中国最前線

巨大IT企業参入で、加熱する中国メタバース最新事情・前編【中国デジタル企業最前線】

昨年から多くの話題をさらい、今もその言葉をあちこちで耳にする「メタバース」。中国でもBAT※をはじめとする巨大IT企業がメタバース事業に進出し、多様なサービスを展開しています。今やアメリカとともにメタバース先進国となった中国の事例を読み解くことで、DXの手がかりを探っていきます。前編ではメタバースの台頭で生じるマーケットの変化として、中国を代表する巨大IT企業のテンセント、バイトダンス、バイドゥの動きを解説します。

※BAT:B=バイドゥ、A=アリババ、T=テンセント

ざっくりまとめ

- 2021年にメタバースが注目された理由として、ロブロックスとメタの2社の存在が大きい。さらに、マイクロソフト、エヌビディア、テンセント、バイドゥ、アリババ、バイトダンスなどのIT企業がメタバースに言及した影響もある。

- メタバースの普及により、エヌビディア、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ、インテル以外にも新興のGPU開発企業が存在感を増してくると予想される。

- 日本ではソニー以外の企業はVR/AR端末で大きな動きが見受けられないが、今後5年間でVR/ARハードウェアの年間販売台数は世界で5,000万台まで伸びると予想されている。

- 中国のテック企業テンセント、バイトダンス、バイドゥもそれぞれのやり方でメタバースに進出し、覇権を狙っている。

メタバースが2021年に爆発的流行を見せた理由

2021年、マーケットで大きな注目を集めたメタバース。メタバースを語る上で欠かせない企業がロブロックスとメタ(旧フェイスブック)の2社です。ロブロックスはメタバース銘柄として初めての新規IPO企業で、2021年3月にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場し、初日は時価総額が一時50%以上の増加を見せました。同年10月にはフェイスブックがメタに社名変更し、世界的な注目を集めました。ときを同じくしてマイクロソフト、エヌビディア、テンセント、バイドゥ、アリババ、バイトダンス、ネットイースなど米中の大手企業もメタバースについて言及しています。

メタバースという概念は1992年のSF小説『Snow Crash』で初めて提案されたといわれています。30年後の今日、世界的な計算能力の飛躍的向上や機械学習コストの激減、モデル学習時間の大幅短縮により、AIの技術は大きく進歩しました。加えてXR(クロスリアリティ)技術の登場により、メタバースの実用性が高まった今、再びマーケットから注目を集めるようになっています。

メタバースがマーケットにもたらす五つの変化

1)GPU開発企業の台頭

高性能GPU(Graphics Processing Unit)領域で、エヌビディア、アドバンスド・マイクロ・デバイス、インテルのような企業は非常に強い競争力を持っています。最近は中国企業も台頭しつつあり、GPU開発企業への投資熱が高まりをみせています。

摩爾線程(Moore Threads)という新興GPU企業は、設立からわずか100日間で、2回の資金調達を終えています。2回の調達で得た資金は数十億元(数百億円)で、セコイア・キャピタル・チャイナ、GGVキャピタル、深圳キャピタル・グループが共同で出資を主導し、バイトダンス、ポニー・エーアイなども出資に参加しました。設立300日目を迎えた2021年11月25日には、国産初のGPU研究開発が完了したことを発表しています。

テンセントが株主となっている燧原科技(Enflame Technology)という新興GPU企業は、エヌビディアに比べ、AIに特化して設計されており、コストパフォーマンスに優れている点が強みです。技術サポートをローカライズして提供できるだけでなく、個別カスタマイズのニーズにも対応しています。技術と価格の敷居が下がることで、より多くのAI開発者によって優れたモデル提供が推進され、中国のAI市場はさらなる発展が期待できるでしょう。
燧原科技のGPU製品

燧原科技のGPU製品

2)VR/ARハードウェアの普及

2025年にはVR/ARハードウェアの年間販売台数は5,000万台まで伸びると予想されており、もしハードウェア技術がさらに発展すれば、中長期的には億単位以上の販売規模も期待できるでしょう。VR端末の代表格であるメタのOculusには先行者優位性があり、市場をリードしています。日本のメーカーからはソニーがPlayStation VRをリリースしていますが、それ以外の企業は未だ大きな動きが見受けられない状態です。TikTokを手がけるバイトダンスは2021年8月にVRのスタートアップであるピコ・インタラクティブを90億元(約1,642億円)で買収しました。そして、早ければ今年にもアップルからVR端末が出ると噂されています。日本にも同社のユーザーは多く、その動向に注目が集まっています。
ピコ・インタラクティブのPico G2

ピコ・インタラクティブのPico G2

3)存在感を増すテンセント、バイトダンス、バイドゥの3社

中国を代表するIT企業であるテンセント、バイトダンス、バイドゥもそれぞれのスタンスでメタバースに進出を図ろうとしています。各社の事例をみていきましょう。

テンセントのメイン事業はWeChatというソーシャルアプリの運営です。WeChatは10億人以上という世界トップクラスのMAU(Monthly Active Users)を誇り、多くのユーザーはチャット機能以外にも、タイムラインやキャッシュレス決済などを頻繁に使っています。WeChat内には他にも、ゲーム、EC、ニュース、さらにはビジネス管理とビジネス商談などを行うことができる機能もあり、単なるソーシャルアプリの枠を超え、一部の人々からは2Dバージョンのメタバースとも呼ばれています。

また、テンセントはアメリカのメタバース主要プレイヤーであるロブロックスとエピックゲームズに多額の投資を行っています。ロブロックスとは戦略的パートナーシップを構築し、中国市場のローカルパブリッシャーとしてジョイントベンチャーも設立しています。エピックゲームズにおいては約40%の持株比率を維持しており、創設者兼CEOのティム・スウィーニー氏に次ぐ2番目に大きな株主となっています。数々のeスポーツのトーナメントを開催するライアットゲームズの株式も100%保有しており、有名タイトルを手がけるゲームメーカーであるアクティビジョン・ブリザードやユービーアイソフトの株もそれぞれ約5%保有しています。
テンセントのゲームマトリックス

テンセントのゲームマトリックス

さらに、テンセントはSnapchatを運営するスナップの株式も約15%保有しています。同社は、ARのプラットフォームからハードウェアまで、ARを中心としたエコシステムの構築を進めています。また、ハンドトラッキング技術や超音波によるVRの触覚を再現する技術を開発しているウルトラリープ、MR(Mixed Reality)デバイスを開発しているエンリアルにも傘下のベンチャーキャピタルを通して出資を行っており、今後のメタバース市場における有力プレイヤーとなるでしょう。
テンセントが描くメタバース構想

テンセントが描くメタバース構想

2021年10月29日には、KADOKAWAに約300億円を出資。出資比率は約6%となる見通しで、3番目の株主となる見込みです。これらの狙いは、日本のマンガやアニメなどの知的財産の活用にあります。2020年時点でオンラインゲームを手がけるマーベラスを完全子会社化しており、ゲームや映像系の企業には積極的な投資を進めています。PCインターネットの時代もモバイルインターネットの時代もトップを走るテンセントは、次なるメタバースの時代でも唯一メタと対抗できる企業といえるでしょう。

次にご紹介するのはバイトダンスです。バイトダンスは、TikTokに続く新たなアプリとして、メタバースで展開するSNS「派対島(パーティーアイランドの意)」をリリースしました。現在はテスト期間中で、利用するには知人からの招待が必要です。
テスト期間中である「派対島」の画面

テスト期間中である「派対島」の画面

ユーザーは3Dの仮想空間で、自身のバーチャルヒューマンを使って友人と会話したり、VRのコンサートといったイベントに参加したりすることができ、ロブロックスと同様にリアルタイムでコミュニケーションを楽しむことができます。バイトダンスは派対島のリリースを皮切りに、メタバース事業に本格参入することになるでしょう。

前編の最後にみていきたいのが、バイドゥの動きです。PCインターネット時代に隆盛を誇ったバイドゥは、モバイルインターネット時代ではマイクロソフトと同じく出遅れてしまった感があります。しかし、近年のバイドゥはAIを活用した自動運転技術、バイオコンピューティング技術、コンシュマー向けの製品開発に集中しており、そのなかで中国初のメタバースアプリ「希壤(シーラン)」をリリースしました。中国の古典から引用し名付けられたこのアプリ上で、2021年12月27日には「2021年百度AI開発者大会(2021 Baidu Create AI Developer Conference)」が開催されました。メタバース上には10万人が参加可能で、業界の専門家や技術者、開発者など100人以上の有識者が集まり、議論が行われました。
メタバースアプリ「希壤」で開催された、2021年百度AI開発者大会映像

メタバースアプリ「希壤」で開催された、2021年百度AI開発者大会映像

また、バイドゥがリリースしたAIバーチャルヒューマンプラットフォーム「曦霊(シーリン)」は、さまざまなAIバーチャルヒューマンの作成やコンテンツを生み出すことができます。バイドゥの自社キャラクターであるAIバーチャルヒューマン「希加加(シージャジャ)」は、英語と中国語の二ヵ国語を同時に駆使し、テスラのCEOイーロン・マスク氏の母親であるメイ・マスク氏と会話したことで話題を呼びました。「希加加」には数多くのAI機能が実装され、Plato対話システム※、動画学習能力を搭載し、リアルの芸能人に代わるタレントとしても活動するために準備を進めています。その他にも、バイドゥは中国の中央テレビニュースとともに、聴覚障害者向けの手話サービス「AI手話キャスター」の開発を進めています。

※Plato対話システム:CAI(コンピュータ支援教育)をもちいて、AIバーチャルヒューマン自身が対話機能を機械学習するシステムです。
AIバーチャルヒューマンプラットフォーム「曦霊」

AIバーチャルヒューマンプラットフォーム「曦霊」

2021 Baidu Create | What Would Maye Musk Do With Baidu's Digital Assistant?

続く後編では、4番目と5番目の変化であるデジタルツインとバーチャルヒューマンの発展にフォーカスを当て、その動向を探ります。
李 延光(LI YANGUANG)
株式会社デジタルホールディングス 中国事業マネージャー兼グループ経営戦略部事業開発担当
天技营销策划(深圳)有限公司 董事総経理

2004年来日、東京工科大学大学院アントレプレナー専攻修了。IT支援やコンサルティング、越境EC、M&Aなど多岐にわたって従事したのち、2011年に株式会社オプト(現デジタルホールディングス)に入社。2014年より中国事業マネージャー兼中国深圳会社董事総経理を務める。日中間の越境ECの立ち上げ、中国政府関係及びテクノロジー大手企業とのアライアンス構築、M&Aマッチング、グループDX新規事業の立ち上げなどを担当。

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