ヤクルト日本一に貢献した!? ホークアイ。あらゆるスポーツを変革する、その実力に迫る

昨年、6年ぶりのリーグ優勝、そして20年ぶり6度目の日本一に輝いた東京ヤクルトスワローズ。優勝を支えた秘密兵器と目されたのが、ソニーのグループ会社「ホークアイ」のプレー分析サービスです。

もともとイギリスで生まれ、現在でも同国で研究開発を進めているホークアイは、テニスのイン・アウト判定やサッカーのVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)などの審判判定補助サービスのほか、映像データとトラッキング技術を組み合わせることで、選手強化、戦術などに役立つ分析結果を返すサービスを提供しています。「より公平に、より安全に、魅力的に、分かりやすく」というミッションのもと、世界中のスポーツシーンにおいてイノベーションを起こしてきました。ホークアイがスポーツビジネスにもたらした変革について、日本及びアジアパシフィック地域におけるホークアイの事業展開をリードしている山本 太郎氏にお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- ホークアイのプレー分析サービスは、ボールなどの動きや選手の骨格情報などさまざまな情報を数値化するほか、トラッキングデータと映像を同期できる。

- ホークアイのサービスによって得られたデータは、トレーニングや戦術組み立て、ファン向けなどにも活用できる。

- トラッキングデータや再現映像をほぼリアルタイムで生成することができるため、新たなスポーツ視聴体験を提供できる。

全豪オープンでは、線審をホークアイに任せるという試みも

——はじめに、ホークアイについてご紹介いただけますか?

ホークアイはトラッキング技術と、映像を同期・リプレイする「スマート(SMART=Synchronized Multi-Angle Replay Technology)」、そしてデータ取得技術という三つのテクノロジーをもとにしたさまざまなサービスを提供しており、テニスのイン・アウト判定やサッカーのゴール判定などに採用されています。もともとソニーはカメラや放送局向けの業務用機器などを手がけてきたこともあり、映像データの処理や撮影技術が強みの一つ。それを活かしたテクノロジーであるといえます。

テニスやサッカーに限らず、スポーツシーンには人間の目だけでは追い切れないこと、即座に判断できないことが多々出てきます。従来より映像判定は行われていたものの、カメラの位置や機能によっては判断材料として不十分だったり、また審判が判定を下すまでに時間がかかったりといったことも起こりえる状況でした。しかしホークアイの「スマート」を活用した審判判定補助サービスでは、一つのシーンに対し、さまざまな角度の映像を収集し、それらをすべて同期することで、判定を素早くアシストできます。ホークアイは、「スマート」をはじめとした審判判定補助サービスの提供がよく知られているものの、プレー分析サービスで得られた情報からCGを生成したり、選手の動きを分析し選手強化や解説者のサポートに役立てたり、提供するサービスの範囲は年々広がっています。

——テニスやサッカー以外に、どんなスポーツに導入されていますか?

もともとイギリスのクリケット向けに開発されたことから、球技を中心に普及していますが、映像さえあれば応用できるため、モータースポーツや陸上競技など多種多様な競技で導入いただいています。例えばNASCARではピットクルーが出てはいけないエリアに飛び出ていないか、車体がレギュレーション通りのサイズかどうかといった確認にスキャニングの技術も用いられています。

※NASCAR:アメリカ合衆国最大のモータースポーツ統括団体。また、同団体が統括するストックカーレースの総称。

——さまざまな競技で導入されるようになったきっかけはなんでしょうか?

ブレイクスルーとなったのは、テニスでチャレンジシステムとしていち早く導入されたことに加え、2018年6月に行われたFIFAワールドカップでVARが採用されたことです。VARが判定で活用されるというルール改正があり、認知も一気に広まったと思います。FIFAでは2012年から、ボールがゴールに入っているか否かを自動判定し、審判にバイブレーションでお知らせする「ゴールラインテクノロジー」が採用されてきました。今まで見えなかった部分が可視化され、誤審を防ぐとともに判定自体が非常にスピーディになった点が評価されたと自負しています。現在は約25競技・世界90カ国以上、500を超えるスタジアムにおける試合でホークアイのサービスが導入されています。

——審判、判定サポート以外の活用事例も教えていただけますか?

スポーツビジネス的な面でいえば、テニスなどのライン判定映像は視聴者の目を引きますから、判定シーンに広告を載せる機会を提供することもできます。また、コロナ禍における密対策としても活用されています。先日行われたテニスの全豪オープンや昨年の全米オープンでは、線審はホークアイに任せて主審だけを置く(通常は九人の審判を置く)形式で試合運営がされました。

また、MLBではホークアイのデータからフィールドビジョンというコンテンツを作成、配信しています。ドローンから見たような映像とともに、リアルタイムに近い形で「27フィート動いて2.7秒かかった」などの情報を流し、視聴者から喜ばれています。

ボールのみならず、選手の動きも数値化できるのが特長

——国内では昨年、ホークアイのプレー分析サービスを東京ヤクルトスワローズが導入し、リーグ優勝と日本一の立役者だったのでは、と話題になりましたね。

インパクトのある結果が出て嬉しかったですね。シーズンオフにいろいろな記事を読んでホークアイの活用法の一部を知ることもできました。MLBでは全球場・球団で導入されていますが、それをいち早く取り入れられたスワローズさんは先進的だったと思います。スワローズの方々は日頃からアメリカの動向を気にされていましたし、高津監督をはじめメジャー経験のある関係者も少なくないことから、データ活用へ踏み切るのが早かったのかもしれません。

——それだけ、MLBではデータの分析と活用が進んでいるということでしょうか?

データサイエンティストやデータアナリストをチームに雇う、ということまで行われていることも踏まえると、やはりアメリカが先駆的でしょうね。アメリカでは全球団がホークアイを採用している一方で、スワローズさんが導入を検討された2019年時点では、日本国内での導入をMLBと同時進行で進められる状況ではありませんでした。1年目(2020年)は4台のカメラを使った実証実験、翌年からカメラを8台に増設してフル活用という具合に、チームとやり取りしながら活用法を磨いていったような感覚があります。

——「トラックマン」という類似サービスが先に普及していましたが、ホークアイとは何が違うのでしょうか?

ホークアイは映像を活用してトラッキング、すなわち「見えているものの位置情報を数値化」する技術なので、映像が残ってさえいればデータの後追いができます。さらにボールだけではなく選手の位置や動き、フォームなどに活用できる点も大きな違いです。

神宮球場では8台のカメラで球場をカバーし、最大100フレーム/秒(100fps)でトラッキングしています。リリース時のスピードやボールの回転数・変化量はもちろん、選手の骨格や位置情報を取得しているため、例えば投手のリリースポイントを1球ごとに解析し「ボールの引っかかりが甘かった」といった具合の分析や、肘が下がっているから疲労が溜まっているといった状態把握にも役立てられます。もしハイスピードカメラのフレーム数を300fpsまで上げれば、バッティングのスイングスピードや加速度なども確認できます。

——ボールだけでなく、選手の動きまで緻密なデータが取れるのですね。

ええ、ホークアイだけでさまざまなデータを網羅できるという“ワンストップショッピング”の側面は、非常に評価いただいています。

膨大なデータから「どの情報を取捨選択するか」が重要に

——膨大なデータを取得できる一方、それをいかに分析・活用するかも重要なのではないでしょうか?

おっしゃる通りです。膨大なデータから何を見るかはもちろん、どの情報を活用するか取捨選択をする必要があるからこそ、データアナリストが重要になってくるわけです。選手やコーチが欲しいと思ったデータを、なるべく分かりやすい形ですぐに出せなければ意味がありませんから。

現行の最大100フレームの映像ではバットの動きを追い切れない部分があるのですが、かといってフレームレートを上限300fpsまで上げるとデータ量がとてつもなく大きくなり、転送や処理に時間がかかってしまう。そのためデータ圧縮や転送技術もテクノロジーに欠かせない要素であり、日々技術革新が図られている部分です。

将来的には「全チームでデータシェアし、球界全体のレベルアップにつなげましょう」ということになる可能性もあるかもしれませんし、広範囲にデータの扱い方が問われているように思います。

——テクノロジーの進化により、ますますデータ分析に基づいた戦略が重要視されそうですね。

フォームの崩れやクセを見極めるだけでなく、いかにケガをさせないかという選手のコンディショニングにも応用できる点は大きいでしょうね。これまで日本ではデータアナリストが欧米に比べて少なかったと思いますが、徐々に養成も進み、エビデンスありきで予測されることが重要視されるようになってきました。これはトップアスリートの世界だけの話ではなく、数値化したデータから客観的に分析する大切さの認識が市民にも普及しつつあります。

「よい選手の動きを見て真似ろ」とか、「とにかく練習を繰り返せば体に染みついて動きがよくなる」と言われていた時代は過去のことで、今の中高生は自分の動きを数値化したデータを気にするようになってきています。

——ただ映像を見るだけでなく、そこから得られるデータを読み込むことが大切なんですね。

そうです。一方で、スワローズさんがホークアイのデータの一部をファン向けに公開したように、「データを読む」ことはスポーツの楽しみ方の一つでもあります。ダルビッシュ選手は、投球データ解析を配信しているYouTuberと、ご自身の投球データをもとに「このときはこういう動き方をしていたから、この球種でこのスピードだったね」「こういうふうに動いていればボールの変化はこうなったはずなんだけど」などと、SNS上で対等にやり取りすることもあるようですが、これはアスリートと観客の距離が従来とは違う形で近づいている表れではないでしょうか。

——データ開示によって、スポーツの新しい楽しみ方が広がるのですね。最後に、今後の展望をお聞かせください。

海外ではすでに、サッカーのゴール時のボール速度や弾道を入れたハイライト映像をハーフタイムに流すといった試みもなされています。また、カメラがない場所からの眺望を再現する技術も進んでいるため、例えば選手・審判目線でゲームを観られるといった新たな体験も提供できるかもしれません。ホークアイには、EPTSとして使われているSkeleTRACKという、カメラで選手をトラッキングし、そこから骨格を抜き出しCG映像にする技術があるので、それを応用することで非常にリアルなスポーツゲームを開発することも可能でしょう。あるいは、アイドルのダンスを分析するなど、スポーツ以外の適用も面白そうです。

ホークアイのテクノロジーによって、より多くの方に新たな視聴体験・イノベーションを提供し続けたいと考えています。

※EPTS:エレクトロニック・パフォーマンス&トラッキング・システム。

山本 太郎

ソニー株式会社 サービスビジネスグループ部長 兼 ホークアイ・アジアパシフィック VP

1991年に米国の大学を卒業後、ソニー㈱入社。インド、シンガポール、欧米の販売会社に通算18年駐在し、セールスマーケティング及び新規事業立ち上げ業務に従事。2016年から、スポーツのビデオ判定サポートや、ボール・選手のトラッキングのソリューションなどを世界中で展開する「ホークアイ」の日本及びアジアパシフィック地域における事業展開をリード。スポーツをこよなく愛し、野球、ラグビー、アメフトの競技歴あり。

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