前編:Amazonから学ぶデジタルシフトを本質的に成し遂げるための思想とは。 【Amazon Payの日本責任者、井野川氏に聞く】
2020/9/1
「Amazon.co.jp」を提供するアマゾンジャパン合同会社にて、現在、Amazon Pay事業本部 本部長を務める井野川拓也氏。販売事業者向けの商品の在庫保管・配送代行サービス「フルフィルメント by Amazon(FBA)」、広告サービス「スポンサープロダクト広告」、決済サービス「Amazon Pay」の立ち上げに携わった井野川氏はどのようにして本質的なデジタルシフトを成し遂げたのでしょうか。全2回にわたり立教大学ビジネススクール 田中道昭教授との対談形式でお届けします。
前半は、数々のビジネスを生み出すAmazonのカルチャーや考え方を伺うとともに、井野川氏が責任者を務めるAmazon Payが成し遂げんとする世界観について伺いました。
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前編:Amazonから学ぶデジタルシフトを本質的に成し遂げるための思想とは。 【Amazon Payの日本責任者、井野川氏に聞く】
Day 1の精神でカスタマーセントリックの思想を持ち続ける
井野川:私は元々石油会社でエンジニアをしておりました。その後コンピューターの開発・販売を行うデル株式会社に勤め、その後にAmazonに入社しました。
Amazonにはもう10年ほどおりまして、販売事業者さま向けの「フルフィルメント by Amazon(FBA)」や広告サービス「スポンサープロダクト広告」の立ち上げを経験し、その後3番目のサービスとして「Amazon Pay」の担当をしております。入社以来、いろんなサービスの立ち上げに携わりました。
田中:なるほど。常に、Amazonの中でも新しい戦略部門の立ち上げをしてきておられるということですね。
井野川:性格的にも新しいものを作るのが好きなので。
田中:ご存知の通り、私自身もAmazonのことを常にベンチマークしてきております。2017年の11月に『アマゾンが描く2022年の世界』という本を出し、昨年の4月には『アマゾン銀行が誕生する日』という本も出しており、周りからは「ベゾスウォッチャー」とも言われています。去年と今年にはお声がけいただき、貴社共催カンファレンスの基調講演をさせて頂きました。
長年Amazonをベンチマークにしている私としては、井野川さんにまず、Amazonの「カスタマーセントリック(顧客第一主義)」「Day 1」など有名なカルチャーについて伺いたいです。
井野川:よくAmazonの中では「Day 1」という言葉を使います。日本語で言うと「初心を忘れずに」という言葉が一番近いかも知れません。最初にビジネスを始めるときの考え、そのときのスピード感を常に持ち続け、「地球上で最もお客様さまを大切にする企業になること」という企業理念を忠実に持ち続けようと考えています。
以前、Amazonのスタッフが集まる場である社員がCEOのジェフ・ベゾスに「Day 2はなんですか?」と質問したことがありました。それに対してベゾスは「Day 2は死だ」と答えておりまして、なるほどなと思ったんですよね。初心を忘れずにというカルチャーを皆がちゃんと持っていることが凄く重要で、それを実践しようとしていると感じました。
例えばフルフィルメント by Amazon(FBA)は、Amazonの物流のノウハウを、販売事業者さまに提供し、Amazonの物流拠点に商品を納品してもらい、Amazonが事業者さまに代わってお客さまへ商品の配送をするサービスです。事業者さまからは「そんなことしてAmazonに得はあるの?」と言われたりします。
田中:なるほど。事業者は競合でもあるので普通は驚かれますよね。
井野川: Amazonとして考えているのは、お客さまにとっていいことをするということ。お客さまのところへすぐ届く商品の品揃えを豊富にすることが、お客さまにとっては一番いいですよね。そう考えると、Amazonが持っている物流のノウハウは提供すべきだと考えています。
田中:そこもカスタマーセントリックの表れということですね。
井野川:そうですね。
田中:Day 1という話で再度お話を伺いますと、Amazonは97年の上場のときの株主レターにDay 1と書いてあって、毎年株主向けのAnnual Report(年次書簡)に必ず、97年の株主レターを添付されています。また、ベゾスCEOのデスクがあるオフィスのビルは「Day 1」などと名前がついているなど、強いこだわりを持っているのだと思います。
「Day 2」という言葉もベゾスCEOはよく使われていますよね。日本語的にいうとDay 2は大企業病みたいなニュアンスでおっしゃっているのだと思います。私はいつも本社へ行くと社員の方に「AmazonはDay 2、大企業病に陥っていませんか?」とお伺いするのですが、いかがですか。
井野川:陥ってないと思います。常にお客さまを大事にし、decision(決定)を早くすることをマネジメント層やチームメンバーは繰り返し行い、カルチャーを持ち続けるようにしています。そのぶん、大企業病に陥りにくい仕組みができているのではと思っていますね。
田中:ちょうど2017年に発表された2016年のAnnual Report(年次書簡)の株主レターの中において、「Day 2を防ぐ方法」という項目で、まさにdecision making(意思決定)の仕方を書かれていました。
とくに本社の方が、絶対にAmazonは大企業病に陥っていないのだというところで強調されるのは、リーダーシップ・プリンシプルの14項目の中で「Disagree & Commit」ってありますよね。上司だろうが誰だろうが、例えば、カスタマーセントリックではなければ「カスタマーセントリックじゃないですよね」と言えるし、言うように推奨されている。日本の大企業だったら自分の上司に対して同じようには言えないことが多いですもんね。その一つだけとってみても、やっぱりAmazonは大企業病から脱している会社なのかなと思っています。やはり「Disagree & Commit」が重要なところでは推奨されているのですか?
井野川:そうですね。社内では「Have Backbone; Disagree and Commit」と言っています。常にお客さまにとって何が一番いいのかを考え、上長であろうが部門長であろうが自由に自分の意見を言えるようなカルチャーはあると思います。私自身、言いやすい環境は作りたいなと思っていますね。
田中:そうですよね。とくにカスタマーセントリックじゃないアクションがあると、誰でも「そうじゃないですよね」って言えるようなカルチャーなんですね。
井野川:そうですね。
田中:そこがやっぱり強いですよね。ベゾスCEOがいつもおっしゃっているのは、企業は顧客中心なのかテクノロジー中心なのか商品中心の会社なのか、いろんな中心主義がありますが、カスタマーセントリックが最も優れている、ということ。とくに今、Withコロナで厳しい展開を迫られているなか、国内外の会社を比較してみると、やっぱりカスタマーセントリックの会社がここにきて強いなと思っています。その辺りはいかが思われますか。
井野川:そうですね。やっぱりお客さまに求められてないと中々受け入れられないと思います。
田中:私はやっぱり本質的なデジタルトランスフォーメーションは、Day 1カルチャーのように、スタートアップ企業のようなスピーディーでフレッシュ、そして謙虚なカルチャーがないと実現できないのではと考えています。結局、デジタルトランスフォーメーションは企業文化の刷新まで手を付けるのが重要だと思っていますので。
そういう意味でも世界一のデジタルシフトの会社であるAmazonが、常にDay 1を気にしているところは、全ての日本企業が見習うべきだと思います。井野川さんご自身はDay 1にどういう思いを持って日々お仕事をされているんですか?
井野川:そうですね。先ほど申し上げましたお客さまのために、というところ以外ですと、判断のスピードですね。ここを早くするのが重要だと思っています。
Amazonで最初に考えるのは、一旦判断をすると戻れない「1 way decision」なのか、一度判断してもうまくいかない場合は戻れば良い「2 way decision」なのかです。2 way decisionならば、うまくいかなくても戻れば良いので、リスクを取ってやってみればと言われます。
もちろん、必要な全部のデータが揃っていれば正しい判断が出来るかもしれません。しかし全ての情報が揃えられるケースは非常に稀です。全ての情報が揃って、判断の精度が90%から95%になるのを待つより、どんどん進めていく、2 way decisionを推奨するカルチャーがあると思いますね。
田中:ベゾスCEOもDay 2を防ぐため「7割の情報で意思決定する」「1 way decision」「2 way decision」について、上記で述べた株主レターの中で書かれていますね。7割の情報で意思決定をするということには、とても衝撃を受けましたし、一方でAmazonにおける7割の情報と普通の日本企業の7割の情報って全然情報の精度が違うんだろうなとも思いました。7割の情報とはどういう感覚なのでしょうか?前職のときと比べると、やっぱりAmazonの7割の情報の精度は高いのでしょうか?
井野川:そうですね。日々お客さまに接していますし、我々のサービスを使って下さるお客さまもたくさんいらっしゃいますので、お客さまからも情報が集まりやすいというところもあるかもしれません。
私自身は、例えばフルフィルメント by Amazon(FBA)や、スポンサードプロダクト広告、Amazon Payを通して、ある程度お客さまの行動や好みについて、アメリカだったらこう、ヨーロッパだったらこうとわかるようになってきていて、それをもとに日本はこうかなと、予想しています。
田中:なるほど。いろんな過去の実績を元に推測をする、経営計画やビジネスの世界だと具体化、抽象化という話がありますが、数年前の株主レターでベゾスCEOは「ここでこうだったから他の分野でこうだ」ということはない、あるいは考えるべきではない、と書かれていました。実際には類推や抽象化が可能であっても、ベゾスCEOが強調している通り、あえて謙虚に、一つひとつ別のものとして考える、みたいなカルチャーが社内にもあるのでしょうか?
井野川:そうですね。結構試行が好きな会社で、例えばオンライン上で、商品やメールの文言をいろいろ変えてみて、どちらの方がオープンレイト(開封率)が高いか、クリック数が多いかなどを確認しています。いろんなテストをすることで、判断や、文言、画面の精度を上げていくことは常にやっていますね。
田中:なるほど。丁度日本時間では今朝、Amazon本体の4-6月期の決算が発表されました。このタイミングで最高益を達成し、それにも関わらずDay 1精神を継続しているところが、本当に素晴らしいなと思います。
Amazon Payでお客さまに簡単・快適・安心な購買体験を提供する
井野川:まず、AmazonのビジネスはAmazonのサイト上でAmazonが売主になって販売する直販のビジネスと、Amazon.co.jpまたはAmazon.com上で事業者さまに販売いただき、販売手数料を頂戴するというマーケットプレイス事業(出品事業)があります。これらの直販事業と出品事業は「on Amazon」、つまりAmazon上でのビジネスとなります。
田中:私の自宅にも「Amazon Echo」シリーズのデバイスが3台あって、朝から晩までAmazon Alexaに話しかけて使っています。最近は「出前館」のAlexaスキルを使用して出前を取ることもありますが、あれにもAmazon Payが使われていますよね。
井野川:そうですね。
田中:出前館でデリバリーを頼むとAmazon Payからもメールが来ます。そういうところでもAmazon Payが使われているということを実感しますね。
Amazon Payはカスタマーエクスペリエンスを向上させる
井野川:そうですね。そのビジネスモデルの中に我々も入ると考えて頂ければ良いかなと思います。
田中:そうですよね。元々のビジネスモデルになぞらえて、Amazon Payのビジネスモデルを説明していただくと、どうなるのでしょうか。
井野川:まず、お客さまが商品を買いたいと思ったとき、商品(品揃え)が揃っているということがすごく重要です。しかし、直販だけでは品揃えに限界がありますよね。後にマーケットプレイスビジネスが始まり、販売事業者さまに商品を販売いただくことで品揃えがさらに豊富になります。
とはいえ、なかなか取り扱いが難しい商品も正直ございます。例えば出前サービスや劇団のチケット、旅行商品などです。Amazonはそれらをお客さまが買うときも、簡単・快適・安心な購買体験を提供したいと考え、このAmazon Payのビジネスを始めました。それによって欲しい物が、簡単快適にAmazonアカウントを使って買えるようになり、お客さまの満足度が上がっていく。
田中:カスタマーエクスペリエンスが上がるということですよね。
井野川:そうですね。満足度が上がれば「ここで買いやすいからまた来よう」となり、トラフィックが上がります。トラフィックが上がると「私たちもビジネスがしたい」と販売事業者さまも増えていきます。そうすると規模がだんだん大きくなり、規模の経済的な部分でコストが安くなります。コストが安くなったぶん価格を下げる。グルグル回っていく形ですね。
田中:ベゾスCEOの動画を長年拝見していますが、彼は重要なことや信条のようなものは繰り返し同じことを言い続けている。例えば、彼は、Amazonが10年後どうなるかと聞かれても、「それは自分でもわからない。ただ、昔も今も10年後も変わらないことが3つある」と言っています。「品揃え」「価格」「迅速な配達(利便性)」※をお客さまが求め続けるということです。これはずっと言い続けていることですね。実際、顧客が求める水準や尖鋭度は高まっていて、それらに先行して、ということだと思いますが、やっぱりその3つへのこだわりは、今の事業の中でも強くお持ちなんでしょうね?
井野川:そうですね。私が過去に携わったフルフィルメント by Amazon(FBA)も、事業者さまの商品を早くお客さまにお届けするというサービスですからね。
田中:withコロナになって、週末のお昼や夜にデリバリーを頼むことが増えてきたのですが、出前館は本当に便利ですよね。ただ話しかけるだけで注文できますし、決済も簡単に終わります。やっぱり「Amazon Echo Show」を使って画面で選べるのも利便性が高いと思います。
Alexaで言うと、ちょうど井野川さんが昨年、今年の登壇のなかで「voice payment」っていう言い方をされています。やっぱりAlexaはvoice paymentを相当意識してできたサービスなんですかね。
井野川:そうですね。現在、お客さまの購買体験はどんどん変わっています。例えばスマホが出る前は、ほとんど皆さんPCで商品を買われていました。スマホが普及してからは、いつでもどこでも簡単に買えるようになっています。今後はボイスコマースも増えると思います。その際はAmazonとして、お客さまにより買いやすい購買体験をAlexaやAmazon Payを使ってお届けできるといいなと思っています。
田中:そういう意味ではやはりpaymentに対するベゾスCEOのこだわりは強いと思います。ワンクリックで決済できるシステムをいち早く導入しましたし。また、シアトル本社のすぐ近くにもAmazon Goがありますが、あれも一つのpaymentシステムですよね。実際に体験して、カスタマーエクスペリエンス自体の定義が進化したなと思いました。ただ立ち去るだけで決済が終わっていて、買い物をしていることすら感じさせないし、支払いしていることすら感じさせない。カスタマーエクスペリエンスの定義が、取引をしていることすら感じさせないくらい自然で、スピーディー、というところまで進化したなと思いました。その辺りはいかがでしょうか。
井野川:そうですね。私自身もシアトルに行ったときはAmazon Goを使うのですが、やっぱりレジに並ばなくてよく、スピーディーにお買い物ができるので非常に気に入っています。
Amazon Payで言うと、お客さまにとっていろんなサイトでお買い物をすると、サイトごとにパスワードやIDを求められて非常に面倒です。新しく登録する場合も、支払い方法の画面でクレジットカードの情報を入力しなければいけません。最近はPCよりスマホを使い、電車に乗っているときや、レストランで行列に並んでいるときなどちょっとした隙間時間を利用してお買い物をするお客さまが多いです。そんなときにポケットからクレジットカードを出して、スマホに打つことはできません。我々のサービスを使って頂くことで、買いたいと思った瞬間に買えるようになり、不便を解消できると良いなと思っています。
田中:そうですね。withコロナで人との接触に対して抵抗感が現れているなか、例えば出前館だと、先に決済が済んでいるので、商品を持ってきたときに現金の受け渡しが不要です。そういった利便性もありますよね。
井野川:そうですね。非現金の決済の需要というのは高まっているのではないかと思いますね。
田中:グローバル全体なのかもしれませんが、コロナがあって非接触であることが重要になってきているなかで、ECもpaymentも数字が伸びていますよね。
井野川:そうですね。とくに今まで実店舗でビジネスをされてきた事業者さまが、オンラインに参入されるケースが多いです。そういった事業者さまが、お客さまにとって使いやすいサイトを作る際、やはり決済は重要です。クレジットカード情報を入れなくてはいけないのは、めんどくさいですよね。それを解消するためにAmazon Payを使っていただいていることが多いです。
1) Selection(品揃え)
2) Price(価格)
3) Convenience(利便性):ここに迅速な配送が含まれており、サイト上でのお買い物しやすさなど、あらゆる観点での利便性が含まれています。