サッカー元日本代表監督の岡田武史氏に訊く、AI時代を生き抜く教育【リクルート スタディサプリ教育AI研究所 所長・生成AI活用普及協会 理事 小宮山氏と探る、AI時代の教育変革】

人とAIの共存が当たり前になっていく社会において、教育のあり方を再定義し、アントレプレナーシップ教育を推進する必要がある。この考えのもと、リクルート スタディサプリ教育AI研究所の所長であり、一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)で理事を務める小宮山 利恵子氏が、「AI時代の教育変革」をテーマに、対談を通じて教育現場の実情や事例を紐解く連載企画。初回の対談相手は、2023年4月から学校教育の分野に乗り出す、サッカー元日本代表監督の岡田 武史氏です。

岡田氏は、愛媛県今治市に「FC今治高等学校 里山校(以下、FC今治高校)」を2024年4月に開校し、学園長に就任することを発表。「今の僕は『次世代のため、ものの豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する』という理念の実現のために動いています」と力強く語ります。日本を初めてワールドカップ本大会の舞台に導いた指導者は、どのような教育のビジョンを描いているのか。お二方の対談を通じその核心に迫ります。

子どもたちに新しい社会を残したいと、学校設立に参画

――来年の4月に開校を控える、FC今治高校の立ち上げの背景を教えてください。

岡田:もともと教育には興味があり、これまでも環境教育や野外体験教育に携わってきました。社会がこれだけ大きく変化する時代に合わせて教育も変わる必要があると考えていた矢先に、今治明徳学園から声がかかったんです。僕は学校教育に関しては素人だし、客寄せパンダになるつもりはなかったので、本気で新しい教育に取り組むならと伝えたところ、先方も賛同してくれて参画することになりました。

僕は、40年ほど前から環境問題を勉強していますが、今は地球環境が閾値を超えて元に戻れなくなってしまったと感じています。ロールモデルがない時代が来るなか、心身ともにタフで、変化に適応する能力と主体性を持って周囲の人を巻き込み、世界の歴史を動かせるキャプテンシップを持ったリーダーである「ヒストリック・キャプテン」を輩出することが目的です。

人間は一人では生きていけないので、多様な人が集まり助け合うコミュティが必要です。同質の人だけが集まったら、一つの要因で共倒れになりますから。僕たちが目指すのは、衣食住を保証し合うベーシックインフラを整備した、里山を中心とする共助のコミュニティです。JリーグとBリーグのクラブが中心となり、そのようなコミュニティが生まれたら、日本から世界を変えられるかもしれない。環境問題だけでなく、 資本主義では格差が拡大し、民主主義はポピュリズム化して、世界が国民国家に戻ろうとしている。子どもたちに新しい社会を残したいという想いが、FC今治高校設立の背景にあります。

――岡田さんの発言には「共助」というキーワードがよく出てきますが、岡田さんの考える「共助」とはどういったものでしょうか?

岡田:イメージは、僕が生まれた大阪のコミュニティです。かつての大阪には隣の家同士で米や味噌を融通し合ったり、酒を飲んで暴れる父親がいたらその子どもをかくまってごはんを食べさせたり、障がいのある子どもとも当たり前に遊ぶインクルーシブなコミュニティがありました。しかしコミュニティが大きくなってくると、障がい者や高齢者を区分するようになる。昔に戻せとは言いませんが、ITやAIを活用することで大きくても共助の根付いたコミュニティができると考えています。
2024年4月開校 FC今治高等学校 里山校

人間だからこそ可能な「五感を使ったリアルな学び」

小宮山:午前中で座学を終えて、午後は探究の時間に当てるというFC今治高校のカリキュラムは理想の教育だと思います。五感を使ったアナログでのリアルな学びは、それこそがAIにはできない人間ならではの学びです。大学入試の傾向が去年から変わり、学習に対する意欲や目的意識を重視する「総合型選抜」と従来の「学校推薦型選抜」の割合が過半数になりました。今後、探究学習の重要性はますます増えていくでしょう。

岡田:先日、教育関係者と話したところ、一般入試以外の入試は選抜方法がとても難しく、結局は内申点で判断してしまう傾向にあるとのことでした。アメリカの大学では何度も面接をして人間を見極めるけれども、日本の大学ではそこまでのノウハウが確立されていない。そこで、FC今治高校のように探究学習の内容を保証してもらえると、大学側としては判断しやすくなると話していましたね。

小宮山:アメリカの大学入試では、小論文やエッセイが日本とは比較にならないほど厳しく評価されます。どこで生まれて、どんな生活をしてきて、どう社会と関わってきて、大学で何を学び社会に貢献していきたいのか。そういった質問にはまさに、探究学習の経験がないと答えられないでしょう。

自主的に動いて課題を解決する、アントレプレナーシップが重要に

――FC今治高校のカリキュラムや探求学習はどのようなものでしょうか?

岡田:僕たちは「守破離(しゅはり)」の概念を大事にしています。「守」が必要な人にはティーチング、「破」が必要な人にはコーチングを行い、「離」に達した人はフリーにします。これまでの日本のように、何もしなくても生きていける社会で育った人々は、きっと「遺伝子のスイッチ」が入っていないと思うんです。野外での体験教育は、遺伝子のスイッチを入れることを目的に通年で実施します。卒業までに四国八十八ヶ所のお遍路をまわったり、サバイバルとして火を起こす方法や飲料水を確保する方法、天気図や潮の流れの読み方も教えます。農業も体験しますし、企業経営やブランディング、マーケティングについても学びます。そして、文化、アートやスポーツについてもトップレベルの人たちの話を聞く機会を設けますので、自分が熱中できることをぜひ見つけてもらいたいですね。

小宮山:私はキャンプが好きで、キャンプインストラクターの資格を持っていますが、火起こしにもコツがあります。マグネシウムの粉を使ったり、松の木を使ったりすることは、実際に野外で活動しないと分からないことです。「守破離」については、いろいろな示唆に富んだお話ですが、私は最後の「離」がとても重要だと思います。親や先生は、つい過保護になりがちで、過剰な声がけをしてしまいます。でも、「守」と「破」が身についていれば、子どもたちは自走できる。「離」で生徒をフリーにするというのは、意外と難しい教育の部分です。

岡田:実は僕も、自分の子どもには上手くサッカーを教えられないんです。なんとかしてやりたいという想いがあるから、どうしてもムキになってしまう。そこで、僕たちは三つの質問を大事にしています。これは横浜創英の工藤先生に教わったのですが、困っている生徒には「どうしたの?」と聞き、答えが返ってきたら「君はどうしたいの?」、さらに「先生に手伝えることはある?」と尋ねる。ヒントを与えることはあるけれども、先生から「こうしなさい」といった助言はせず、質問を繰り返して生徒の主体性を引き出します。

小宮山:これからは、自主的に動いて課題を発見し、改善・解決するアントレプレナーシップがとても重要になってきますよね。リクルートでも「高校生Ring」という、高校生を対象に、自分の身近(半径5メートル)なことに目を向け課題を発見し、解決につながるサービスを考え提案するプログラムを開催していますが、今のお話を聞いて共通する部分があると感じました。

岡田:「政府が何とかしてくれる、お上が何とかしてくれる」が通用しない、誰も先が見通せない時代がやってきます。先日も、四国山脈を越えて大阪方面に行った台風が、進路を変えてこちらに戻ってきましたからね。こんなことは初めてですよ(笑)。

自然環境だけではなく、AIの進化にも僕は危機感を持っているんです。ユヴァル・ノア・ハラリ(※)の書いた『ホモ・デウス』ではないですが、シンギュラリティが起きたら一部の権力者や富裕層は身体をサイボーグ化して、脳をクラウドにアップロードして死なない存在、ホモ・デウスになり、僕たちホモ・サピエンスを支配する時代が来ると。だから、僕は今治をそんなホモ・デウスに対するレジスタンスの拠点にするつもりです(笑)。

※ユヴァル・ノア・ハラリ:イスラエルの歴史学者。『サピエンス全史』『ホモ・デウス』は世界的なベストセラーとなった。

東京にはない、地方の潤沢な資産を活かす知恵

――岡田さんが、今、地方に注目する理由を教えてください。

岡田:東日本大震災が発生した際、海辺の村が数日間外部から孤立してしまったそうです。そこで、皆で重い食料を背負って支援に向かったら、現地の高齢者の方々が竹を割って山から水を引いて、自分たちで火をおこして海の幸、山の幸で宴会をしていたとのことです。東京で停電したら食料が調達できないし、食べ物は数日で腐ってくる。ところが地方には自然の資産がたくさんあって、活用する知恵があります。

小宮山:東京にいるとどうしても生産者の視点が欠けてしまうんですよね。消費者と生産者の距離が近い地方では、食べ物が食卓に運ばれるまでの過程が見えるので、子どもたちの想像力も養われます。

岡田:京都大学の総長を務めた山極 壽一さんともお話ししましたが、農耕社会では人が定着してモノが移動していたけれど、これからは狩猟時代のように人が移動する時代が来ると。国や行政といった大きな視点ではなく、国境もなく自由に出入りできるコミュニティをつくることで、何か光が見えてくるのではないかと考えています。

僕の考えるベーシックインフラは、他所から人が来ても衣食住を保証できるような仕組みです。実際に畑や田んぼを耕作して、今年は350キロの米を収穫しましたし、フードバンクも作る予定です。里山のカフェのキッチンに、月1回、町のレストランのシェフにボランティアとして来ていただき、皆で食事を楽しんだり、スポンサーである住宅メーカーの指導を受けて空き家のリノベーションを進めています。大工や調理の経験を持った個人には、仮想通貨を発行してモチベーションをあげていく。この仮想通貨は、地域経済を活性化するために、あえて貯蓄もできないように時間とともに価値が目減りする仕組みを考えています。

子どもたちの「育つ力」を信じる

――これからAIが本格的に教育に導入されることで、どのような変化が起きるとお考えでしょうか?

小宮山:AIの導入により、教育とは何か、教員とは何か、学校とは何か、それから地域とは何か、といった再定義が必要になるでしょう。ずっと校舎のなかで学ぶのではなく、午後からは、地域全体が学びの場になる。FC今治高校では、そういった実証をしているように見えます。

岡田:僕たちは、アメリカのミネルバ大学みたいに、キャンバスは街全体と考えていましたが、今の小宮山さんのお話を聞いて、なるほどと思いましたね。これまでの学校は、どこか社会と分断されていて、そこに違和感を持っていましたから。もう一度、教育の定義を考える必要性を感じています。

――では、最後に教育に対して悩みや不安を抱えている読者に対して、お二人からのメッセージをお願いします。

小宮山:これからの教育は、失敗が重要なテーマになると思います。これまでの教育は、できるだけ失敗せずに、一つの答えに早く確実にたどり着くことが正解でした。しかし、これだけ混沌としている社会では、まず動いてみて、失敗したら改善する、ということの繰り返しが重要になってきます。失敗をポジティブに捉えられるかどうか。そういった教育が、ますます重要視されるでしょう。

岡田:子どもを育てるのではなくて、育つ力を信じて見守ることが大人の役割です。僕はコーチに対して「子どもが育つ邪魔をするな」くらいのことを言います。人間は育つ力を持っているので、それを信じて最後のセーフティーネットになるのが保護者で、途中のセーフティーネットが先生です。「先生は子どもの人生を背負っている」なんて考えていたら安全策しかできません。そうではなく、先生も子どもと一緒になって失敗すればいいんです。その失敗から学んで成長していく。子どもの育つ力を信じることが、一番大事だと考えています。

岡田 武史

FC今治高等学校 学園長
株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長

早稲田大学政治経済学部卒業後、古河電気工業サッカー部(現ジェフユナイテッド市原・千葉)に入団し、日本代表に選出。1990年に現役引退後、日本代表コーチなどを経て、1997年に日本代表監督に就任。W杯フランス大会に出場。2007年に2度目の日本代表監督に就任し、W杯南アフリカ大会ではベスト16に導いた。2014年、FC今治のオーナーに就任。2019年には日本サッカー殿堂入りを果たした。2024年4月開校のFC今治高等学校学園長に就任。

小宮山 利恵子

株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所 所長/一般社団法人生成AI活用普及協会 理事

衆議院、ベネッセ等を経てリクルートにて2015年より現職。国立大学法人 東京学芸大学大学院准教授。東京工業大学リーダーシップ教育院、ANA、熊本県八代市等のアドバイザーを兼務。テクノロジー/AI、五感を使った教育、アントレ教育の領域を中心に国内外問わず幅広く活動。著書に『教育AIが変える21世紀の学び』(共訳、北大路出版、2020年)、『レア力で生きる 「競争のない世界」を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA、2019年)など。早稲田大学大学院修了。

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