金利4%超の「アップル銀行」が日本に上陸したら。影響を受ける企業・業種は?
2023/7/13
2023年4月、アップルがゴールドマン・サックスと提携し、銀行代理業サービス「アップル銀行」をリリースしました。今や低い金利が当たり前になってしまった日本在住者からすれば、4.15%という預金金利は衝撃的だったはず。アップル銀行を脅威とみなすメディアの反応を目にした人も少なくないのではないでしょうか。
しかし、専門家はこのアップル銀行の誕生に対して、世の中の反応とは違った見解を示しています。今回は、株式会社マネーフォワードのグループ執行役員 CoPA(Chief of Public Affairs) 兼 Fintech研究所長の瀧 俊雄氏に、アップル銀行リリースの狙いや日本に及ぼす影響などについてお話を伺いました。
Contents
メガテックの金融参入、高金利…アップル銀行のインパクトとは
インパクトの大きさを読みかねている部分があります。本来、企業が銀行業務や銀行代理業務を行うことが持つ脅威の一つに、決済の入り口である人々の財布を握ることになるという点が挙げられます。極論をいえば、預金口座を使用不可にすることや、買いたいものを全部買えるような融資も可能になるため、人の社会生活を左右することができるのです。一方で、アップルは多数の個人が社会生活上必須となっているiPhoneを提供している立場です。iPhoneが使えなくなったらとても困るのと同じように、ある意味、口座提供と同等の影響力を、すでにアップルは持っているのですよね。もちろん、実際に実行するか否かは別の話になります。
——話題になっている4%を超える金利についてはどうですか?
日本にいると意外に思われるかもしれませんが、実は、アップル銀行の4.15%という金利は決して高い金利ではありません。アメリカでは、5%を超えるインフレを抑制するべく、5%を超える政策金利を設定しており、フェデラル・ファンド金利は現在5.25%(2023年5月3日現在)です。銀行預金はそれを上回る預金金利を提供していても不思議ではありません。日本でも、SMBC信託銀行プレスティアの外貨預金は1年物の米ドル定期を5.0%の金利(2023年7月10日現在)で提供しています。ゆえに、今回のアップル銀行を「金融商品」として捉えた場合、そうインパクトの大きいものではなく、こと金融という分野に大きく影響を与えるようなサービスではないと考えていますね。
アップル銀行設立、三つの大きな狙い
アップル銀行の狙いは大きく三つあると考えています。一つは、アップル経済圏を広げるためです。Apple Walletというアプリに預金を紐付けできるようになれば、「iPhoneを携帯すること」を「財布を持ち歩いている状態」により近づけることができます。お店の側ではiPhoneなどの端末を決済端末として利用できるTap To Payも2022年にアメリカでサービスがスタートしています。これはApple Payをかざすことで瞬間的な決済を可能にするものです。このように、消費者側と事業者側の双方にアプローチすることで、多くの取引をアップル経済圏に取り込み、「アップルの経済圏で生きていて快適だ」というユーザー体験の提供と、決済手数料などによるアップルの収益増を見込んでいるのです。
二つ目は、iPhoneなどの端末購入を促すためです。基本的にiPhoneなどのスマートフォンは最初に一括で支払う方法が一般的ですが、最近はアップル製品が高額になり、頻繁に買い替えができない人が増えています。アップル銀行の設立により、延べ払いなど端末購入のハードルを下げるようなさまざまな支払い方法を提供することができるようになるのです。
三つ目に関しては、本人確認が必要な契約を容易にするためです。これはやや未来予想に近く、どこまで実現されるかは未知な部分があります。現在、私たちは本人を確認するものとして運転免許証やマイナンバーカードを持っていますが、一部の経済取引ではそれをiPhoneで代替することが可能になるのではないでしょうか。これは、常に持ち歩いている、かつ自身の情報が集約されているというiPhoneの特徴からですね。そこに金融に近い機能を備えて、例えば大きな買い物をするときの契約をスムーズに完結させるユーザー体験を提供するというものです。今後、ヘルスケアや自動車などアップルがあらゆる分野に進出する際に、契約や手続きの現場に自分たちが存在していることで、利便性を高めていきたいという展望があるのではと考えています。
アップル銀行、もしも日本に上陸したら?
アップル銀行は銀行代理業なので、提携銀行が出てくれば進出は可能です。実際に手を挙げる銀行は大手も含め、いるのではと思います。ただ、魅力的な金利を提供するのであれば取り扱う商品は外貨預金です。残念ながら日本では外貨預金は今のような水準でも皆が飛びついているわけではないので、あまり一般受けする金融商品にはならない可能性がありますね。もちろん、アップル銀行が円預金で金利を0.5%前後にする、となった場合は大きな影響があると思います。日本人はほぼゼロ金利の世界で暮らしているので、0.2%ほどの金利でも殺到するのですよね。
——それは、ほか金融機関に預金の引き出しが殺到して、破綻に追い込まれるような事態が考えられるということでしょうか?
いえ、そのパターンは日本においては考えづらいですね。アメリカのように預貸率が高い銀行が多い場合は、20%ほどの預金が出ていっても破綻を招く可能性があるのですが、日本の銀行の預貸率は平均して60%程度です。日本はせっかくの預金が運用されずに眠っているのですよね。あくまで仮説ですが、すべての銀行から40%ほどの預金が出ていったとしても、日本銀行の政策などで持ち堪えられるような構造になっています。むしろ、高い金利でネガティブな影響を受ける先があるとしたら、アップル銀行と提携した銀行かもしれません。
——多くの預金が集まるのは銀行にとってはメリットのように感じるのですが……。
「日本には眠っている預金が多い」という話をしましたが、この原因は、そもそも日本は資金需要が少なく、預金を運用する先がないためです。高い金利で集めた預金は運用で増えることもなく国債を買うなり日本銀行に預けたままになり、銀行は預金者に対して提示した金利を支払うことになります。日本銀行はマイナス金利をとっていますので、そうなった場合、経営がさらにひっ迫するシナリオをたどる可能性もあります。
この状況に、他行よりも対応能力を持っている銀行があるとしたら、楽天銀行ではないでしょうか。楽天グループの楽天カードや楽天モバイルなどのサービスでは、“ユーザーがまだ払っていないお金”を資産として抱えています。楽天銀行の場合は、その債権を買い取るという運用手段があるのですよね。普通の銀行には、そのような短期的に拡大できる運用先はそうそうありません。
——金融機関以外で影響がありそうな業界はありますか?
あるとしたらクレジットカード業界でしょうか。アップル銀行を経由することで、ユーザー体験がグッと向上するようなことがあれば、現状のクレジットカードが提供しているキャッシュレス手段からユーザーが流れてしまうということが、可能性としてあると思います。
アップルの金融戦略が日本の“隙間”に入り込む可能性も
Tap To Payが日本で展開されれば、レジのスマート化によって店舗での決済体験は明確に変化するでしょうね。決済サービスにおいては、営業先は事業者になりますが、その顧客獲得コストは結構高いのです。この分野における新興勢力としてPayPayがありますが、それ以外にはほぼいない状態です。そのPayPayですら、使い続けてもらうために定期的なキャンペーンを必要としています。すでにあらゆる店舗でiPhoneやiPadなどの端末が置かれていることが多いアップルは、その分野においてすでに進出の土壌が耕されている状態です。このことが、一気に盛り上がる一因になり得ると考えています。
——もしもTap To Payが日本において寡占状態をつくり出した場合、日本企業はどのように対応するのがよいのでしょうか?
決済の前段階にビジネスのポイントをつくり、決済取引に働きかける、という動きになるかと思います。それぞれの得意分野に特化して、決済の前に行われる判断に対して提案したりサポートしたりするイメージです。例えば、飲食店のレビュー・予約アプリがユーザーの飲食店選びの傾向を把握して、次のお店選びの提案や判断をしてくれる、などですね。
銀行を持ちたい企業の思惑と今後の金融の変化
これに関しても、アップル銀行の誕生がアメリカ市場に及ぼす影響や、日本に上陸した場合の影響と同じく、世の中の状況をひっくり返すようなインパクトがあるものではないと考えています。というのも、日本のテック企業はすでに金融機能を持っているところが多いのです。「信用創造ができてしまう」という銀行の特性上、銀行の設立に規制が厳しい国が多いのですが、日本はどちらかというと銀行が飽和状態なのと、既に小売や大手テクノロジー企業が銀行を持っていることもあり、その問いがあまり意識されないのかもしれません。
大手テクノロジー企業が持つ銀行の代表例としては、PayPay銀行や楽天銀行があります。すでに彼らはPayPayや楽天Edyなどの電子マネー機能を持っています。狙いはそれぞれ違うところにあっても、アップルが経済圏を拡充させようとする動きに似ていますね。 米国であれば、仮にグーグルやアマゾンが銀行を持とうものなら相当な騒ぎになると思います。アップルにしても国内のテック企業にしても、「金融に進出しよう」というものではなく、「目的に対する実現の手段として金融機能がある」のです。
——今後、企業と金融の関わりはどう変化していくと考えていますか?
いわゆる金融業というものはいずれなくなり、すべての企業がフィンテック企業になっていく、というようなことはいわれていますね。例えば、Aさんがいつも購入しているB社の1万円の商品を購入したいけれど、現在財布には3千円しかなく購入ができない。この場合、B社はAさんのこれまでの購入実績を与信情報として、後払いなどの支払い方法を独自に提供する。このように、これまで銀行が行っていたようなことを企業が独自に行っていくというイメージです。また、B社が独自にデポジット機能をつくって、そこにAさんのような顧客がB社の商品購入のためのお金を入れていけば、B社はそこで商品開発や市場拡大のための資金調達をすることができます。これは銀行が預金を募り、運用するフローと同じです。
日頃自分がよく利用しているサービスが金融の機能を持つことで、消費者は決済の迅速さと柔軟さを獲得でき、企業は資金調達をダイレクトに行えます。双方にとってメリットが大きいですよね。このように、多くの消費者が必要としているサービスや企業は、銀行化し得ると思いますし、それが自然な流れなのではないかと思います。
瀧 俊雄
株式会社マネーフォワード グループ執行役員 CoPA(Chief of Public Affairs) 兼 Fintech研究所長
2004年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。株式会社野村資本市場研究所にて、家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデル等の研究業務に従事。スタンフォード大学MBA、野村ホールディングス株式会社の企画部門を経て、2012年より株式会社マネーフォワードの設立に参画。内閣府 規制改革推進会議専門委員(共通課題対策ワーキング・グループ)、一般社団法人電子決済等代行事業者協会代表理事、等。