EVとメタバースが統合する未来。加熱する中国メタバース最新事情・後編【中国デジタル企業最前線】

昨年から多くの話題をさらい、今もその言葉をあちこちで耳にする「メタバース」。中国でもBAT※をはじめとする巨大IT企業がメタバース事業に進出し、多様なサービスを展開しています。今やアメリカとともにメタバース先進国となった中国の事例を読み解くことで、DXの手がかりを探っていきます。後編ではバーチャルヒューマンを使った企業プロモーションの姿、EVとメタバースが融合することで変化する人々の生活にフォーカスします。

※BAT:B=バイドゥ、A=アリババ、T=テンセント

ざっくりまとめ

- メタバースの普及によりデジタルツイン、バーチャルヒューマンも発展していく。特に後者は、リアルのタレントに代わりCMや企業キャンペーンの世界にも進出しつつある。

- 2026年には、4人に1人がメタバースで1時間以上を過ごし、世界の組織の3割がメタバースに対応した製品やサービスを手がけると予測されている。

- 中国ではEVとメタバースの融合が進み、自動車内でゲームや映画なども楽しめる。自動車は移動するスマホとなっている。

メタバースがマーケットにもたらす五つの変化

前編ではメタバースの普及がマーケットにもたらす三つの変化を挙げました。後編では続く4番目と5番目の変化をみていきましょう。

4)デジタルツイン技術の発展

日本ではそこまで進んでいないデジタルツインプロジェクトですが、中国では数々の企業が参入しています。アリババの城市大脳(シティブレイン)、バイドゥのApollo、バイトダンスのVRデジタルツインクラウドサービス、51WorldのデジタルツインPaaS(Platform as a Service)、ファーウェイの沃土、iFLYTEKの城市超脳など、大手企業が積極的に進出を図っています。
iFLYTEK城市超脳―銅陵市ウルトラブレイン

iFLYTEK城市超脳―銅陵市ウルトラブレイン

5)バーチャルヒューマンの普及

バーチャルヒューマンはメタバースの発展と普及を支える存在といえるでしょう。洗練されたビジュアルかつ、緻密なキャラクター設定のバーチャルヒューマンが、徐々に現実の世界にも入り込んでくることが予想されます。日本発の女子高生バーチャルヒューマンのSayaは、AIを体験する高校の授業にも導入され話題を呼びました。そのほかにもバーチャルインフルエンサーのLiam Nikuroやバーチャルモデルのimma、中国発では翎Lingや AYAYI、TikTokの柳夜熙、バーチャルアイドルグループのA-SOULやRICH BOOMなどが挙げられます。彼らはリアルの人間と同じようにSNSでユーザーと交流し、オフラインイベントに参加し、商品のキャンペーンモデルを務めています。

Emergen Researchの調査によると、世界のバーチャルヒューマンの市場規模は2020年に100億3,000万USD、2030年5,275億8,000万USDとなる見込みです。中国の調査機関iResearchのレポートとコンサルティング会社量子位が発表したレポートを参照すると、中国のバーチャルアイドルを中核とした産業の規模は、2020年が前年同期比70.3%増の34億6,000万元、2021年は62億2,000万元に達する見込みです。さらに2030年には、中国のバーチャルヒューマンの市場規模は2,700億元に達すると予想されています。このうち、キャラクター型バーチャルヒューマンの市場規模は約1,750億元、サービス型バーチャルヒューマンは約950億元を超える見込みです。今後、ますます多くの産業がバーチャルヒューマンを起用するようになり、その産業に与える影響は、2020年は645億6,000万元、2021年は1,074億9,000万元に達することが推測されています。

バーチャルヒューマンの商業的価値は今まさに掘り起こされつつあり、ビジネスシーンでの応用範囲がさらに広がっていくでしょう。日本にはアイドル好き、アニメ好きの50、60代の層も多く存在するので、バーチャルヒューマンとの親和性は高いと思われます。中国と同様に、市場のニーズはあるといえるでしょう。

Z世代が消費力を持つにつれて、ブランドマーケティングにバーチャルヒューマンは欠かせない存在となると予想されます。コカ・コーラ、ルイ・ヴィトン、プラダ、テスラ、SK2などブランドを有する企業では、すでにバーチャルヒューマンをプロモーションに起用しています。バーチャルヒューマンの場合、「スキャンダルや炎上など、リアルのタレントで発生しうるブランドイメージの毀損リスクを回避できる」という大きなメリットがあります。スケジュールの調整問題もなく、任意の時間・場所で撮影が可能であり、ヘアメイクも不要で、マネージャーや備品・雑費などのコストもすべて削減可能です。今後、人気のバーチャルヒューマンが数多く誕生していき、企業はより一層、自社のイメージタレントとして積極的に活用していくでしょう。
ニュース・情報番組などのバーチャルヒューマンアナウンサー

ニュース・情報番組などのバーチャルヒューマンアナウンサー

出典元:iFlytek社より画像提供
通信教育のバーチャルヒューマン先生

通信教育のバーチャルヒューマン先生

出典元:iFlytek社より画像提供
銀行アプリ内のバーチャルヒューマン業務対応係

銀行アプリ内のバーチャルヒューマン業務対応係

出典元:iFlytek社より画像提供
24時間×365日無休ECサイトのライブコマースでバーチャルヒューマン販売員

24時間×365日無休ECサイトのライブコマースでバーチャルヒューマン販売員

バーチャルヒューマンアイドルAYAYIのプロモーション起用

バーチャルヒューマンアイドルAYAYIのプロモーション起用

出典元:ポルシェのWeibo公式アカウント

2026年、4人に1人はメタバースで1時間以上過ごすようになる

メタバースはインターネットをより拡張した概念で、人類のデジタル化の水準を大幅に向上させます。スマートフォンの登場は、ネットサーフィンのためのハードウェアの障壁を下げ、ユーザー数を急増させました。その環境下でメタバースが登場したことで、人々はこれまで以上にネットの世界と現実の世界を行き来するようになるでしょう。その結果、認知と意思決定の効率化や、エンターテイメント体験の多様化などの促進が期待できます。

リサーチ&アドバイザリー企業のGartnerは、2022年2月9日のプレスリリースで「2026年までに人々の25%は、仕事やショッピング、教育、ソーシャル、エンターテインメントなどの目的で、1日1時間以上をメタバースで過ごすようになる」と発表しました。さらに企業もメタバースに移行することで、従来とは異なるビジネスモデルでサービスの拡大・強化が進み、「2026年までに、世界の組織の30%がメタバースに対応した製品やサービスを持つようになる」と予測しています。ただし、この数値はあくまで世界の平均であり、おそらく日本の組織は出遅れる可能性が高いでしょう。逆に中国とアメリカは30%以上の伸びをみせると予想します。

2007年にiPhoneが登場して以来、モバイルインターネットのユーザー数は増加を続け、現在のスマートフォンの市場規模は、年間販売台数約13.5億台にまで成長しています。全世界のインターネットユーザーは約46億人、中国のインターネットユーザーは10億人を超え、インターネット普及率も71.6%以上です。2020年度、中国デジタルエコノミーコア産業のGDPは全GDPの7.8%を占め、2025年は10%を超えると予測されています。

中国のインターネットユーザーは毎日平均約5時間ネットに滞在し、ソーシャルコミュニケーション、動画視聴、ライブ放送視聴、ネットショッピングなどを楽しんでいます。今後、メタバースの発展によりユーザーがオンラインの滞在時間を大幅に増やし続け、より幅広い仕事やエンターテインメント分野に影響を与えることが予想されます。メタバースは、今後20年間の世界のテクノロジーのトレンドをリードし、人類のデジタル化における最重要ツールとなり、テクノロジーの体系的な革新のためのテスト場になるでしょう。

EVとメタバースの統合が実現する未来

今後3~5年の間に、メタバースは三つの方向で進展していくと予測します。
1)スマートフォンとPCのコンテンツ革新
ゲーム、映像、新興ベンチャー系テクノロジーなどの企業が主体となって、デジタルツイン、オープンワールドゲーム、バーチャルヒューマン、バーチャルソーシャル、バーチャルカンファレンスなどの分野を開拓していくでしょう。

2)VR/AR/MR次世代技術のハードウェアの継続成長
VRデバイスの年間販売台数は1100万台(2021年)から5000万台(2025年)に急増し、ゲーム、映画、テレビなどのアプリとコンテンツは発展初期段階に入っています。年間VRデバイスの販売台数が1億台を超えるかどうかは、光学、ディスプレイ、インタラクション、データ通信、バッテリー、ストレージなどのハードウェア技術領域でのブレークスルー次第となるでしょう。

3)EVとメタバースにおけるアプリの統合
中国の「新興EV造車三兄弟」といわれるNIO(上海蔚来汽車)、Xpeng(小鵬汽車)、Li Auto(理想汽車)をはじめとする新興自動車メーカーは、車内VRとメタバースのアプリ統合を進めています。すでにNIOは北京のスタートアップであるNORO VRと、同じく北京に本社をかまえAR端末を手がけるエンリアルに出資を行っています。

次世代の車はハードウェアではなく、ソフトウェア基点でつくられていくようになるでしょう。中国人は1日のうち数時間を自動車のなかで過ごしますが、車内で映画やゲーム、音楽を楽しんだり、おいしいレストランの情報を検索したり、家の炊飯器やエアコンを起動させたりもできる、まさに至れり尽くせりな空間となっています。今やEVとは、移動できるスマホともいえる存在になっているのです。そんななか、中国では特定の場所で完全自動運転となるレベル4の自動運転が実現しています。つまり、人々は車内でメタバースを利用することで、移動時間をバーチャルな世界で過ごすことも可能となるのです。EVとメタバースのアプリ統合は、ネットの世界と現実の世界の行き来をさらに加速させ、人々の生活を変化させることでしょう。
「新興EV造車三兄弟」のメタバース商標申請状況

「新興EV造車三兄弟」のメタバース商標申請状況

出典元:商標申請状況をもとに筆者作成
NIO×NOLO VRのVR Glass

NIO×NOLO VRのVR Glass

出典元:Weilai
李 延光(LI YANGUANG)
株式会社デジタルホールディングス 中国事業マネージャー兼グループ経営戦略部事業開発担当
天技营销策划(深圳)有限公司 董事総経理

2004年来日、東京工科大学大学院アントレプレナー専攻修了。IT支援やコンサルティング、越境EC、M&Aなど多岐にわたって従事したのち、2011年に株式会社オプト(現デジタルホールディングス)に入社。2014年より中国事業マネージャー兼中国深圳会社董事総経理を務める。日中間の越境ECの立ち上げ、中国政府関係及びテクノロジー大手企業とのアライアンス構築、M&Aマッチング、グループDX新規事業の立ち上げなどを担当。

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