AIは人間を能力主義から解放する存在。孫泰蔵氏×リクルート小宮山氏による教育対談<後編>

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発展めざましいAIがビジネスの現場だけでなく、教育にも進出しつつある現代。やがて到来するAI時代において、教育はどのような変革を求められるのでしょうか。今回、AI時代における教育のあり方を説いた『冒険の書 AI時代のアンラーニング』を2月に上梓した孫 泰蔵氏と、スタディサプリ教育AI研究所の小宮山 利恵子所長の対談が実現。後編では「アンラーニング」の重要性、労働や能力主義からの解放者としてのAI、これからの時代の「労働」と「遊び」と「学び」の関係性、といったテーマで双方が意見を交わします。

必要に駆られて学ぶのではなく、好きなことを伸び伸びとやってみる

――スキルが必要ないということですが、これからは特定のスキルよりも問いを立てるような力が必要ということでしょうか?

孫:「どんな力やスキルを伸ばすべきか?」という発想自体がメリトクラシー(能力主義)に囚われています。例えば、素晴らしいシェフになるにはどれくらいの偏差値が必要でしょうか? 絶品のアジフライ定食を出す漁港の定食屋と、ミシュランの三つ星を獲得したレストランの優劣を比べてもあまり意味はありません。どちらも素晴らしいです。これから料理の世界で成功したいのなら、どこかの店の二番煎じでは面白くない。その人の個性が反映された料理にファンはつくものです。そうなると自分の好きな味を追求することが答えになります。

「AI時代にスキルなんていらない」という発言はラディカルなものではなく、ダンスや音楽、美術と同様に伸び伸び楽しくやるのが一番ということです。今の学校はあまりにもスキル偏重で、ついて行けずに不登校になると落ちこぼれと見なされる。こんな社会はいびつです。

――今までは良くも悪くも学校が社会で求められるスキルを提示してくれていましたが、それがなくなることで逆に不安に陥る人も出てくるかと思います。そこに対する救済策などはありますか?

孫:僕が提示するのは「アンラーニング」という概念です。どうやったら古い時代の思い込みを捨てられるのか。人それぞれでしょうが、とことん追い込まれたり、辛い思いをすることでしか人間は変われないのかもしれません。これは僕も含めての話ですが。

何を学ぶかよりも、何を捨て去るかが大事

――本のタイトルを「AI時代のラーニング」ではなく「AI時代のアンラーニング」にした点に大きな意味があるわけですね。

孫:今は「学び」ばかり強調されていますが、それと同じくらい「アンラーニング」も大事なんです。インプットだけではなく、何を捨て去るのか。こんまりさんのように思いきって捨てる勇気も必要です(笑)。

小宮山:私はプライベートで寿司修行を行っていますが、大学で教鞭を執ることもあるので「先生!」なんて呼ばれることもある一方、私が飛び込んだ寿司の世界では新米です。これこそアンラーニングだなと感じています。

孫:たしかに新しい世界に飛び込めばアンラーニングせざるをえませんからね。

小宮山:寿司の世界でのアンラーニングが本業にも活きてくることがあるんです。新しい一歩を踏み出すときは大げさに考えず、まずは10センチ程度の幅でもいいから今までと違うことをやってみる。日本の教育には失敗を許さない風潮がありますが、そんなことは忘れて好きなことに挑戦してほしいですね。

孫:僕はビジネスの世界だと若い世代から大御所のように扱われますが、僕がこれまでに培ったノウハウや経験なんて今の時代には通用しません。ですから、自分の過去の経験を下の世代に押しつけないように意識しています。

AIは脅威ではなく、人間を能力主義から解放する存在

――日本では人間の仕事がAIに取って代わられるというAI脅威論が根強いですが、孫さんは「AIはメリトクラシーからの解放者」と定義しています。さらに、人間が賃金のために働く必要がなくなる時代が来るとも発言されていますが、その意図を詳しく教えてください。

孫:ChatGPTなどの生成AIは、人間の言葉の意味を理解しているのではなく、「単語Aのあとには単語Bが高確率で続く」という視点で文章を理解しているだけです。「こんにちは」というあいさつのあとには天気や最近の話題が高確率で続きますよね。そこでいきなりエジソンについて話し出す人はまずいません。AIは言葉の並びだけを見て高確率で来る単語を羅列させているので、それを見た人間が「神回答!」と感じるのは当然のことなんです。

日常生活でもビジネスでも、私たちは合理性と論理性のもとにコミュニケーションを取っています。会話とは互いに納得する形で進めるものなので、最も合理的かつ論理的な回答をしてくれるAIは、人類の脅威ではなくパートナーといえます。人間にとって最適な形のコミュニケーションを返してくれるAIは、会社経営や行政運営、法務や税務などの仕事に最適なんです。

――ただ、人によってはAIが機械的に返してきた答えをそこまで信じてしまって大丈夫なのか? といった不安を覚える人もいるかと思います。

孫:たとえ人間でも、ワンマン社長が独断で決めた意見では現場が混乱するだけですよね。AIに従ったほうが社会が効率よくまわるのならAIを活用するべきです。特に、行政では突拍子もないことをするより、堅実な運営が求められますから。

――AIを過剰に恐れるのではなくパートナーとして活用していく発想に切り換えると。

孫:人間の仕事を代わりにやってくれるのだから、それはラッキーです。労働から解放された人間はもっと楽しいことに打ち込む時間ができるわけですから。

「労働」と「遊び」と「学び」がシームレスにつながる時代

――数十年~100年という単位で見ると、AIに労働を任せて人々が働かない時代がやってくるのでしょうか?

孫:100年もかからないと思います。今の日本でも生計を立てるために働かなくても食べていける人はたくさんいると思うんです。不動産を持っていれば家賃収入で働く必要もないですし、実はもう生活のために働かず好きなことだけをしている人はたくさんいるはずです。

小宮山:これは私も孫さんも同じだと思いますが、 働きながら遊んでいるように見えて、実は学んでいたりする。「働く」と「遊び」と「学び」が三位一体で同時に発生しているんです。

孫:それはありますね。

小宮山:時期によってそれらのポジションが入れ替わって、学びの割合が多くなったり、労働の割合が多くなったりしますが、明確には切り分けられなくなっていると感じます。

孫:実は今『冒険の書 AI時代のアンラーニング』の英語版を出してほしいというリクエストがあって、翻訳に四苦八苦しているところなんです。ChatGPTなども使ってみましたが、どうもしっくりこなくて頓挫している状態です。そこで、仕事ではなくて遊びの一環として翻訳を手伝ってくれる方を探しています。その代わりに僕もその人の遊びに協力しますから。

会社の採用も本来、そうあったほうがよいと思います。子どもがドッジボールで遊びたいときは、本気でドッジボールをやりたい友だちを探して仲間に入れますよね。中途半端な気持ちではなく、本気で遊びたい人間だけを採用する。会社の採用だって、子ども時代のように楽しく行いたいですよね。

――では最後に、お二人から読者へのメッセージをお願いします。

孫:日本では大量生産・大量消費の時代に最適化された教育システムが今も根強く残っています。過去の成功体験があるゆえに、そこからなかなか脱却できない状態にいます。その根強い信仰をどうやって捨て去るか。それが鍵だと思います。

小宮山:教育や地域活性化などに関して毎週のように講演をしていますが、そこでいろいろな人と話して感じるのが失敗を過剰に恐れている人が本当に多いということです。なんでも完璧にこなさなければいけない、というマインドがとても強い。その思い込みをどうやって払拭するかが最近の私の課題なのですが、ぜひ皆さんは小さくてもいいので新しい一歩を踏み出してみてください。これまでとはぜんぜん違った風景が見えてくるはずです。本業で携わっている「スタディサプリ」は学校の先生の業務負荷の軽減につながるケースもあります。先生だけでなく、様々な業界でテクノロジーを活用し余裕がうまれる、皆さんがそんな時間を活用しはじめの小さな一歩を踏み出すきっかけとなるとなるような情報発信・活動をしていきたいと思っています。

孫:実は僕も2017年から寿司職人の修行を始めているんです。といっても、ぜんぜん技術が深まっていないので、ぜひ小宮山さんにご指導いただければと思います(笑)。

孫 泰蔵

『冒険の書 AI時代のアンラーニング』 著者/連続起業家

1996年、大学在学中に起業して以来、一貫してインターネット関連のテック・スタートアップの立ち上げに従事。2009年に「アジアにシリコンバレーのようなスタートアップのエコシステムをつくる」というビジョンを掲げ、スタートアップ・アクセラレーターであるMOVIDA JAPANを創業。2014年にはソーシャル・インパクトの創出を使命とするMistletoeをスタートさせ、世界の社会課題を解決しうるスタートアップの支援を通じて後進起業家の育成とエコシステムの発展に尽力。そして2016年、子どもに創造的な学びの環境を提供するグローバル・コミュニティであるVIVITAを創業し、良い未来をつくり出すための社会的なミッションを持つ事業を手がけるなど、その活動は多岐にわたり広がりを見せている。

小宮山 利恵子

株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所 所長/一般社団法人生成AI活用普及協会 理事

衆議院、ベネッセ等を経てリクルートにて2015年より現職。国立大学法人 東京学芸大学大学院准教授。東京工業大学リーダーシップ教育院、ANA、熊本県八代市等のアドバイザーを兼務。テクノロジー/AI、五感を使った教育、アントレ教育の領域を中心に国内外問わず幅広く活動。著書に『教育AIが変える21世紀の学び』(共訳、北大路出版、2020年)、『レア力で生きる 「競争のない世界」を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA、2019年)など。早稲田大学大学院修了。

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