楽天グループのフィンテック最前線とAI時代の組織づくり【Rakuten Optimism 2023イベントレポート】

Finance(金融)× Technology(技術)を組み合わせた「フィンテック」は、デジタル社会の台頭において非常に重要なキーワードの一つです。キャッシュレス、資産管理・運用、金融取引の自動化など、さまざまな領域でデジタルシフトが進むことで、新たな金融サービスが登場し、顧客体験の向上につながっていくことでしょう。

2023年8月3日、楽天グループ主催の「Rakuten Optimism 2023」では、「FinTechイノベーション 真の技術活用とデジタル金融の未来像」をテーマに、楽天グループのフィンテックサービスを牽引するリーダーたちによるトークセッションが繰り広げられました。そして、チームビルディングの文脈では「夢を叶えるチームづくり~やり抜くための組織・リーダー論~」と題し、サッカー元日本代表監督を務めた名将・岡田 武史氏が登壇したセッションも実施されました。本稿では両セッションの内容をレポートします。

AIはあくまで道具。人間自身の意識改革が必要

最初のトークセッションでは、早瀬 千善氏(デジタル庁 省庁業務サービスグループ 次長)がモデレーターを務め、塩野 隆生氏(楽天カード株式会社 常務執行役員 FinTech戦略本部 本部長)、内藤 幸基(楽天インシュアランスホールディングス 執行役員 CIO/CISO)、フェルナンド・パウロ(楽天ペイメント株式会社 CTO)の3名が楽天グループのフィンテック最前線やデジタル金融の未来像について語りました。

早瀬:デジタル庁の早瀬です。本日はテーマにある真の技術活用とは何か、どう活かしてビジネスにつなげていくのかを中心に議論をしてまいります。
塩野:楽天カードの塩野です。楽天カードのフィンテック戦略ということで、技術をどう活かすかという観点から、具体的な事例を含めてお話をします。

もともと楽天グループ全体では、各サービスやプロダクトの改善活動にものすごく力を入れており、省力化や業務効率化などにずっと取り組んできました。楽天カードで例えると、カードの申し込み一つとっても、カードの審査を行ったり会員情報を管理したりするところから、カードの配送やお客さまと応対するコンタクトセンターなど、各プロセスを横断して改善を行う事例が直近で増えてきています。2020年には業務改革のための専門組織を立ち上げ、プロセス横断による業務改善をさらに進めているような状況です。

そうなると、AIやRPAといったテクノロジーの導入が増えてくるわけで、 この次のステップで何が大事になるかというと、人間自身の変革になります。社員がAIと競ってオペレーションしても意味がありません。もう一つ上のレイヤーの仕事に割ける時間を増やすため、AIをどう活用してオペレーションを効率化させるのかを考えていく必要があるわけです。この部分は意識改革の側面もあると思いますが、我々が一番に考えているのは、今まで業務のプロセスや知識を持っていた人に、さらに知識をつけていただいて、 そういう人たちを中心にAIの導入や業務の効率化を担ってもらうことです。

早瀬:AIはあくまで道具だという塩野さんの意見は面白いですね。実際にAIを活用する際に課題だと感じていることがあれば教えてください。

塩野:ずっと人間がやってきた業務を、全部AIやRPAに置き換えると、私たち自身の意識改革が最も大変です。結局は、今までの業務を継続して積み上げの改善をすることのほうが慣れているし、やりやすいわけで。それが全く違うところにステップアップするというのはなかなか難しいと感じています。

早瀬:おっしゃる通りですね。次は内藤さんに、楽天インシュアランスの取り組みについて教えていただければと思います。

内藤:楽天保険グループの内藤と申します。我々は「イノベーション推進」と「スピード」を意識した取り組みを実施しています。保険の引受業務の自動化や、Eコマースに組込型保険(エンベデッド・インシュアランス)を導入し、ワンクリックで保険加入ができる顧客体験の創出などに注力しているほか、対面営業の保険代理店向けのAIエージェントサービスやドローン活用によるリアルタイムでの損害鑑定などの試みも行っています。

早瀬:ありがとうございます。まさに、いろいろと新しい技術を取り入れている最中ということで、非常にスピード感を持って実行されているなと思いました。

この次は楽天ペイメントに移りたいと思います。キャッシュレス決済は国内でも頻繁に使われており、デジタル社会の実現にはとても重要なものになってきます。こうしたなか、開発をリードする立場として、フェルナンデスさんはどんな工夫をされているのでしょうか?
フェルナンデス:大企業のような大量生産型のビジネスでは、成長のための基盤をどのように築くかを考えていくことが大切です。そんななか、テクノロジーはビジネス全体のスケーラビリティを可能にする方法だと考えています。スケーラビリティを考える上で、本日取り上げたいのは主に三つのポイントです。

一つ目は「システム自体のスケーラビリティ」です。ビジネスの末端まで対応できるプラットフォームがあれば、顧客のトラフィックが増えたとしても、よい形でサービスを提供し続けることができるでしょう。ビジネスを長期的な成功に導くには、アーキテクチャが重要な役割を果たすのです。それは一連の技術的な決断を下すものであり、その基盤を構築していくことが求められます。

二つ目は「開発プロセス」が重要になります。開発パフォーマンスの特性をモニタリングすること、必要に応じて開発プロセスを常に改善するチームづくりが大切です。

三つ目に、それを実行していくには、エンジニアリングチームの成長が不可欠であり、「人材採用や人材育成」といった観点も大事だといえるでしょう。今後、ますます多くの企業が人材の質で勝負するようになってくる時代では、企業がスケーラビリティの概念を導入することで、成長の土台を築くことができると考えています。

生成AIが台頭してくるからこそ、風土や組織づくりが重要になる

早瀬:ありがとうございます。次に、将来の技術活用における展望について伺えればと思います。

塩野:先ほど、プロセスを熟知した人がAIについても理解を深めた人材になっていくというお話をさせてもらいましたが、楽天カードではCDS(市民データサイエンティスト)の育成に力を入れています。機械学習のアルゴリズムやチューニングなどの細かい部分はプロのデータサイエンティストにやってもらえばよい一方で、今までのプロセスを壊さずによりAIを駆使して効率化していくという意味では、それを考えられる人たちを内部で育成する必要があると。AIをツールとして活用できる人が増えてくれば、それに関連するプロジェクトも増えてくるわけです。

そのため、私たちがもう一つ力を入れているのはプロジェクトマネジメントです。プロジェクトを回せる人材を育てるために、会社の教育カリキュラムのなかに研修を組み込んでいます。このような会社としての準備と、テクノロジーに対する技術者のスキルを融合させることが重要だと思っています。
内藤:楽天グループ全体で掲げる「イノベーションを通じて、 人々と社会をエンパワーメントする」というミッションは、我々にとって非常に重要なカルチャーとなっています。ここに共感できる技術者やビジネスパーソンを育てたり、仲間になっていただくことが大事になってくるでしょう。これから生成AIの活用であらゆるオペレーションが自動化していけば、我々がそれをどう使いこなしていくかに頭を働かせていかなければならない。そのため、風土や組織づくりがより重要になってくると考えています。

フェルナンデス:決済サービスを構築する際に、私たちが重要な社会インフラを担っているという責任を持つことが大切だと考えています。決済ネットワークをより堅牢に、より弾力性のあるものにしていくために技術を活用することは、間違いなく金融の進化に不可欠な要素の一つです。パーソナライゼーションやAIの進化で、よりテクノロジーが担う役割が大きくなると思いますし、我々もワクワクしながら未来を創造していけたらと思います。

リーダーにとって大切な「覚悟」と「決断」

続いてのチームづくりに関するトークセッションでは、岡田 武史氏(株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長)と大山 隆司氏(楽天カード株式会社 代表取締役副社長執行役員)が登壇。モデレーターはハリー杉山氏(Rakuten Optimism 2023 司会者、タレント)が担当し、強い組織やリーダー論について議論が交わされました。
ハリー:本日は強い組織におけるリーダーの役割、そしてチーム力を高めるために必要なことについて、時間が許す限り聞いていきたいと思います。

大山:私自身、楽天カードの経営陣の一人として常に悩みながら課題と向き合っています。 リーダーは孤独で、本当に毎日のようにあらゆる決断をしなくてはならない場面がたくさんあります。そして、その決断が正しいのか、その真意がメンバーに正しく伝わっているのか、と頭を悩ますことも少なくありません。

会社とスポーツのチームは一緒だと思うのですが、やはりさまざまな能力を持った個の集合体であり、チームづくりがうまくいけば、単に個人の能力のトータルだけではなく、その何倍もの力が発揮されると考えています。サッカーW杯日本代表監督として世界で戦い、今は経営者として変革を成し遂げようとされている岡田さんに、リーダーの役割や勝てるチームづくりについて、ぜひお話をお伺いしたいと思っています。本日はどうぞよろしくお願いします。

ハリー:リーダーは孤独であると同時に、何度もいろんな決断や葛藤と向き合いながら、壁を乗り越えなくてはなりません。岡田さんはこれまで多くの悩みと向き合ってきたかと思いますが、どう決断してこられたのですか?
岡田:「決断」と言うからには答えが分かりません。答えが分かるのは「判断」になります。選手の起用一つとっても、たった一人で全責任を持って決めなくてはならない。一つ言えるのは、論理的に考えて答えが出ないものに対し、最終的にどうやって決めるかというと「直感」なんですね。その直感には2パターンあって、いろんなことを考え、頭を巡らせ、思考回路をフルに回転させることで見出す直感は当たりやすい。他方で、「こんなことしたら、マスコミに叩かれる」といった不安や雑念があるうちは、絶対に直感は当たりません。座禅でいう無心に近い状態で、チームが勝つためにどうすればよいのか、無意識の極地を感じるくらいの心理状態で初めて直感が当たると思っています。

でも、そう簡単にそのような状態にはなれないわけで、いつも自分に問いかけるのは、どちらかを決めるのではなく、今の自分がどういう状態なのかということです。もし、今の自分が周囲のことを気にしすぎていれば、直感を信じるタイミングではない。無心に近い状態になるためには、どれだけ修羅場をくぐっているかがポイントになります。その経験が多くあれば、腹が据わって、覚悟が生まれ、苦しい局面でも開き直れるようになります。

マネジメントで重要なのは「一人ひとりの違い」を認め合うこと

ハリー:ありがとうございます。次にチーム力を高めるにはどうすればよいのか、というトピックで話していければと思います。サッカーの監督と経営者において、組織づくりのポイントや違いについて教えてください。

岡田:私自身、経営をしたことがなかったので、経営やビジネスに関する本をひたすら読んで勉強することから始めました。また、有名な経営者に会いに行って、会社経営のいろはを教わったのですが、ほとんどの人が「ビジョン、ミッション、理念を大事にしろ」と言っていたんですよ。それで自分の会社の企業理念を「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」というものにしました。

目に見えない、数字で表せないものを大切にしようと思い、サッカークラブの企業理念に据えたわけですが、3年ぐらい経ったときに「経営とサッカーチームの監督は一緒だな」と理解できました。一つの目標に向かって、できるだけ効率的に、チームの力を合わせる。個人の成長が地域の成長につながる。マネジメントは「業務」のマネジメントよりも「人」や「心」のマネジメントが大事だと気づきました。サッカーでも戦術は大事ですが、選手のメンタルマネジメントも重要なわけで、お互い共通する部分があると感じたのです。

そのため、マネジメントで一番大事なことは、社員一人ひとりの存在を認めてあげること。人それぞれ身長や顔、考え方や価値観も違うんですよ。だからこそ、そんなすぐには仲よくなれないし、うまくいかない。だったら、一つの目標のためにその違いを認め合う。いろんなスポーツでも強いチームを分析すると、お互いを認め、共通の目標に向かっていく「一体感」があります。でも、一体感からつくろうとするとだいたい失敗します。一体感というのは、お互いの違いを認め合って、一つの目標に向かって力を合わせ、結果を出すことで最終的にチームが一体になっているのです。

ハリー:最初から皆を同じ方向に向けさせようとすると、失敗してしまうわけですね。岡田さんの話を受けて、大山さんはどう感じていますか?

大山:そうですね。冒頭に私が申し上げた「個々の力がトータルではなく、その何倍にもなってチーム力になる」というのは、一人ずつ個性や素養が違うからです。教育も同じように、1から10まで教えても同じように伸びないわけで、伸びない人は何かグッドポイントを探していくことが大事です。

一方、楽天カードの社員は1,800名を超えてきて、私自身が一人ひとりに対してビジョンをお話しすることは物理的に難しくなってきています。やはり、チームで行動するということは、例えば経営陣のほか、マネージャー、リーダークラス、そしてオペレーションを担当する社員までも、同じようなイメージを持てるような教育体制を持つことが非常に重要だなと、岡田さんのお話を聞いて思いました。

経営者は夢を語り、その先の未来を見せることが重要

岡田:かつてのようなロールモデルがなく、何が起こるか分からない時代において、「会社としての方針は何ですか、どうしたらいいんですか」と都度聞いていたら、変化に対応できない。そのときに必要なのは、人それぞれ違うんだということを認め合って、共通の目標に向かって力を合わせること。これが一番大事だと思いますね。
大山:楽天カードの中期経営計画に「トリプル3」というのを掲げており、クレジットカード発行枚数3,000万枚、ショッピング取扱高30兆円、カード業界シェア30%を本気で目指し、全社一丸となって頑張っています。ですが、ここで大事なのは、数字だけ追っていてもだめだということ。大きな数字を掲げていても、自分ごと化できなかったり、想像できなかったりするスタッフが出てきてしまえば意味がありません。「その目標を達成した先にどんな未来が待っているのか」ということを、スタッフもイメージできている状態がベストなわけで、数字そのものだけでなく、目標と未来を合わせてスタッフに伝えていくことが大事だと考えています。

岡田:そうなると、トップが夢を語らなくてはいけないんですよ。私自身も、大きなスタジアムをつくるという壮大な夢を周囲に話していました。当時は口をそろえてホラ吹きだと言われましたが、何もないところから、結果として40億円集めることができたわけです。

繰り返し夢を伝えていると、その本気度が周りに伝搬し、経営側とスタッフ側の目線が一致してくる。結果的に自走する組織になるんです。自らが考え、自ら行動する組織に変容していく。そういう意味でも「夢を語る」のは、リーダーにとってものすごく大事なことなのです。ただ、夢の力はとても大きい一方で、夢を語るだけでは実現できません。リスクを犯してチャレンジしていく姿勢も同じくらい重要だといえます。
早瀬 千善
デジタル庁 省庁業務サービスグループ 次長
2000年に楽天へ入社し、楽天市場のアプリケーションエンジニアを経験。その後、FinTech領域における社内IT統合システムのシナジー推進を担い、デジタル庁には2021年に入庁する。
塩野 隆生
楽天カード株式会社 常務執行役員 FinTech戦略本部 本部長
2018年に楽天カードの常務執行役員・FinTech戦略本部本部長に就任。楽天カードでの役割に加え、2021年Rakuten FinTech Vietnam Co.Ltd., 設立時より代表取締役社長に就任。2004年楽天に入社以来、IT業界において15年以上のプロダクトおよび組織マネジメントの経験を持ち、これまでFinTechとEコマースの両分野において、複数部門のディレクターやゼネラルマネージャーを歴任する。
内藤 幸基
楽天インシュアランスホールディングス 執行役員 CIO/CISO
グローバルIT企業でサービス・コンサルティング部門のパートナーとして勤務後、2020年に楽天グループに入社。現在は、楽天インシュアランスホールディングスおよび楽天生命保険のCIO/CISOを兼務し、楽天保険事業のテクノロジーチーム全体をリードしている。
フェルナンド・パウロ
楽天ペイメント株式会社 CTO
GREE Internationalと米国のYahoo! に勤務後、楽天へ入社。楽天ID、ペイメントゲートウェイ、ポイントサービスなど、楽天の数々のグローバルプラットフォームを担当する。現職は楽天ペイメントCTO兼楽天グループ執行役員として、楽天ペイメントのインフラおよびアプリケーションの技術的な実装を統括している。
ハリー杉山
Rakuten Optimism 2023 司会者、タレント
東京生まれ、イギリス育ち。イギリス人の父と日本人の母を持つ。 日本語、英語、中国語、フランス語の4か国語を操る卓越した語学力を持ち、 司会、リポーター、モデル、俳優などマルチに活躍。主な出演番組は、J-WAVE 「POP OF THE WORLD」、CX「ノンストップ!」、TBS「世界ふしぎ発見!」、NHK「どーも、NHK」、TX「東京GOOD TREASURE MAP」、NHK BS1「ランスマ倶楽部」など多数。
岡田 武史
株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長
1997年に日本代表監督となり史上初のW杯本選出場を実現。その後、Jリーグの札幌や横浜での監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、2010年のW杯南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、2014年11月、四国リーグ(現在J3所属)FC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。
大山 隆司
楽天カード株式会社 代表取締役副社長執行役員
2004年にあおぞらカード(現 楽天カード)に入社。クレジットカードの入会・利用促進をはじめとするマーケティング業務を牽引し、執行役員、上級執行役員、常務執行役員を歴任。現在は、代表取締役副社長執行役員として、マーケティングおよび法人営業全体を統括し、金融サービスをより便利で使いやすく身近な存在にすることを目指し、クレジットカードを中心とした楽天のフィンテック事業の連携・拡大を図っている。

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