「空飛ぶクルマ」、2025年大阪万博で実現へ。社会実装までの道のりに迫る
2021/10/21
SFのなかの乗り物とされてきた「空飛ぶクルマ」の実用化が、いよいよ現実味を帯びてきました。日本でも2023年には事業化開始という目標が設定され、2025年には大阪・関西万博での実用化が検討されています。海外のメーカーも研究開発にしのぎを削っており、先日本田技研工業株式会社が参入を発表しました。そんななか、「空飛ぶクルマ」そのものではなく、「空飛ぶクルマ」時代の社会インフラの構築に取り組むのがエアモビリティ株式会社です。国が主導する「空の移動革命に向けた官民協議会」の構成員にも選ばれている同社の浅井 尚CEOに、実用化までに残された課題や、国内メーカーの現状、「空飛ぶクルマ」がもたらす社会の変化についてお話を伺いました。
Contents
ざっくりまとめ
- 2023年に事業化、2025年に万博でサービス開始。その後、一般販売も開始される。実現のための大きな課題は各国の法整備をはじめ、山積み。
- 技術面の課題も多いが、特にバッテリーと通信は深刻。ハイブリッド化や、ナローバンドと5Gの併用が検討されるも、さらなるイノベーションも必須。
- 世界でも稀な「空飛ぶクルマのインフラづくり」に取り組むエアモビリティ社。機体販売とシステムインフラの二つのプラットフォームの構築に着手。
- 資金調達の自由度の低さから、世界に出遅れつつある国内メーカー。国による成長産業支援策も宿題事項。
- 飛行機や鉄道などの二次交通の領域での活躍も期待される「空飛ぶクルマ」。不動産業界にゲームチェンジをもたらす可能性も。
- エアモビリティ社と三重県が目指す、国内初の有人飛行実験。インフラプラットフォーマーとして、ビッグデータを活かしたビジネス展開も視野に。
2025年、大阪の空を飛ぶために。待ったなしの法整備
現在、世界では約400社が「空飛ぶクルマ」の開発に取り組んでいます。そのうちの何社かが、実用化レベルでの有人飛行を達成すると予想されるのが2025年。さらに2030年には、「空飛ぶクルマ」が個人所有になるとも見込まれています。日本でも、経済産業省と国土交通省主導で「空の移動革命に向けた官民協議会」が組織され、2023年までに国内事業をスタート、さらに2025年の大阪・関西万博では、「空飛ぶクルマ」による輸送サービスの実現が目標として掲げられています。
そうしたなか、世界各国が急ピッチで進めているのが、法整備です。例えば、飛行機の場合は、日本の航空法にあたる法律を各国が定めていますが、「空飛ぶクルマ」に関する法的な基準を明確化できている国はいまだにありません。メーカーが機体の認可を得ようにも、そもそもレギュレーションが定められていないのが現状なのです。この点が、「空飛ぶクルマ」の実用化に向けた一つの壁になっていることは間違いないでしょう。
バッテリーと通信に課題も。安全な長距離飛行のための打開策とは?
現在、「空飛ぶクルマ」の「主流」とされているのは、「eVTOL(イーブイトール)」と呼ばれる電動の垂直離着陸機です。電気モーターはガソリンエンジンよりも空中での姿勢制御に優れていますし、EV化は部品点数の削減につながるため、メンテナンスコストも圧縮できる。もちろん、カーボンニュートラルの観点からも、EV化は支持されています。
ところが、ここで問題になるのがバッテリーです。「空飛ぶクルマ」が人を乗せて長距離を飛行するには、相当な電力が求められますが、それを賄えるだけの大容量のバッテリーだと、今度は重量が増してしまう。こうしたトレードオフの関係があるため、飛行距離をなかなか伸ばせていないのが現状です。さらに大容量のバッテリーは充電に時間がかかるという問題もあります。一度のフライトの度に、数十時間の充電が必要なのでは、とても実用化は見込めません。
こうした課題を解決するために、現在開発が進んでいるのが電気モーターとエンジンのハイブリッド機です。細かな姿勢制御が求められる離着陸時などに電気モーターを用い、上空での飛行にはガソリンエンジンや水素エンジンを使おう、という考え方です。
——なるほど。バッテリー以外には、何か技術的な課題はありますか?
地上との通信も大きな課題ですね。上空には何の目印もないため、「空飛ぶクルマ」が安全に飛行するためには高精度のナビゲーションシステムが欠かせません。そのためにはリアルタイムで大容量の地図データを機体に送らなければならないのですが、現時点ではそれを叶えるモバイルブロードバンドが存在しません。いわゆる「5G」にしても、通信距離は100メートル程度が限界だと言われています。高度150メートル以上を飛行することが想定されている「空飛ぶクルマ」にはとても届きません。
今のところ、上空では低速・低容量ながらも通信距離が長いナローバンドを利用し、離着陸時に5Gを利用する方式などが検討されていますが、将来的にAIによる自動運転などを実現するには、やはり高速・大容量のデータ通信が必要になる。通信技術のさらなるイノベーションに期待する部分です。
世界でも類を見ない「空飛ぶクルマ」のインフラプラットフォーマーへ
実は私自身は、エアモビリティ株式会社とは別に、新規事業の立ち上げやM&Aの支援などを担うイーグルマーケティング株式会社という会社を2017年から経営しています。海外の企業からも日々さまざまなコラボレーションの相談を受けるのですが、そのなかの一つが「空飛ぶクルマ」事業でした。
フィジビリティスタディ(事業の実行可能性調査)をするなかで気づいたのは、「空飛ぶクルマ」をつくるメーカーや、それを販売する代理店はあっても、社会実装のためのインフラを整えようというプレイヤーが全くいないということ。ならば、それをいち早く手がけることができれば、面白いビジネスに成長するのではないか。そう考えて立ち上げたのが、「空飛ぶクルマ」のインフラプラットフォーム事業にフォーカスしたエアモビリティ株式外会社です。
——「空飛ぶクルマ」のインフラプラットフォームとは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
私たちは二つのプラットフォームの構築を進めています。まずは空中でのナビゲーションから、フライトの予約、保険の選定、決済、遠隔診断など、ユーザーが「空飛ぶクルマ」を利用する際に必要な一連のプロセスを担うサービスプラットフォーム「AirMobility Service Collaboration Platform(ASCP)」です。多岐に渡るサービスを統合したプラットフォームなので、その全容をご紹介することは難しいのですが、例えば現在は、飛行ルートに応じたリスクを算出し、複数の保険商品をリコメンドする「Dynamic Risk Assessment System(DRAS)」の構築を、保険会社とともに進めています。これが実現すれば、ユーザーはスマートフォンから手軽に最適な保険を選べるようになるはずです。
もう一つのプラットフォームは、「空飛ぶクルマ」を手がけるメーカー向けのものですね。現在、日本で「空飛ぶクルマ」を手がけているメーカーはベンチャー二社のみで、当面は輸入車に頼らざるを得ない状況です。そこで私たちは、輸入や通関、車検、保管、販売、リース契約、メンテンナンスなど、サプライチェーンの各業務を担う事業体と一業種一社で業務提携を結ぶことで、ワンストップの輸入販売プラットフォームの構築を進めています。煩雑な輸入販売業務の一元化は、海外メーカーにとっても大きなメリットとなるはずです。実際、すでにスイスのDufour Aerospace社と、イギリスのVRCO社の独占販売権も取得しました。今後はより多くのメーカーにご参画いただくべく、さらにアプローチを進めていきたいと考えています。
2040年の市場規模は140兆円に。国内メーカーは世界を狙えるか?
まず前提として、海外メーカーもほとんどはベンチャーです。ただ、そのバックには自動車メーカーをはじめとした大企業がいて、資本関係を結んでいる。ところが日本の大企業の場合は、こうした関わり方すらできていません。その最大の理由は、「空飛ぶクルマなんて夢物語」と考えている人が多数派だから。実際には、2025年の大阪・関西万博での実用化に向けて国を挙げて動きだしているのに、その現実を正しく受け止められているビジネスパーソンがまだまだ少ないのが現状です。
「ベンチャーが育ちにくい」という日本社会全体の問題もあると思います。特に日本の場合は、アメリカなどと比較して、資金調達の選択肢が少ない。「空飛ぶクルマ」を開発する国内ベンチャー二社が調達できるのは多く見積もっても100億円程度ですが、アメリカのベンチャーは1,000億円以上を簡単に調達してしまう。文字通り、桁が違うわけです。資金力が開発速度に直結する「空飛ぶクルマ」のようなプロダクトにおいては、圧倒的に不利な状況だと言わざるをえません。
——日本はドローン開発においても、アメリカや中国に大きな差をつけられていますが、「空飛ぶクルマ」においても同じことが起きる可能性があるわけですね。
すでにそうなりつつある、と言ってもいいかもしれません。ドローンよりも危機的なのは、「空飛ぶクルマ」は国のGDPを左右するような巨大な産業になる可能性を秘めているからです。2040年にはその市場規模は140兆円にまで達し、自動車産業を上回るとも予想されています。ここで国内メーカーが存在感を示せなければ、日本という国全体の経済力の低下にもつながりかねない。だからこそ、規制緩和も含めて国とともに、より柔軟かつ迅速な対応をしていく必要がある。弊社も「空の移動革命に向けた官民協議会」の構成員ですので、そうした提言は積極的に行っていきたいと考えています。
「移動」という概念自体が大きく変わる。「空飛ぶクルマ」が行き着く未来
まずはモノの輸送でしょう。その次に期待されるのが、空港や駅などの拠点から目的地をつなぐ「二次交通」の領域です。例えば、テスラやスペースXの創業者であるイーロン・マスク氏が構想するロケット旅客機も、国内で研究開発が進むリニアモーターカーも、その空港や駅は山間部や海上に設けられるはずです。そこから都市部に移動するまでに、既存の交通手段で数時間もかけていたのでは、元も子もありません。そこで「空飛ぶクルマ」が大いに役立つというわけです。
——ロケットやリニアモーターカーといったテクノロジーと連携することで、より大きな価値が生まれるのですね。そうした未来では、社会のあり方や人々の価値観も変化しそうですね。
そうですね。さまざまな変化が予想できますが、例えば「空飛ぶクルマ」が普及すれば、不動産の世界でもゲームチェンジが起きるはずです。山梨や長野くらいであれば、東京まで20分程度で着いてしまうわけですから、都心で暮らすことの意義は薄れるはずです。自然豊かな地方に広々とした一戸建てを構え、そこから東京へと「空飛ぶクルマ」で通勤する。そんなライフスタイルも当たり前のものになるかもしれません。地方の人口が増えれば、地域活性化にもつながるはずです。もちろん、モノの輸送などももっと便利になる。社会のあり方は、大きく変わるでしょう。
——そうした未来の実現に向けて、御社の今後の展望を教えてください。
まずは三重県とともに進めている、国内初の「空飛ぶクルマ」の有人飛行実験を成功させたい。遅くとも2023年の前半くらいまでには、実現したいですね。
より長期的なスパンでは、弊社のプラットフォームをさらに成長させていきたい。これはITの世界でも同じですが、プラットフォームビジネスの面白いところは、大量のデータを集められるということです。「空飛ぶクルマ」の場合であれば、フライトデータを蓄積することで、遠隔診断などに活用できると考えています。このプラットフォームにさえ加入していただければ、ユーザーは何もしなくても常に安心安全な状態で「空飛ぶクルマ」を利用できる。そんなインフラをつくることが、「空飛ぶクルマ」を社会実装するために、私たちにできる最大の貢献だと考えています。
浅井 尚(Hisashi ASAI)
エアモビリティ株式会社 代表取締役社長&CEO
1990年富士写真フイルム㈱(現富士フイルム㈱)に入社。新規事業担当としてファインピックス(デジタルカメラ)事業やアスタリフト(化粧品)事業の立上げ等を主導。海外事業の経験も豊富で、富士フイルムの欧州本社(ドイツ・デュッセルドルフ)への駐在や中国法人社長として中国での駐在も経験。
富士フイルムの複数の子会社社長等も歴任し会社経営の経験も豊富。
㈱NTTデータ、サトーホールディングス㈱(役員待遇・経営会議メンバー)、スペシャレース㈱(代表取締役/CEO)を経て、2017年に新規事業のインキュベーションを主業とするイーグルマーケティング㈱を創業。
同年より同社の一部門として「空飛ぶクルマ」事業についてのフィージビリティスタディを開始し、2019年に新設分割により当社設立し、代表取締役社長&CEOに就任。