教育現場から「現金集金」をなくす。業界特化型フィンテック「エンペイ」が描く業界変革

キャッシュレス化が進む現代においても、未だ現金でのやり取りが多い教育業界。毎月発生する集金業務は、多くの付随作業で現場の時間を奪う悩みの種でした。そんな煩わしい集金業務をキャッシュレス化することで、諸問題を一気に解決するフィンテック×SaaSプラットフォームが「enpay」です。「教育業界のキャッシュレス化を実現したあとは、関連する金融サービスにも進出したい」と語る、株式会社エンペイ 代表取締役CEO 森脇 潤一氏が描く未来構想とは?

ざっくりまとめ

- 現在のキャッシュレス化の波は不可逆。この勢いに乗り、現金が主流である教育業界のキャッシュレス化を進め、社会に新しい価値を提供すべくエンペイを創業。

- enpayの導入により、請求・集金・支払管理の3ステップがキャッシュレスで迅速に完結できる。請求は支払者のLINEに届くので、新規アプリのインストールも不要。解約率はほぼゼロ。

- 請求業務のキャッシュレス化の次は、関連する金融サービスへの進出も視野に入れている。常識を疑うベンチャーの視点で、既存の金融機関ではできないようなサービスを展開していきたい。

リクルートでの新規事業責任者から教育業界特化型フィンテック起業へ

——幼稚園や保育園などの教育業界に特化したフィンテックのサービスは珍しいですね。enpayが生まれた経緯について教えてください。

アイデア自体は前職のリクルート時代に思いついたものです。当時は子育て支援のSaaS事業を手がけていて、幼稚園に通う機会が頻繁にありました。そこで先生と保護者の皆さんが、毎月の現金集金に奔走している姿を見て、「これをキャッシュレス化すれば価値のあるサービスになるのでは?」と思いついたことがきっかけです。ただ、いきなり起業というマインドにはなりませんでした。集金を楽にするという単一のイシューだけでの起業は、相当な思い入れがないと難しいですから。

そこで「教育業界全体」「キャッシュレスのフィンテック」という位置まで視座を上げてみると、いろいろできることがあると気づき、エンペイの立ち上げに至りました。僕は奨学金で大学に通ったのですが、現在でも学費がなくて進学や留学ができずに将来を諦めてしまう人は数多くいます。教育とお金に関する課題は根深いため、最終的にはそういったところにもアプローチし、フィンテックで解決したいという想いがあります。

——幼稚園の現場を見て問題意識を持ってから、起業するまでの期間はどれくらいでしたか?

半年くらいでしょうか。プロダクトさえつくれば、社会に価値を提供できるだろうという勝算はありました。ただ、僕の人生をかけてやるべきかどうかという葛藤があったので半年間は考え抜きました。

——社内起業という選択肢はなかったのでしょうか?

リクルート時代に新規事業開発コンテストでグランプリを取ったことで、「キッズリー」という子育て支援事業を手がけてきました。ただ、全社の経営戦略に沿った事業になるため、いち個人としてはなかなか思い通りに進まないことも多かったというのが実態です。なので、次にもし事業を起こすなら独立して自分の資本でやろうと決めていました。​仲間も自由に選べますし、自分自身が常に納得のいく決断ができますから。

——現時点でenpayの競合サービスはあるのでしょうか?

競合はあまり意識をしないようにしています。我々のビジネスにおけるスタンスとして、競合を意識するより「自分たちがどうありたいか」「顧客が何を望んでいるか」が最重要だと考えています。想いのこもった事業をつくり、顧客に徹底的に向き合い自分たちが正しいと思うことをやり続けていく。そこに主眼を置いています。

——自分が正しいと考えることをしていれば、自ずと結果はついてくると。

社会の困りごとを解決するアイデアだったので、絶対によい結果が出ると信じていました。実際、事業アイデアをA4用紙1枚に書いて、投資家に話を持っていったら、すぐに出資していただけました。僕には起業したいとか、起業家になりたいという意思はなかったので、自然体で向き合えたのだと思います。リクルートで事業開発の経験もあったので、第二の起業みたいな位置づけで上手くスタートを切れたのも大きいと思います。

——集金業務の課題は、森脇さん自身が子育てをするなかでも感じていたのでしょうか?

そうですね、それもあります。今は子ども三人を毎朝保育園に送っているのですが、毎月現金集金があるので、早く子どもが通っている園でもenpayを導入してほしいですね(笑)。僕は日常で現金を一切使わないので、集金のためだけにコンビニでジュースを買って小銭を用意したりしています。

基本的にキャッシュレス化の流れは不可逆だと思います。日本政府の大きなアジェンダの一つで、国がキャッシュレスを推進しているので現金を使う機会が年々減っていくと思っています。その流れのなかで事業をつくることで、教育業界をダイナミックに変えていけるチャンスがあると思っています。それだけ社会に与えるインパクトも大きいはずです。

圧倒的な生産性の向上で、脅威のチャーンレート(解約率)ほぼゼロを実現

——旧態依然としたイメージのある教育業界ですが、キャッシュレスやDXに対する反応はいかがでしょうか?

リクルート時代にも教育業界にDXを提案していましたが、当時はクラウドのこともよく理解されず、少なからず拒否反応があったと思います。それが6年ほど前の話ですが、今は当時よりキャッシュレス化、DX化が進んでいるので、以前のような拒否反応は減ってきている印象があります。

あとはコロナ禍の影響も大きいですね。2020年11月にプロダクトをリリースして、そこからすぐに緊急事態宣言が出されたため、対面の機会を減らし、現金もなるべく使わない。教育施設も閉鎖されるなど、物理的なやり取りがNGという風潮のなかでキャッシュレス化を提案できたことはプラスに働きました。

——enpayを導入することで、現場の負担はどれくらい軽減されるのか教えてください。

集金業務ってお金を集めるだけではなく、そこに付随する数多くの作業が存在しています。封筒を用意して配布し、請求書と明細書をつくって、回収した現金の中身が合っているか確認し、未払者がいたら催促して、最終的には集金した現金を銀行に持って行く。そういった一連の業務に1ヵ月で30時間くらいの業務時間を費やしていると見立てています。今まで人力でやっていた作業も、enpayなら「誰に対して、何の費目で、いくら集金をする」というデータだけ入力すれば、あとはほぼ自動でやってくれます。集金も、支払った人の管理も、領収証の発行も自動ででき、銀行への入金も不要で、会計処理のデータも作成できます。

これによって30時間の業務がだいたい30分にまで短縮されます。約98%の削減なので生産性が圧倒的に高まります。現金だと起こりがちな集金額の相違というヒューマンエラーも解消されるので、単純な業務時間の削減だけでなく心理的な負担が軽減されることも大きなメリットです。このようなメリットも科学的、定量的に数値化をしてお伝えしていきたいですね。

——約98%の削減効果という実績は、教育現場にどれくらい響くものですか? 教育業界は生産性という言葉とは縁遠いイメージがありますが。

かなり響いていますね。集金業務で発生する業務と課題を提示すると、皆さん頷いてくれます。誰もが課題は感じているけど、解決策がないのでやらざるをえない。また、経営陣と現場の見えているものの違いもありますね。消し込み作業や未払リストの作成など、現場の細かい手作業について経営陣は詳細までご存知無いことが多いので、それを知って頂いて驚くことも。そういった諸問題がenpayで解決されることをお伝えすると、皆さん好意的な反応を示してくれます。

——独自アプリをつくらずに、支払者のLINEに請求の連絡が届くようにした理由を教えてください。

これにはいろいろな考え方があると思いますが、新しいアプリをインストールするのはユーザーからすると手間なんですよ。IDとPWをつくったあとに本人認証が必要になるなど意外に煩わしい。でもLINEなら、ほぼすべてのスマホにインストールされているし、通知があればほぼ開封しますよね。つまり、ユーザーは手間なくノンストレスでサービスを利用できるわけです。自分たちでアプリを用意するとそこから派生する顧客からの問合せ、具体的にはIDやPWの紛失への対応なども生じます。そのコストを限りなくゼロにするためには、LINEという生活に根付いたプラットフォームを活用させてもらうのが現時点ではベストだと考えています。

——利用者からの反応はどうでしょうか?

enpayの強みでもあるのですがチャーンレートはほぼゼロ、つまり解約に至らず皆さんにお使いいただいています。クラウドサービスでは、導入したけど別の課題が発生してしまうなど、ある程度の解約が出てくるものですが、enpayは教育施設からも保護者からも、100%近くが継続利用したいと言っていただいています。また、NPS(Net Promoter Score)の数値も良好です。これは、他者にenpayを紹介したいという割合を示しますが、一般的なサービスだと通常は数値がマイナスになることが多いです。enpayではプラスになっていて、マーケティングに携わる人からすれば驚異的な数字だと思います。

当たり前を疑うスタンスで、社会課題を解決する

——今後は幼稚園、保育園だけでなく小中学校、高校にもサービスを提供する予定でしょうか?

まだ、多くの導入実績はありませんが、各地の自治体や教育委員会に営業活動を進めています。小・中学校にenpayを導入してもらうためには教育委員会などとの協議が必要なため、まずは銀行との連携を強化しています。第一地方銀行と行政の結びつき、信頼関係はものすごく強固なため、現在は株主でもある中国銀行さんと連携しながら、各地の小・中学校にもenpayを使っていただけるよう働きかけています。

現在、地方銀行は経営改革を迫られているなかで、ソリューションの拡充にはどこも力を入れています。銀行は単に、企業にお金を貸していればよいという時代ではなくて、I Tコンサルティングなども含めて地域経済を下支えする役割を担っているのです。enpayであれば教育機関のDX、キャッシュレス化で現場の生産性を向上するだけでなく、保護者の負担も減らせる。実際の導入までは様々なハードルがありますが、そこを越えればよりよい社会がつくれると銀行にもご理解いただいています。

——最後に、今後の展望を教えてください。

教育市場のマーケットは全体で7兆円規模といわれています。そのなかで約3兆円は現金集金と睨んでいるため、まずはそこを狙っています。3兆円の10%でもenpayに切り替えてもらえれば相当大きな社会インパクトが与えられると思っています。集金業務のキャッシュレス化の先には、例えば奨学金事業や教育支援資金の貸し付けなども社会課題があるのでは無いかと考えています。現在提供しているサービスと同様に今までの金融機関では、なかなか実現が難しかったサービスや考え方を提供していきたいですね。

あくまで仮定の話ですが、例えば、奨学金の利率を1/10にできないかとか。現在の奨学金の利率について疑う人は誰もいませんが、1/10で貸し付けをするためにはどうすればいいのか、深く掘っていけばその可能性が見えてくるかもしれない。そういった発想から新しいビジネスは生まれると思っています。可処分所得が少なく、子どもを塾に通わせられない人に対して、今の金融機関だと与信の観点からお金を貸すことは難しいかもしれません。でも、enpayなら貸せるかもしれない。そういったいろいろな可能性があると思っています。

——当たり前すぎて誰も疑わないことを疑い、改善の余地を見つけるということですね。

はい、それがスタートアップの役割だと思っています。ベンチャーは、世にある慣習とかスタンダードをもう一度問い直すという姿勢であるべきだと思っています。誰もやらないことに一石を投じる。その可能性をenpayが提示することで、世の中が変わっていくので、最終的にはenpayが成功するよりも、社会が成功すればいいと思っています。それが経営の面白さですね。もちろん売上を伸ばすことも大切ですが、世の中を変える兆しをつくるほうが本質的な価値だと思うので、これからもチャレンジしていきたいです。

森脇 潤一

株式会社エンペイ 代表取締役CEO

メディックス、博報堂DYを経てリクルート入社。リクルートではAdTech、SaaS、FinTech等、一貫して新規事業開発を担当。
社内新規事業提案制度(NewRING)でグランプリを獲得、子育て支援SaaS「キッズリー」のファウンダー/責任者として事業成長を牽引しEXIT。
Airペイのプロダクトマネージャーを経て、エンペイを創業。
経済産業省「グローバル起業家等育成プログラム, 2016」シリコンバレー派遣メンバー

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