地方予選からの放映で、アマチュアスポーツの「スマホ視聴」が当たり前に。「SPORTS BULL」が変革したもの

あらゆる産業や業界でデジタル化が叫ばれ、DXが求められるなか、急成長を遂げているインターネットスポーツメディアが「SPORTS BULL」です。これまで、中継されていなかったアマチュアスポーツの試合をライブ配信し、新たな市場を切り拓いたことで、今では月間来訪者数 2,010万人を突破しています。同サービスを運営する株式会社運動通信社 代表取締役社長の黒飛 功二朗氏に、スポーツエンターテインメントの未来や今後の展望についてお話を伺いました。

スマホでのスポーツ観戦が当たり前に

── テレビでスポーツ中継を観る時代から、スマホでもスポーツを観戦できるようになった今、アマチュアスポーツ業界にどのような変化が生まれているのでしょうか?

SPORTS BULLは、学生スポーツのライブ配信をキラーコンテンツとした、スポーツ専門のインターネットメディアサービスです。学生スポーツコンテンツに加えて、SPORTS BULLにおける提供価値は「完全無料で楽しめること」と「地方予選から観れること」の二つがあります。

また、他のOTTサービス(※1)ではコネクテッドTV(CTV)(※2)を前提としたユーザーニーズを捉え、さまざまなジャンルのコンテンツを展開していますが、SPORTS BULLでは実に8割のユーザーが「スマホ視聴」なんです。これは、基本的に学生スポーツの試合がデイゲーム主体で、ナイターの時間に開催されないことに由来しています。つまり、コンテンツの配信が日中帯だと、ユーザーは自宅ではなく外にいることが多く、「母校が頑張っているらしい」という口コミを知人から聞くと、必然的にスマホで視聴するといった体験になっているわけです。

そして、スポーツ中継においては各OTTサービスの普及によって、「地上波」から「ネット配信」へのシフトが、ここ5年間くらいで定着してきたと感じています。視聴者側も「ネット配信のないスポーツは少数派」という感覚を持つようになってきていますね。象徴的だったのが今年の夏のある学生スポーツ大会でした。優勝校の監督インタビューでは、「テレビや会場、インターネット中継を通して応援してくれた皆さまに感謝したい」という一節があり、まさに「試合がネットで視聴されている」ということが、配信事業者と現場サイド含めて、かなり根付いていると思えた瞬間でした。

※1 OTTサービス:インターネット回線を通じてコンテンツを配信するストリーミングサービスのこと。
※2 コネクテッドTV:動画コンテンツのストリーミングをサポートするためにテレビに接続する、またはテレビに組み込まれたデバイスのこと。

ネット配信の定着で応援の「総量」と「熱量」が増えた

── ネット配信が定着したことで、アマチュアスポーツ業界におけるビジネスの可能性はどのように広がりましたか?

アマチュアスポーツを視聴するユーザー側の視点で話すと、SPORTS BULLでは年間16,000試合を超えるライブ配信しており、今まで中継のなかった地方の予選大会もライブ配信することで、コアな競技ファン以外の幅広い層の視聴が増えたと感じています。

また、今までは「母校が頑張っている」、「今年の母校は強くて、優勝が期待できる」といった口コミがSNSで話題になっても、テレビの前にいないと視聴できなかったのが、ネット配信が当たり前になったことで「オンライン to オンライン」ですぐに観戦できる環境が整ったわけです。オンライン上で盛り上がっている試合を、いつでもどこでもスマホで視聴可能になったことで、大々的な広告プロモーションをしなくても、コンテンツ流入が見込めるようになりました。そのため、SPORTS BULLでも広告費をほとんど使わずに、年間約150%程度の成長が実現できています。

さらに地方予選から母校を応援しているので、各試合のシーンやドラマなど、大会のストーリーをつかむことが容易になった。そこから全国大会の試合を観るような流れになるため、応援の「熱量」も爆発的に増大するのが、大きな変化だといえるでしょう。

一方でアスリート側からも、予選からネットで試合を観てもらえるようになったことがモチベーションにつながっているという反響をいただいています。これまでは全国大会に出場して、テレビに映りたいというのが選手のやる気につながっていましたが、予選大会から、家族や知人、OB・OGなどの関係者に観てもらえることで、ある種の緊張感と高揚感を得られているのではと思っています。そのほか、スマホで対戦校の試合を観て、戦略の分析をする際にもネット配信が活用されています。

つまり、アマチュアスポーツのネット配信市場をつくったことで、ユーザーの視聴体験向上はもちろんのこと、アスリートの「競技力向上」と「フェアプレーの精神」にも寄与しているといえます。1回戦であっても、ネットで観られているという意識があれば、より一層、責任を持ったプレーを心がけるようになる。SPORTS BULLが学生スポーツのライブ配信を提供してきたことで、こうした変化が生まれたと考えています。

テレビ中継と競合しないネット配信

── ネット配信が主流になったことで、SPORTS BULLの視聴者数や成長にどのようなインパクトをもたらしましたか?

SPORTS BULLは2018年から高校野球の地方大会の配信を始めました。そこから徐々に試合数を増やしていき、2023年に初めて全国の地方大会から本選まで配信するようになったのです。ユーザー数も試合数の増加に合わせて増えていきましたね。

加えて、コロナ禍で無観客試合を余儀なくされたときも、ネット配信の需要が高まり、視聴者数の増加が見られました。また、以前までは「ネット配信をしてしまうと、テレビの視聴率が下がるのではないか?」という懸念もありましたが、スポーツのネット配信が当たり前になったことで、もともとテレビでスポーツ中継を観ない視聴者層に、インターネット経由でスポーツを観てもらうことができるようになりました。その結果、スポーツ中継を観るユーザー層の裾野が広がり、テレビのスポーツ中継にも返ってきている感覚があります。ネット配信とテレビ中継は競合せずに両者で大会を盛り上げていくモデルが成り立ちつつあると感じています。

アマチュアスポーツの経済循環をつくっていきたい

── 以前のインタビューでは、「ビジネスモデル自体を抜本的に変えたい」とおっしゃっていましたが、現在取り組んでいることや、新たなビジネスとして考えていることがあれば教えてください。

今後の事業展開として「アマチュアスポーツの経済循環をつくること」、「企業の実業団やスポーツマーケティングのあり方を変えること」の二つに取り組んでいく予定です。前者は学生スポーツの新たな財源確保の手段として、クラウドファンディングやファンビジネスを実装していくビジネスプランです。これまでの学生スポーツの財源は、基本的に部費や協賛企業のスポンサー費に頼っていました。それが少子高齢化により部費が少なくなってきていることや、スポンサー企業における「協賛の意義の見える化」が求められ、マーケティング効果が可視化できないものには予算が出せなくなってきているなど、これまでのように財源確保が難しくなってきている課題が生じています。

そのため、学生スポーツは新しい財源をつくる必要がある一方、ハードルになっているのが母校を支援する方法が整備されていないことです。学校における部活動の位置付けは、あくまで任意団体としての役割なので、部活単体での口座を持っているところはほとんどありません。現状のままでは資金的な支援をしようにも、構造的に部活に直接支援を届けられないケースも多く、学校、地方自治体、政府の協力も必要になる領域だと捉えています。ただ逆をいえば、一部の部活にあるOB・OG会のような仕組みを、オンラインサービスとしてさまざまな部活で設けることができれば、「個人的に母校の部活を支援したい、応援したい」というニーズが見込めることからも、アマチュアスポーツのエコシステム構築につながるのではと思っています。

次いで、企業が実業団チームを持つあり方を再考していく企業スポーツに関する取り組みですが、時代の変化とともにCSRの文脈だけで企業スポーツ、スポーツマーケティングが語られなくなっている背景があります。特にメーカー企業に多いのが、会社を支えるものづくりの観点で、一体感や連帯感を生み出すために、運動部が生まれている歴史があるわけですが、それはもう何十年も前の話。今と昔では、ビジネス自体が多様化しており、かつ企業に求められる責務も変わっているため、実業団を運営している理由が不透明になっている企業がものすごく多いと感じています。

さらに、コロナ禍で東京オリンピック2020が1年延期になったことで、各企業のスポーツマーケティング戦略が振り出しに戻ってしまい、ポスト2020においてはスポーツマーケティングのバリューを再整理し、本業とどうシナジー効果を生み出すかを考え直すタイミングになっています。弊社はこれまで学生スポーツの課題に集中的に取り組んできましたが、そのノウハウも活かしながら企業スポーツの課題にも力を入れていく必要があると考えています。

── 最後に、今後の展望について教えてください。

先述した学生スポーツの財源確保と企業スポーツのサポート、そしてSPORTS BULLのさらなる発展に取り組んでいきますが、アマチュアスポーツの経済循環にヒットする施策として、マーチャンダイジング(MD)もビジネスチャンスになりうると思っています。現にSPORTS BULLでは、子どもが試合で活躍している姿をいつまでも残しておきたいという需要から、保護者の方に見逃し動画を購入していただいています。動画販売だけでなく、フィジカルなものとして記念グッズを買いたいという需要も掘り起こせれば、学生スポーツの新たな収益源が見込めると考えています。これまでMDは、人気プロスポーツチームのビジネスモデルでしたが、これからはアマチュアスポーツの新たな財源として注目しています。

黒飛 功二朗

株式会社運動通信社 代表取締役社長

大学卒業後、新卒で株式会社電通に入社。電通では放送局の担当を経て、デジタル関連部署に在籍。退職後、事業の成長戦略立案、実施運営をワンストップで行う事業コンサルティング会社を起業し、夏の高校野球のライブ配信事業「バーチャル高校野球」のプロデュースを筆頭に、数多くのスポーツインターネットサービスの立ち上げに携わる。2015年にスポーツ領域に特化した株式会社運動通信社を設立し、現在は「SPORTS BULL」の運営を中心に数々のスポーツ関連事業を手掛ける。

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