ベネッセに聞く、子どもは生成AIとどのように付き合っていくべきか?
2023/9/20
産業構造の変革をもたらす大きな歴史の転換点として、注目を集めている生成AI。業種、業界問わずにさまざまな場面で生成AIが活用されはじめており、教育業界でも生成AIを導入するメリットやリスクについての是非が問われています。
こうしたなか、同業界の大手企業であるベネッセは、このほど小学生の親子を対象とした生成AIサービス「自由研究お助けAI」を開発しました。株式会社ベネッセコーポレーション 小学生事業本部本部長の的場 一成氏に、教育業界における生成AI活用の可能性や、「自由研究お助けAI」で意識した安心・安全に配慮したサービス設計についてお話を伺いました。
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教育業界における生成AIの活用は可能性と課題の両面がある
生成AIの活用については、子どもたちの新しい気づき、発見を促すなど、教育効果の可能性があるのと同時に、思考力や学習意欲低下への懸念など、大きな課題もあると考えています。生成AIの登場で高度な言語処理が可能になったことで、思考の幅が広がったり、人の代わりに文章の作成を行ってくれたりと、教育の現場でも活用できる機会はこれから増えていくでしょう。しかし、現在のAIでは必ずしも正しい答えが出るとは限らないわけで、AIが導き出した答えを盲信してしまえば、誤った情報の拡散につながるリスクもあります。また、AIに全て頼ることで子どもたちの考える力が失われてしまっては本末転倒です。現時点で生成AIの活用には一長一短があると思っています。
——生成AIの課題と向き合っていく必要があるなか、ベネッセではこれまでAIをどのように教育事業で活かしてきたのでしょうか?
50年以上の歴史を持つベネッセの通信教育講座「進研ゼミ」では、2014年から小学生向けに学習専用のタブレットを導入し、教育×デジタルの可能性を追求してきました。それ以降もさまざまなDX推進を手がけてきており、これまでにAIの活用も積極的に実施してきました。
例えば、2020年3月には、進研ゼミの長年にわたる知見に基づく学習カリキュラムをAIが自動でアップデートする仕組みを搭載した学習アプリ「AI StLike(AI ストライク)」をリリースし、個人の習熟度に合わせAIが最適化した演習問題や映像授業の提供を行っています。AI ストライクに関しては、アダプティブラーニング(個別最適な学習)をサポートするサービスとして、第17回日本e-Learning大賞「経済産業大臣賞」を受賞するなど、一定のご評価をいただいています。また、2022年4月には進研ゼミ小学講座で「AI国語算数トレーニング」というサービスをリリースし、国語と算数の教科において学年範囲を超えた先取り学習ができる環境を整えています。
そして、近年注目を集める生成AIを活用していくにあたっては「考える力を伸ばす」、「リスク対策も含め情報活用能力を高める」、「新しい技術に触れる機会の提供」の三つの方向性で据えています。これから大きく社会が発展していくなか、AIは必要不可欠になっていく技術ですので、「AIを避ける」のではなく「教育のなかでどのように取り入れていくか」を考えていくことが、教育に携わる事業者にとって重要になるのではないでしょうか。
安心・安全に配慮し、独自に生成AIをカスタマイズした「自由研究お助けAI」
ChatGPTの登場で、あらゆる産業構造の変化が予想されており、それは教育業界においても大きな可能性をもたらす技術だと考えていました。先述したようなリスクについて慎重に議論されるなかでも、「安心・安全に配慮しながら生成AIにいち早く触れ、学びに活かせる環境を提供したい」という想いがあり、それが「自由研究お助けAI」を開発するきっかけになりました。
——「自由研究お助けAI」の安心・安全に配慮した設計について具体的に教えてください。
前述した生成AI活用の三つの方向性をもとに、子どもたちの思考力向上や興味関心の拡大を目的に、ベネッセ独自に生成AIをカスタマイズしていきました。
まずは「考える力を伸ばす」についてですが、生成AIが自由研究のテーマや進め方における一つの答えを教えるのではなく、さまざまな観点でアイデアやテーマを見つけるヒントを、AIキャラクター(「ラボリー」)との対話を通して見つけていく体験設計を行いました。あくまでも生成AIを“パートナー”として、子ども自らが自由研究を考えていくスタンスでサービスを提供し、生成AIを利用する際に大切な「使い方の5か条」を提示したり、1日に質問できる回数を10回に制限したり、といった生成AIに頼りすぎない設計に留意しました。
「自由研究お助けAI」の取り組みは、これからの未来を生きていく子どもたちに、生成AIという新しい技術に触れる機会を提供することで、AIを活用するリテラシーの基盤づくりに寄与すると考えています。
——前例のない取り組みに対し、この設計に至るまでにはどのような議論があったのでしょうか?
新しいものを取り入れる際に意識したのは、社内だけにとどまらずに外部の有識者を巻き込み、共創してつくり上げていくことでした。ガイドラインについても、実際の教育現場で危惧されている懸念点に配慮しながら策定していきました。生成AIの活用について、指導者側の業務の生産性向上ではなく、子どもたちの情報活用能力や問題解決能力を伸ばしていくことを目的としたときに、まずは思考を助けるナビゲーション役やパートナー役として実際に使ってもらい、リテラシー向上につなげていくことが重要だと考え、企画を進めていったのです。
技術が日進月歩で進化し、今後より一層デジタルと生活が切り離せない社会になっていくなかで、人は生成AIと上手に付き合っていくことが求められるでしょう。そうなったときに、自分の興味関心を広げ、アイデアの源泉を生み出すために生成AIを手段として活用する能力は、子どもたちが社会に出たときに「自分らしく生きていくための重要なスキル」になっていくと予想しています。
やる気を引き出すのは「人」。先生と生成AIの共存が鍵に
教育業界に限らず、産業全体でコンテンツ生成やデータ分析など業務の生産性向上や最適化が加速していくと考えています。そのなかで、教育現場では生成AIをパートナーにしながら、どう子どもたちの情報活用能力や問題解決能力を育んでいけるかが大事になるのではないでしょうか。アクティブラーニングでは能動的に学ぼうとする姿勢や、個別最適な学習法の提示が必要とされており、将来的に生成AIを活用するシーンもさらに広がってくると予測しています。そうした状況下では、生成AIを使う側がリスクをきちんと理解し、正しく活用していく知識が求められるでしょう。私たち自身も、生成AIを活用し、業務効率化を図るために社内AIチャット「Benesse GPT」をベネッセグループで導入し、社員のAIリテラシー向上に努めています。
翻って話すと、どんなにAIが発達しても学校の先生がいなくなることはない。そう言えると思います。先生が生徒の気持ちの理解やモチベーションの管理を担い、夢を与え、やる気を引き出していく。その教育の一端をAIがサポートし、目標に向けた生徒の努力をアシストしていく。このように人とAIの役割やバランスを保っていくことが肝になるのではないでしょうか。
——最後にベネッセの今後の展望について教えてください。
これからもベネッセは、人が持つ可能性を伸ばし、社会を支える教育サービスを提供したいと思います。時代の転換期といわれる生成AIの台頭で、教育業界も変革が迫られるなか、教育現場の先生や研究者といった方々とも密に連携を取りながら、活用の意義があると判断した領域においては生成AIを積極的に取り入れていく予定です。生成AIのリスクを警戒して蓋をするのではなく、最先端の技術に触れる接点をつくり、世の中に価値を生み出していける人材を輩出できるサービスを提供できるよう、尽力していきたいと考えています。
的場 一成
株式会社ベネッセコーポレーション 小学生事業本部本部長
株式会社ベネッセコーポレーション 執行役員
校外学習カンパニー 小学生事業本部長
1995年に株式会社ベネッセコーポレーション入社。
2007年に執行役員に就任し、デジタル事業開発本部長、教育事業本部副本部長を担当。
2012年ベネッセグループの株式会社東京個別指導学院、代表取締役社長に就任。
その後、2015年よりベネッセコーポレーションの教室事業や進研ゼミ事業に関わる。
2023年より現職。