AIによるマッチングで、人間の思考を超えたM&Aも実現。M&A総合研究所が変革する業界の常識

急激な少子高齢化により、中小企業の後継者問題が顕在化してきた日本。事業承継に悩む中小企業の数は約127万社にもなると推計されており、その解決策の一つであるM&Aにも注目が集まっています。今回お話を伺うのは、DXにより旧態依然としたM&A業界の常識を変革しているM&A総合研究所 代表取締役社長の佐上 峻作氏。料金体系が不明瞭なことも多く、平均1年という時間を要するM&Aのあり方を同社はどのように変えているのか? そこには徹底して数字にこだわった合理化の施策がありました。

ざっくりまとめ

- M&A総合研究所は、多くのM&A仲介会社が必要としている着手金や中間金を撤廃し、さらにDXやAIの活用によりM&A成約までの期間の大幅な短縮に成功。

- 自社の業務システムはすべて社内のエンジニアが開発。毎日のように現場の意見を吸い上げて機能を改修し、日々進化を続けている。

- AIによる売り手と買い手のマッチングは同社の強みの一つ。人間では思い浮かばない発想で企業同士を結びつける。

- 今後はさらなるDXを推進して、事業承継の問題を解決していく。さらにM&A業界だけにとどまらず、レガシー産業の構造上の問題解決にも取り組んでいく。

エンジニア出身社長が、M&A業界の常識を変える

――現在のM&A業界の動向を教えてください。

日本には後継者が未定の中小企業が約127万社(※)あるといわれています。少子高齢化が進んでいるため、事業承継の問題は非常に深刻です。M&Aの仲介会社は国内に大小合わせて約2,000社ありますが、数名でやっている会社も多く、100名以上の社員を抱えている会社は我々含めて国内に5社しか存在しません。多くはM&A仲介会社出身者や、金融業界出身者が起ち上げており、エンジニア出身者による仲介会社は非常に珍しいですね。

※中小企業庁資料:中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題より

――佐上さんはなぜエンジニアからM&Aの世界に参入されたのでしょうか?

私は過去に自分で起ち上げたメディアやECサイトをはじめ、多くの会社の買収や売却を繰り返してきました。自身がM&Aの仲介会社を利用した経験から、強く課題に感じていたことが二点あります。一つは、料金体系が不明瞭で着手金や中間金という、成約しなくてもかかる費用が発生する点。そして、システム化されていないがゆえに業務が非効率で成約まで時間がかかるという点、です。

M&A総合研究所で発生する費用は成約時にかかる成功報酬のみで、着手金や中間金などは一切不要です。また通常、M&Aの成約までには1年ほどを要しますが、我々は平均6.2ヶ月(2021年9月期実績)で完了させています。これは自社開発のシステムでDXやAI化を徹底的に推進したことによる結果です。

社内の管理システムで、成績を数値化。精神論ではなく数値による管理を徹底

――DXにより、どのように業務を効率化しているのか教えてください。

社内の管理システムは、すべて自社開発しています。例えばアドバイザーの成績については、アポイントから成約に至った割合などすべて数値化されます。成績が低いアドバイザーに対しては、単に感情論で「頑張れ」と励ますのではなく、数字をもとに具体的なアドバイスが出せるので、成績に悩む社員がほぼ出てこない体制ができあがっています。社員の成績が管理されておらず、すべてがどんぶり勘定で計算されるケースはよくありますが、我々はすべてを数字で管理する文化が根付いています。

――漠然とした精神論ではなく、数字による管理を徹底しているわけですね。

具体的なM&Aの進め方についてもDXでシステム化しています。まず、M&Aには大きく分けて三つのフェーズがあります。自社を売却したいという譲渡企業を見つけてくるソーシング。譲渡企業と譲受企業を結びつけるマッチング。最終的な契約を結ぶエグゼキューションという三つのフェーズです。ソーシングについては、システム上ですべてが完結します。社内の独自のデータベースに数百万社のデータが入っており、業種や地域、経営者様の年齢や株主構成などを基準にリストを作成することができます。

ここで多くのM&A仲介会社は譲渡企業にアプローチをするとき、手紙を印刷して送っています。封筒に住所を印刷して、手紙を書いて、封入して郵送するという、単純な作業に思えますが、これだけでもかなりの時間を要します。弊社ではこういった作業もすべて自動化されており、ボタン一つで手紙を送信できるようになっています。さらに、アポイント先企業の周辺にある会社を一覧で表示できたり、世の中の企業情報をタグ付けで管理しているので関連する業種の企業がボタン一つで閲覧できるようになっています。

他には、クライアント様と締結するNDA(秘密保持契約書)についても、ワンクリックで企業名や代表者名、住所が入力された状態の書類を作成できます。契約書の郵送依頼も同じくボタン一つで可能です。

――日常の細々とした業務もすべて効率化の対象なんですね。

30秒削減できるならすべて業務効率化の対象と考えています。企業文化として、現場で働くアドバイザーが開発依頼を毎日のように行っていて、早ければ依頼の翌日には実装されています。社員が無駄と感じる作業はすべて自動化させ、日々進化を遂げています。

日報システムもM&A業務専用に独自開発し、社内のシステムと連携させているので、日々の業務に関連する情報はすべて共有できています。優秀なアドバイザーが辞めてしまった場合、そのノウハウが消えることは会社にとって大きな損害になるため、我々はそういったデータも蓄積しています。誰が、いつ、どの企業に訪問して、どんな提案をして、結果どうなったのか? すべてのデータを集約しているので、属人的ではない業務管理が可能です。

AIによるマッチングで、人間には思いつかないM&Aが成立した実例も

――AIによるマッチングの強みを教えてください。

従来のマッチングは売り手と買い手を結びつけるために、属人的にアイデアを出し合ってリスト作りを行っていました。弊社ではもちろんそういった属人的なマッチングもやっていますが、人間なので漏れがありますし、なにより作成に時間がかかります。AIであれば人間と違って抜け漏れがありませんし、何週間もかけずに一瞬でリストを作成できます。

例えば過去の成功事例として、博物館を運営する企業がIT企業を買収した案件があります。これはAIによるマッチングなのですが、おそらく人間では思いつかないであろう組み合わせでした。買い手である博物館運営企業は、なぜ自分たちに買収の提案が来たのか不思議な様子でしたが、AIによるマッチングということを説明したらご納得いただきました。今はホテル運営も手がけているようですが、その集客には買収したIT企業の技術が一役買っているようです。

――DXにより仕事の質だけでなく、ワークライフバランスもよくなっているのでしょうか。

M&Aの仲介会社は多くの収入をもらえる一方、深夜残業や土日出勤もよくある世界ですが、弊社ではほとんどありません。平均残業時間は40時間程度で、休日出勤もほぼありません。DXによりアドバイザーが無駄な作業をやる必要がないからです。

私は社員に対して「お客さまに向き合う以外の仕事はしなくていい」と伝えています。作業の効率化を突き詰め、お客さまと向き合うことだけに集中してくれれば、それ以外の雑務は一切やらなくていいと、本気でそう思っています。

M&A業界にとどまらず、レガシーな産業を改革していく

――これからのM&A業界をどのように変革したいと考えていますか?

M&Aを始めるにあたって必要とされている着手金や中間金のような慣習をなくしていきます。私もはじめて自分の会社を売却したときは、よく分からないままに払っていました。自分が仲介会社を始めたことで、不明瞭なビジネスの慣習が残っていることが分かりました。こういった合理的に説明できない部分をすべてデジタライズして取り除くことが、デジタルネイティブな私たちの世代の会社経営において、必要不可欠だと考えています。お客さまと従業員の目線に立って、よりよい環境を提供していきます。

さらにM&A業界に限らず、いわゆるレガシーな業界はすべてこの手法で変革できると思っています。例えばM&A業界と同じく労働集約型で、プラットフォーマー的なマッチングのビジネスというと、HRの業界も近いですよね。

――では、今後の短期的な展望と長期的な展望について教えてください。

短期的な展望については、やはり後継者問題で困っている企業を一社でも多く救っていきたいですね。DXやAIをもっと取り入れて、一人のアドバイザーが、仕事を効率的に進められる体制を整えていきます。長期ではM&Aの仲介のみならず、いろいろなレガシー産業における構造上の問題を解決して、仕事を効率的に進められるよう変えていきます。

佐上 峻作

株式会社M&A総合研究所 代表取締役社長

神戸大学農学部卒業後、2013年に(株)マイクロアドに入社。その後24歳で独立し創業。起業から1年後に東証一部上場企業のベクトルに事業を売却。その後も、ベクトル子会社の社長を務め、10件以上会社や事業の売買を経験する。
そこで、M&A仲介の業務の非効率さや料金体系の不透明性を痛感したことと、祖父が営む会社の廃業を目の当たりにし、事業承継やM&Aに対する課題を改めて認識。2018年にM&A総合研究所を創業し、徹底的に業務の効率化、スピード感にこだわり続け、創業から3年9ヶ月で上場を果たす。上場後2ヶ月で時価総額1,000億円を超え、現在は業界内で時価総額第3位に位置している。

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