【Netflix徹底解剖】Netflix4.0、世界最先端のDX戦略を追う

全世界での有料会員数が2億人を突破。飛ぶ鳥を落とす勢いで快進撃を続ける企業、Netflix。現在の利用者の中には、彼らの事業が店舗を持たないDVDオンライン郵送サービスからスタートしたことを知らない人もいるかもしれません。1997年、小さなスタートアップ企業として創業したNetflixはその後、DVDレンタルのサブスクリプション、動画ストリーミング配信のサブスクリプション、そして動画オリジナルコンテンツの配信と、デジタルを基盤に着実にビジネスを変革し、今や皆さんご存知の通り、デジタルコンテンツプラットフォームの王者へと成長を遂げています。今回の「世界最先端のデジタルシフト戦略」vol.4では、そのビジネストランスフォーメーションの変遷を立教大学ビジネススクール 田中道昭教授に徹底解剖していただきます。小さなスタートアップ企業であったNetflixがいかに王者となれたのか。その変革の奥にある秘訣とは。DXに取り組む日本企業も見習うべき一貫した姿勢に迫ります。

真のプロ集団であり続けるための、「自由と責任」の企業文化とは

全世界での有料会員数が2億人を突破、通期での売上は250億ドルを突破し、今や動画でのデジタルコンテンツプラットフォームの王者とも言えるNeflix。この企業の大きな特徴の一つに、企業文化があります。Netflixの共同創業者であり、会長兼CEOを務めるリード・ヘイスティングス氏の著書『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』が日本でも話題になりましたが、実際は「NO RULES」と言うよりは、自由ななかでも極めて厳しい責任が求められる環境とも言えます。まずは「自由と責任」のカルチャーの中身を探っていきましょう。

Netflixのカルチャーを社内に浸透させるために2009年にウェブ上に公開され、米国のテクノロジー業界等で大きな話題となった「カルチャーデッキ」では、自らのカルチャーを「Freedom&Responsibility(自由と責任)」と記しています。その他「我々はチームであって、家族ではない」「我々は子供のお遊びチームではなく、プロスポーツチームのように機能する。どのポジションにもスターが就いているように、スマートに人を採用し、育成し、切る」*という言葉が綴られており、これらはNetflixが持つカルチャーを如実に表しているでしょう。ヘイスティングス氏は「まあまあの仕事ぶりの人には、辞めてもらう」とよく発言しているほか、実際のカルチャーデッキにも「スター以外には即座に十分な退職金を払い、スターを採用するためのスペースを空ける」*との記載があります。「自由と責任」が意味する究極の責任とは、成果が出せなければ辞めさせられるということなのです。

* Netflix Culture Deckより引用・翻訳:
https://www.slideshare.net/reed2001/culture-1798664
出典元:Netflix Culture Deck
このようにNetflixのカルチャーは非常に厳しいものであり、全ての企業が参考にできるものでも、参考にすべきだとも思っていませんが、例えばプロのスポーツチームでは当たり前に行われていることでもあります。Netflixの企業文化は「真のプロの集団を作る」「真のプロ集団に成果を出させる」「真のプロ集団を維持・向上させる」の3つを達成するために作られたものであり、プロのスポーツチームのような企業カルチャーを醸成し、それによってNetflixの今があると言えるでしょう。

Netflixの強みは、一貫した「二つの三位一体」にあり

次にNetflixのビジネスモデルに注目してみましょう。Netflixのビジネスモデルを分析すると、「二つの三位一体」が見えてきます。

まずは「コンテンツ×ディストリビューション×テクノロジー」の三位一体です。コンテンツは言わずもがなでしょう。ディストリビューションとは、そのコンテンツの届け方のこと。当初はDVDの郵送からはじまり、現在ではストリーミング配信でコンテンツをディストリビュートしているわけです。最後がテクノロジー。ビッグデータとそれを解析するAIは、コンテンツの質の向上にも、ディストリビューションの効率化にも大きく寄与しています。この三つの歯車がしっかりと噛み合っているところに、Netflixの強みがあります。
出典元:立教大学ビジネススクール教授 田中道昭 氏
もう一つの三位一体は、彼らのビジネスモデルの目指すところを示しています。すなわち「Better Entertainment × Greater Scale × Lower Cost」の三位一体です。つまり、グローバル規模のより大きなスケールで事業を展開することによって、より優れたコンテンツを、一人ひとりの視聴者により低いコストで届けることができる。
出典元:立教大学ビジネススクール教授 田中道昭 氏
以下ではNetflixのビジネスモデルの変遷を、四つの段階に分けて分析していきますが、いずれのフェーズでも一貫してこの二つの三位一体が意識されてきたことがわかるはずです。

4度のDXで到達した「Netflix4.0」。ビジネスモデル変革の秘訣に迫る

Netflixのビジネスモデル変遷の4段階を、私はそれぞれ「Netflix1.0」から「Netflix4.0」と名付けています。創業期にあたる「Netflix1.0」では、当時は有店舗型がほとんどであり、アメリカではブロックバスターの一強であったDVDレンタル業界において、彼らはDVDのオンライン郵送サービスをスタートさせます。このビジネスモデルが優れていたのは、オンライン注文という仕組みによって、レンタルDVDショップに平積みされるような話題作・人気作だけではなく、過去の名作などニッチな商品が手に取られるようになったことでしょう。つまり、コンテンツのロングテール化に成功したのです。この点は、リアル店舗で扱われないニッチな商品を幅広く揃えることで売上を拡大していったAmazonの戦略とも通じる部分があります。

注文のオンライン化は、顧客と直接つながれるというメリットももたらしました。そこで得たデータを分析し、次の注文時におすすめのDVDを表示させるレコメンデーションの仕組みも、この頃から既に実装されていたものです。そういう意味ではNetflixは、創業当初からデータドリブンなテクノロジーカンパニーだったと言えるでしょう。

彼らが他社に先駆けてDVDレンタルのサブスクリプションモデルを確立し、「Netflix2.0」と呼べるフェーズへとスムーズに移行できたのも、データに裏打ちされた顧客とのエンゲージメントがあったからこそです。一方で、かつての競合であったDVDの有店舗レンタルショップがサブスクリプションモデルに移行できなかったのは、延滞料が大きな収益を占めるビジネスモデルであったからです。さらに動画ストリーミングを主体とした「Netflix3.0」、自らがオリジナルコンテンツの制作も手がける「Netflix4.0」へと移行していくには、莫大な資金が必要であったはずですが、ここで大胆な投資ができたのも、データドリブンな経営判断があったからこそ。こうしてみると、Netflixのビジネスモデルの変遷は、DXの基本となる「つながる(コネクト)、深める(エンゲージメント)、成長させる(グロース)」というプロセスを着実に踏まえたものだと言うことができます。
出典元:立教大学ビジネススクール教授 田中道昭 氏
もちろんNetflixは、ビジネスのトランスフォーメーション自体を目的にしてきたわけではありません。リード・ヘイスティングス氏をはじめとした経営陣がこだわり続けてきたのは、「より良いコンテンツをいかに顧客に届けるか」という一点につきるでしょう。その手段がDXだったということです。この点も、Amazonが「豊富な品揃え、低価格、迅速な配達」というシンプルな原則にこだわって成長を続けていることと、重なる部分があります。
出典元:立教大学ビジネススクール教授 田中道昭 氏

目指すべきは、「ニッチでエッジでキャッチーなコンテンツ」

より良いコンテンツをつくり、ユーザーとのエンゲージメントを高めていく。そのためにデジタルの力を十二分に活用する。Netflixが採用してきたこの戦略は、「コンテンツ」の部分を「商品」や「サービス」に置きかえることで、さまざまな業界に応用可能なものになるはずです。では、どうやってコンテンツ(商品・サービス)の質を高めていけばいいのでしょうか。

以前、デジタルシフトタイムズで対談をさせていただいた元News Picks編集長である佐々木紀彦氏は著書『異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す 編集思考』のなかで、News Picksの編集にあたって最も参考としたメディアにNetflixをあげた上で、これから求められるのは「ニッチでエッジでキャッチーなコンテンツ」だと整理しています。

この言葉の意味は、Netflixと地上波のテレビ番組を比較すると、よりわかりやすいはずです。テレビはいまだに多くの視聴者に届くメディアですが、一人ひとりの視聴者に深く刺さることを目的とした番組づくりはされていません。つまり、リーチは広いけれど、エンゲージメントは浅い。それがいわゆる「テレビ離れ」の一因にもなっているわけです。対してNetflixが手がけているのは、ユーザーに深く刺さるニッチな番組です。その分、個々の番組のリーチは限定的になるのですが、Netflixの番組はロングテールかつレコメンデーションでつながっているため、全体でみればリーチも広くなります。結果的に、「ニッチでエッジでキャッチーなコンテンツ」をより多くのユーザーに届けることができているのです。
出典元:書籍『異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す 編集思考』を基に作成
出典元:書籍『異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す 編集思考』を基に作成
出典元:書籍『異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す 編集思考』を基に作成
もちろん、こうした「ニッチでエッジでキャッチーなコンテンツ」を届けられるのは、Netflixがグローバルにサブスクリプションモデルを展開するテクノロジーカンパニーだからこそです。ニッチなコンテンツでも、世界規模であれば十分な需要が見込めるというわけです。データドリブンな番組づくりが浸透しているため、数百億円規模のブロックバスター大作にも躊躇なく投資できるという強みもある。つまり、Netflixのコンテンツ戦略は、そのままでは多くの日本企業にとって真似のできないものです。とはいえ、自分たちのコンテンツや商品、サービスを考え直す上で、一つの指針にはなるはずです。モノやサービスが溢れた現代において、消費者はより尖った商品やサービスを求めています。まずは例えニッチであっても、消費者の心に深く刺さるものをつくれるか。その視点を持つことは、全ての業界・商品・サービスにおいても有益なはずです。
出典元:立教大学ビジネススクール教授 田中道昭 氏

パーパスに忠実でなければ、トランスフォーメーションは成功しない

繰り返しになりますが、Netflixのトランスフォーメーションには、「より良いコンテンツを、いかにユーザーに届けるか」という一貫した軸があります。これは彼らの掲げるパーパス『物語には、大きな力があります。観る人に感動や新しい視点をもたらし、世界と繋がることで、互いへの思いやりをもてるようになります』とも、大いに重なるものです。反対にいうと、パーパスと合致しているからこそ、そのトランスフォーメーションは成功してきたと言えます。この記事を読まれた皆さんも、ぜひ自社のパーパスに則ったトランスフォーメーションのあり方を想像してみてください。それがDXの第一歩だと思います。
出典元:Netflixコーポレートサイト(https://about.netflix.com/ja)
ちなみにNetflixのトランスフォーメーションは「4.0」で終わりではありません。私は「Netflix5.0」での次なる狙いは、ゲーム事業への進出とIPビジネスのさらなる強化だと考えています。既に2021年7月よりゲーム分野への進出を始めていますが、プロを集め、プロの才能を活かし、優れたコンテンツを制作するデータドリブンの企業カルチャーがあれば成功する確率は高いでしょう。またIPビジネスという観点においては、2021年10月からNetflixはウォルマートと組み、同社のECサイト内でオリジナル番組の関連グッズの販売をスタートさせています。一方で懸念材料がないわけではありません。彼らが主戦場とする動画ストリーミング配信の領域では「Disney+」がすさまじい勢いでユーザー数を伸ばしています。Disney+は2019年のサービス開始から5ヶ月で有料会員数5,000万人を突破しており、これはNetflixが7年かかって獲得した会員数に匹敵します。さらに、2021年第3四半期時点で有料会員数は1億1,600万人を突破しています。ゲーム事業にしてもIPビジネスにしても、エンゲージメントを獲得できる「ニッチでエッジでキャッチーなコンテンツ」が用意できなければ、ユーザーの心は一気に離れていってしまうでしょう。だからこそ、パーパスを忠実に守り、データドリブンでユーザーのエンゲージメントを深めていくことがより一層重要になるはずです。デジタルコンテンツプラットフォームの王者であるNetflixは、今後も私たちにとって欠かせないベンチマークとなっていくでしょう。

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