100人100通りの働き方を実現するには「自立と議論」が必須。サイボウズ社長 青野慶久氏と立教大学ビジネススクール田中道昭教授が考える多様性の時代【前編】

勤務場所も労働時間もすべて社員の裁量に任せ、副業も可能。サイボウズは100人100通りの働き方を実現するべく、率先して働き方改革に取り組んでいます。コロナ前よりリモートワークを実施していたことでも知られ、現在の出社率はわずか10数%ほど。しかし、その自由な働き方は責任と表裏一体であることも事実です。サイボウズ株式会社の代表取締役社長を務める青野 慶久氏が考える多様性や自由と責任について、立教大学ビジネススクール田中道昭教授がお話を伺います。

前編は、コロナ禍により本格化したリモートワークで生じたコミュニケーションの変化、社員一人ひとりが自ら考えて動くティール組織の可能性、多様性と会社のバリューの関係などについての対談です。

*本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。

もう会議室に人は集めない。コロナ後も「バーチャル社長宣言」

田中:デジタルシフトタイムズ田中道昭です。本日はサイボウズのオフィスにお邪魔をして、代表取締役社長の青野慶久さんにお話を伺います。よろしくお願いします。

青野:よろしくお願いします。

田中:まず、青野さんから自己紹介をお願いします。

青野:サイボウズの代表をしている青野と申します。グループウェアという情報共有ソフトを24年間作っていて、最近だとクラウドサービスの「kintone(キントーン)」が主力商品です。

田中:テレビCMでよく見ますね。

青野:ありがとうございます。「どクラウドです!」の意味がわからないとよく言われますが、社員も意味がわかっていません(笑)。広告代理店の方がどうしても入れたいとおっしゃっていて、私たちにとっては違和感のある言葉だったのですが、言われた通りにやってみたらやはり、見た人みんなに引っかかったようで(笑)。

田中:引っかかったということは良いことですよね。

青野:そうですね。ある意味作戦通りということですね。

田中:サイボウズは国内グループウェアの素晴らしい会社ですが、青野さんの目線は国内だけではなく、常にGAFAを見据えている。その辺のお話も伺いたいと思います。皆さんご存じかもしれませんが、もともとサイボウズはコロナ前からリモートワークを実施していた数少ない日本企業の1社です。コロナ禍でさらにリモートワーク率は増加したと思いますが、青野さん自身もリモートワークを経験してみて、どのような変化があったのでしょうか。

青野:もともと11年ほど前からリモートワークを制度として実施しており、コロナ前でも出社率は7割ほど、3割の社員は在宅勤務などを行い、出社しない働き方をしていました。それがコロナの影響で私も含めて、基本は出社しないようになると、まず会議が変わります。それまでは会議室に人を集めて、私は「お前らなにやっとんねん、ボケ!」とか言いながらホワイトボードに説明を書く、そういう会議をしていました(笑)。

田中:リモートワークの社員もいたけれど、社長はオフィスに来ていたということですね。

青野:はい。それができなくなったので、みんなでZoomの窓を開いて私もひとつの窓におさまりました。私はやりにくかったのですが、みんなの評判は良かったのです。

田中:それはやはり、画面上で占める面積が社長と自分で同じということが大きいのでしょうか?笑

青野:今までもリモートで会議に参加していた人からは、皆がマイクで話すので聞き取りやすくなったとか、ホワイトボードから画面共有に変わり読みやすくなりましたという意見が多く、とても好評でした。その時、もしかして今まで足を引っ張っていたのは自分かもしれないなと思ったのです。

田中:考えてみると、オンラインとオフラインのどちらも使っている会議では隣で聞いている人の方が圧倒的に有利ですよね。

青野:そうなんですよ、そこに情報格差が生まれていたのです。それに気づかず、自分はずっとアナログ側だったのですが、そうメンバーに言われて「これはあかんな」と。コロナが収まったとしても会議室に人を集めることはしてはいけないと思い、バーチャル社長宣言をしました。私に会いたかったらバーチャルで会い、リアルで会う機会はできるだけ少なくする。そういう考え方に切り替えました。

コロナ禍でグループウェアの書き込みが5倍に。情報ではなく「状況」の共有を促進

田中:今日はオフィスにお邪魔していますが、今の出社率はどのくらいですか?

青野:この日本橋オフィスだと10数%ほどですね。

田中:基本的に自由な会社だと思いますが、出社についてのルールも全くないのですか?

青野:はい。出社したい人は来て、来たくない人は来なくていいというルールです。出社率が戻らないところを見ると、来なくても仕事ができることがわかったので、もう戻らないかもしれませんね。

田中:先日フィリップス・ジャパンの堤社長にお話を聞きましたが、コロナ禍で1年半グローバルのオペレーションのデータを取ったところ、6割出社が最適だという結果が出たそうです。社員の生産性やエンゲージメントサーベイのデータ、顧客のNPS(ネット・プロモーター・スコア)などを分析したら6割が最適だとわかり、9月から6割出社を実現しているとのことでした。職種にもよりますが、青野さんとしては何割が最適とお考えですか?

青野:何割が最適かについては、個人差がある印象です。例えば、昨年・一昨年とサイボウズに入ってきた新入社員は入社式もバーチャルで、配属されてすぐリモートワークですが、まったく気にならないという人もいます。同期に2回しか会ったことがなくても平気という人もいる反面、みんなと集まってワイワイ働きたいという人もいます。一人ひとりを見ていると、8割出社が良いという人もいれば1割出社が良いという人もいますね。そういう風にバラバラでいいと思っています。

田中:リモートワークになって会議が変わったということですが、他にサイボウズ全体として変わったことはありますか?

青野:サイボウズはグループウェアの会社なので、全社員が徹底的に情報共有をしようと、毎日グループウェアに書き込んでいます。でも、コロナの前と後でグループウェアの書き込み量は5倍に増えました。

田中:5倍ですか。それはどういう理由からですか?

青野:それまでは雑談を含め、口頭で情報を伝え合う文化がまだ残っていました。仕事の確認も雑談も口頭でしたが、口頭で伝えるのが難しくなったので、細かなことでもみんなグループウェアに書き込むようになりました。「今日のランチは○○を食べた」という話から、「ちょっと仕事でここが困っている」という話まで全部グループウェアに書き込むようになった結果、書き込み量が5倍に増えました。

田中:それは素晴らしいですね。まさに情報格差がなくなって、雑談も含めてメンバーでシェアされるようになったということですね。

青野:言い換えると、顕在化していなかったコミュニケーションがそれだけあったということです。それをグループウェアに持ち込んだからデジタル化されて、全員が見られるようになった。誰がどこのお昼を食べたか全社員が見られる。それはとても大事なことで、「あの人、今日は元気かな?」と思ったときに「今からランチに行ってきます」という書き込みがあれば、元気そうだとわかりますよね。単なる仕事の情報共有だけでなく、状況の共有までできるようになった。グループウェアメーカーのサイボウズでありながら、これまでグループウェアを活用しきれていなかったということがわかりました。

田中:「これからランチに行くよ」といった書き込みは、皆さん自主的に書き込まれているわけですよね?

青野:はい、そうです。

一人ひとりがフリーランスのように自ら考え動く、「ティール組織」こそが理想

田中:プライベートな書き込みなどは、Google社が力を入れている心理的安全性が確保されていないと、ディスクローズしにくいと思います。そこはコロナ禍だからこそ腐心されているのでしょうか?

青野:そうですね。さまざまな情報を出してもらおうとしても、出した情報に対して攻撃を受けたらもう二度と出したくなくなります。「そんなことを書き込むな」と言われた瞬間に誰も書き込まなくなるので、グループウェア上で人を批判することはやめようと伝えています。心理的安全性はとても大切で、私はそれを「想像責任」と呼んでいます。あなたの書き込みに対して、他の人がどう思うのかを想像してほしいと。見たこともない人からいきなり批判されたら傷つくので、それを想像しながら書こうと。想像責任というキーワードをもとに心理的安全性をより高めようとしています。

田中:想像責任とはまた面白い言葉ですね。サイボウズでは給料もキャリアプランも自分で決める一方で、「説明責任」と「質問責任」という言葉もあります。一見、社員に優しい会社に見えますが、CEOが『NO RULES』という本を出しているNetflixのように、成果が上がらない社員は辞めさせられる自由と責任のカルチャーの会社にも見えます。サイボウズの場合は辞めさせられることはないにしても、説明責任や質問責任、そして想像責任も自由とは裏腹にあると思います。一見、社員に優しい会社に見えますが、実際は社員に優しい会社と厳しい会社のどちらだと自己分析していますか?

青野:厳しい会社だと思いますね。

田中:それは自由と責任を求めているということですね。

青野:そうですね。まさに自由がサイボウズにもありまして、例えば勤務時間についても何時からどこで働くかは自分で決められます。いい仕事をするために何時から働けばいいのかは、プライベートも考えながら自分で決めなければなりません。それに対して起こったことについての責任も取らなければならない。やはり自由と責任ですよね。最近では職種も自分で選べるようにしています。例えば新入社員で最初は営業を担当し、技術に興味が出てSEに異動したいという時も、受け入れ部署がOKであれば異動が決定します。誰かが勧めてくれたキャリアをなぞるのではなく、自分で開拓していかないとキャリアパスが描けない。これは非常に厳しいですよね。

田中:勤務時間や給料、そしてキャリアプランも自分で決めるということは非常に大変で厳しいですよね。給与も自分で決めるということは実際にマーケットバリューも問われるわけです。縦軸が自由で横軸が責任だとすると、右上に来ているような会社ですね。

私はもともと金融出身ですが、金融の世界だとリスクとリターンは必ず比例関係にあります。同じリスクなのに、一方だけリターンが高い投資があれば、一瞬にして裁定が働き修正されます。キャリアもおそらく同じで、責任が低いのに自由度だけ高い会社やキャリアはないと思います。自由と責任も比例関係にあって、自由と責任のマトリックスで右上に来ている会社の方が、個人のパフォーマンスも組織のパフォーマンスも高いと思っています。そのあたりはどう分析していますか?

青野:20世紀的な少品種大量生産の時代であれば違ったとは思います。ルールを守ってきっちりやってくれる人の方が生産性は高かった。しかし今やビジネス環境も複雑ですし、変化が激しい環境の中で一律的に働いてもらうやり方は通用しなくなっています。経営者としては思いっきり自由度と責任を上げて、「僕たちのビジョンに沿っていれば、なにをやってくれてもいいぞ」と言ったほうが実は生産性が上がるのではないかと思っているので、それを実験している感じです。

田中:『ティール組織』(※1)という本が数年前にベストセラーになりましたが、そこで例として挙げられているのがオランダの医療や介護サービスを提供している組織、ビュートゾルフです。私も以前オランダの会社にいたことがあるので同国の状況は熟知していますが、ビュートゾルフという組織はフリーランスの集まりであり、フリーランスだからこそティール組織が実現できたのではないかと思います。ティール組織のような理想の組織を突き詰めていくとフリーランスの集まりに近い形になると思いませんか?

(※1)指示系統がなく、構成員が自主的に考え行動する組織のこと。

青野:おっしゃる通りですね。一人ひとりが自営業者であるように、自分で仕事も働き方も給料も選び、欲しい分だけ稼ぐ。自立心があって初めて自律分散型の組織ができますから。一人ひとりがフリーランスの社会は、私たちがイメージする理想の社会です。

28%の離職率に危機感を感じ、100人100通りの働き方を決意

田中:青野さんは多様化や個性を重視していらっしゃって、著書の中でも明確にサイボウズにおける「多様化前」と「多様化後」について書かれています。日本の経営者の中ではかなり前から多様化というキーワードを掲げられていますが、多様化が重要だと思われたきっかけは何でしょうか?

青野:お恥ずかしい話なのですが、以前、離職率が非常に高い時期がありました。当時は夜10時まで働き、休日も誰か出社しているのは当たり前。朝出勤したら誰かが会議室で寝ていたり徹夜も普通で、そのような働き方になんの違和感もありませんでしたし、ベンチャーはそういうものだと思っていました。でも、とにかく人がたくさん辞めるのです。一番ひどかった年で、離職率が28%でした。1年で4人に1人が辞めるわけですから、人材の穴埋めをするだけで大変です。採用広告を出して面接をし、教育もしなければならない。そしてやっと教育を終えた社員がまた辞めていくわけです。さすがに経営効率が悪いと考えたのが最初のきっかけでした。

そこで辞めていく社員にヒアリングをしたところ、人間関係や給料の安さ、働く場所、長時間労働など、みんな辞める理由がバラバラでした。どベンチャーのサイボウズに集まってきたのだから、私の中ではみんな同じようなタイプだと思っていたのですが、それぞれ違うことに初めて気がつきました。だったら個別にやるしかないと「100人100通りの働き方で行く」という宣言をしました。

田中:離職率28%のときに辞める理由を聞いてみたらそれぞれ違うことがわかって、「100人100通り」にいきなり振り切ったわけですか。

青野:そうですね。これは1回反対に倒さないと、辞めていく流れは止まらないと思いました。100人100通りで個別に話を聞くから、頼むから辞めないでほしいというメッセージですね。それ以来、やってきたことはすごくシンプルで、長時間労働が嫌だという人がいれば残業をしなくてもすむ制度を作ったり、出勤するのが嫌だという人がいれば在宅勤務ができるようにしたり、副業したいという人がいれば副業を自由にしたり、個別にひとつずつ対応していきました。10~15年くらい経つとずいぶん選択肢が増えて、気がつけば「働き方の多様化=サイボウズ」というイメージができあがっていました。やってきたことは、辞められることが怖くて一つひとつ社員の意見を聞いていったというだけです。

田中:一人ひとりの個性や違いを受け入れてどう活かすのかという、多様性の本質を物語っているようなストーリーですね。

青野:よく経営者の方とお話をしていますと、「うちの会社はもう中年男性ばかりで多様性がない」とおっしゃることが多いのですが、そんなことはないはずです。同じように見えますが、一人ひとり話を聞けば意外と言うことがバラバラです。聞く耳を持っていないから同じように見えているだけで、働き方も仕事の内容も給料も、みんな求めているものはバラバラです。多様性、ダイバーシティーは作り出すものではなく、すでにあるものです。それを「ないもの」にしているだけというのが私の考えです。

田中:まったく同感ですね。日本という国は日本人が多くて差がないように感じますが、まずジェンダーの違いがあり、働き方も、週一出勤か毎日出勤がいいかは人によって違います。同じ男性でもさまざまな違いがありますし、ましてや価値観は一人ひとり違います。

青野:日本人は自分たちを一律的だと思いすぎているかもしれません。もう少しわがままを出してみると、個性が多様であることに気づくと思います。

多様性を実現するため、絞り込んだ4つのバリュー

田中:青野さんの経営を時系列で見て面白いと思ったのが価値観・バリューです。価値観は人によって全然違いますし、例えば35歳の男性が10人いれば一人ひとり全然違います。一方、経営者である以上は「こういう価値観を持ってほしい」という思いは従来からあったと思います。松下電工出身の青野さんとしては最初に松下の七精神を参考にした「サイボウズ7精神」を作り、それが「サイボウズ五精神」になった。企業としてバリューに思い入れがあったわけですよね。そして途中からは、「ミッション」と「組織イズム」を重視するようになった。

サイボウズの企業理念2021には、「パーパス(存在意義)」として「チームワークあふれる社会を創る」と記載されていますが、これは以前からあるものですよね。一方で、「カルチャー(文化)」として記載されているものが「バリュー」にあたると思いますが、ここは7つから5つ、そして1つになった時期もあったと思います。そのような時期を経て、今は「理想への共感」「公明正大」「多様な個性を重視」「自立と議論」という4つが記載されています。会社として個性や多様性を重視するようになって、バリューの数も内容も変わってきていると思いますが、どのような変遷があって今に至るのでしょうか?

青野:もともとこういうものが大事だということが理解できていなくて、最初はパナソニックのものをそのまま借りてきました(笑)。松下幸之助さんが残した言葉があるので、それをそのままお借りして、言葉だけ今風にして使っていたのですが、魂が入っていないので掲げているだけになっていて、これはよくないぞと。そんな中、M&Aに失敗したのです。グループウェアの事業があまり伸びないものですから、1年半の間に9社を買収しました。

田中:ちょうどそれが、離職率28%の時期ですね。

青野:その通りです。迷走時期に自分たちがなにをする会社なのかの定義ができないまま企業を大きくしてしまい、それがうまく行かなくて9社買収の後、結局8社を売却することになります。その過程で、本当に自分が思い入れを持ってできることはなにかと考えたときに、やはりグループウェアだなと気づいたのです。

どうしてそこまで思い入れを持てるのかと考えたとき、みんなが楽しそうに働いているチームワークの良い状態が私は好きなんだなと改めて思いました。それなら命を賭けて事業をやりたいなと思い、とりあえずチームワークというキーワードを掲げて、「チームワークあふれる社会を作るために事業をする」と最初に定義しました。では、「チームワークあふれる社会」とはなにか? これがなかなか言語化できませんでした。業績は良いけれどメンバーが青い顔をしていると、あまり良いチームワークのように思えない。また同じように業績は良いけれど、みんなの向いている方向がバラバラだと良くは見えない。では、自分が思うチームワークがあふれている状態とはなにかを、考えて考えぬいたときに残ったのがこの4つでした。

田中:「公明正大」だけが残ったタイミングもありましたよね。最初は7つもバリューがありましたが、最後にバリューとしては「公明正大」1つになった。そのときの経緯を教えてください。

青野:例えば、「力を合わせないと駄目」と言った瞬間に個性の尖った人は入りにくくなってしまいます。むしろ、協調性がないことが強みの人も世の中にはいます。では、その人を排除するのかとなるとこれも違います。

田中:確かに特定のバリューを掲げると、そうでない人は排除されてしまいますよね。

青野:「みんなで成長しようと」と決めたとき、40歳、50歳を過ぎた人はあまり成長が見込めないとなったらその人は駄目なのかというと、それも違う。掲げるバリューが多ければ多いほど排除する人も多くなることに気づきました。どんどんバリューを外していった結果、「公明正大」、嘘をつかないくらいしか残らなかったというのがプロセスですね。

田中:さらに深くお伺いしますが、「誠実」という概念もあったようですが、最終的に「誠実」も違うと感じたのでしょうか?

青野:そうですね。「誠実」もさまざまな解釈ができる表現です。お客さまの言うことをよく聞くのも誠実だし、お客さまが間違っていたら訂正することも誠実かもしれません。そうなると「誠実」の解釈は分かれるので、解釈が分かれないレベルまで落とすとどうなるか。そこで残ったのが「嘘をつかない」です。「嘘をつかない」ことはやればできることなので、解釈が分かれません。バリューを削っていくと、あまり残らないということに驚きました。

田中:これだけは守ってほしいというバリューが、嘘をつかない「公明正大」だったということですね。それに対して、2021年の企業概要を拝見すると「理想への共感」というバリュー、「多様な個性を重視」というものがあります。この2つは以前からあった価値観だと思いますが、「自立と議論」はいつ頃から必要だと思われたのでしょうか?

青野:これはまさに最後に必要だと気づいた文化です。良いチームを創造したときに「一個の理想にみんな共感して向かっている」という姿はありそうな気がする。「多様な個性を重視しよう」も現代的で、嘘をつかない「公明正大」を加えてこの3つでいいのかなと思っていました。しかしこの3つにしてなにが起きたかというと、多様な個性を重視しようとすると、一人ひとりが自立してくれないと「僕は朝、何時から働けばいいでしょうか?」などと全て受け身で決められない人が多くなってしまう。そういう社員がちらほら目につくようになってきまして、マズいぞ、と思いました。多様な個性を重視するということはすなわち、一人ひとりの自立度を高めないといけない。ですから「自立と議論」を最後に加えました。

多様性の推進には、発信と議論が不可欠

田中:やはりお話をお伺いしていくと、業績が上がらないと辞めさせられることはないにしても、Netflixの自由と責任の企業文化に近い感じがします。そこはどう思われますでしょうか?

青野:結局21世紀は、そういう社会なのだと思います。多様性は良いことだといわれますが、推進してきた身からすると、それはそれで大変です。多様であるということは本当にバラバラな人が共存するということであって、自分はどう生きてどう働きたいかを主張しないと、自分という個性が受け入れられない社会です。誰かが作ったレールに沿っていけばいい社会ではなくなる。自分で主張しないといけない社会です。これをおろそかにして多様性を進めると、まさに迷える子羊が大量生産されて、「僕はどう生きればいいんでしょう?」という人がたくさん出てしまう。自立も大事ということを訴え続けていかないと、多様性の社会は危ないと思います。

田中:そうですね。個性あるまま全員を受け入れたら人間の集団ではなくて、動物園になってしまいますからね。最低限の共通項としてのミッションやビジョン、バリューが必要です。それが多すぎると多様性や個性が損なわれてしまうけれども、最低限の譲れないものがなければいけない。それが「公明正大」や、「自立と議論」ということですね。ここに「議論」という言葉が入っているのはなぜですか?

青野:これは、「ぜひ自分の意見を発信してください」ということです。例えば、来年から営業がしたいと思ったら、まわりとコミュニケーションしてほしい。コミュニケーションをすることでまわりも「この人は、こんなことがやりたいのか」と気づくことができます。議論をしながらお互いの最適解を探っていける。多様化された社会のイメージは、石垣の石がガツガツぶつかり合ってるような社会です。お互いやりたいことがあって、議論してガツガツぶつけ合うことで収まりがいいところに落ち着く。こんな社会なんだよというイメージを込めて「議論」を入れています。多様化された社会とは、もっと議論が必要で、議論を続けないといけない。そんな意味が込められています

田中:発言するのが苦手、議論が苦手という人もいますが、最低限の共通項として議論はしてほしいということですね。

青野:言わずにわかってくれる社会は終わったのです。100人100色になった瞬間に、あなたのことを想像して理解してくれる人はいないかもしれない。発信して議論しないといけない。この点は、日本人はあまりトレーニングされていないと思います。一律でエスカレーター的に育つので、主張する訓練がされていない。これは急いでトレーニングをしないと、多様化された社会で日本人は苦しい思いをするのではないかと懸念しています

田中:まさに質問責任を求められているわけですが、なかなか日本人は質問しないですからね。質問すること、発言することを求めるのは、実際かなり厳しいカルチャーであると思います。

青野:はい、厳しいですね。きちんと発言し、忖度するなということです。

「日報」から「分報」へのシフトで、問題解決スピードが向上

田中:その一方で互いに個性を活かすには互いを知らなければいけないことになります。アメリカのリーダーシップ論でも、1丁目1番地にあるのは相手を知ることです。リーダーシップはご存知のとおり、まずはセルフリーダーシップが重要です。つまり自分自身にリーダーシップを発揮して、目の前の人がリーダーシップを自分に発揮できるようにしてあげることです。まずは自分自身を知ることが最初のプロセスで、相手を知ることのプロセスにもつながると思います。以前お話させていただいた際には、ストレングスファインダーも活用されているとのことでしたが、相手を知るということに関してはどのようなことをやっていますか?

青野:最近は、「日報」の「日」を「分」にした「分報」という文化が生まれています。コロナの前までは多くの人が日報を書いていて、「私は今日こんなことをしました。明日はこんなことをがんばります」とお互い書き合って、コメントし合っており、それが相手を知るための文化でした。しかしコロナの影響で普段は会えなくなりましたから、日報では報告の頻度が遅すぎるということになりました。瞬間瞬間でどんどん報告しあおうと考えたメンバーがいて、それが広まって私も含めて分報文化が根づき始めています。

田中:それがグループウェアの書き込みが5倍になった理由ですか?

青野:そうです。「今から仕事をします」「お昼は○○を食べました」「今○○で困っています」などの細かな動きまで含めて、どんどん書き合う。これをやると不思議なもので、相手のさまざまなところが見えてきます。例えば、その人が今どんなことに関心を持っているのかが見えてきます。「あの人はAのことばかりつぶやいている」ということが分かると、Aについて知りたいときは彼に聞けばいいとなる。いろいろな人の分報を覗きに行く人もいて、その人が情報ハブになる。「そのことだったら○○さんがよく知っているよ」とか、そういった文化が広がっています。

まさに、社内SNS的な感じです。SNSをやっていると、久々に会った友達の昨日のランチまで知っていますよね。そういう感覚です。互いがどんなことに関心を持っていて、どんな仕事をやっていて、なにを目指しているのかまで、なんとなく知っている状態が広がる。お互いのことが見えるようになってきたのは、コロナ禍で生まれた良い点ですね。

田中:感覚的には、自分がこれからする行動をツイート的に常につぶやいているような感じですか?

青野:そうですね。フォローし合っていますから、例えば今、困っていることをつぶやくと多くの人が集まってきて解決してくれます。誰か特定の人にあててつぶやいたわけでもないのに、「そのことだったら○○さんが知っているよ」と@をつけて教えあっています。これまでは、上司に報告をして人を探してもらい調整しながら解決していたのが、今は現場単位で勝手に集まって即座に解決しています。この状況をグループウェア上で目の当たりにすると、面白いなと思いますし、問題解決のスピードは明らかに上がっています。

田中:コロナ前は出社していたのでまわりの人と雑談していただけだったのが、今は問題解決にまで貢献しているということですね。

青野:はい。可視化は大事で、それがデジタルの1番強いところです。デジタル化されると、あっという間にいろいろな人に伝わる。その利点が生きてきたということですね。

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