マンガアプリ世界NO.1。急成長市場の覇権を握る「ピッコマ」の戦略

8万以上タイトルの人気マンガやノベルを取り扱い、累計ダウンロード数は3,000万を超える電子マンガ・ノベルサービスの「ピッコマ」。サービス開始は2016年4月という後発ながら、23時間待てば一話を無料で読める「待てば¥0」サービスを他社に先駆けて導入するなど、新しい試みを積極的に取り入れ業界トップに君臨しています。短期間でピッコマが躍進を遂げた理由から、従来のマンガに代わる新しい表現形式である「SMARTOON」の魅力、今後のグローバル展開について、株式会社カカオピッコマ常務執行役員の熊澤 森郎氏にお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- 「待てば¥0」はゲーム業界におけるフリー・トゥ・プレイをマンガに適用したもの。ユーザーはお金を払えば23時間待たなくても次のエピソードを楽しめる。

- 「SMARTOON」とはスマホの縦画面に最適化したマンガのフォーマット。従来のマンガよりもセリフが少なくライトなストーリーで、マンガ初心者の入り口に最適。

- 今後はマンガ文化が成熟しているフランスを皮切りに、ドイツ、スペイン、南米、北米に進出予定。日本と海外で作品の同時リリースを実現し、海賊版を減らしていく。

ユーザー十数人から、業界トップへ。躍進のきっかけは「待てば¥0」

——2016年4月にスタートしたピッコマは、立ち上げ当初、ユーザー数が十数人のときもあったとお聞きしました。そこからどのようにしてユーザー数を伸ばしていったのでしょうか?

ピッコマを立ち上げた時点で、すでにマンガ配信サービスは各社から出そろっていて、後発の立場でした。私たちが当時から実現したかったことは、今では当たり前になっているマンガの話売り配信と、 23時間経過すると次のエピソードが無料で読めるサービス「待てば¥0」の提供です。

マンガの単行本価格を仮に500円として、あまり興味のない人に「500円のマンガを買いますか?」といきなり聞いてもなかなか首を縦には振ってもらえません。おそらく購入してくれるのは1000人中数人ではないでしょうか。500円という価格はそれなりに高いハードルです。しかし500円を10分割して50円で販売すれば、一気にそのハードルが下がりますよね。

23時間経過すれば次のエピソードが無料で読めるサービス「待てば¥0」は、ゲーム業界で当たり前になっているフリー・トゥ・プレイのモデルを持ち込んだものです。ゲームの世界では無料のお試しコンテンツが増えるなか、参入当初の出版業界では、まだそのモデルは浸透していませんでした。23時間待てば無料といっても、無料で作品が読まれることを是認しているわけではありません。私たちが目指すのは、最終的に作品を購入したいとユーザーに思ってもらうことです。つまり、そのための試食販売のようなものです。ピッコマは原則広告枠を設けていないので、有料で作品を購入していただかないとビジネスが成立しません。無料で読んでもらって終わりではなく、そこを起点にして多くのユーザーにマンガを届けることが狙いです。

立ち上げ当初はどちらのサービスも出版社様になかなか理解していただけず苦戦を強いられましたが、なんとか2社から配信の許諾を得ることができました。そこから徐々に売上もユーザー数も伸びて、その実績を持って他の出版社様ともお取引を進めていきました。おかげさまで今では約8万タイトル以上を配信していますが、本当に最初は1タイトルずつ地道に増やしていきました。

——わずか数ヶ月でユーザー数を十数人から一万人に伸ばしたそうですね。

出だしは「待てば¥0」作品が簡単に増えず、それこそ1日の売上が数百円という日もあったんです。
私はその当時在籍していなかったんですが、代表の金 在龍(キム ジェヨン)は、まずメンバーに、はるか遠くに思える、ユーザー数1万人という必達目標を課したそうです。それをやりきること以外はできないという、謂わば、背水の陣を敷くことにより、なんとか達成することができたと聞いています。
ただ冷静に考えると1万ユーザーというのは、ビジネスになるレベルではないですよね。それでも彼はたとえ小さくても成功体験を積み上げていくことが大事との考えから、そのようなモチベーションデザインをしたのだと思います。ちなみに次の日目標が10万人なり、メンバーの表情が青ざめたと聞いています。笑
このように今まで手の届かなかった目標を設定して、常に挑戦する環境がわたしたちの強みとなっています。目標は常に上方修正されています。

スマホ時代の縦読みフルカラーマンガ「SMARTOON」

——横開きの通常のマンガに加えて、スマホの縦画面に特化した「SMARTOON」について教えてください。

一般的にはWEBTOONと呼ばれているジャンルですが、従来の出版マンガと比べて絵もグラフィカルで、セリフやト書きが圧倒的に少なくサクサク読めるのが特徴です。伏線も少ないストレートなストーリーラインなので気軽に楽しめます。SMARTOONを入口にピッコマに登録いただいたユーザーの多くは、3ヶ月ほどすれば従来の出版マンガも楽しんでくれることが多いです。「一切マンガを読んだことがない人」は少ないですが、「今マンガを読んでない人」はたくさんいます。そういった人たちの入り口としてSMARTOONは最適なコンテンツです。読者が増えれば作品が増えて、マンガ業界全体が活性化されると信じています。

従来の出版マンガとSMARTOONは、同じマンガでも、まったく異なる表現形態だと考えています。テレビとYouTubeも同じ映像コンテンツですが、ユーザーのニーズや体験は違いますよね。大きな予算をかけてつくり込んだテレビドラマに対して、YouTubeでは即興的な楽しみが重視されます。これはどちらがよいか悪いかの話ではありません。おそらくYouTubeにテレビドラマのクオリティの作品を持ってきても爆発的なヒットにはならないと思うんです。多くのユーザーが、クオリティの高い作品は映画やテレビで見たいと思っているでしょう。

——出版マンガとSMARTOONは共存していくということですか。

そうですね。SMARTOONは難しいことを考えずリラックスして読みたいときに適しています。2020年、コロナ禍で巣ごもり需要が増えたときに多くのマンガ配信サービスがテレビCMを打ちました。もちろん私たちも検討しましたが、ピッコマも同じ土俵で多くのユーザーを取り合うのは生産的ではないと考え、出稿はしませんでした。私たちが常に心がけていることは、マンガ業界を大きくすることです。CMを出さない代わりに、それ以上の予算をYouTube広告に注ぎました。空いた時間にYouTubeをよく見るけど、マンガはそこまで読んでいない。そういった人たちにSMARTOONを用いてマンガの魅力を訴求しました。

SMARTOONは制作方法もマンガとは異なります。どちらかというとアニメ制作、映像制作に近いです。マンガ家と編集者というミニマルのコンビで制作するマンガに対して、SMARTOONでは原作、脚本、絵コンテ、線画、彩色、各種効果、写植という一連の流れに多くの人が関わります。分業形式が徹底されていて、ちょうどアニメとマンガの中間のようなスタイルで制作されています。

——ピッコマにおける出版マンガとSMARTOONの作品数の割合を教えてください。

現在約8万タイトル以上を配信していますが、その内SMARTOON作品は1,100タイトルほどです。けれども、売上を見ると50:50になり、SMARTOONの読者が圧倒的に多いことが分かります。

——マンガ初心者に相性がよいSMARTOONが人気の一方、ピッコマでは『静かなるドン』などの往年の名作も配信して人気を博していますよね。ユーザー属性を教えていただけますか?

年齢別では20代が一番多いですね。次が30代、10代、40代と続きます。マンガ配信サービスのなかでは若年層を比較的取り込めているのが特徴です。男女比はほぼ半々です。

——ピッコマのトップには毎回いろいろな作品が表示されますが、どのような基準で選んでいるのでしょうか?

トップページに表示する作品については毎回頭を悩ませています。売上至上で考えれば、人気タイトルを並べ続けるのが一番いいんです。例えば、ここに載せれば売上が1.5倍になるという枠があったとします。であれば、価格の高い作品を並べるほうが売上にはつながりますが、それだけを追い求めると全体がシュリンクしてしまう。月の売上が1億円の作品と100万円の作品。そこに優劣はないと私は考えます。それぞれのよさがありますから。

売れる作品はもちろん必要ですが、それだけではない楽しさを提案する編成を心がけています。そのベストなバランスの追求が難しく、これは永遠の課題ですね。ピッコマはマンガから始まって、SMARTOON、ノベル、オーディオブックと幅を広げてきました。21年より始めたオーディオブックについてはまだまだ伸びる余地があるので、あえて前面に出すときもあります。ここから新しい顧客、市場が生まれるのでトップページの編成はやり甲斐がありますね。

マンガ文化への支持が強い、フランスから欧州へ進出

——昨年末には、マンガ配信サービスにおけるセールスで、国内とグローバルで1位を獲得されて話題になりました。今後の海外展開について教えてください。

現時点でピッコマのサービス範囲は日本だけなので、海外展開は視野に入れています。日本のマンガは非常に質が高く優れており、例えば『鬼滅の刃』の映画が世界でヒットしていることでも証明されています。私たちが得意とするSMARTOONで新規ユーザーを呼び込み、出版マンガのファンにつなげていく手法をグローバルで展開したいと考えています。すでにヨーロッパには法人を設立して、まずはフランスから配信をしていきます。そこからドイツ、スペインと続き、スペイン語が公用語である南米と北米の一部にも挑戦していきます。

最終的に狙うのはアメリカですが、マーケットが大きすぎるので、1回のトライアルでも規模が大きすぎてなかなか大変です。対してフランスは日本の次くらいにマンガ文化が支持されていて、市場の規模もアメリカほどではないためエントリーに最適なんです。フランスの課題はローカライズにかかる時間です。例えば新刊が日本で発売されても、翻訳などの時間を入れると7ヶ月~1年はかかると聞いています。この新刊のタイムラグが、海賊版を横行させる要因にもなっています。海賊版を利用する人には、単にお金を払いたくない人と、オフィシャルで買えないから仕方なく利用する人の2パターンいます。日本と同時にフランスでもオフィシャル版をリリースできれば、海賊版の駆逐に一定寄与できるのではと考えています。

——日本とフランスの新刊同時リリースはいつ頃実現できそうでしょうか?

具体的な時期は未定ですが、すでにいくつかの出版社様と協議をさせていただき、ご賛同を得られています。優れた日本の作品をより多くの人に届けたいという想いは共有できているので、近い将来に日本版とフランス語訳を同日に出したいですね。

マンガを広く届けるためにはアプリという手段にもこだわりません。WEBもありますし、世界にはマンガに触れていない人がまだまだいると思うので、市場はこれからも大きくなるでしょう。マンガ市場の裾野を広げるためにできることを一つひとつやっていきます。

熊澤 森郎

株式会社カカオピッコマ 常務執行役員 / ピッコマ事業統括 / SMARTOONスタジオ Piccomics 代表

株式会社カカオピッコマ常務執行役員。早稲田大学商学部卒業。株式会社ディー・エヌ・エーにてマスマーケティングコミュニケーションを統括。
その後LINE株式会社、独立を経て、株式会社カカオピッコマにジョイン。ピッコマ事業統括。株式会社Piccomics代表(SMARTOONスタジオ)兼任。

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