リテールメディアの先駆け セブン‐イレブン・ジャパンが語る、日本におけるリテールメディアの現状と可能性

小売事業者が所有する「リテールメディア」に、今、世界的な注目が集まっています。専用のアプリにWebサイト、店舗のデジタルサイネージやレジのモニターまでを活用するリテールメディアは、広告と販促、両方の側面をもっています。

先進国のアメリカに対し、過渡期ともいえる日本のリテールメディアにはどのような可能性があるのか。2400万人以上のアプリ会員を持ち、他社に先駆けてリテールメディア運営を開始したセブン-イレブン・ジャパンの杉浦 克樹氏にお話を伺います。

アメリカ追従ではない、日本独自のリテールメディアを

――日本におけるリテールメディアの現状について教えてください。

マスの広告と違い、企業ごとにサービスの内容もメディアとしての広告効果もバラバラなのが現状で、その認識も企業によって異なります。これらの指標が統一されない限り利用者側も使いづらいし、広告を販売する側としても活用は難しいでしょう。まず、広告とメディアとデータの3点がそろった上で、商品の購買につながるアプローチを取る。これが私たちの考えるリテールメディアに必要な要素です。

――セブン-イレブン・ジャパンとしてリテールメディアを立ち上げた経緯を教えてください。

これまでセブン-イレブンはコンシューマー向けのビジネスをしてきましたが、あらためてそこで得られたデータの価値というものは、広範なビジネスでも発揮できると考えました。全国約21,000店舗のセブン-イレブンには、1日約2,000万人のお客さまの来店があります。これらの顧客接点、メディア接点とデータを掛け合わせたら、新しいビジネスが生まれると考えたことがきっかけです。

もう一つがアメリカの動向ですね。アメリカで開催された「NRF 2024(※1)」に参加して感じたのは、アメリカではリテールメディアがすでに媒体の一ジャンルとして成立しているということです。メーカーもリテーラーも「顧客体験価値をどう高めるのか?」という方向に意識が向いており、その観点で会話をしている姿に感銘を受けました。

※1 NRF 2024:全米小売業協会(National Retail Federation)が毎年主催する、世界最大級のリテール業界の展示会。

――アメリカは何年ぐらい日本を先行しているのでしょうか?

単純な比較はできませんが、アメリカでリテールメディアが成功した要因は、EC比率の高さもあるかと思います。日本だと特に食品などはEC率が低く、リアル店舗での購買がメインです。日本の住宅はアメリカに比べて狭く、週末に大量に食材を買い込んでストックするスペースもないため、こまめに店舗に足を運んで買い物をするスタイルがメインです。そう考えると日本ではリアル店舗のメディア化という方向にも、リテールメディアの可能性があるといえるでしょう。

テレビをはじめとする、他メディアとの連携も視野に

――御社の行っている、具体的なリテールメディア事業の取り組みについて教えてください。

セブン-イレブンアプリの一部を広告枠として展開し、そこに広告を出稿していただくことが主軸の取り組みです。私たちはデータを活用しながら、最適なお客さまに広告を配信できるようターゲティングをして、配信結果を分析レポートとして広告主にお戻しします。もう一つは店舗のメディア化です。PoC(概念実証)の段階ですが、店内に設置したデジタルサイネージや、レジのモニターにも広告を配信しています。これは一人ひとりに最適化された広告ではなく、広くあまねく多くのお客さまに届けることを目的とした広告です。現時点ではアプリ内の広告に力を入れています。

――今後は店舗にも注力していくのでしょうか?

基本、アプリの世界は顧客との1to1コミュニケーションが可能ですが、コンビニの店舗は公共の場に近い空間です。自分以外の人間が大勢いる中で、自分に最適化された広告を流すことを顧客は望んでいるのか? 個人情報保護法に抵触しない個人情報であっても、他人に知られたくない情報は多くあります。1to1の関係性が築けるアプリ広告に対して、マス広告に近い役割となる店舗の広告は、あくまで補完的な存在にとどまると思います。

イメージとして近いのはテレビCMですね。これからはテレビCMでも、詳細な効果検証が当たり前にできる時代が来るでしょう。インターネットとつながったコネクテッドTVなどが普及しつつある今、アプリ以外の展開も見据えてメディアとしての幅を持たせたいと考えています。そのために、他メディアとの連携も視野に入れています。

――具体的にどのようなメディアとの連携でしょうか?

間口の広いテレビは魅力的ですね。テレビで商品の存在を広く告知して、より強い興味をお持ちの方にはセブン-イレブンアプリで詳細を伝え、店舗のデジタルサイネージで最後の一押しをして購入につなげる。このような流れが生み出せれば理想です。カスタマージャーニー上での店舗は購買の場であり、サッカーのゴール前ともいえる場所です。認知・関心という間口に強いテレビと、購買に強い私たちのリテールメディアが連携することで、カスタマージャーニーの全過程を押さえたメディアになれるでしょう。テレビはまだまだ多くの視聴者を抱えていますし、コネクテッドTVにも可能性を感じます。セブン-イレブンアプリはテレビに比べて間口の狭さが弱点のため、連携して相互の強みを活かしたメディアを生み出したいですね。

SIPストアから見えたリテールメディアの可能性

――先日、千葉県の松戸市に開店した新コンセプト店舗の「SIPストア(※2)」について、リテールメディアとしての可能性があれば教えてください。

※2 SIPストア:急速な環境変化の中で大きく変化する消費行動や価値観、幅広いニーズに対応することを目的に、セブン&アイグループの強みを集結した店舗。通常店舗よりも売場面積を広げ、鮮魚や精肉を取り扱うなど、イトーヨーカドーが持つ生鮮食品や商品管理のノウハウが反映されている。

「セブン-イレブン松戸常盤平駅前店」はそれまで通常のセブン-イレブンとして営業をしていましたが、2024年の2月にSIPストアとしてリニューアルしました。従来の商品構成と異なる冷凍食品や焼成パンなどの新商品や、新しいサービスを提供することで新たなお客さまにもご利用いただくようになりました。。それを見て分かったのが、従来とは違う新しい視点で変化を加えることの重要性です。これまでのセブン-イレブンは中食をメインに、完成した商品を取り扱っていましたが、SIPストアでは店内でパンを焼いたり、ナッツやチョコの量り売りコーナーを設置したりするなど、新しい体験価値を加えることで売上を伸ばしています。

広告ビジネスの常識についても、一度壊して新しい仕組みを構築することは、素人である私たちだからこそ可能かもしれないと考えています。SIPストアではレジの後ろにいろいろな商品のメニューボードを設置していますが、これは多くのお客さまの視線を集めることに成功しています。お客さまとのコミュニケーションの体験価値を埋めるようなアクションを入れることで、より多くの関心を集められることがSIPストアを通して分かりました。

見たお客さまの行動を促し、購買につながるリテールメディアを

――中長期のリテールメディア事業の展望について教えてください。

まずは中長期の前に、短期をどうやって乗り切るかですね。この数年で広告主様からのニーズにお応えできるだけのサービスを確立できなければ、一時のバズワードとして終わってしまうでしょう。私の認識では現状のリテールメディアは「Web広告の上位補完」という位置付けです。サービス内容のバラつきだけでなく、広告効果についても統一が図れていません。野球に例えると「うちの打率は4割以上だ!」「いや、こっちは160kmの剛速球を投げられるぞ!」という具合に、各々で強みを打ち出している状況です。今後はサービス内容や広告の効果検証などを統一化する必要があるでしょう。

――今が過渡期ということですね。

そうですね。もう一つ大事なのは、リテールメディアの最大の目的は商品を売るということです。先日、電車に乗っているとSNSでバズっているお店の人気メニューの広告が流れてきました。それがちょうどそのお店の最寄り駅というタイミングだったため、気になって後日足を運んだら超満員の人気店でした。やはり、良い広告とは「見た人間の行動を促す」広告です。

バナー広告を見ても、クリック率の高い広告ほどその後のリピートも高い傾向にあります。お客さまが知りたかった情報を広告として配信することで、購買につながり、エンゲージメントも高まる。このためにもデータ活用は大きな鍵なので、今後もその精度を高める努力を続けていきます。

杉浦 克樹

株式会社セブン‐イレブン・ジャパン
マーケティング本部 デジタルサービス部 兼 リテールメディア推進部 総括マネジャー

1998年セブン-イレブン・ジャパン入社、長野・山梨エリアと東京西部エリアで1,000店規模のゾーン責任者を務める。2018年 7&iホールディングスで新規事業会社を立ち上げ、2021年 セブン‐イレブン・ジャパン デジタル販売促進 総括マネジャーとしてセブン‐イレブンアプリの責任者を担い、2022年 リテールメディア推進部 総括マネジャーとしてリテールメディア事業を立ち上げ、2024年よりデジタルサービス部の総括マネジャーを兼任。

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