菅首相の側近中の側近、内閣府副大臣藤井比早之氏に、GAFA研究第一人者田中道昭教授が、デジタル改革の真相に切り込む。
2020/11/4
2020年9月16日、第99代内閣総理大臣に就任した菅義偉首相は就任後初の記者会見で「デジタル庁」創設を明言しました。アメリカや中国と比べ、デジタル化が遅れている日本が、今後どのように諸外国へ追いつき、追い越していくのか。全2回にわたり、内閣府副大臣である藤井 比早之氏と立教大学ビジネススクール 田中道昭教授の対談形式でお届けします。
前半は、藤井副大臣のこれまでの取り組みや、これからの日本が目指す、デジタル改革の展望についてお話を伺いました。
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菅首相の側近中の側近、内閣府副大臣藤井比早之氏に、GAFA研究第一人者田中道昭教授が、デジタル改革の真相に切り込む。
河野行政・規制改革相と平井デジタル改革相を支え、新内閣の看板政策を担う
藤井副大臣:よろしくお願いします。
田中:最初に、私から藤井副大臣のご紹介をさせていただききます。東大の法学部をご卒業され、現在の総務省である自治省に入省。その後、総務副大臣の秘書官を務められました。当時の総務大臣が菅首相であり、首相とはそれ以来のお付き合いで、知る人ぞ知る側近中の側近ということです。総裁選の最中、テレビ東京WBSで大江キャスターが菅候補の取材に来られた時もアテンドされていたとのこと(笑)。
藤井:そんなことないですよ(笑)。
田中:現在は内閣府の副大臣を務めていらっしゃいます。内閣総理大臣が菅首相で、行政改革の担当大臣が河野大臣、それからデジタルシフトタイムズの一番のフォーカスポイントである、デジタル改革担当大臣が平井大臣ということで、総理大臣と重要ポストである2大臣の3人を支えていらっしゃいます。
まずはご本人から簡単に自己紹介をお願いします。
藤井:はい。内閣府副大臣の藤井比早之と申します。先ほどご紹介いただききましたが、私は兵庫県西脇市に生まれ、田舎の田園風景の中で過ごしてきました。高校は電車ではなく、ディーゼルカーで通っていたんです。その鍛冶屋線が、私の卒業と同時に廃線になりました。常に身近にあるのは山々と川と田んぼという地域に生まれ育ちました。だからこそ、地域をどうにかしたいと思い、職を自治省に求めたのです。地元の皆様と密着して思いを伝えてきたことが原点で、その原点を忘れずに、デジタル化が何周も遅れている日本で、菅内閣誕生と共に成長を進めていきたい。その思いで一杯です。
田中:我々としても、デジタルに対する日本の遅れをなんとか挽回できないかという使命感でこのメディアを運営していますので、そういう使命感溢れる副大臣が誕生したことを、非常に心強く思っています。
内閣総理大臣だけでなく、2大臣にもお仕えしているということで、担当範囲が非常に幅広いと思います。改めて一通り教えていただけますでしょうか。
藤井:そうですね。平井大臣と河野大臣の下で内閣府・内閣官房が所管する範囲のほぼすべてを担当させていただいています。具体的には、縦割り打破、行政改革、規制改革、そしてデジタル改革です。デジタル庁の創設、マイナンバー制度に加え、沖縄北方対策も担当しております。
行政改革とデジタル改革は表裏一体
藤井:今、河野大臣が押印の見直しに取り組んでいますが、これはまさに規制改革、縦割り打破だと思います。発足して一か月も経たない内に、行政手続きにおいては99%の押印を見直すと各省庁が反応しています。これはものすごい推進力です。これとデジタル改革とは、かなりリンクしています。
田中:表裏一体ですよね。
藤井:そういう点で縦割り打破は、デジタル改革に繋がってくる形です。縦割り打破という文脈でいうと、菅首相が官房長官時代に取り組んでこられたダムの事前放流があります。河川管理は国土交通省の管轄ですが、農業用のダムや電力会社が持っているダムも事前放流することで、八ッ場ダム50個以上の防災効果が得られるんです。こういうものも縦割り打破の一つです。他にも総裁選の時に取り上げて頂いた、兵庫県の神戸ビーフの輸出に関する問題があります。元々但馬牛を神戸ビーフとして輸出するには鹿児島まで持って行かないといけませんでした。
田中:そんなに遠くまで運ばなければいけないのですね。
藤井:そうなんです。手塩にかけて育てた但馬牛を、トラックに乗せ、11時間くらいかけて輸送するんです。いままで優しく育ててきたのに最後の最後で輸送コストがかかるだけでなく、疲れてストレスは溜まり、体重が減って、肉質が落ちるんですよ。今まで神戸ビーフとして輸出していたのはそういうものだったのですが、兵庫県から直接輸出することを農水省にもご理解いただいて、農水省の補助金で兵庫県にも食肉加工センターが出来たんです。ですが、2年経っても、兵庫から輸出されていませんでした。
理由は、厚生労働省が食の衛生管理に関するチェックが終わっていなかったからです。厚生労働省としては、食品衛生管理は大切な仕事です。それから諸外国のルールにも則った形でやらないといけません。それも分かりますが、2年間も塩漬けという事実が官邸で問題になり、当時の官房長官、菅首相が取り上げたところ、その後1〜3週間でアメリカに輸出できるようになり、その1か月後にEUにも輸出できるようになった。
厚生労働省は何も悪い事はしていないんです。ただ年金や医療・介護・福祉で手一杯である中、人が足りなかったのではということで、輸出の司令塔を農水省に持っていきました。
こういう、まだ目に見えない縦割りが各省にいっぱいある。それを国民目線で国民の為に変えていくことが重要だと思っています。
例えば、デジタルのことが全くわからない高齢者でも使いこなせるデジタル改革を
藤井:デジタル改革といっても、手段と目的を間違えてはいけないと思っています。
田中:自民党内でもそういう指摘がありましたよね 。
藤井:そうですね。デジタル化することが目的だったり、マイナンバーカードを普及させることが目的だったりではダメなんです。目指すべきはやはり国民の皆様にとって便利な社会であり、それによって経済成長も含めてより良い社会が築かれるということです。
それを実現するためのデジタル社会を作る。私自身、地元を回っていますと、高齢者の方から「そんなワシらデジタル分からへんで」というお声をいただくんです。そういう声に対して、だれ一人取り残さないデジタル社会を作ることを目指していきたいと思います。
田中:誰一人取り残さない、デジタルデバイドを起こさないことが重要だということですね。
藤井:そうですね。そこを間違えてはいけないと思います。あとはプライバシーを大切にする。
田中:いいですね。国民中心という話が出ましたが、ちょうど先日、「『デジタル後進国』日本で、もしも『ジェフ・ベゾス』がデジタル庁長官になったら…!」(現代ビジネス、https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76276)という記事を書かせて頂きました。
これは意外と本質的な問いかけだと思っておりまして、勿論Amazonはいろいろなものをなぎ倒して破壊しているという考えもある一方で、やっぱり顧客中心主義という思想は本物だと思います。そういう意味では、AmazonのCEOであるジェフ・ベゾスが、ミッション・ビジョンとして地球上で最も顧客第一主義の会社を目指しているように、きっとデジタル庁長官になったら、世界中で最も国民中心のデジタル国家を実現しようとするはずです。そういう意味では国民中心で一人ひとりが中核だという世界観を、Amazonがやってきたように進めていただくのが一番重要だと思っているのですが、いかがでしょうか。
藤井:私も田中先生の著書を読ませていただいて、その通りだなと思いました。まさしく国民一人ひとりが主役のデジタル社会を作る。これこそが目指すべき姿だと思います。
日本独自の、プライバシーを大切にしたデジタル社会の構築へ
2020年1月の初めにCESという、今や世界で最も影響力があるテクノロジーショーに行きました。その中核のセッションがチーフプライバシーオフィサー(CPO)のラウンドテーブルだったんです。AmazonのCPOやFacebookのCPOも登場していました。アメリカでも2、3年前は手放しで「データの時代が到来した」と言っていたのですが、今は「データとプライバシーは両立しないといけない」という機運が高まっています。日本では残念ながらプライバシー重視の機運がまだ高まっていないのですが、その辺にも注視してデジタルを推進していこうということですね。
藤井:はい、そうです。プライバシー重視は日本国民にとってはとても大切なファクターです。私も住民基本台帳法の成立当時から注視しています。
総背番号やプライバシーがどうだというのは、ずいぶん周回遅れになったというのが正直なところだと思うんです。皆さん、自分の情報が抜けたらどうしようという心配があり、行動できない部分があったと思います。
それが今、逆にアメリカにおいて、プライバシーが大切だという機運になっているのは、周回遅れになってちょうど並んでいるということです。本当のところは何周も遅れていますが、非常に大切な視点だと思います。やっと日本独自の、プライバシーを大切にしたデジタル社会を築くチャンスが今、到来しているのではないかと思います。
田中:そういう意味では遅れて並んだところがあるのかもしれないですね。ただ、もともと日本人が持っている意識と、現在の米国でのプライバシー重視の機運とは異なる要素もあると思っています。今、マイナンバー、総背番号制の話が出ましたが、日本人は、何かを自分に紐づけられるとか総背番号みたいなのは元々嫌なんですよね。
マイナンバーを広めていくためには、実はプライバシーは徹底的に保護されているんだということを強調するのが広がるための一番のポイントだと思うんです。そこはやはり今回の政権、デジタル庁においては特に重視していくのでしょうか。
藤井:特に重視してやっていくべきだと思います。やはり国民の皆様にご理解いただかないといけませんので。先日も、マイナポータルとマイナンバーカード、マイナンバー制度のシンポジウムに出させて頂いたんですが、やっぱり不安だという国民の皆様の声が大きいです。
マイナンバーカードというのは要するに単にキーであると。皆さんが持っているマイナンバーカードは、いわばマスターキーであり、そのキーを持っている本人だけが部屋を開けられると。この部屋は税の情報が、この部屋は介護の情報が、この部屋は医療の情報があると。色々な情報があったとしても、それぞれの部屋は別々で、部屋同士で情報が流れることはない。そういうシステムであるということをもう少しわかりやすく説明することが必要だと思います。
田中:そこをどう伝えていくかですよね。ちょうど先日、平井大臣とプライバシーの観点を中心にお話させていただいたのですが、平井大臣が構想されているマイナンバーの利用イメージは非常にプライバシーを重視されていました。副大臣もご存じの通り、韓国は現時点ではデジタルガバメントが非常に進んでいて、特にその中央自治に関しては、誰かがある市民の情報を取りに行くと全部ログが残され、情報によってはその人のスマホにプッシュ通知がいくようになっています。プライバシーが重視されているんです。平井大臣は、それ以上のことを日本でしていくとおっしゃっていました。プライバシーが重視されている中で、利便性が高まることを伝えるのが、マイナンバーが広がっていくポイントでもありますよね。
藤井:そうだと思います。実際にそういうシステムでないといけないと思うんです。今までは技術的に不可能だったかもしれないのですが、プライバシーをきちんと確保し、セキュリティも大切にしながら取り組みを進めていくことが何よりも大事だと思います。
田中:そうですね。私自身、「2025年のデジタル資本主義 「データの時代」から「プライバシーの時代」へ」という書籍を出版したばかりですので、プライバシーの観点をご指摘くださったのは非常に嬉しいなと思っています。
日常で直面する一つひとつの課題を、デジタルで解決していく
藤井:それぞれ個別の問題に対応していくことが大事だと思います。例えばデジタル化だと、金融の領域もすごく大切だと思うんですよね。私も昔、法案を書かせていただいたのですが、国債、社債、株式とかの無券面化(=ペーパーレス化)もその一例です。
他にも、規制改革推進会議では、公金の収納、固定資産税、軽自動車税などの話が出ています。それらは未だに自治体ごとに異なる様式での手続きが必要で、書類が紙で送られてくる状況です。コンビニでも納められるようになっていますが、いわゆる金融機関のバックオフィスでは、自治体ごとに手作業でソートし、消し込みやチェックをしているのです。これはデジタル化すれば即座に便利になる領域です。また、請求書や領収書なども、今はほぼすべてファイリングしていますが、デジタル化で非常に効率的にできるようになると思うんですね。
先ほども話に出ていた押印の見直しも業務効率化に繋がります。テレワークをしていたとしても、押印するために会社に出勤しなければいけないという問題を取り除けるからです。デジタル化により、必ず「便利になった」と言える社会を皆さんに実感していただけると思います。
田中:そうですよね。押印がなくなる便利さはもちろんありつつ、一方でそういった分野には抵抗勢力もあると思います。実はちょうど今年のはじめに、デジタルシフトタイムズで、今回菅政権で財務省政務官に就任された元榮太一郎先生とお話させていただきました。その際は政治家としてではなく、弁護士ドットコムの経営者としてご出演いただき、まさにデジタル化の中心であるクラウドサインの話を伺っています。今後、印鑑での契約はクラウドサインなどに変わっていくと思いますが、既得権益とのバランスはどうとっていくのでしょうか?
藤井:押印の見直しはしますが、ハンコ文化やハンコ自体を大切にするのは、別の意味で大切だと思います。メールで絵文字を使うのは、もともと、ハンコ文化から来ているとも言われていますので。そういった伝統文化は大切にしながらも、これが原因で効率化できないのはやめたいです。
各自治体において、書類の様式が違うという課題については、どこの自治体も、標準化し統一していきたいはずです。それは国が旗をあげてやっていかないと、なかなか前に進みません。また自治体ごとに、それぞれのベンターに個別にシステム開発を依頼している状態は、逆に財政負担になっている気がするんです。そこを標準化し、効率化していくことは大事ですし、業務の効率化も図られていくと思います。
よく「業務効率化しないと、デジタル化できない」と言われますが、「デジタル化によって、業務の効率化も進む」という、正の相関関係を作り出していきたいと思っています。