DXが遅れる不動産業界に光明。三菱地所リアルエステートサービス、居住用不動産売却マッチングサービス誕生の舞台裏

一生のうちに滅多にない、居住用不動産売却。売却の際には多くの方が一括査定サービスを利用されますが、以前から「高い提示額の会社に任せても、結局なかなか売れない」「仲介担当者は運任せ」という不満の声がありました。そんななか、私たちがかかりつけ医や美容師を自由に選べるのと同じように、充実した情報のもとで、大切な“財産”である住まいを託す仲介担当者を、売却検討者が直接選べるサービスが登場。それが、三菱地所リアルエステートサービス株式会社が提供する「タクシエ(TAQSIE)」です。
今回は、タクシエの事業を担当する、TAQSIE事業室長 磯貝 徹氏、参事 落合 晃氏と、プラットフォーム構築を最短1日で可能にするSaaS「Pocone(ポコン)」の提供により開発支援を手がけた、株式会社オプトインキュベート 代表取締役CEO 齋藤 正輝氏、取締役CTO 山岸 大輔氏に、構想からPoC実施、そしてサービス提供までの舞台裏をうかがいました。

ざっくりまとめ

- 旧態依然の日本の不動産業界。透明性の高いアメリカのビジネスモデルの考察がタクシエ誕生のヒントに。

- タクシエは、売却検討者と仲介担当者を結ぶダイレクトマッチングサービス。PoCであらわになったユーザーのニーズが丁寧に組み込まれている。

- PoCは仮説の立て方、精度が肝。焦点を絞った実行と成果が社内の合意を生み、事業化の確度を高める。

- WebサービスのPoCでは、イメージを膨らませるだけでなく、インターネット上に存在させてみることが重要。最小機能だけでも実装されていると話が進みやすい。

- 「タクシエのローンチを不動産流通業界変革の布石にしたい」と磯貝氏。今後のサービス拡充も示唆。

コンビニより多い12万の事業者がいる日本の不動産業界で、DXが遅れる理由

――まずは不動産業界の DX についてお聞かせください。現状をどのようにご覧になっていますか?

落合:他の業界と比べて少し遅れていると感じています。国もその課題意識から重要事項説明(※1)のオンライン化に踏み切ったり、不動産ごとにIDを付けて管理できるようにする動きがあったり、いろいろな施策を打ち出し始めていますが、まだまだデジタル化の余白が大きな業界です。

(※1)重要事項説明:不動産取引を行うにあたり、宅地建物取引業者が契約者に対し、物件の概要や契約内容といった重要事項を説明すること。2021年4月の法改正により、原則対面というルールが変わり、オンラインでの実施が可能になった。

――他の業界と比較して遅れている理由を、どのように捉えていますか?

落合:不動産業界には12万にもおよぶ事業者がいるといわれており、これはコンビニよりも多い数です。そのうち9割以上が10名以下の中小企業、しかもご年配の方が多くを占めているという業界構造が関係していると考えています。街中の不動産屋さんでは、いまだに紙の書類が中心と聞きますし、図面をFAXで取り寄せるところもあるようです。

消費者にとって身近な賃貸の領域では内見や契約などのオンライン化が少しずつ進んでいますが、不動産売買の領域は、“契約時は対面で書面を交わさなければいけない”など、まだまだアナログな部分が多いです。

――海外は日本と比べて進んでいるのでしょうか?

落合:たとえば、アメリカでは生涯に4、5回不動産取引をするといわれています。対して日本は1~2回程度。この差が生まれる背景には、情報の透明性があると考えます。というのも、アメリカは物件の取引情報が消費者にも開示されているため、事業者とのあいだの情報格差が小さく、仲介担当者を自分で選べる仕組みにもなっているので取引をスムーズに行うことができます。一方、日本は事業者が不動産情報を閲覧できるウェブサイトはあるものの、一般には公開されていません。不動産取引は一生のうち、めったにないイベントにもかかわらず、誰に自分の不動産を託すべきなのかを考えるにあたり不透明な点も多いため、売却検討者が取引に踏み込めない障壁になっていると考えます。

――これらの考察を経て、タクシエが生まれるヒントを見つけたのですね。

落合:そうですね。 不動産業界にもデジタル化の動きが出てくることを見据え、2019年ごろから、いまお話ししたような事例の研究を始めていました。当初は事業用の不動産売買領域において、アメリカのビジネスモデルを導入しようと考えていたのですが、日本では情報の非対称性が大きい領域であるため、時期尚早という結論になりました。ただ、消費者のデジタル領域のタッチポイントが多く、情報の非対称性が解消されつつある居住用不動産なら実現が可能かもしれないと考えました。当社は法人向けに事業用不動産の売買などを取り扱う会社であり、居住用不動産の売買領域には参入していないため、プラットフォーマーとしての中立性が保てるのではないか、ということで、このモデルに辿り着きました。

幾度にもわたる検証プロセスに裏打ちされた、タクシエの開発ストーリー

――改めて、タクシエのサービス内容について教えてください。

磯貝:自宅を売却したい人が、信頼できそうな仲介担当者に、直接、相談や依頼ができるマッチングサービスです。アプリケーション上で担当者の得意領域や過去に取引した物件の情報を確認できますので、それらをもとにご自身に合いそうな担当者を選ぶことができます。

現在、不動産の売却にあたっては一括査定サービスを利用するケースが主流です。ただし、出されるのはあくまでも査定価格です。引っ越しサービスのように見積り額が実際の額と一致しないので、高値を提示された会社に任せたとしてもその値段で売却できるとは限りません。結果として、「高値を提示してくれたからお願いしたものの、なかなか売れない」「仲介会社は選べるものの、担当者は運任せ」のような不満の声が聞こえていました。一方、タクシエは、これまで私たちが培ってきた実績とネットワークをもとに大手企業さまに多くご参画いただいており、各社からご推薦いただいた優秀なエージェントがそろっていますので、信頼してお願いできる仲介担当者との出会いの場になっています。
――ローンチ前には、PoC(※2)に取り組まれたと聞いています。

落合:タクシエのビジネスモデルを社内で説明したところ、本当にニーズがあるのかという点が大きな議論になり、ユーザーの反応をつかまないことには事業化に踏み切るのが難しいと感じました。そこで、一緒に検証してくれる会社を探したところ、オプトインキュベートさんがPoconeの提供を始めた、というニュースリリースを見つけまして。そのニュースでは、「Poconeはマッチング型事業の市場調査や開発後の検証方法が型化されていて、かつプラットフォームを素早く構築できる」と述べられており、PoCには最適だと思って連絡を取りました。

(※2)PoC:Proof of Conceptの略で「概念実証」のこと。新しい概念や理論、アイディアなどの実証を目的に、システムの試作開発の前段階における検証やデモンストレーションを行うこと。

――それに対応されたのが齋藤さんとのことですが、ローンチまでどのように進めていかれたのでしょうか?

齋藤:お話をいただいた段階で、細部までよく練られたサービスであり、ユーザー像も明確だと感じました。すぐに実行に移そうと考えたのですが、仮説をいかに現実にするのかが一番重要だと思ったので、最初の1ヵ月間は落合さんと徹底的に議論し、どんなファクトを得たいのか、ポイントを絞っていきました。開発も同時並行していたのですが、要件を固めた上で着手したというよりは、落合さんや当社エンジニアと会話をしながら進めるようなつくり方をしていたので、PoCの時点では7割程度、形ができていました。その画面をお見せしながら、たとえば「ユーザーは匿名と実名、どちらにするのか」など確認しながら、本番環境へと近づけていきました。

――いま、開発の話が出ましたが、実際の開発を担当した山岸さんは振り返っていかがでしょうか?

山岸:開発は概ねスムーズに進みましたが、リリースの3日前に修正依頼をいただいたときは正直大変でした(笑)。内容は軽微でしたが、変更してしまうと将来のエリア拡大やプレイヤー人口の増加に際し、ボトルネックになりかねない部分でもあったためです。リリースまで時間が限られているなかで、将来を見据えて全体を見直すのか、影響が出ることを理解した上で見せ方だけを変更するのかを決断するのはスリリングでしたね。結果、前者を取ったのですが、ここはチームワークで乗り切った部分でもあります。

磯貝:アプリケーションの開発は私たちにとって初の試みだったので、イメージするものはあっても、形になったときにどう感じるのかは未知な部分がありましたね。オプトインキュベートさんの手助けなしには完成に近づくことはできなかったと思います。

山岸:磯貝さんのおっしゃるとおり、アプリは「イメージする」「画面を見る」「実物として触る」では印象がまったく違うので、当社はなるべく早く、本当に動くものに触れていただくことを大事にしています。これは要件を早く決めて早くつくるということではなく、そもそもPoconeには、マッチングサービスに必要とされる機能があらかじめ用意されているので、要件定義以外の部分に時間を割いてほしいと思っています。いわば、皆さんが「あれがやりたい」「これもやりたい」と言っているうちに完成しているのが理想です。落合さんにも「細かいことは必要ありません。まずは、やりたいことだけを教えてください」とお話ししていました。

PoCでサービスを市場に提供することで、初めて分かることがある

――一方、日本企業はPoC止まりで実行に進めないという声も聞こえてきます。御社が事業化に踏み切れたのはなぜでしょうか?

磯貝:検証プロセスの資料を見直して思うのは、「ここを成功させる」というねらいが絞られていたこと、かつ、そこが仮説とほぼズレていなかったことが奏功したと考えます。ユーザーの「満足した」という声など数多くの共感を頂けていましたので、事業化できるという手応えを感じました。これはオプトインキュベートさんから分かりやすい検討材料を提供いただけたことが大きかったと思います。

落合:実際、ユーザーのリアルな声には説得力がありました。PoCを行ったからこそ、ボトルネックになる部分も見えてきたので、そこの手当をどうしようかという視点を持ちつつ、スタートを切れたことも非常によかったです。

――実際、PoCで得られた声にはどういうものがありましたか? また、改善した部分はあったのでしょうか?

落合:売却検討者からは、「いろいろな会社の担当者が並んでいるので選びやすかった」という声が聞こえています。また、一括査定だと住み替え先の相談など個別の事情に踏み込んだ相談がしにくいのですが、タクシエはチャットで仲介担当者とコミュニケーションが取れるので、「最初から個別の事情をふまえた相談ができた」という声もありました。もう一つ印象的だったのは、「提案のクオリティが高かった」という声です。先述のとおり、仲介担当者さんは各社のエース級ですから、ここが評価されたこともよかったです。仲介担当者サイドからも、「指名で自分を選んでもらえた分、頑張ろうと思えた」「売却に真剣なお客さまが多かった」と回答をいただいており、双方にとってよいサービスになっていると感じています。日本の不動産業界もアメリカのように情報の透明度が上がれば、よいエージェントほど選ばれる世界が実現できると思っています。この辺りにもタクシエがチャレンジできる余地があると思っています。

改善したことについては、まず「売却」に絞った点です。アンケートやインタビューの結果、売却と購入では前者のほうが仲介担当者とのマッチング精度が高そうだ、という傾向が見えたため絞る判断に至りました。もう一つは、PoCの時点ではメリットとして訴求していた、匿名で気軽にチャット相談できる点を変えたことです。仲介担当者の立場で考えると、売却確度の高い顧客が欲しいなかで、匿名の対応には工数を割きたくないという心理が働いてしまいます。そこで、お名前や物件情報が開示された状態でチャットが始まる仕様に変えたところ、仲介担当者側は査定額を即時算出して提示できるようになり、結果として売却検討者にとってのメリットも高まりました。このほか、仲介担当者の情報が並んでいるだけでは選びにくいと感じる方がいることも分かったので、お一人おひとりの得意分野と売却検討者の情報を掛け合わせ、マッチ度の高い担当者が上位表示される機能を追加しました。

――オプトインキュベートさんは、数々のWebサービスの起ち上げを経験されてきたなかで、PoCから事業化へと進めるための正攻法は何だとお考えですか?

山岸:やはり、PoCの段階で、実際にWebサービスをインターネット上に存在させてみることは、事業化を成功させるための大きな要素だと思います。根幹となる部分のみに絞った最小機能の形でも、URLを打てば画面が出てきて、会員登録したら使える、というところまで実装されていると話が前に進みやすいと感じます。

齋藤:私もまったく同じ意見です。PoCはリリースの一歩手前のものを体験してもらえるかどうかが、大きなキモになります。そこまでやらないことには、机上の空論で終わってしまいかねません。さらにはこれを理想のスケジュールで行うことが大事です。三菱地所リアルエステートサービスさんは、それを行える準備――つまり、参画する不動産会社さんを集められる力があったからこその成果だと思います。
――Poconeによって、こうした開発が叶うことがさらに周知されれば、ほかの業界や企業も期待が持てそうですね。

山岸:「アイデアがあるのならやりましょう」「思いついたのなら試しましょう」と言いたいですね。サービスは市場に落として初めて分かることがたくさんありますし、「Poconeを使って、つくるハードルってそんなに高くないんだな」と分かっていただければ、日本の企業はもっとチャレンジングなことにフットワーク軽く踏み出せます。そんな世界をつくれたらいいなと思っています。

落合:PoCを行うにしても、私たちの話からイメージしていただくのと、実際の画面を見ながらご意見をいただくのとでは、説得力に大きな違いが出ます。世に出して得られた反応こそ一番リアルな声だと思うので、それを取得できたのはオプトインキュベートさんに出会えたおかげです。新規事業を行うにあたり、「スモールでいいからまずはやってみよう」と判断し、前向きに一歩目を踏み出す会社がもっと増えるといいですよね。

商習慣を変え得る消費者の声をつかみ、不動産業界の新しいスタンダードをつくりたい

――タクシエの登場は、不動産流通業界にどのような影響をもたらすとお考えでしょうか?

磯貝:冒頭の話のとおり、不動産流通業界全般はまだまだ古い体質であることを否定できない世界ですが、今の時代、消費者の声や行動が商慣習を変えていく可能性があります。タクシエはその声に反応し、顧客満足度の高いサービスを打ち出すことで業界構造をより良く変革し、新しいスタンダードをつくることで、業界全体の活性化に繋げたいと考えます。今回のローンチは、その第1弾の位置づけです。

落合:三菱地所リアルエステートサービスのミッション・ビジョンの一つに「不動産流通市場の発展と信頼性向上」があります。情報の透明化を進めて不動産売買のハードルを下げ、次のステップに進みやすい仕掛けをタクシエがつくることで、この ミッション・ビジョンの実現につなげていきたいです。そのためにもまずは「売却」を切り口に、タクシエをいろいろな人にお使いいただき、成果を出したいですね。

磯貝:加えて、「不動産」と一口にいってもそのなかには、売買をはじめ、建築から土地のことまで、さまざまにあります。これら一つひとつを紐解くには、それぞれの専門家が必要ですが、誰にどう相談すればよいのかは明かされていない部分でもあります。ですから、その窓口をタクシエで用意し、生活に寄り添う形で解決できるようなアクションを図っていきたいですね。いまは情報が簡単に取得できる時代ですから、 あれもこれも知りたいという消費者の欲求を受け止めていく上でも、アメリカのエージェントのような専門家が日本でも求められるようになると思います。

――オプトインキュベートさんの支援が必要な領域は、まだまだありそうですね。

齋藤:磯貝さん、落合さんの構想は、最初に伺ったときからまったくブレておらず、目指している世界が明確に見えていらっしゃいます。私たちもインキュベーターとしてPoconeとともに、この先もぜひご一緒していきたいです。

磯貝 徹

三菱地所リアルエステートサービス株式会社 TAQSIE事業室長

1996年入社。1996年新松戸店で個人仲介、2000年~2014年法人営業部、アドバイザリー営業部にて法人営業、2014年~2019年営業三部(ウェルスマネジメント部)にて富裕層営業、2019年~2021年関西営業推進部にて四国・中国地区で銀行営業を経験した。
2022年1月から「TAQSIE」プロジェクトを指揮。25年超の仲介経験を活かし、「TAQSIE」売却顧客満足度向上のため、日々エージェント企業からのヒアリングを行い「TAQSIE」サイトの質向上に邁進している。

落合 晃

三菱地所リアルエステートサービス株式会社 参事

2008年入社。人事部門で福利厚生制度などの企画運営、住宅賃貸部門でタワーマンション営業所長、高級賃貸マンション企画などを経て、2018年より経営企画部で主に事業開発を担当し、複数の新規事業立上げに従事。2020年度三菱マーケティング研究会ビジネスプランコンテスト最優秀賞受賞。「TAQSIE」では初期構想から推進役を担い、現在もプロジェクト全般に関わっている。

齋藤 正輝

株式会社オプトインキュベート 代表取締役CEO

2008年株式会社オプト(現デジタルホールディングス)に入社。広告営業に従事した後、事業部のマネジメント業務を経て、2014年戦略系コンサルティング会社へ企業留学、2016年帰任後株式会社オプトインキュベートにインキュベーターとして着任し、複数のサービス立ち上げとサービスグロースを行う、2017年7月取締役COOへ就任、2020年7月当社代表取締役社長CEOに就任。

山岸 大輔

株式会社オプトインキュベート 取締役CTO

2007年株式会社オプトに入社。開発部にて広告効果測定ツール「ADPLAN(アドプラン)」の開発管理に従事、2011年に合弁会社Platform IDの立ち上げと、ターゲティング広告配信プラットフォームの開発管理を経て、2018年に株式会社オプトインキュベートに異動し、お客様の新規事業立ち上げにて伴走型での開発支援を行う。2020年同社取締役となり、自社事業「Pocone(ポコン)」の開発をリードする。

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