プラットフォーマー研究

「脱炭素」に大変革を起こす、新興スタートアップ「ゼロボード」の挑戦

2015年にパリで開催されたCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)以降、急激に高まる脱炭素に向けた流れ。COP21で採択されたパリ協定では、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標が掲げられました。

株式会社ゼロボードが提供するクラウドサービスの「zeroboard」は、専門的な知識がなくてもCO2排出量の算定と可視化ができることで市場から注目を集めています。「今や、脱炭素は企業価値を向上させるための取り組みです」と語るのは同社代表取締役を務める渡慶次 道隆氏。世界でも未だ競合が少ない、CO2排出量を可視化するサービスを普及させる目的についてお話を伺いました。

ざっくりまとめ

-これまで地球温暖化の取り組みは国同士の話し合いでの解決を目指してきたが、グローバル企業が多数存在する現代では、企業に働きかけて削減したほうが効果的。

- ITで覇権を握ったアメリカに代わり、脱炭素の分野で覇権を握りたい欧州がカーボンニュートラルを推進している一面も。

-自社だけでなく、上流と下流のサプライチェーンを形成する他社のCO2排出量も把握する必要がある。大量のデータを取り扱うからこそ、デジタルの力が必要。

- zeroboardの狙いは、CO2排出量のデータインフラを担い、脱炭素を推進するエコシステムを生み出すこと。CO2削減量を開示した企業が多くの恩恵を受けられる仕組みを構築中。

- 「2030年度までに2013年度比でCO2を46%削減」という目標を達成するため、2020年代半ばまでには環境規制強化が始まり、脱炭素は必須の取り組みになると予想される。

大企業のグローバル化が進む現代では、国よりも企業に脱炭素を働きかけるほうが効果的

——zeroboardが生まれた経緯を教えてください。

私はもともと、ドローンやホバーバイクを開発するA.L.I. Technologiesという会社のソフトウェア事業部に所属していました。さらにその前は総合商社で、電力やエネルギー関連のデジタライゼーションなどに携わっていて、エネルギーソリューションについては知見があったんです。そんな経緯もあって、世界的に脱炭素、カーボンニュートラルの流れが進む中、自社ソリューションをつくろうという話になり、zeroboardの開発を進めることになりました。ありがたいことに引き合いが多く、会社として切り離したほうがスケールできると考え、zeroboard事業をMBO(Management Buyout)し、株式会社ゼロボードを立ち上げました。

——地球温暖化についての学説は以前より唱えられていましたが、2015年のパリ協定以降、急激に脱炭素の流れが進んだのはなぜでしょうか?

地球温暖化に関する国際的な取り組みは30年以上前からあります。1992年に開催された地球サミット以降、国同士で地球温暖化について話し合いを進めてきました。しかし、国と国との間には必ず利害関係が絡みます。先進国では合意が取れたとしても、これから発展していく途上国にとってCO2排出量を減らすことは、発展を止めるに等しい行為とも言えます。そのため、国を基準にして温暖化問題を考えることは非常に難しかったわけです。

2000年以降は企業が一気にグローバル化し、世の中に与える影響が以前より大きくなりました。そこで2015年のパリ協定以降、金融市場が企業に対してアプローチする流れを加速させたのです。CO2排出量を開示しない企業には投資家がお金を出さない。企業からすれば、銀行の融資が止まったり、株価が下がったりすることは当然避けたいことです。国単位ではなく、企業単位で働きかけるようになり、世界の流れも大きく脱炭素に向かうようになりました。その流れを主導しているのが欧州です。

欧州が推進するカーボンニュートラルに乗り遅れた日本

——脱炭素の潮流には欧州の思惑も絡んでいると言いますよね。

今から20年ほど前にアメリカがITの世界で覇権を握りました。それに代わり欧州が覇権を狙っているのがGX(グリーン・トランスフォーメーション)です。自分たちに有利なルールを新たに設定して、もう一度覇権を取りにいく。それが欧州の狙いです。ここ数年の状況で見ると、アメリカと日本は乗り遅れていると言わざるを得ません。

トランプ元大統領は脱炭素に消極的でしたが、バイデン政権になってからは脱炭素の実現に向けてパリ協定にも復帰しています。日本では菅元首相が、前回のアメリカ大統領選挙直前に2050年のカーボンニュートラル実現を宣言しました。多くの日本企業もその流れに乗っています。これは一過性の動きではない不可避の流れで、メガトレンドになるでしょう。脱炭素はルールで決まっているから取り組むのではなく、企業価値向上のために取り組むほうが“得”ということに、多くの企業が気づき始めています。

——経営戦略の一環として取り組むことで、利益も上がりビジネスとしてメリットがあるということですね。

そうです。今までCSRや社会貢献活動は余裕のある企業が行うケースが多かったのですが、景気が下がると当然取り組みも滞ります。しかし、今は企業として脱炭素に取り組まないと、企業価値が上がらないことが明らかになった時代なわけです。

自社だけでなく、サプライチェーンすべてのCO2排出量を可視化する

——zeroboardを導入することで、どのようなことが可能になるのでしょうか?

zeroboardはCO2排出量を算定して開示するためのクラウドサービスです。GHGプロトコル(※)では排出されるCO2を三つに分類しています。自社で化石燃料を燃焼したときに発生するCO2がScope1、他社供給の電気を使用したときに発生するCO2がScope2です。加えて、上流と下流のサプライチェーンが排出するCO2をScope3と呼びます。既存の環境法令ではScope1とScope2だけを開示していればよかったのですが、最近ではScope3まで開示が要請されるようになってきました。

※温室効果ガス(GHG)排出量の算定、報告をする際に用いられる基準

Scope3におけるサプライチェーンの上流とは、原材料の調達から輸送、従業員の通勤や出張などで排出されるCO2です。下流とは完成した製品が工場を出たあとの物流や使用時に排出されるCO2を指します。例えば冷蔵庫であれば、耐用年数の間に排出したCO2まで報告する必要があるのです。

これは金融機関も例外ではなく、銀行のScope3には投融資先が含まれます。銀行がScope3をゼロにするためには、投融資先の企業すべてのCO2排出量をゼロにする必要があります。金融機関がこれだけ企業に脱炭素のプレッシャーをかけるのは、そういった背景があるためです。

Scope3を算定するためには大量のデータと相応のノウハウが必要であり、ある程度の人と時間をかけないと実現できません。大企業であれば問題なく取り組めるでしょうが、資金が限られている企業にはCO2排出量の報告に伴うインセンティブが必要です。CO2排出量を銀行に開示し・削減していくと金利が下がるグリーンローンのような仕組みを実現するべく、現在金融機関と連携を進めているところです。また、納品先に対して自社のCO2がこれだけ下がっていると開示すれば、納品先のScope3削減につながるため、新たな商機につなげることもできるでしょう。調達基準としてCO2排出量が見られる時代になってきています。

目指すのは、多くの企業がソリューションを提供する脱炭素のエコシステム

——zeroboardは、単にCO2排出量を可視化するだけのサービスではないんですね。

zeroboardの大きな目的は脱炭素のエコシステムをつくることです。単にデジタルの力を駆使して効率的にCO2排出量を可視化するだけなく、電気自動車や再生可能エネルギーを導入するコストや、そのCO2削減効果を試算する機能を提供することで、より効率的な経営判断が可能になります。さらに、CO2排出量のデータインフラをつくり、開示を受けた金融機関や、脱炭素のソリューションを持つ電力会社やガス会社、あるいはメーカーがサービスを提供することで、カーボンニュートラルを加速させる。CO2排出量を報告して終わりではなく、報告した企業は恩恵が得られるようなエコシステムの構築を目指しています。「脱炭素の取り組み=企業価値を高める取り組み」とするべく、いろいろな会社との協業を進めています。

例えば電話の利用者が100名しかいなければ、電話を使うメリットはあまりないでしょう。多くの人が使うことで便利になるのが電話というシステムであり、システムを普及させるにはネットワーク効果が非常に大切です。クラウドサービスのzeroboardも同様の考え方で、導入のハードルが低く、ネットワーク効果が働きやすいサービスを目指しています。

お仕着せのルールではなく、日本も発言権を増してルールをつくる側にまわる意識を

——日本は脱炭素の流れに乗り遅れているとのことですが、これから日本が取るべき施策を教えていただけますか?

日本はエネルギーや原材料といった資源の大半を海外から輸入しているため、それだけでCO2排出量が高くなります。日本とオーストラリアで同量の石炭を使用しても、海上輸送のCO2が上乗せされる分、日本のほうがCO2を出すとカウントされるのです。島国で資源に乏しい日本には不利な土俵ですが、日本が培ってきた高度なものづくりの技術は、この分野でも強みになると私は考えています。そもそもサプライチェーン全体のCO2排出量を算定して報告するためには、チェーン間でのデータの連携が必要になるため、非常に緻密な作業が求められます。そういった細かい作業にこそ、日本人の繊細で丁寧な仕事が活きてくると思います。

やらなければいけないのは、ルールをつくる側にまわることです。現在はCO2排出量を開示するにしても、欧州が主導して定めたルールの中で開示する必要があります。しかし、日本企業が強みを活かしてサプライチェーンの排出量を丁寧に開示し続けることで、国際社会からの信頼度も上がり、発言権を得ることも可能となってくるでしょう。

——「ルールをつくる側にまわる」という意識が大切なんですね。

現時点で石炭火力を多く使用している日本は、残念ながら国際社会での発言権を持てずにいます。まずは国内でやるべきことをやり、企業の開示レベルを上げていくことです。ルールを押しつけられる側ではなく、つくる側にまわる。地球温暖化における懐疑論も国内にはありますが、ルールをつくる側になれば、そういった声も減っていくでしょう。

2020年代半ばまでには環境規制強化が始まり、脱炭素は必須の取り組みに

——現在、国内外でzeroboardと同様のサービスはどれくらいあるのでしょうか?

2021年3月にzeroboardを発表したのですが、同時多発的に海外で同様のサービスが出てきましたね。今後は競合が世界的に増えていくと思います。サービスのカテゴリとしては、会計のクラウドサービスである「freee」や「マネーフォワード」がやっていることをCO2の世界でやっていると思っていただけたら分かりやすいと思います。

ただ、大きく異なるのは、会計クラウドサービスの場合は、これまで税理士や会計士、パッケージソフトが担っていた役割をクラウドに置き替えたものであるのに対し、zeroboardは完全に新しいマーケットを狙っているということです。既存サービスが存在しないマーケットをクラウドサービスで狙えるのは、非常に大きなビジネスチャンスです。会計のように国ごとの基準もないので、海外展開がしやすいこともメリットです。シェアを伸ばすためには、いかに速く動いてマーケットを押さえ、ネットワーク効果を働かせられるかが重要です。どれだけのスピード感で利用者を増やせるかが勝負どころですね。

——今は大企業が中心となっている脱炭素の取り組みですが、中小企業に波及するのはいつ頃になるでしょうか?

小泉元環境大臣が掲げた「2030年度までにCO2を46%削減する」という目標を達成するためには、あと数年で法整備を行い、本格的に企業が脱炭素に取り組む必要があります。早ければ2023年度から有価証券報告書にCO2排出量を記載するような動きも始まっているので、その段階で全ての上場企業が対象になり、その後、2020年代半ばまでに炭素税や排出量取引といったカーボンプライシングが導入されることは間違いないと言われています。そうなると、CO2排出量を削減しないと損をする状況になるので、このタイミングで多くの企業が本格的に取り組むようになるでしょう。

大企業はもちろんですが中小企業にとっても、脱炭素の取り組みはかなり差し迫った問題であるはずです。
渡慶次 道隆
株式会社ゼロボード 代表取締役

JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職。コモディティデリバティブや、エネルギー x ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。欧州でのVPP実証実験の組成や、業務用空調Subscription Serviceの立ち上げをリードした後、A.L.I. Technologiesに移籍。電力トレーサビリティシステムやマイクログリッド実証(国プロ)を始めとした数多くのエネルギー関連事業を組成。2020年末より、脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け、企業向けのCO2排出量算定クラウドサービス「zeroboard」の開発を進める。2021年9月、同事業をMBOし株式会社ゼロボードとしての事業を開始。東京大学工学部卒。

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