コロナ禍でラジオが復権!? 民放ラジオ業界70年の歴史を塗り替えたradiko(ラジコ)の「共存共栄型 DX」とは

Clubhouseをはじめ、新勢力が次々と参入し、拡大を見せる音声コンテンツ市場。その中で、民放開始から70年の歴史に「大変革」を巻き起こしているのが“ラジオ”です。放送エリアの壁を取り払う、リアルタイムでなくても番組を聴けるようにするといった機能で、ラジオをデジタル時代に即したサービスに生まれ変わらせたのは、PCやスマートフォンなどで番組を配信する『radiko(ラジコ)』。今回は、株式会社radiko 代表取締役社長の青木 貴博氏に、現在までのデジタルシフトの歩みと将来の展望について、お話を伺いました。

ざっくりまとめ

- コロナ禍でラジコのMAUは約150万人増。同時に長年の課題だった若年層の取り込みに成功

- ラジコは「データ」「場所」「時間」の制限にとらわれていたラジオを変革するために誕生したサービス。DXの目的はあくまで顧客価値の向上

- 破壊的創造でなく、パートナーと共に進化する「共存共栄」のDX推進には、ステークホルダーの覚悟と丁寧な議論が不可欠

- 今後は「BtoC事業」を拡大し、「コンテンツ課金」などの新規ビジネスモデルを模索

MAU約150万人増!コロナ禍で「ラジオ」が復活したワケ

ーコロナ禍で生活様式が大きく変化し、ビジネスをめぐる状況も激変する中で、御社にはどのような影響がありましたか?

ラジコにとっても、コロナは大きな変化をもたらしました。リモートワークの普及や、「巣ごもり需要」の増加によって、テレビやインターネットなどさまざまなメディアへの接触時間が増えました。ラジオも例外ではありませんでした。

ユーザー数が顕著に増加したのは、2020年3月以降。2月までのラジコのMAUは約750万人前後で推移していましたが、4月に一度目の緊急事態宣言が発令された頃には、一気に900万人を超えていました。わずか数ヶ月でMAUが150万人増えるという、過去に例がない大きな変化から、国民のコロナに対する緊張感の凄まじさを痛感しました。

現在のMAUも900万人ほど(2021年5月時点)。コロナ前の750万人前後に比べると、今でも150万人ほどの純増をキープしています。それだけ生活者の皆さんに、ラジオ本来の魅力とその価値を見いだしていただいたのではないかと感じています。

このコロナ禍でラジオは、生活者に精神的な癒しを与える役割を果たしたのだと思います。TVは常に事実をタイムリーに伝えることが主な役割となりますが、ラジオはコロナの情報を報じつつも、それぞれのリスナーがどのように家での過ごし方をしているのか、といったことまで共有し、励まし合う空気をつくっていました。

ー純増分の150万人は、今までラジオを聴いていなかった新規ユーザー層なのでしょうか?

そうだと思います。特に、学生のような若い層。一度目の緊急事態宣言の頃からラジコの利用を始めていただいたユーザーのうち、実に28.3%が15〜19歳です。全国一斉休校で、学校も部活も休みになり、遊びにも行けない。そんなときにPCやスマートフォンで初めてラジコに出会い、ラジオ番組を聴き始めていただいたのでしょう。

若年層の取り込みは、長らくラジオ業界全体の課題であり、現時点もそうです。1990年代以降、可処分時間の中でインターネットが占める割合が増え、ラジオを含めたマスメディア4媒体の接触率が下がっています。ラジオリスナーのコア層である40代から50代がラジオから離れてしまうと、自ずとその子どもたちの世代も聴かなくなる傾向があります。だからこそ、もう一度利用のトリガーをつくることが課題なんです。

その点、ラジコは受信機でなく、ほとんどの方が持っているPCとスマートフォンが入り口です。実際に聴いていただけるかどうかは、ラジコのPRや番組コンテンツの力にかかっていますが、スマホさえあれば世代を問わず聴き始められる環境を構築できたことは、コロナ禍でのユーザー増加にもつながったのだと思います。

全国の放送局と共に歩む「共存共栄型 DX」の10年

ー御社は2010年に設立され、昨年に10周年を迎えました。ラジオという大きなメディアのDXを推進していく中で、解決すべき課題は何だったのでしょうか?

ラジコがDXによる解決を実現した課題は、大きく三つです。まずは、ラジオ特有ですが、電波塔からの電波が十分に届かない地域には番組を十分に届けられないという課題。地下鉄や高層ビルの影など電波が遮られる場所では番組が聴けなくなってしまう、これを「難聴取エリア」と呼びます。また放送は免許事業であることや自主規制もあり、遠方には電波が届けることができないため、良質なコンテンツであっても、放送エリアは限られます。それをインターネット配信する仕組みによって、この難聴取エリアを解決し、良質なコンテンツを一人でも多くの方に届ける、新たな枠組みを実現したことは、放送文化の変革と呼ぶべきことです。

次に、ユーザー像が把握しにくいという課題。従来は電話やFAXでのアンケートをアナログ集計する方法でしか聴取者の反応を知ることができませんでしたが、ラジコは個人情報に配慮したデータ取得環境の構築によって、より実態に近いユーザー像を可視化することができます。現在では性別・年代、嗜好、日頃の行動データなどが、ユーザーに寄り添った編成方針や番組づくりに活用されています。

そして最後は、リアルタイムでしか番組を聴けないという課題。ラジコのアプリでは、「タイムフリー」機能で放送1週間以内であれば、どの番組も遡って聴くことができます。かつて、自分が寝ている時間に放送される深夜番組などは、カセットに録音して聴く「エアチェック」が当たり前でしたが、今ではそれをせずとも、いつでも気軽に自分の好きな番組を聴くことができます。

ービジネスモデルの進化や収益の縮小への対策というよりも、顧客価値向上を追いかけた結果、今の形に行き着いたのですね。DXのロードマップはどのように考えていたのですか?

この10年間のロードマップを描くことは、それほど困難ではありませんでした。「放送エリアを越えて聴きたい」「聴き逃してしまった番組を聴きたい」といったユーザーの声が道しるべになりました。デバイスの普及などの状況を見据えつつ、その声に応えてきました。ユーザーの声に耳を傾けることが、ラジオの明るい将来を切り拓くと信じていました。

ーラジコがもたらすDXによって、ラジオがデジタルの時代に最適化した結果、将来的にビジネスモデルが変化することはあり得ますか?例えば、Netflixのようなユーザー課金で成立し、広告の概念がないモデルであるとか。

株式会社radikoの株主44社は、ほぼラジオ放送局です。ですからラジコと放送局は一心同体です。ただし、業界のDXを目指す際に、ラジコを主語で考えた時のビジネスモデルと、放送事業者を主語に考えるビジネスモデルは全く同じではありません。

ラジオは民間放送が始まってからの約70年間、ほぼ広告収入のみで売上を成り立たせてきましたが、現在のラジコの事業の柱は「ラジコプレミアム」というBtoC事業です。そして「ラジコプレミアム」の商品力は、それぞれのラジオコンテンツの魅力を束ねることで成り立っています。

私たちはラジコを「オーディオコンテンツモール」と位置づけています。各局の良質なコンテンツが集約された、つい回遊したくなるワクワクする場所というイメージです。そして、ユーザーごとに最適な番組をレコメンドしていきます。モールに新しい顧客を連れてくること、モールに来る回数を増やしてもらうこと、それがラジコの役割です。沖縄の局と北海道の局では、番組から感じる空気感もタッチも違いますよね。そんな、さまざまな局や番組がモール全体の魅力を支えています。ラジコと放送局はまさに共存共栄なのです。

放送事業者単体では実現が難しいことを、ラジコの取り組みによって、業界全体で推進していくサポートをしている部分もあります。例えば「ラジコオーディオアド」という広告事業。インターネット広告のように、聴く人によって音声広告を差し替えるという広告商品です。現在は、前年比約3倍の売上推移をしていて、徐々に音声広告が見直されているような実感があります。

いつか変えなくてはならないとしたら、早く決断することが一番の価値

ーとても興味深いケースですね。DXは商流を飛ばすなど、既存産業のディスラプトとしての側面を強く持つ中で、御社の場合はパートナーと一緒に進化していくDXであると。しかし、だからこそ難易度の高い調整もあったのではないでしょうか?

たしかに、ラジコが推進するDXによって、コンテンツホルダーである放送局が不都合や不安を感じてしまう場面もありました。DXはもともとの文化自体を変えることもあります。だからこそ、これまでもこれからも、放送局とはその都度丁寧な議論を続けていくことが重要です。

放送エリアを越えて番組が聴けるということ自体、大きな変革です。エリアを越えるサービスは、生活者からの要望でもありますし、実現したことで「便利だよね」と感じていただいているとは思いますが、放送局からすれば、これまでの放送文化を大きく変えるチャレンジであったことは間違いありません。現在、90万人を超える「ラジコプレミアム」の登録者数が世の中に評価いただいている実感となり、「チャレンジして良かった」と感じていただいている放送局の方は少なくないと思います。2014年4月のサービス開始からすでに7年が経ちました。とても早い決断だったと思います。

私たちの業界に限らず、今の経営者の方々は難しい決断をたくさん迫られていることと思います。しかし、これまで守ってきたルールが揺らいだとしても、覚悟を持って、丁寧に議論しながら一歩ずつ進んでいくことが必要ではないでしょうか。

これからの10年、ラジオ番組を「買う」時代が来る?

ー今後10年のロードマップも伺いたいと思います。これまでの10年のDXで積み上げたアセットを、いかに次の新たなステップにつなげていきますか?

まずは、データのさらなる充実を目指したいですね。ラジオは広告あっての事業ですから、広告主が広告費を投下する先としてラジオを選んでもらうために、どれだけ洗練されたエビデンスをつくれるかが重要です。

ラジコができる前、広告主からはデータが少なく、判断材料が少ないメディアだと言われていたんです。一方で放送局は、編成方針はさることながら、番組ごとに来るたくさんのFAXなどから、年齢や性別も含めて実態を集計することで、ターゲティングメディアであることを強調してきました。

こうした買う側と売る側の差異があったのですが、ラジコがあることで自動的にユーザー分析ができるようになり、その状況も変わりつつあります。ここからさらに進化するためには、ユーザーがどこでどう行動しているのかといったことを、個人情報への配慮は徹底しつつもできる限りリアルに可視化し、その差異を埋める材料をつくることがラジオ広告の活性化につながることと思います。

ユーザーの姿がイメージできると、制作サイドのモチベーションも高まります。自分たちはこんな番組をつくって、こういうリスナーに聴いて欲しかったのだと。そして良い番組ができてユーザーが増えれば、広告主もお金を出しやすくなる。ラジコはその好循環のエンジンになれればと考えています。

話は戻りますが、他にもユーザーの声にまだまだ応えていかなくてはいけません。少し先の話にはなると思いますが、海外でも聴けるようにしたいですね。「日本国内限定の放送なのにエリアフリーって言うなよ」というご意見もあるでしょうから(笑)。

「タイムフリー」の機能増強にも取り組みたいと考えています。1週間よりもっと遡って聴きたいという声は多いですし、現在は一度聴き始めた番組を24時間以内に聴かないといけないというタイムアップがあったり、合計3時間までしか聴けず、4時間番組が全部聴けなかったり、という制限がある。そうした点でもユーザーの利便性を上げていきたいですね。

新しいビジネスモデルという点では、音声を聴くということを軸にした広がりを考えています。無料で聴いていただくことがラジオの基本とはいえ、ラジコが課金機能を持てば、本当に良いコンテンツは買っていただくなど、モールの中でお金を使っていただくこともできるかもしれません。

例えば、ラジオドラマです。昨年『オートリバース』というラジオドラマをつくって配信したのですが、音声だけのドラマは想像力を掻き立て、ユーザー一人ひとりにもっとも都合の良い映像が浮かぶという体験を提供できます。このように音声から映像を想像するコンテンツの世界を今の若い人たちにも伝えていきたいと思いますし、課金で得た収益がコンテンツ制作者に配分されていくというモデルも模索したいと思います。

他にも、ラジコのメンバーシップ制度をつくり、番組を拡散してくれたユーザーにポイントを還元して何かに交換できる相互関係をつくるなど、アイデアは尽きません。先ほど、ラジコは「オーディオコンテンツモール」だと申し上げましたが、言うならば全国各地のラジオコンテンツを集めたショッピングモールのような世界観です。そういう意味では、実際のショッピングモールを1日歩くだけでも、私たちが当面取り組むべきことがまだまだ見えてくると思っています。

青木 貴博

株式会社radiko 代表取締役社長

1993年4月、株式会社電通入社。主にラジオ領域の業務に従事した後、2009年4月からIPサイマルラジオプロジェクトに携わる。
2009年12月のIPサイマルラジオ協議会発足より運用を担当。2010年12月の株式会社radiko設立時に業務推進室長、2017年6月より現職。

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