元・日産自動車COOが明かす日本の自動車メーカーがEV時代を制する3つの条件【Mobility Transformation 2023 イベントレポート】
2023/10/24
地球温暖化による気候変動の問題が長らく叫ばれており、世界中の国々や企業も対策を講じています。日本の主力産業である自動車業界も、その例に漏れません。2023年9月26日、モビリティと脱炭素・カーボンニュートラルについて考えるオンラインカンファレンス「Mobility Transformation 2023」が開催されました。主催の株式会社スマートドライブ 代表取締役 北川 烈氏は、国の方針が網羅的すぎることもあり、企業が脱炭素に取り組むハードルが高いと指摘した上で、「さまざまな企業の取り組みを知ることで、足元で何ができるかを具体的にイメージしてほしい」とカンファレンスの狙いを語りました。
パリ協定の達成にはEVシフトが必須
志賀:自動車は経済の発展に貢献し人々の生活を豊かにしてきた一方で、さまざまな社会的課題を抱えてきました。その一番大きなものが環境問題です。化石燃料を燃やしながら走ることでCO2を排出し、それが地球温暖化や異常気象などを引き起こしてきました。この問題を何とか解決しなければなりません。世界中が合意したパリ協定では、地球の温度上昇を、産業革命前と比べて2度、努力目標としては1.5度未満に抑えようとしていますが、このためには、2000年の車の平均燃費に対して、2050年にはCO2排出を90%減らさなければならないのです。しかし、これには技術的な限界があります。つまり、内燃機関に頼っていると現在の地球温暖化や異常気象の問題が解決できないということです。そのため、電気自動車もしくは再生可能エネルギーでつくった水素で走る燃料電池自動車などに切り替えなければならないというのが世界的な合意です。そして今、その方向へのシフトが始まっているというのが基本的な背景です。
出典元:https://www.nissan.co.jp/HERITAGE/DETAIL/391.html
車は売り切りモデルから、ソフトウェアのサブスクモデルに変化
※1 ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV):双方向通信機能を使って車を制御するソフトウェアを更新し、販売後も機能を増やしたり性能を高めたりできる自動車のこと。
志賀:今年の4月、4年ぶりに上海でモーターショーが開催されました。多くの経済人が見に行きましたが、上海に着くと、EVのナンバープレートをつけた車の多さに驚かれました。そして、モーターショーの会場でさらに驚いたのは、EVという単にエンジンがモーターに変わった車ではなく、さまざまなアプリケーションが生まれており、今まで考えていた車ではない、スマホのような車が多く展示されていたことです。
自動車は、あれだけのデバイスでありながらインターネットと接続していない。冷蔵庫や掃除機など、あらゆるものがインターネットに常時接続されているにも関わらず、車はつながっていないのです。これは、車のなかのソフトウェアのアップデートにも影響しています。例えば、スマホやPCでは購入後にバグがあると、リモートでソフトウェアがアップデートされます。しかし車の場合は、リコールが起こり、ソフトウェアをアップデートしようとすると、わざわざハガキで連絡が来て、ディーラーに持って行き、ディーラーの人がアップデートするのです。この領域が、伝統的な自動車メーカーはものすごく遅れています。
自動車業界でこれを最初に実現したのはテスラです。テスラは、単に車とインターネットをつなげるだけでなく、ソフトウェアのアップデートに加え、新しいアプリケーションを入れて、その料金をサブスクモデルで徴収するようにしました。これは、車は売り切りモデルで、販売後はメンテナンスをするくらいだと思っていた自動車会社からすれば想像がつかないことです。テスラの売り方は、車を売ったあとにどんどんソフトウェアをアップデートして、購入時より車を進化させていきます。そのため、通常の自動車会社のように頻繁にモデルチェンジをすることはありません。テスラの初期の車は未だに売られていますが、中身はバージョンアップされ、ものすごく進化しています。
また、テスラは利益も非常に大きくなっています。その理由は、コスト削減もありますが、車を売ったあとのアプリケーションのサブスクモデルという新たなマネタイズをしているからです。つまり、ビジネスのあり方が、車の売り切りモデルから、売ったあとにお客様とつながり、お客様にとって魅力のある新しいサービスを提供することでお金をいただくというモデルに変わってきています。だからこそ、EVについても、内燃機関がモーターに変わり、燃料タンクがバッテリーに変わったという従来の車の延長線上で考えるのではなく、全く新しい価値を提供するというのが今のトレンドです。テスラだけではなく、中国の主要なEVメーカーもそのようなサービスを提供し始めています。私はどちらかといえば、EVにシフトする以上に、このようにソフトウェアで新しい価値を提供していること自体が、非常に大きな脅威ではないかと思っています。
浅島:今までの車の価値はハードウェア中心だったのが、むしろソフトウェアが価値を決めていく方向に変わっていったということですね。
EV時代に乗り遅れた日本勢が勝つためには
志賀:今、世界的に起こっているトレンドをもっと純粋に捉えればよいと思っています。例えば、「ヨーロッパがハイブリッド車を入れたくないからEVを推進した」「ヨーロッパは合成燃料を認めたように、一旦内燃機関はダメだと言い、日本メーカーの開発を止めておいて、結局は内燃機関を残すのではないか」など、陰謀論が語られることが多いのですが、カーボンニュートラルや脱炭素は、現在地球にいる人間として本当に取り組まなければならない課題なので、純粋に取り組むべきです。その上で、周回遅れになってしまっている日本にとって大事なポイントは三つあります。
一つ目は、今の規制では内燃機関が2035年〜2040年頃にはほぼなくなってしまうと思われますが、内燃機関をつくっている部品メーカーさんは日本中にたくさんいらっしゃいます。そのような方々の業態転換について、今までのコア技術を活かしてどんな部品をつくればよいのかを真剣に考えるタイミングだと思います。今までと同じものをつくるのではありません。例えばEVでは、小型で軽量で強度が高い部品が望まれているので、今までとは材料も変わるはずです。そのような新たな研究を行い、業態転換をして、新しい時代のなかでも生き残ることができる日本の部品産業をつくってほしいです。
二つ目については、テスラがギガキャスト(※2)を考えたときのお話がよい例です。車の工場では、60〜70の部品を溶接して、フロントフロアやリアフロアという一つの大きな部品をつくっています。テスラのイーロン・マスク氏は、それを見て「どうして60の部品を溶接して一つの部品をつくっているのか。溶接はせず、一気に大きな部品をつくればいい」と言いました。すると、「そんな大きな装置はありません」と言われたのですが、「じゃあつくればいい」と言って、実際につくってしまいました。この発想が重要だと思うのです。今までの日本のものづくりは、それまでの延長線上で改善を繰り返してきましたが、そろそろもう一度、本当にゼロイチで見直すような、新しい発想を持つことがすごく大事だと思います。
※2 ギガキャスト:車体の3分の1にあたる部分を一気に成形する鋳造技術のこと。これにより大幅な工程短縮が実現。
出展元:トヨタ、EVでものづくり革新 生産工程や投資を半分にhttps://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC04CEA0U3A700C2000000/
浅島:本日は、本当に興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
志賀:どうもありがとうございました。
志賀 俊之
株式会社INCJ 代表取締役会長
1976年に日産自動車入社。
日産自動車取締役、最高執行責任者、産業革新機構会長、経済同友会副代表幹事、日本自動車工業会会長等を歴任。
浅島 亮子
株式会社ダイヤモンド社 ビジネスメディア局 ダイヤモンド編集部 編集長
2000年ダイヤモンド社入社。エレクトロニクス・自動車を中心に製造業の業界担当を制覇。労働問題の取材にも注力。15年より製造業担当の副編集長。現在、特集・ニュース統括も兼務。