菅政権で加速する金融大再編。金融×デジタルシフトの第一人者、SBI北尾社長の見据える未来を田中道昭教授が読み解く

菅政権誕生後、地銀を中心とした金融業界の再編が重点政策となっています。新型コロナウイルス感染症で環境が大きく変わる中、金融業界はどうなっていくのか。その中核であり、金融×デジタルシフトの第一人者であるSBIホールディングス代表取締役社長北尾吉孝氏にお話を伺います。今回は、今後の業界再編やSBIグループの戦略について、中国古典×現代経営学の切り口から、全2回にわたりお話いただきます。聞き手はSBI大学院大学客員教授および立教大学ビジネススクールでも教鞭を執る、田中道昭教授です。

前編は、金融×デジタルシフトの第一人者として北尾氏がSBIグループ創業、SBI大学院大学の創設に至った背景や、コロナ禍における北尾氏及びSBIグループの大戦略について、孫子の兵法を元にした田中道昭教授独自のフレームワークで伺います。

*本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。

菅政権で加速する金融大再編。金融×デジタルシフトの第一人者、SBI北尾社長の見据える未来を田中道昭教授が読み解く

49歳で天命を知る。世のため人のため、インターネットで金融業界に大変革を

田中:「その変革に勇気と希望を」デジタルシフトタイムズの田中道昭でございます。本日は、私自身オンラインMBAであるSBI大学院大学の客員教授を務めさせていただいておりますが、そちらの学長、それからもちろんSBIホールディングスのCEOでいらっしゃいます北尾社長のところにお邪魔しております。

北尾:よろしくお願いいたします。

田中:本日はありがとうございます。北尾社長というと、今ご紹介させていただいたように、私自身も客員教授としてこちら(SBI大学院大学)で教鞭を取らせていただいておりますが、中国古典等に精通なされ、経営者の中でも稀代の碩学※。
※稀代の碩学: 修めた学問が広く深いこと、またその人のこと

やはり2番目にご紹介させていただきたいのは、菅政権が誕生して、金融大再編が噂されており、その中核のお一人ということで、大変注目を浴びていらっしゃいます。

北尾社長はやはり金融におけるデジタルトランスフォーメーションという意味では本当に第一人者でいらっしゃいます。本日は、デジタルシフトタイムズの取材ということで、金融×デジタルトランスフォーメーションを、中国古典×現代経営学という切り口でぜひ、一緒に読み解かせていただきたいと思います。今日は「SBI大学院大学の特別講義」ということも兼ねてやらせていただきたいと思います。本日はよろしくお願いいたします。

そんなことでごく簡単にご紹介させていただきましたが、ぜひ、北尾社長の方からも改めて自己紹介、何なりと付け加えていただければと思います。

北尾:あまり付け加えるようなこともないですが、私どもは創業してちょうど21年ほどになります。私は大卒で新入社員として野村證券に入りましたが、これもちょうど21年間で退職しましたから、いよいよここからは、SBIホールディングス時代が野村よりも長くなっていく、そういうタイミングでもあります。

田中:そうですか。21年とは面白い節目でいらっしゃるのですね。

北尾:そうですね。その中間地点で、ちょうど私は孫さんに請われてソフトバンクに入った、これが一つの転機でした。ソフトバンクに入り、孫さんからインターネットはいかにすごいものかということを、併せて私自身インターネットと金融は非常に親和性があると確信したのです。

孫さんと出会い、ソフトバンクでインターネットに向けた様々な事業展開をしていこうという、当時はちょうど緒に就くタイミングでした。

田中:そうですね。今21年という数字が出ましたけど、北尾社長は色々な著作の中でも、「49歳起業」というお言葉をかなり大切にされていらっしゃると思います。その49歳で起業というのは、どういうタイミングだったのでしょうか?

北尾:私自身の天命は何か、ということをずっと探しており、孔子でも天命を知るのは50歳ですから、非常におこがましいのですが、私なりに自分の天命を、これだ!と思ったのが49歳だったのです。ちょうどその時に書いた『不変の経営・成長の経営』という本に、私は自分の天命はこれだと書いています。そういう歳でした。

孔子でも天命を知るのに、50歳という歳月を要したのですから、私は当時49、まだ違うかもしれないなと思いながらも、このインターネットの力を借りて、一つ金融の世界に革命を起こそうと。それが世のため人のためになるはずだと。

そして私が野村證券からソフトバンクに移ると言ったら、トータルで60名ぐらい、野村證券の連中が私を慕って来てくれた。そういう人たちに対し経済的厚生といいますか、better off(一層暮らし向きが良くなる)にしてあげないといけない、そういう一つの覚悟を自分なりに持って動き始めた時でしたね。

田中:ちょうど今野村證券のお話が出ましたが、またこのタイミングで野村證券と、かなり親交を深められているようですね。

北尾:お互いにいろんなことはあるかもしれないけど、僕の方はあまり気にしていることはないですね。お互い利用できるところは利用すればいい。喧嘩していても仕方のない世界ですからね。「オープン・アライアンス」という言葉を僕は使うのですが、今の時代は、昨日の敵は今日の味方くらいに考えて、それぞれの事業基盤をどうやって拡大するか、その一点に絞ってアライアンスをどんどんしていくべきだと思います。

田中:先ほど49歳のときに、インターネット×金融で天命をお感じになられたということでした。もともと野村證券に入られて、帝王学的にかなり特別な教育も受けられ、M&Aなど様々なお仕事をされて、非常に重大な事業や取引をされてこられたと思います。49歳にインターネット×金融に出会った時に、やはり相当特殊だったのでしょうか?

北尾:アメリカではすでにインターネットの世界が広まりつつありましたが、日本ではまだまだという状況でした。そういう状況の中でちょうどモルガン・スタンレーのインターネット業界のアナリストだったメアリー・ミーカー氏が、インターネットと一番親和性のある業種は金融業だと分析されていたのです。

よくよく考えてみると、金融業は、モノのデリバリーを伴わなくても、情報さえ伝われば、ことが済むのではないか。金融業はイコール情報産業で、情報産業だとすれば、デジタルの方が、アナログよりもっとフィットするのではないかと言えるわけですね。実際自分でトライした結果が、SBIグループの今日に至るということです。

指導者となる起業家の輩出が国を照らす。SBI大学院大学が人間学を重視する理由

田中:今日は中核としてはデジタルの話、金融の話をお伺いしたいと思いますが、まずは私自身も一緒に教鞭をとらせていただいている、SBI大学院大学についてお伺いしたいと思います。

2008年の4月設立ということで、オンライン大学としては本当に日本の先駆者でいらっしゃいます。今年はコロナ禍で、大学や高校でも一気にオンライン授業が始まりましたが、すでに2008年4月から、オンラインMBAを展開されていらっしゃいました。その始められた思い、当然安岡正篤先生のように学校を作られる、君子(人格者)を作るなど、いろんな思いがあったと思います。2008年4月に、当時では考えられなかったオンラインでMBAを作られた、その時の哲学・こだわりというのはどういうところにあったのでしょうか?
※安岡 正篤:陽明学者・哲学者・思想家。歴代総理など多くの政治家や財界人の精神的指導者であり、かつ「人間学」の偉人としても知られる。

北尾:まず、自分で起業したいと思うような人を対象にしたいと思いました。なぜそう思ったかというと、起業するということはイコールいずれ人を雇い、トップとして雇った人を色々な形で感化していく。そして一燈照隅万燈照国に繋がるようにしたいなと思ったのです。
※一燈照隅万燈照国(いっとうしょうぐう ばんとうしょうこく):一つの灯火だけでは隅しか照らせないが、その灯火が万という数になると国中を照らすことができるという意味の語。 最澄が説いた言葉として知られている。

言うまでもなく、経営者というのは影響力がかなり大きい存在です。そこに働く従業員、取引先、そしてお客様に対し、自分の志を広く世に伝播させ、世の中のためになることをしていく。併せて、人の指導者になるということですよね、起業家になるということは。

ですから単に時務学と称される学問、いわゆる経営学や、法律の知識だけではなく、やはり人間学が必要だと思ったのです。私は究極、人を動かすのは何かというと、人間力ではないかと思うのです。ですから、そういう人間力を醸成するような教育観は世界広しといえどもなかなかないなと思いました。
※時務学 :知識・技能を養う学問のこと

併せて、大学を卒業した人のための大学院という形に位置付けず、大学院大学という非常に珍しい形態で作りました。例えば高校を卒業して社会で揉まれ、勉強し、そして一定の学力、あるいは見識を備えたら、ここに入れるようにしようと。高卒の人でも、ここを卒業できたら文科省認可のMBAが取れて、大学院を卒業したという立場になれるようにしたいと。そんな様々な思いの中で作ったのです。そして、働く人を対象にしていますから、オンラインでないと無理だと思いました。

田中:そういう意味では2008年4月に開講されて、今年は2020年です。私はここで教鞭をとらせていただいて2年目ですけれども。先ほど起業家というお話がありましたが、ちょうど2年目で私は「孫子の兵法×現代経営学」ということで、まさに人間学×時務学みたいなことをさせていただいています。

今年履修してくださった方は30名強いらっしゃり、おそらく6割ぐらいの方がSBIグループの社員の方で、残りは起業家を目指している方ですね。1人非常に感銘を受けた方がいらっしゃいました。女性の方でもともとはある会社にお勤めでしたが、今は主婦をされていて、起業を目指して勉強したいと。それでこの大学を受けたということでした。

そういう意味では、2008年4月に天命を受けて作られた大学院ですが、その通りの方が履修されているのではないかと思います。

北尾:おかげさまでだいぶそういう人が増えてきましたね。自分で起業して成功している人も結構出始めてきていて、そういうお便りをいただくと、喜んで見ています。

田中:そうですよね。たまに本屋に行くと、北尾社長の推薦の帯が書かれていたりする本の著者が、卒業生であることが多いですもんね。

北尾:そうなんですよ。

田中:やはりそういう方の帯で推薦文を書くというのは、本当に嬉しいですよね。

今はDXが加速度的に進む「天の時」、金融を軸足にデジタルで事業ポートフォリオを拡大

田中:今お話させていただいたように、私はSBI大学院大学では、「孫子の兵法×現代経営学」ということで、孫子の兵法に出ている五事を「5ファクター・メソッド」という形で私なりに経営学のフレームワークにアップデートして、使わせていただいています。

ご存知の通り孫子の兵法の五事というのは、「道、天、地、将、法」というものです。次にお伺いをしたいのは、北尾社長の今の大戦略についてです。「道、天、地、将、法」の中に埋め込まれている天と地ですね。

当然、天と地には相当深い意味がありますが、ここでシンプルに天を「天の時」、それから地を「地の利」という風に定義させていただくと。この2020年、あるいは2021年のタイミングというのは北尾社長にとって、あるいはSBIホールディングス全体にとって「天の時」とはまず何を表しているでしょうか?

北尾:まず基本的にコロナ禍というと、あんまり良いイメージがないですが、我々の事業という面で見ると、我々がずっと追求していたインターネットの世界、まさにデジタルトランスフォーメーションに向かって、どんどん加速度的に動いています。その状況は我々のビジネスにはすべてプラスに作用しているのです。

ですから、大変な状況になっている業界は沢山ありますが、我々はDay1からインターネットの世界に入り込んで今日までやってきた。ますますデジタルトランスフォーメーションが進むと、我々がますます強くなっていく。今はそういう状況で、全ビジネスが非常に好調に推移しています。ですから、「天の時」を、そういう意味では得られているということでしょう。

もっと言えば、「天の時」というのは、その一時点だけではなく、一つの流れ、言い換えれば時流ということですね。その時流に乗っているということだと思います。

孫子の兵法の中でも勢いというものを非常に大事にしています。そういう勢いを持って今、進んでいるということですね。

田中:そうですか、その時流、勢いということですが、それに対して生かしていく「地の利」というのは、どういうところになりますか?

北尾:「地の利」は、現代風に言えば、事業ポートフォリオと言えると思います。我々は金融業から出発した。そこに今度は、例えば新規事業として、メディカルインフォマティクスというものを立ち上げました。

例えば今回、コロナのこの状況下で、コロナに関する様々な情報が整理されない形で様々なところから出ています。これがもっと整理されてビッグデータとして解析が進んだら、非常に価値があるものになるだろうと、むしろそういう風にしないといけないと思います。例えばどういう人がかかりやすいだとか、単純に年齢や性別がどうなのかというのは一つありますね。

では、どういう人が重症化しやすいのか。いろんな疾患を持っている人、ではその疾患で特に重症化しやすいのは、なんだろうと。2型糖尿病だとか、高血圧だとか、そういうような疾患と結びつけた情報がまた入ってきますね。そうすると薬はどういうものがいいのか、これも細部にわたって使ってみた薬をデータ化し、どういう人にどういう薬が効いたかなども、非常に役に立ちますよね。

しかし、テレビで入ってくる情報というのは、今日の新規感染者のニュースばかり。ほとんど役に立ちません。こんなに増えているとある意味で不安を煽るだけですね。

だから、医療情報というのは、もっと分析的に、疫学的に統計化していくような、そういう世界が必要です。そういう意味では、この今の状況下で、そこにいろんなITのテクノロジーを加味して、新しい事業体を作っていく。そういう事業ポートフォリオの拡大を今、しつつあります。

田中:なるほどですね。そういう意味ではそういう「道、天、地、将、法」の「地の利」という点はもともと「金融を核に金融を超える」ということを仰っていて。それからメディカルなどの分野までもずっとされていましたが。むしろ「天の時」というと、今こそデジタルを通じてやはりいろんな事業ポートフォリオが繋がってくる、よりその時流を感じていらっしゃるタイミングなのでしょうね。

北尾:まさにそうだと思いますね。

デジタル化以前の状態は不完全競争である。今こそカスタマーセントリックが実現できる時代に

北尾:もう一つ大事なことは、このインターネットの世界というのは、言うまでもなく、対面で人と人が会い、目を合わせて、話をするという世界ではないです。

多くの人は、インターネット上の情報に一種の信頼感をおいて、「このお弁当は美味しそうだ」と注文するわけですよね。このインターネットの世界で、インターネット以前の世界に比べて大事な要素というのは、やはり人を欺かないこと。要するに信ですね。これが非常に大切。

もう一つは、例えば、人を欺かないだけではなく、人に対する思いやり、仁という思想ですね。仁というのは、にんべんに二と書きます。人が2人と。人が2人いると、全く言葉は通じなくても、なんとなく見ていて、相手と意思疎通を図ろうとする。まあそれは普通の人間の姿ですね。そうすると、今度は身振り手振りになってくる。そうすると次に恕(じょ)という働きが起こる。如ですね。我が心の如く、相手のことを考えるというようなことになる。それはイコール思いやりということ。まさに仁の思想になるわけですね。

インターネットの世界ほど、相手のことを思いやりながら、お客さんはどういったことに喜ぶのか。いろんな情報を集めながらそういうものを感知して、お客様の満足度を最大限に高めようとしていかないといけない。ですからまさにこの中国古典の仁という思想が、この時代こそ必要だと言えるかもしれません。またセキュリティの面では、いろんな詐欺事件が起こっている。これもやはり、信をいかに大切にしないといけないかということですね。

田中:信、仁というところでお伺いしたいのは、まさに49歳の時にインターネット×金融が天命だと感じられたというところで、色々なご著作の中で、インターネットを通じて本当に顧客中心のサービスが提供できるのではないかと考えられたと。

すでに49歳の時に、顧客中心のサービスがこれでこそ提供できると書かれていましたが、やはり今こそさらにカスタマーセントリックのサービスができるという感じでしょうか。

北尾:そうですね。インターネットがどういうことを可能にしたかといえば、情報の非対称性をなくしていくことです。つまり今まで金融機関側にあったけど、一般の利用者にはなかった情報、企業の側にあったけれど、一般の利用者、あるいは受益者にはなかった情報などが、インターネットによって両方に公平に情報が行き渡るようになる。そういう仕組みを安く、手間ひまかけずに提供することができる。

ですからある意味、完全競争というのはこのインターネットの世界を持って初めて具現化するのではないかと。それまではimperfect competition、不完全競争だと。一方に情報がなく、片方にだけ寄っているのですから。

両方に情報が行き渡るということはどういうことかというと、結局、お客さまが賢くなるということですね。よりスマートになる。そうすると、大量生産してどんどんコマーシャルを流して押し込み販売的なことはもうできなくなる。いろんなニーズを持ったお客さまがいる、多様化している。それに応えていくことも必要になってくる。

ですからどうやってお客さんのニーズに応えるか、が企業にとっては最大の課題になっていく。言い換えれば、顧客満足度をどうやって高めるか。これが最も大事な課題になるわけですね。

ですから私は事業をスタートする時から、顧客満足度をいかに高めるかがインターネット時代に最も大事なことだと言い続けてきたのです。

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