たちがコンサルとしてサービスを提供することも可能です。

将来は個人が気軽にカーボン・クレジットを購入できる世界に

――5年後に1000億円の取扱いを目指すという目標を掲げていますが、そのための戦略について教えてください。

初期フェーズではカーボン・クレジットの市場をつくることが大事なので、参加者を増やして取引量を増やすことに注力していきます。そのためにもカーボン・クレジットを創出する事業者に対して、創出のためのコンサルを手がけます。例えば森林を所有しているけれど、どうやってクレジットを創出すればいいのか分からない方は多くいらっしゃるでしょう。森林を所有しているだけだと保全のコストがかかりますが、カーボン・クレジットを生み出すことができれば森林が収益源になります。その収益で人を雇用すれば適切な森林保全ができて、さらに多くのクレジットの創出が可能となります。

もう一つはパートナーシップを増やすことです。現状はアスエネとSBIホールディングスの2社体制ですが、脱炭素に関連する産業は数多くあるので業界のリーディングプレイヤーを巻き込み、大きな連合体にして新たな産業を創出していきます。

――現状、カーボン・クレジットを個人で購入することは可能なのでしょうか?

Carbon EXは企業向けのサービスですが、個人で購入できるサービスもあります。日本ではまだまだ少数ですが、欧州では環境意識の高い富裕層が多く購入しています。直接カーボン・クレジットを購入しなくても、例えば「Miles(マイルズ)」というアプリを使えばCO2排出量の少ない移動を選択するだけでボーナスとしてマイルが付与されます。徐々にではありますが、脱炭素に取り組むことが個人のブランディングとなり、そこに価値を見出す社会に変化しつつあります。

――将来的にはマイクロカーボン・クレジットのような形で、より手軽に個人がクレジットを購入できるようになるのでしょうか?

すでに海外ではそのような動きが見られます。個人が脱炭素に取り組んだ証書をNFT化して、通常1トンあたりの取引を0.1トンや0.001トンに小分けして取引するわけです。細分化できるNFTの特性を活かした取引ですね。私たちも個人間のカーボン・クレジット取引を考慮していないわけではないのですが、まずは得意分野であるBtoBで足場を固めていきます。

西和田 浩平

アスエネ株式会社 Co-Founder兼代表取締役CEO
Carbon EX株式会社 共同代表取締役兼Co-CEO

慶應義塾大学卒業、三井物産にて日本・欧州・中南米の再生可能エネルギーの新規事業投資・M&Aを担当。ブラジルの分散型電源企業に出向し、ブラジル分散型太陽光小売ベンチャー出資、メキシコ太陽光入札受注、日本太陽光ファンド組成などを経験。 2019年にアスエネ株式会社を創業。2023年にSBIホールディングスとカーボン・クレジット・排出権取引所「Carbon EX」を立ち上げ、共同代表取締役Co-CEOに就任。

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