AI時代にスキルはいらない。孫泰蔵氏×リクルート小宮山氏による教育対談<前編>

AI

発展めざましいAIがビジネスの現場だけでなく、教育にも進出しつつある現代。やがて到来するAI時代において、教育はどのような変革を求められるのでしょうか。今回、AI時代における教育のあり方を説いた『冒険の書 AI時代のアンラーニング』を2月に上梓した孫 泰蔵氏と、スタディサプリ教育AI研究所の小宮山 利恵子所長の対談が実現。「AI時代に学ぶべきスキルなんてありません」と大胆な発言をする孫氏の真意はどこに? 既存の公教育を根底から問い直す視点で、未来の教育について意見を交わします。

「能力主義」時代の終焉

――孫さんが『冒険の書 AI時代のアンラーニング』を執筆した理由を教えてください。

孫:おかげさまで多方面で話題になっているようですが、僕はこの本に明確なメッセージを込めたつもりはないんです。自分の問いの軌跡をシェアしただけです。教育業界に問題を提起したつもりもありませんし、僕の考えを自分なりに探求した過程を著したものです。

小宮山:私も孫さんの著書を拝読しましたが、「もともとの学びは遊びと不可分だったのに、それが切り離されて今の学びは面白くなくなってしまった」という視点が印象的でした。私自身も、実は2017年に「日経クロスウーマン」の取材で同じようなことを話していました。テクノロジーがどうやって学習のあり方を効率化させるのか、といったテーマの本はよくありますが、孫さんの本は現在の学びのあり方を抜本的に見直す必要性を説いた本だと感じました。

孫:最近は数多くのEdTech企業が存在しますが、僕個人はあまり興味がないんです。そもそも公教育には「民主主義社会を機能させるための知の共通基盤をつくる」というミッションがありました。しかし、現代においても「知の共通基盤とは?」という議論はおそらく行われておらず、すでにそのミッションは機能していないと感じます。

――AIが教育に導入されることで、教育の形が変わる可能性はあるのでしょうか?

孫:今の教育はメリトクラシー(能力主義)に基づいていますが、僕はAIがメリトクラシーの時代を終わらせると考えています。人間が能力を伸ばすために学ぶことの意味がなくなるということです。

――出自に関係なく努力すれば誰もが社会で認められる可能性がある、という意味において「メリトクラシー=平等」と考えられてきましたが、近年はマイケル・サンデル氏(※1)などもメリトクラシー批判を行っています。孫さんの考えるメリトクラシーの弊害について教えてください。

※1 マイケル・サンデル氏:アメリカの政治哲学者。ハーバード大学で教授を務め、その講義は「ハーバード白熱教室」として日本でも放送され人気を博した。

孫:メリトクラシーは、必ず落ちこぼれを生み出します。そこで脱落した人は自己嫌悪に陥り、ネガティブなフィードバックを繰り返すことでさらに自信を失ってしまう。人間の多くの仕事がAIに取って代わられる時代になると、このままでは大半の人間がそのような状態に陥るでしょう。

偏差値という唯一の評価軸の崩壊

――いろいろな教育現場を見てきた小宮山さんに、メリトクラシー批判はどのように映りましたか?

小宮山:AI登場以前の教育には、主に評価軸として使用されるものが、偏差値という一つしかありませんでした。少し前の時代は5段階評価ですべて3以上を取るオールラウンダーが学校でも社会でも求められる傾向が強かったのですが、AIの登場により「AIができないことをする人」が求められる風潮になりつつあります。私は今、仕事ではないプライベートの時間で寿司職人の修行をしていますが、寿司職人という仕事は寿司を握る技術はもちろん、お客さまとの会話のなかでネタを出すベストな瞬間を掴んだり、必要とされるサービスを見極めそれを提供し心地よい空間を演出するなど、変数が多い中で即興的かつ総合的な人間力が求められます。

偏差値だけで人の能力を測る時代はすでに終わりつつあり、現在のように能力を測る軸がいくつも存在する時代には、自分の好きなこと、得意なことを突き詰めることで、他者には真似できない強みとなると考えています。

孫:人間力は大事ですし、AIに置き換えられるものでもありません。では、今の学校でその人間力が養えるのか? AIと教育をテーマにすると「AIに取って代わられないために、私たちは何を学ぶべきか?」といった方向で話が進みがちですが、学校で本当にそれが学べるのでしょうか? 民主主義社会のための知の共通基盤をつくるというミッションを持つ学校で、人間力を磨くなんてことは不可能だと考えます。そもそも「人間力の醸成」というミッションが含まれてはいないのですから。

小宮山:時代が変わった現代において、学校も変化する必要があるでしょう。「不登校」という私の嫌いな言葉がありますが、ここには「学校には絶対に登校しなければならない」というメッセージが込められているように感じます。テクノロジーがこれだけ普及しているので、学校に通わなくとも勉強自体は自宅でも友だちの家でもどこでもできます。ただ、コロナ禍で学校に物理的に登校する意味を感じた方もいるかもしれません。「学校は何のために必要なのか?(勉強だけをする場所なのか?学校には毎日絶対行く必要はあるのか?)」といった再定義の議論も必要になってきます。

効率的で失敗の少ない「知の深化」から、無駄に見えて失敗の多い「知の探索」へ

孫:学びの形については一つアイデアがあります。現在の教育は小中学校で幅広く学び、高校・大学から自分の専攻を決めますが、これを逆にすることです。小中学校で大学のように好きな科目だけを集中して学び、高校と大学で幅広い視点を得るためにリベラルアーツを学ぶ。今のように小学校でまんべんなく学ぼうとすると、自分の嫌いな科目も無理して取り組む必要が出てきます。好きではない、得意ではない科目の反復練習ほど辛いものはないですからね。大学生に不登校という概念がないのは、単位の取得の責任も自ら負い、そして自分の専攻を深掘りしているからです。

小宮山:孫さんにとっては釈迦に説法でしょうが、経営における「知の探索」と「知の深化」の重要性を説いた『両利きの経営』という書籍があります。この本を参考に図をつくってみたのですが、今までの教育では効率的で失敗の少ない「知の深化」を重視するあまり、無駄に見えて失敗の多い「知の探索」を行う機会が少なかったように感じています。しかし、いまはVUCA(※2)の時代と呼ばれるように、たった一つの正解などなく、「知の深化」を求めるだけでは通用しなくなるでしょう。そこで求められるのが、好きなこと、興味があること、得意なことをひたすらに追求する「知の探索」だと考えています。

※2 VUCA:「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字。
孫:この図はとても分かりやすいですね。僕も数々のスタートアップを手がけてきて、まさに「知の探索」と「知の深化」の両利きが必要だと実感しています。好きなことであれば失敗しようとも無駄に見えようともずっと続けられるんですよね。それらすべてを含めて楽しいから、結果的に「知の探索」につながっていく。今の教育現場に欠けている点だと思います。

AI時代に学ぶべきスキルなんてない?

――そこから孫さんの「好きなことだけすればいい」という主張につながるわけですね。

孫:僕は常々「好きなことしかやるな」と言っていますが、それは言い換えると「知の探索」を重視しろということなんです。失敗を恐れず、無駄かどうかなんて考えず好きなことをやり続ける。学校教育でもここは軽視されてきたところです。僕はよく「成功の方程式を教えてください!」なんて聞かれますが、それがまさに失敗を恐れ、効率性だけを求める発想なんです。成功の方程式なんてあったら僕が知りたいくらいです(笑)。

世の中で成功者とされている人たちは皆、好きなことだけをやり続けた結果として成功を掴んでいると思うんです。すなわち、「知の探索」の結果として成功したということです。けれども世間一般では、失敗せずに効率的に成功を収めた人物というイメージで見られてしまう。

小宮山:同感です。私は社会人向けの講演も頻繁に行いますが、「自分が好きなことが分からない」という人が多くいます。子どもの頃は好奇心旺盛でいろんなことに興味を持っていたはずなのに、好奇心を伸ばす機会が少なかったせいか、いつの間にかチャレンジ精神が薄れ、結果として自分の好きなことすら分からなくなってしまう。
リクルートでは、『高校生Ring』という高校生向けのアントレプレナーシッププログラムを提供しています。ビジネスコンテストのように新規サービスを提案してもらうのですが、こちらからお題は一切与えません。半径5mの日常生活の中で自分で課題を設定し、必要だと思うサービスを見つけるところから始めてもらいます。このように自らを起点として自分のやりたいこと、解決したいことを探してみる、それを深堀りしていくという経験は少ないのかもしれません。

孫:本屋を見ても「これだけ学べば大丈夫!」的な本が多く並んでいますし、実際売れるのもそういった書籍なのでしょう。でも、僕個人としてはAI時代に学ぶべきスキル、伸ばすべきスキルなんてないと思います。極論をいってしまえば、 これからはスキルなんてどうでもいいんですよ。

<前編はここまで>
後編では、孫氏の「AI時代に必要なスキルはない」という発言の真意、アンラーニングの重要性、能力主義から人間を解放するAI、小宮山氏の考える「労働」と「遊び」と「学び」がシームレスにつながる時代とは? といった内容でトークを繰り広げます。

孫 泰蔵

『冒険の書 AI時代のアンラーニング』著者/連続起業家

1996年、大学在学中に起業して以来、一貫してインターネット関連のテック・スタートアップの立ち上げに従事。2009年に「アジアにシリコンバレーのようなスタートアップのエコシステムをつくる」というビジョンを掲げ、スタートアップ・アクセラレーターであるMOVIDA JAPANを創業。2014年にはソーシャル・インパクトの創出を使命とするMistletoeをスタートさせ、世界の社会課題を解決しうるスタートアップの支援を通じて後進起業家の育成とエコシステムの発展に尽力。そして2016年、子どもに創造的な学びの環境を提供するグローバル・コミュニティであるVIVITAを創業し、良い未来をつくり出すための社会的なミッションを持つ事業を手がけるなど、その活動は多岐にわたり広がりを見せている。

小宮山 利恵子

株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所 所長/一般社団法人生成AI活用普及協会 理事

衆議院、ベネッセ等を経てリクルートにて2015年より現職。国立大学法人 東京学芸大学大学院准教授。東京工業大学リーダーシップ教育院、ANA、熊本県八代市等のアドバイザーを兼務。テクノロジー/AI、五感を使った教育、アントレ教育の領域を中心に国内外問わず幅広く活動。著書に『教育AIが変える21世紀の学び』(共訳、北大路出版、2020年)、『レア力で生きる 「競争のない世界」を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA、2019年)など。早稲田大学大学院修了。

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