販売開始2ヶ月で、売上40億円に迫る。ホテルでも別荘でも、自宅でもある「NOT A HOTEL」とは何か?

住宅としても別荘としても使える上に、ホテルとしての貸し出しも可能。そんな新しい暮らしのスタイルを提供する気鋭のスタートアップが「NOT A HOTEL」です。2021年9月に販売を開始した宮崎県青島の「NOT A HOTEL AOSHIMA」と栃木県那須の「NOT A HOTEL NASU」は、約2ヶ月で40億円を売り上げ、話題を呼びました。コロナ禍でリモートワークが進み、どこに住んでいても仕事ができるようになりつつある現在。われわれの居住スタイルはどのように変化していくのか。不動産業界の当たり前を覆す、NOT A HOTEL代表取締役の濵渦 伸次氏の展望を伺いました。

ざっくりまとめ

- どこにいても働ける時代に対応した住宅のプラットフォームがないことから、NOT A HOTELは誕生した。物件の1棟購入のほか、年間で30日だけ利用できるシェア購入が可能。

- 自分が利用しない日程は第三者にホテルとして貸し出せる。貸し出しに関する手続きなどは一切不要。

- NOT A HOTELのオーナーになれば、自分が購入していない物件も利用できるようになる。各地に物件が建てば、それだけオーナーの拠点も増えることになる。

- NOT A HOTELの宿泊手続きはすべてオンラインで完結するので、ロビーも広告も不要。それらのコストを物件の質に反映させている。

- 今後は1,000万円以下でシェア購入できる物件を増やし、多くの人が気軽に移動できる世界に変えていく。

目指すのは、どこにいても働ける時代の「暮らしのDX」

——宮崎県出身の濵渦さんは、仕事で東京に訪れる際いろいろなホテルに泊まっていたそうですが、やはり独立にあたってはご自身の好きな分野で事業を考えていたのでしょうか?

そうですね、好きなことで起業したいと思っていました。それまではアパレルのECの世界にいたのですが、新しくチャレンジするのであれば旅行や住宅、暮らしに関わる分野をやりたいと思っていました。単にホテルや別荘をつくるのではなく、新しい暮らしをつくりたい。私たちのサービスを一言で表すなら「暮らしのDX」です。ホテルでもあり、自宅でもあり、別荘でもある。そういった新しい暮らしをつくろうと思ったのが起業のきっかけです。

軽井沢に別荘を持つオーナーの大半は、年間で20日~40日ほどしか滞在しないそうです。であれば、必要な分の所有権だけを買ったほうが無駄がありません。NOT A HOTELでは物件の1棟購入のほか、年間で30日だけ利用できるシェア購入も可能です。私も車を持っていますが、使用頻度は週に1回か2回ほど。個人で資産を保有すると使用頻度が少なくても維持費や管理費が大きくなってしまうので、必要な分だけを買うのがシェアリングの本質です。まだまだそういった考え方が広まる余地は残されていると思います。

——不動産という大きな買いものをすべてオンラインで完結できることでも話題になりましたね。

「8億円の家が1クリックで買える」みたいな点にフォーカスされすぎた感はありますが、NOT A HOTELは決して富裕層だけに向けたビジネスモデルではありません。今回たまたまその金額になっただけです。今後は乗用車くらいの金額で買えるようにすることが目標で、すべての人にNOT A HOTELを届けるというミッションを持っています。

どこにいても働ける、ということが当たり前の時代になると、東京の狭い住宅で暮らす意味について多くの人が考えるようになると思います。暮らす場所、働く場所、旅行として行く場所。これらの境目が滑らかになってきています。より移動しやすい世界、どこでも生きていける時代の中で、それに対応した住宅のプラットフォームが日本にはないんです。

業界未経験だからこそ実現できた画期的なアイデア

——オーナーが使わない時期はホテルとして他人に貸し出せるNOT A HOTELですが、どのようなきっかけで思いついたのでしょうか?

私も出張や旅行が多い生活だったので、使っていないときに家賃を払うのが馬鹿らしかったんです。人生における支出の中で家賃やローンは圧倒的に高い割合を占めるので、無駄に浪費しているような感覚でした。自分が旅行に行く間、部屋を他人に貸し出すことができれば、無駄な家賃を払う必要がなくなります。その分、旅行で滞在するホテルのグレードをワンランクあげることもできますし、より人生を楽しめるようになるでしょう。NOT A HOTELでは物件を利用しない日程があれば、3ヶ月前から自動的にホテルとして予約が開始されるので、オーナーの手間は一切かかりません。

地方の土地や住宅は資産価値が目減りしていくので、物件をホテルとして貸し出すことによる利益が価格下落の下支えになります。そういった意味では底抜けしにくい資産といえるでしょう。従来の不動産よりも優れた資産をデジタル化によってつくっていきたいと考えています。

——不動産業界はまったくの未経験とのことですが、NOT A HOTELのような大胆なビジネスを始めるにあたって不安はありませんでしたか?

ビジネスを始めた当初は、家をカートで販売することはもちろん、宮崎の青島や那須で高額な物件を建てても売れるはずはないと言われました。いずれも常識外の試みですし、業界にいたら絶対にやらなかったであろうサービスに挑戦していますが、それはある意味、私が素人だからできたのだと思います。

——NOT A HOTELに対して、業界内からはどのような反応がありましたか?

私たちの実験的なチャレンジに共感してくれた皆さまからは、おおむね好意的な反応です。老舗ホテルや大手のデベロッパーからも「NOT A HOTELと一緒に事業をやりたい」とお声がけをいただきました。福岡で進めている都市型コンドミニアムの「NOT A HOTEL FUKUOKA(仮称)」はフランチャイズで進めていて、デベロッパーは地元福岡の企業、NOT A HOTELがソフトウェアを提供しています。

銀行に融資を断られたことで生まれた、着工前販売というモデル

——これまでの不動産は買った瞬間から資産価値が下がる一方で、ローンを何十年も支払う必要がありました。対してNOT A HOTELでは、一つの物件のオーナーになれば今後新しくできる他の物件も利用できるようになると。時間の経過とともに価値が増してくるというサービスは画期的ですね。

NOT A HOTELの物件を持っていれば、他の施設も相互に利用できるのが特徴です。1棟購入なら365日分、シェア購入なら30日分、他の同ランクの物件を無料で利用できます。ランクが上の物件も、差額を払っていただければ利用可能です。

——購入と賃貸という選択肢しかなかった不動産の世界で、シェア購入の勝算はどのくらいありましたか?

シェア購入については、絶対売れるだろうと思って実施したわけではなく実験的にスタートさせたものです。プロダクトアウトなので、反応があって売れたら面白いなくらいに考えていました。実際に青島と那須の物件の反応を見て、非常に手ごたえを感じています。従来のホテルは建設計画を立てて銀行から融資を受けてから建設するのに対して、私たちは先に物件の販売をして売れたら建てて、使わないときはホテルとして第三者に貸し出すというビジネスモデルです。従来のホテルとは完全に逆であるため、現時点ではまだ物件を1棟も建てていません。

——着工前に販売をするというモデルは、物件を建設するための融資を銀行に断られたから生まれたものだと濱渦さんのnoteに書かれていましたが、当時の心境を教えてください。「これでいける!」という勝算があったのか、「もうこの方法しかない……」という苦肉の策だったのか。

両方ありましたね。従来のやり方を変えればいいというひらめきもあったし、この方法しかないという追い詰められたところもありました。不動産に詳しい知人に聞いてもそんなモデルは成り立たないよと言われたので、じゃあやってみようかと。

すべてをD2Cで完結させるので、ロビーも広告も不要

——NOT A HOTELの物件は宿泊手続きがすべてオンラインで完了するため、ロビーのような共有部がないというのも新しい視点ですね。

もちろん物件の規模によっては、必要最低限でロビーのような場所はあってもいいかと思います。そもそも、ロビーが豪華な理由は受付に時間がかかるから、その間は宿泊者が満足するように豪華な空間になっているわけです。けれども、代わりに客室が狭くなるという矛盾を抱えている。宿泊者を待たせなければロビーは不要です。ロビーがなければその分部屋を広くできるわけですが、この当たり前のことを誰もやろうとしてこなかった。販売コストを省くために、広告も一切出していません。余計な広告費をかけず販売するためのD2Cモデルです。

——青島は宮崎空港から15分、那須も都心から90分とアクセスに優れています。そういった、場所の魅力を再発見するというコンセプトはあるのでしょうか?

そうですね。それが一つの裏テーマになっています。宮崎は私の地元ですし、那須は軽井沢ほどのブランド力はないけれども、東京からの距離を考えれば同じくらいのポテンシャルを感じます。国内にはまだ多くの人に知られていない場所がたくさんあるので、これからも開拓していきます。日本の宝物を探すような感覚で、日々とても楽しいですね。

ロケーションもそうですが、もう一つのこだわりは物件のクリエイティブです。私たちの考えるラグジュアリーの定義は「豪華」ではなくて「上質」です。煌びやかさよりも、本物の素材を使うことにこだわっています。私自身も数々のホテルを利用してきたし、建築好きでアンティークの家具をコレクションしています。どんな建築家やクリエイターを起用するかについては、完全に私の趣味が反映されています。

各地にNOT A HOTELをつくり、移動が当たり前の世界に変えていく

——先ほど、老舗ホテルや大手のデベロッパーからも声がかかるとのことでしたが、既存の不動産業界に対してNOT A HOTELはどのような価値を提供できるのでしょうか?

コロナ禍の影響で、ホテルや旅館のバランスシートは負債が膨れ上がっています。そこでホテル全体を売却するのではなくて、例えば空いている敷地にNOT A HOTELを建てれば販売益で負債を減らすことができます。オーナーが使わないときは、ホテルの客室としても利用できるので、投資を最小限に抑えた施策が可能になります。

——最後に、今後の展望を教えてください。

一人ひとりの人生を楽しくすること、世界を楽しくすることが私たちのビジョンです。不動産に縛られることなく移動できる世界に変えて、人々のクリエイティビティを刺激するプラットフォームをつくっていきます。

NOT A HOTELなら生活の拠点を多地域に持つことができます。さらに、自分が購入した以外の物件も利用できるので、今後新しい物件が建つにつれてオーナーの拠点が各地に増えることになります。現在は青島と那須の物件を販売中ですが、今後は福岡を皮切りに各地に物件を増やしていきます。価格もシェア購入で1,000万円以下の物件を増やし、乗用車一台の価格で年間30日のホテル暮らしができるようにします。2025年までに30ヵ所の拠点をつくることが目標です。

濵渦 伸次

NOT A HOTEL株式会社 代表取締役

1983年生まれ、宮崎県出身。国立都城高専電気工学科卒業後、2007年に株式会社アラタナを地元宮崎で設立、SaaS型 Eコマースプラットフォームを展開。2015年に株式会社ZOZOに売却、ZOZOグループに参画。同グループの技術開発を担う株式会社ZOZOテクノロジーズの取締役を兼任後、2020年3月に退任。2020年4月1日、NOT A HOTEL株式会社を設立。

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