DX戦略

DX乗り遅れからのV字回復、アシックスのDX成功の舞台裏を追う

日本を代表するスポーツブランドにして、フィットネスアプリ「ASICS Runkeeper™ 」や、会員サービス「OneASICS™」などをはじめとするデジタルを活用した施策も功を奏し、コロナ禍にありながらV字回復を成し遂げたアシックス。中期経営計画2023で「デジタルを軸にした経営への転換」を戦略目標として掲げる同社の常務執行役員デジタル統括部長CDO・CIOを務める富永 満之氏に、アシックス流のDX戦略についてお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- グローバル化に成功したが、テクノロジーを導入したD2Cへのシフトに乗り遅れたことが、本格的なDX推進のきっかけとなった。

- DXにより顧客とのタッチポイントを増やし、ランナーの参加レース決定からトレーニングアドバイスまでをアシックスが支援することで、ランニングのエコシステムを構築し、プロダクトの購入につなげていく。

- エコシステムはキッズやテニスにも応用して、パーソナライズされたサービスを提供する先駆的なスポーツブランドを目指す。

デジタルを軸にした経営で、ECおよびD2Cの乗り遅れを挽回

——中期経営計画2023の戦略目標として「デジタルを軸にした経営への転換」を掲げていますが、この背景を教えてください。

あらためて企業概要から説明させてください。アシックスは前身の鬼塚株式会社の誕生から70年以上の歴史を持つスポーツメーカーで、アパレルからランニングシューズや、テニスシューズをはじめとした競技用シューズなどの製品を手がけています。2002年以降はファッションブランドのオニツカタイガーや、スポーツシーンだけでなく日常でカジュアルに着用できるスポーツスタイルなどにもフォーカスしています。その他にも、低酸素環境下トレーニング施設「ASICS Sports Complex TOKYO BAY」なども運営しています。70年超の歴史のなかで、最初の40年は日本のマーケットが主力でした。グローバル化が一気に進んだのは20年ほど前からで、アメリカ、ヨーロッパに始まって、今はオセアニア、東アジア、東南・南アジア、中東地域などでもビジネスを展開しています。

現在、売上の約75%を海外が占めていますが、そのピークだったのが2015年です。全体の売上も4,000億円を超えましたが、その後の4~5年はビジネス的に苦戦した時期でした。その結果が、デジタルシフトに力を入れる転機となりました。

——グローバル化を経た、次の一手というわけですね。DXの具体的な戦略についても教えていただけますか?

一つはD2Cです。これまでは売上の約9割がホールセールで、各地域の大型スポーツ用品店や、専門店、百貨店などに商品を卸していました。しかし、時代の変遷とともにマーケットにテクノロジーが導入されるようになると、顧客に直接ブランドメッセージを伝えられる企業が強くなっていきます。代表例がナイキやアディダスですね。アシックスはグローバル化には成功しましたが、テクノロジーを導入したD2Cへのシフトには出遅れてしまいました。D2Cのために新店舗も出しましたが、それだけでは私たちのブランドメッセージが顧客に伝わらないんですね。今から5年ほど前はECの比率も売上全体の5%以下で、抜本的に改善すべくD2Cへのシフトを本格的に考え始めました。

まず行ったのが、顧客とのタッチポイントを増やすための施策です。アシックス製品で最も売上が高いのはランニングシューズです。ホールセールメインの時代は、どんなモデルが売れて、どんなモデルが欲しいのかという声が店舗からは届いていましたが、顧客からの直接の声はなかったんですね。顧客がレース開催前にどんなトレーニングを行って、どんなシューズやウェアを求めているのか。そのニーズが分からなかった。

そこで2016年にフィットネスアプリ「Runkeeper」を運営するアメリカのFitnessKeeper社を買収しました。これはユーザーの走った距離や時間をトラッキングして、日々のトレーニングをサポートしてくれるアプリです。2019年にはカナダのFast North Corporation社が運営するレース登録サイト「Race Roster」事業を買収しています。ASICS Runkeeperの月間アクティブユーザーは約360万人で、Race Rosterの利用者数は年間200万人に上ります。Race Rosterで参加するレースを決めて、ASICS Runkeeperを活用して当日までのトレーニングを行う。このサイクルを確立することで、顧客がどんなレースに参加して、どのようなトレーニングを行うのか。そういった情報が把握できるようになりました。
ASICS Runkeeper

ASICS Runkeeper

店舗閉鎖、オリンピック延期の逆風を乗り越え、利益率V字回復

——DX戦略において、会員プログラムの「OneASICS」はどのような位置づけになるのでしょうか?

アシックスのシューズやアパレルのファンを増やすためのロイヤルティプログラムです。他メーカーのシューズを愛用している方に対してアシックスの新製品をアピールしたり、ASICS Runkeeperを使えば最適なトレーニングアドバイスを受けられることを紹介したり、住んでいる場所の近所で開催されるレースをレコメンドしたり。会員になることで、トレーニング方法を含め、ランナーに必要な情報がすべて入手できます。ECの送料が無料になるなどの特典もあります。

ランナーの行動やニーズを理解してタッチポイントを増やし、ECにつなげる。OneASICSによってD2Cをさらに加速していくことが目標です。結果として、ECの売上は5%から15%ほどに増加して、10%以下だったD2Cの売上も2021年には約33%を記録しました。ホールセールとリテールに比べてECは利益率が高いので重点的に成長させていきます。コロナ禍で店舗の閉店や、オリンピック延期などの逆風もありましたが、2021年には売上も4,000億円を超え、利益率でもV字回復を達成できました。

——先ほど「顧客に直接ブランドメッセージを伝えるのが上手い企業」の例としてナイキとアディダスの名前が挙がりましたが、どういった点からそのように感じられたのでしょうか?

ブランドは、マーケティングを含めていろいろな意味でメッセージを発信していくわけですが、そのストーリーテリングに長けている印象ですね。売上も私たちの10倍近い数値ですし、この業界の圧倒的なリーダーがナイキです。アシックスとしても今後は、ホールセールでの取り組みとともに、顧客に直接メッセージを伝えられるD2Cに積極的に投資をしていきます。デジタルを活用して、よりパーソナライズされたサービスを提供します。ナイキはASICS Runkeeperに似たアプリも持っていますし、Apple Watchと連携したり、最近ではメタバースにも進出していてデジタルにも強い。NFTへの進出は私たちも行っていますが、やはりナイキはストーリーテリングを含め、伝え方が非常に上手いですね。

ランニングに関するエコシステムを構築し、ファンを増やしていく

——ASICS Runkeeperのバーチャルレース機能について教えてください。

コロナ禍で多くのレースが中止になって、ランナーの走る機会が一気に減ってしまいました。そんな状況を打破するべく生まれたのがバーチャルレースです。そのなかの一つとして、駅伝をワールドワイドに展開した「ASICS World Ekiden」を2020年から開催しています。エントリーすれば無料で誰でも参加可能です。六人チームで競うレースですが、コロナ禍でも170ヵ国から多くのランナーに参加いただきました。皆さん学校単位、会社単位で参加してくださり、大いに盛り上がったようです。オンラインなので日本に来られなくなった留学生も参加できますし、世界中どこにいても同じレースで競争できるという点がこのレースの特徴です。

今年の2月には、オンライン上でランニングやサイクリングのトレーニングができるアプリ「Zwift」を提供する、アメリカのZwift社とパートナーシップを締結しています。今後は、Zwift仕様にカスタマイズしたASICS World Ekidenの実施や、提携するアスリートのアバターを登場させたり、ゲーム的な要素をランに組み合わせる様な、初心者でも参加しやすい環境の実現を検討しています。

——逆に、より高いパフォーマンスを求めるランナーに向けたサービスはあるのでしょうか?

2021年3月には、東京マラソンでベストを尽くしたいランナーを対象に「ASICS Premium Running Program」を実施しました。参加費は一人15万円、カシオさんと開発したモーションセンサーを導入したプログラムです。センサーを腰に付けて走るだけで、重心のズレやストライドの変化を可視化できるようになります。ケガをしない走り方やストレッチの方法、ランニング後のケア、厚底のシューズを履いたときに気をつける点など、よりパーソナルで、よりディープなコーチングで好評を博しました。30名を対象にしたプログラムでしたが、300名近くの応募がありました。私たちはモノから少しずつコトにシフトを進め、サービスやアナリティクスがプロダクトと同程度に重要となるという2030年のビジョンを掲げています。

——最後に、今後のDX推進についての展望を教えてください。

2021年11月には、オーストラリアでトップのレース登録サイト「Register Now」を運営するRegistration Logic Pty Ltd.社を買収しています。レース登録・情報のサイトとランニングアプリを持っている企業は世界でアシックスだけです。今後はこの強みを活かしてグローバルに進出していきます。顧客とのタッチポイントを増やし、OneASICSでリピーターを醸成してECにつなげる。現在、トライアスロンでも同じモデルを構築中ですが、今後はテニスやキッズなどにも適用させる予定です。一人ひとりのパーソナルなデータを活用してランニングのエコシステムを構築し、アシックスのファンを増やしていきます。
富永 満之
株式会社アシックス 
常務執行役員デジタル統括部長CDO・CIO

30年以上のキャリアにおいて、日本アイ・ビー・エム株式会社の執行役員を始めとする日米IT企業での要職歴任を経て、2018年にCIOとして株式会社アシックスへ入社。
2019年からCDOを兼任し、現在はボストンにあるデジタル拠点・ASICS DigitalのCEOも務める。アシックスのデジタル戦略の実行を通じて、自社の企業価値創造を推進。

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