ヤマハのリモート合奏サービス「SYNCROOM」。在宅で愉しめる音楽セッションとは?

今、バンドマンや歌手など音楽に携わる人たちに注目されているサービスがある。オンライン合奏サービスの「SYNCROOM」だ。すでに、ベータ版として「NETDUETTOβ2」がリリースされており、多くのユーザーが新型コロナウイルス感染症による外出制限下でも、ネットを介して遠隔地同士でセッションを愉しんでいる。

手掛けているのは、ヤマハ株式会社。なぜ、サービスを立ち上げたのか。サービス責任者の野口真生氏に株式会社オプト エグゼクティブ・スペシャリストの伴大二郎氏が聞いた。

極限までタイムラグを減らし、音楽セッションに特化


:まず初めに「SYNCROOM」の概要を教えてください。

野口:SYNCROOMは高速インターネット回線を通して、離れた場所にいる人たちが音楽セッションを愉しめるアプリケーションです。あえて映像はカットし、音声データのみ送受信するなど、zoomなどの会議用ツールとは全く違う仕様で開発しています。

通常のIP電話やテレビ電話システムは、会話を成立させるために設計されているので、一方がある程度話し切った後、まとめて通話相手に音声や映像のデータを届ける仕組みになっています。

一方、SYNCROOMは遅延なく音声データをやりとりすることに特化しているため、細かい単位でデータを受け渡しています。それによって、回線環境にもよりますが、システム利用者同士の音のズレを0.02秒から0.04秒にまで抑えられています。

SYNCROOMを使う際は、まずはアカウントを登録し、ルームを立ち上げていただく必要があります。ひとつのルームに5名まで入室できるのに加え、2つのルームの連結もできるので最大で一度に10拠点の人たちでのセッションが可能です。
野口:SYNCROOMの前身「NETDUETTO」を最初にリリースしたのは2011年。市場にニーズがあるのかを確認するためのリリースでした。当時は、今ほどネット環境が整っておらず、設定が面倒だったこともあり利用するユーザーは少なかったです。それが、ITの進歩により、回線環境が改善されるにつれ、ジャズフュージョンを中心に一部の上級者ミュージシャンたちの間で使われるようになりました。

近年では、ニコニコ動画とのコラボレーションをきっかけに、ライトユーザーが増えてきました。VTuberなどアバターの利用も増えてきています。新型コロナウイルス感染症の影響で、スタジオの利用が難しくなってからは、利用目的も広がり、直近では音楽セッションだけでなく、合唱にまで使っていただけるようになりました。

ユーザー数も爆発的に増えていて、2月時点では週末に少し使われるぐらいだったのが、3月の終わり頃には毎晩100以上のルームが作られるようになりました。SYNCROOMについてのリリースを出した後はさらにユーザー数は増え、週末には200以上のルームが作られるようになりました。

:爆発的にユーザー数が伸びた背景には、ユーザー自身が、合唱など新しい使い方を見つけていったことがあるのでしょうか。

野口:それはあると思います。NETDUETTOを愛してくださっているユーザーが多く、我々の想定を超えた利用ケースが増えました。

そもそもベータ版ということもあって、サービスとしては決して完璧な状態ではありませんでした。それでも、ユーザー同士がSNSなどを介して連絡を取り、最適な設定方法などアドバイスし合うなどコミュニティが生まれました。ボランティアでトラブルシューティングをしてくれる方もいらっしゃいましたね。音楽が好きな人たちに支えていただきました。

一人の技術者が持つ課題感から立ち上がった

:SYNCROOMが生まれた背景を教えてください。

野口最初は、一人の技術者の情熱によって生まれました。その技術者は、合奏するとき、一箇所に集まらなければならないことを課題に感じ、離れていてもセッションできるツールが作れないかと考えました。

私個人としては、マネタイズは難しそうだと思いましたが、求めている人が多いサービスでもあると感じていました。また、音声に特化することでタイムラグを抑えるシステムづくりなど、アプローチが的確だなとも感じていましたね。

弊社は元々、音楽文化の醸成をミッションとして掲げています。SYNCROOM開発はまさにそのミッションに準じた活動でした。なかなかお金にならなかったにもかかわらず、今日までサービスを続けられた背景には、会社としてこのサービスをやめるべきではないと判断され続けていたからだと思っています。

:その判断の根拠には、有名なヤマハフィロソフィーといった考え方があるのでしょうか。

野口:そうですね。ただ、正確にはヤマハフィロソフィーがあったからではなく、ヤマハフィロソフィーが生まれる文化があったから、SYNCROOMのような挑戦が許されたのだと思っています。ヤマハフィロソフィーは、弊社の哲学を言語化したものですが、決して新しく作ったものではなく、創業以来130年以上、何を考え、どんな風に仕事をしてきたのか見直し、言語精査した結果生まれた言葉だからです。​

昔ながらの職人気質と、新しいことへの挑戦心の融合

:ヤマハといえば、どちらかと言うとアカデミックなイメージのあるブランドだと思っていました。しかし今回、誰でも音楽を愉しめる場所を提供したことで、そのイメージが少し変わったのかなと思っています。

野口:そうですね。とくに日本では学校などでよく目にするロゴなこともあって、反骨精神を持つバンドマンなどからすると遠ざけたいブランドなのかなと思う側面もあります。王道で間違いのない楽器の提供や、正しい音楽教育をしているのがヤマハというイメージだと思います。

今回の挑戦は弊社としても、これまでのブランドイメージを刷新する挑戦だと思っています。ただ、実は我々はいろんな新しいものを作ってきた企業でもあります。例えば、多くのファンを抱える「ボーカロイド」は弊社で開発した技術で、商標登録もしています。

:やっぱりヤマハさんは、ものづくりの精神を大切にした職人肌な会社なんですね。

野口:そうですね。もともとは浜松の町工場の集合体で、ものづくりは会社のベースにあると思います。そんな職人気質な文化と、新しいことへチャレンジする気持ちがうまく組み合わさった結果、SYNCROOMが生まれたのだと思います。

その背景には、ただ楽器や音響機器といった道具を提供しているのではなく、その奥にある体験を提供しているのだという考え方が社内で浸透してきたことがあります。これまで提供していた体験を、どうすればもっと愉しくできるのか議論するようになったことで、新しいサービスが生まれやすくなりました。

音楽文化発展のためのサービスに

5G時代になり通信速度が上がると、SYNCROOMのあり方も変わるのでしょうか?

野口:5Gがサービスに与える影響には、我々も大きな関心を持っています。ただ、SYNCROOMにとっては、通信の低遅延化と同じくらい安定化が重要です。だからこそ、我々のサービスがより便利に使えるようになるためには、5Gだけでなく、インターネットインフラが普及・強化されることの方が重要だと思っています。

もし、そんな通信環境の整備が実現すれば、極端な話、端末がポケットにさえ入っていればどこででもセッションが愉しめるようになります。渋谷のストリートでギターを弾いているお兄ちゃんとブラジルのビーチでパンデイロを叩いているおじいちゃんが、一緒に音楽を愉しめるようになるのだと思っていて、そんな世界を実現するのが理想だと考えています。

:最後に、今後の展開を教えてください。

野口:今は、目の前のユーザーに対して価値を提供できるよう、開発プロジェクトの完了をやり切りたいと思っています。サービスをどの方向性にブラッシュアップしていくのかはこれから先の議論になると思っています。ただ、ユーザー同士が繋がれるプラットフォームになることは、今後の方向性の一つなのではと思っています。

:なるほど。シェア拡大など、業界内での競争に勝つためにというよりは、音楽を愉しむ人を増やし、業界を広げるためにサービスを展開したいとお考えなのですね。

野口:おっしゃる通り、我々は競合に勝つことはあまり意識していません。先ほどもお伝えしましたが、音楽文化そのものを発展させることが一番の目標です。

現状では、少子高齢化による人口減少や、音楽をライトに愉しむ層が増えてきたことから、音楽を一生懸命やっている人の数は減ってきていると感じます。そんな状況だからこそ、音楽は愉しいんだぞと伝える努力を、若い世代に向けて行う必要があります。その役割は、総合楽器・音響機器メーカーとして、音楽を愉しむことを啓発している我々にしかできないと思っています。

音楽は、生きていく上で必須なものではありません。ただ、文明が生まれる前の時代から、表現やコミュニケーション手段として利用されてきた歴史があります。人間の活動の中には絶対に音楽はあるんです。

プロのミュージシャンになるだけが音楽の愉しみ方ではありません。テクニックがなくても音を出しているだけで普段出ない活力が生まれます。演奏自体は愉しいけれど、仕事が忙しくなるにつれ時間を取れなくなったと、離れてしまう人がほとんどだと思います。そんな人達にどうすれば、もう一度ギターを握ってもらえるか、サックスを吹いてもらえるかを考えていくのも私たちの役割だと思っています。
出典元:右がヤマハ株式会社の野口真生氏

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