売上高は過去最高を記録!アドビに聞く、サブスク成功の鍵。 データドリブン経営で顧客満足度をさらに高める
2021/2/18
NetflixやSpotifyが台頭するはるか前、2012年にいちはやくサブスクリプションをビジネスモデルとして取り入れたのが、クリエイティブソフトウェア業界の最大手、アドビ社です。そこから今日まで、同社はサブスクリプションサービス「Adobe Creative Cloud」を主軸として、安定した成長を保ち続けています。Adobe Creative Cloudは、同社とそのユーザーにどのような変化とベネフィットをもたらしたのでしょうか。日本法人の執行役員として営業戦略を指揮してきた西山 正一氏にお話を伺いながら、サブスクリプションを成功させるための秘訣を探っていきます。
Contents
ざっくりまとめ
- テクノロジーの進化に伴い、収益を確保しながら、お客様に最新の機能を利用していただくため、サブスクリプションモデルへの移行を決断。
- 2012年、サブスク開始当時のユーザーの反応は賛否両論。お客様の要望に寄り添いながらサービスの細分化にも取り組む。
- サブスク化からの8年で「クリエイティブの民主化」が起きる。現在は趣味として使うユーザー層が増加。
- Adobe Creative Cloudの好調から、2020年は過去最高の売上に。
- データサイエンティストチームを作り、あらゆるデータをスピーディーに共有。顧客満足度の向上にもつなげる。
売り切り型ではテクノロジーの進化速度に追いつけない。サブスク決断の舞台裏
テクノロジーの進化の速度が、私たちの製品開発サイクルを追い越してしまったことが最大の要因です。特にスマートフォンの台頭は、Webブラウザの進化を一気に加速させました。1年半ごとにメジャーアップデートをリリースする従来のサイクルでは、ブラウザのめまぐるしい仕様変更についていけなくなることは明白でした。
かといって無償アップデートプログラムの配信は収益認識の問題があるため実施できません。収益を確保しながら、お客様に最新の機能を利用していただくにはどうすればいいのか。それを考えた末の結論が、リアルタイムで機能をアップデートできるサブスクリプションサービスでした。
──導入当初、ユーザーの反応はいかがでしたか?
明確に賛否が分かれましたね(笑)。
歓迎してくれたのは、複数のアドビ製品を日常的に使用されていたお客様です。当時、すべてのアドビ製品が収録された「マスターコレクション」というパッケージは50万円近くしたのですが、Adobe Creative Cloud(以下、CC)に加入すると、同じ機能が月額5,000円で使えるということで、非常にお得に感じていただけたようです。
一方で、特定の製品だけを使いたいというお客様からは敬遠されてしまったことも確かです。当初のCCは、今でいう「コンプリートプラン」にあたる全部入りのプランしか用意していませんでしたからね。それならば単体の製品をパッケージで購入した方がいいと考えるお客様もまだまだいました。
ただその後、そうしたニーズをすくい上げるために、単体プランや写真の編集に特化した「フォトプラン」など、サービスの細分化に取り組みました。お客様の要望に向き合いながら、少しずつCCへの移行を促してきたのが、この8年間ですね。
「クリエイティブの民主化」と「サブスク化」というふたつの波
もちろんありました。まずそもそもサブスクリプション以前から、日本のマーケットはとてもユニークな存在だったんです。ノンプロのユーザー、つまり仕事ではなく趣味でPhotoshopやIllustratorを使いたいというお客様の割合が、世界に比べて突出していました。
ところがサブスクリプション化に伴って、この比率が一度逆転します。やはりプロの方に比べると利用頻度が少ないわけですから、月額課金をためらう方も多かったのでしょう。反対に、プロのクリエイターは使えば使うだけ得になるので、一気にCCへと移行したわけです。
ところが現在では、再びこの比率が逆転しました。それはこの8年の間に、「クリエイティブの民主化」とも言える状況が訪れたからです。それこそ今ではスマートフォンが一台あれば、動画作品さえも容易に作れてしまいます。メディアを用いて自己表現したいと考える人の絶対数自体が、以前とは比べ物にならないのです。それに先ほども述べたようにCCのプランも細分化し、サブスクリプションの敷居も下がりました。そのため現在ではCCにおいても、仕事ではなく趣味として利用されるユーザーの割合が大きくなっています。
サブスク化はマーケティング戦略さえも変えてしまう
最大のメリットは、収益を長期的に予想できるようになったことです。過去の収益から予測される離脱率分を差し引いて、新規の売上目標を加味することで、2〜3年先の収益をある程度まで正確に掴めるようになりました。それは投資家の皆さんにとっても大きな安心材料になります。
単純にCCの売上高も右肩上がりに伸び続けていて、2020年11月期の通期連結決算では過去最高となる77億4,000万ドルを記録しました。2020年度通年の収益が過去最高となる128億7,000万ドルに達し、コロナ渦においても前年比15%増という高い成長率を維持できたのも、CCが好調だからこそです。
──マーケティングのオペレーションにも大きな変化があったとお聞きしました。
そうですね。売り切り型は製品を販売することがゴールだったのですが、サブスクリプションモデルでは契約を更新していただくところまでしっかりとケアしなければなりません。そこで2016年に導入されたのが、DDOM(Data Driven Operating Model)というフレームワークです。ここではカスタマージャーニーを「Discover(Creative Cloudを知る)」「Try(体験版を使ってみる)」「Buy(サブスクリプション契約を開始する)」「Use(ツールを使う)」「Renew(サブスクリプションを更新する)」の5つに分け、データに基づいてオペレーションを実行していきます。
その膨大なデータを処理するために、本社機能としてデータ処理専門のデータサイエンティストチームが設けられました。これによってWebのトラフィックから、広告のパフォーマンスまで、あらゆるデータをスピーディーに取り扱えるようになりました。
──具体的にはどのくらいのスピード感なのでしょうか?
日本時間でいうと、日曜日の夜までに先週までのあらゆるデータがダッシュボードに反映されます。そこで共有したデータを各国のアナリストがさらに掘り下げ、マーケティングの各ファンクションと連携しながらアクションを実行していく。これが現在のマーケティング体制ですね。
ポイントは、CEOから社員一人ひとりに至るまで、全員が全く同じダッシュボードで、同じ数字を、同じタイミングで確認できること。私たちはこれをSingle Source of Truth (シングル・ソース・オブ・トゥルース)と呼んでいます。全員が同じデータを元に判断できるため、ビジネスがより効率的に進められるようになりました。
データは、顧客満足度を高めるヒントにもなる
やはり「サービスの利用を継続してもらうにはどうすればいいか」という視点が加わったことが変化につながっていると思います。例えば、サブスクリプションサービスであれば「デスクトップアプリとモバイルアプリの両方を頻繁に使っている方は、デスクトップアプリだけを使っている方よりも離脱率が低い」といった知見がデータの積み重ねとして見えてきます。
ならばデスクトップアプリだけを使っている方には「モバイルアプリもダウンロードしましょう」とメッセージを送ろう。さらにダウンロードしてくれた方には「モバイルアプリを使いこなしましょう」と次のメッセージを送ろう、といったように次々とアクションを打つことができます。
そうやってお客様にアドビ製品をより長く使っていただくためのヒントを提供していくことで、顧客満足度を高めていきたいと考えています。
クリエイターもクリエイターでない人も。すべての人の力に
まず今、最も力を注いでいる領域のひとつがタブレット向けのアプリケーションです。デスクトップ向けのアプリケーションと遜色のない性能を、タブレットでも提供したい。具体的な例を挙げると、iPad版のPhotoshop、Illustratorではある程度まで実現できたかと考えています。
その一方で、モバイル上で完結するエントリーモデルとしてのアプリケーションも拡充させていきたい。具体的にはAdobe Sparkといったプランで展開しているアプリケーション群です。ちょっとした写真加工などをスマートフォン上で気軽に行えるようにすることで、これまでアドビの製品に親しんでこなかったお客様にも、クリエイティブの楽しさを知ってもらいたいと考えています。
──これまで御社は「Adobe Sensei」など、機械学習の実用化にも積極的に取り組んでこられましたよね。その点ではいかがですか?
そうですね。機械学習にはふたつの役割があると考えています。まずはプロのクリエイターのアウトプットをサポートしていくこと。表現者の頭のなかにあるイメージを、いかに正確に、いかに素早く完成に近づけるか。それを探求し続けてきた私たちにとって、機械学習という強力な武器を使わない手はありません。
その一方で、今後は蓄積してきた機械学習のテクノロジーを、より多くの人々に還元していきたいとも考えています。そのひとつとして進めているのが、PDFによるドキュメントワークを支援する「Document Cloud」です。例えば、このサービスの英語版には、Liquid Modeという機能が搭載されています。これは簡単にいうと「テキストのリフロー(再流し込み)」、つまり端末のディスプレイサイズに合せて、行長や段落数、フォントサイズを調整し、もっともテキストが読みやすいPDFを自動で作成してくれる機能です。
さらに今後は、テキストの構造を理解して、段落ごとのサマリーを表示する機能の実装もめざしています。こうした機能を追加していけば、今よりも断然素早く正確に、PDFに記された情報を読み取れるようになるはずです。紙に負けない可読性を実現し、ペーパーレスの流れをさらに加速する。そのためにチャレンジを続けていきたいですね。
──もはや「アドビといえば、クリエイターのためのツール」という認識さえ、過去のものになりそうですね。
それが今後の大きな目標ですね。昨年に社名を「アドビ システムズ株式会社」から「アドビ株式会社」へと変更したのも、ソフトウェアの提供に留まらず、より多くのお客様に良質なデジタルエクスペリエンスを提供できる会社になりたいという意気込みの現れだと理解しています。クリエイティブだけではなく、DXという観点からも、弊社の今後の取り組みに注目していただけたら幸いです。
アドビ株式会社 デジタルメディア事業統括本部 営業戦略本部 執行役員 本部長
2001年にアドビ システムズ社に入社。Web製作アプリケーションやDTPアプリケーションの製品担当を経たのち、Creative Cloudのマーケティング全般に携わる。2017年6月に営業部に異動し、現在はアドビの直販ビジネスおよび販売戦略立案の責任者として、アドビのデジタルマーケティング技術をフル活用しながらアドビのデジタルメディア製品を商っている。