落合陽一氏プロデュースの大阪・関西万博パビリオンに登場するデジタルヒューマン型ID基盤の背景と意義【Macnica Exponential Technology 2023 イベントレポート】

インターネットの普及以来、技術革新のスピードが圧倒的に速くなったと言われるなか、生成AIの登場により、その速度はさらに増すばかりとなっています。そのような指数関数的(Exponential)に進化するテクノロジーを適切に活用すべく、2023年11月29日、株式会社マクニカが「最先端テクノロジーを俯瞰し共に未来を創る」をコンセプトとしたカンファレンス「Macnica Exponential Technology 2023」を開催しました。本記事では、そのなかから、筑波大学 准教授でメディアアーティストとして活動する落合 陽一氏が登壇したセッション「フィジカルとデジタルを生きる 新しい私の証。」をレポートします。

落合氏は、2025年に開催される大阪・関西万博で、中核事業として据えられたテーマ事業「シグネチャープロジェクト」の展示パビリオン「シグネチャーパビリオン」を担当する8人のプロデューサーの1人です。落合氏が手がけるパビリオン「null²(ヌルヌル)」は、「いのちを磨く」がテーマとなっています。本パビリオンは、建物の外装に全体が有機的に動く「鏡」をあしらい、未知の風景を生み出す「フィジカルの鏡」と、内部では訪れた人の身体をデジタル化し、自らのデジタルヒューマンと対峙する「デジタルの鏡」という「二つの鏡」をコンセプトに設計が進められています。「デジタルの鏡」の一環として大阪・関西万博で実証実験が予定されているデジタルヒューマン型ID基盤「Mirrored Body」は、自身のデジタルヒューマンと個人の情報が一体となった「自分の分身」で、自分自身のデータを集約し管理できるものです。万博後も社会インフラとして活用され続けることを目指しています。本セッションでは、大阪・関西万博での自身のパビリオンの構想や意義について落合氏が明かしました。

落合氏がプロデュースする、「いのちを磨く」パビリオン

本日は、大阪・関西万博のテーマ事業を含め、デジタルヒューマンや、私たちがどのようにしてデジタル社会のなかで生きていくかを考えながら、お話を聞いていただければと思います。私は、2025年の大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーをしています。パビリオンが万博期間だけの建築にとどまってしまうのは非常にもったいないということで、それを持続可能に運営し、万博にまつわるレガシーを残すために「株式会社サステナブルパビリオン2025」という事業会社を立ち上げました。大阪・関西万博は、2025年4月13日から10月13日までの184日間開催されるお祭りです。せっかく万博をやるからには、「万国博覧会」に相応しいレガシーを残さなければ意味がないと思っています。

私は、テーマ事業プロデューサーを務め、万博の公式コンテンツのテーマ館としてパビリオンをつくっています。今回の万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」が全体のテーマですが、そのなかで「なぜ、この万博をやるのか」を強調するような館をつくろうというのが、私たちのプロジェクトです。私の館は「いのちを磨く」というテーマをいただき、「磨く」といえば、日本では「鏡」かなと考えました。安直ですが根が深く、弥生時代頃からと考えれば数千年ほど日本人は神事で鏡を使ってきました。その上で、フィジカルの鏡を使ったパビリオンの彫刻と、デジタルの鏡を使った身体的な体験という二つのコンセプトを打ち出しています。コンテンツが二つしかないといわれればその通りですが、このくらい一点突破しなければ、世の中に刺激を与えられるものをつくることはできないと考えています。外側の彫刻としては、人類がまだつくったことのない「有機変形建築」という、実際に変形するようなパビリオンをつくろうとしています。そして、その内側ではレガシーとなるよう、「人間はデジタル化のなか、どのように身体を変容させていくのか」をテーマにコンテンツをつくっています。

自分自身の写し鏡、デジタルヒューマン型ID基盤を実証実験

現代のように、これほどAIが発達し、技術進化の速度が上がると、人類が情報をキャッチアップするのは難しくなっています。1日中、計算機の前に張り付いていれば可能かもしれませんが、それはなかなか難しいでしょう。そうすると、自分はどのような情報が必要かを常にフィルタリングしてくれる「もう1人の自分」がいないと情報をキャッチアップしきれません。2022年の6月くらいまでは、AIに関するトレンドをしっかり追いかけられている専門家がいたと思います。しかし、その後、月に数百のサービスが公開され、論文が月に1,000本ほど公表されるようになると、サービスのデモを1日に100個ほど試し、論文も読まなければならなくなります。これはもはや、追いつくのは技術的に難しい領域です。自分にとって必要な情報を取捨選択してインプットする際、自分自身の趣味や嗜好、興味が反映されたデジタルの自分が、自らの代わりに情報を収集・閲覧したりして、必要な情報のみを教えてくれるという状態は非常にイメージしやすいかなと思います。

しかし、これには大きな問題があります。例えば、ChatGPTなどのLLM(※)が出てきて、プログラムを書くことも簡単になり、情報を調べるのも楽になってきたはずなのに、家でプログラミングをするようになったり、新しいアプリを月に30個公開したりはしていないはずです。なぜなら、人類は道具が進歩しても、一気に行動を変えないからです。道具が進歩しても何かができるようにはなりませんが、生態系や情報関係はどんどん変わっていってしまうので、それを追いかけ続けるために、自分のコピーくらいは、そのような環境に適応している状態をつくったほうがよいのではないでしょうか。そのために、新しい情報との境界面としての自分自身を、自分でしっかり管理して、自分で持っておくというのは、すごく大切なことだと考えています。そのような考えのもと、デジタルヒューマン型ID基盤「Mirrored Body」を大阪・関西万博で実証実験するのです。

※LLM:大規模言語モデルのこと。大量のデータとディープラーニング(深層学習)技術によって構築される。
(参照)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000124476.html

例えば、老人ホームに入ったおじいさんが認知症になってしまった際、LLMのおじいさんが代わりに喋るという状況が普通になっていくと思います。「生まれたところはどこですか」と聞かれ、本人は答えられないけれど、スマホが「私が生まれたのは港区です」と答えているようなイメージです。これから生まれてくる人たちは、そうした世界で生きていくので、自分自身のコピーや、自分自身のデータを自分で持って生きていくことが大切になります。1990年代の人がテレビを見て自分の夢を描き、2000年代の人がYouTubeを見て勉強したように、2020年代以降の人たちはきっと、AIと対話しながら決断をしたり、何かに憧れたりすると思います。そのような背景から、自分自身のAIや、自分自身の写し鏡をどうつくっていくかを社会に向けて実証実験するのは、今こそまさに、そのときだと考えています。

この技術が具体的にどのようなところで使われるかというと、例えば、オフィスや学校、銀行、アミューズメント施設など、さまざまなところで、個人の情報や決済、身分証明などのハブになるはずです。こういうものが絵に描いた餅になるのは、初期ユーザーが集まらないからですが、ナショナルイベントこそ、「鶏が先か、卵が先か」という問題を同時に攻略するために存在していると思っています。多くの人が一気に集まる場をわざわざつくるのですから、そこでPASMOやSuicaの初期ユーザーくらいの人数に導入されれば、ある程度は上手く進み始めるはずです。大阪・関西万博に2,500万人が来たとして、その内の100万人から150万人を、このパビリオンに入る際にデジタルヒューマンに変えてしまうことで、石が転がり出すきっかけになると考えています。

日本は生成AIや人工知能に優しい国だと思います。研究目的でAIを開発することには、強くバックアップしてくれる国です。そのような日本で、AIやデジタルヒューマンの技術を進めていく上で、自分自身の写し鏡をつくる事業が始まるというのは、今の社会情勢とも合っているのではないでしょうか。これにより、社員証やSNS情報、購買情報などのあらゆる情報が紐づいた分身を人々が持つきっかけになると思います。これは、2030年から見れば普通のことでしょう。私たちは、2023年の現在から7年の間に、このようなデータをどうやって拠出し、管理していくかが重要になっていくので、この領域をやらなければならないと考えています。

落合 陽一

メディアアーティスト

1987年生まれ、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター センター長、准教授・JST CREST xDiversityプロジェクト研究代表。

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