顔認証で改札を通過。大阪に誕生した、「未来の駅」の正体

JR大阪駅の北側、大阪の中心地にありながら最後に残された開発地域である「うめきた地区」。JR西日本では、2023年3月の大阪駅(うめきたエリア)地下ホームの開業でますます注目度が高まるこの地区を、さまざまな企業と共創を行う実験場として活用し、オープンイノベーションを加速させる「JR WEST LABO」という取り組みを始めています。事前に登録した顔と定期券の情報でゲートを通過できる顔認証改札機が設置されているほか、利用者それぞれに合わせて案内表示が変化する可変サイネージモニターも導入されています。

「駅というリアル空間×進化するデジタル技術」で新たな顧客体験や価値創造を進めるJR WEST LABOはどのようにして生まれたのでしょうか? 今回は、JR西日本のJR WEST LABO全体統括である稲田 寛輝氏、イノベーション本部のうめきた担当の四家井 祐一氏、同じくイノベーション本部で広報を担当する大橋 正義氏に、JR WEST LABO誕生のきっかけや、今後のビジョンについてお話を伺いました。

コロナ禍により「移動だけではない、新たな価値創造」が経営課題に

——JR WEST LABOとはどのような取り組みなのでしょうか?

稲田:大阪駅(うめきたエリア)を中心に、さまざまなパートナー企業との共創を行う実験場としてオープンイノベーションを加速させ、新たな価値を創造する取り組みを、「JR WEST LABO」と呼んでいます。2023年3月に大阪駅の一部として地下ホームが開業しましたが、ここを皮切りとし、2025年春頃には駅の直上に地上三層建ての駅ビルが開業する予定です。

——JR WEST LABO立ち上げには、どのような背景がありましたか?

稲田:新型コロナウイルス感染症流行の影響で、JR西日本を含めた鉄道業界がこれまでに経験したことのない大きな打撃を受けたことが背景にあります。コロナ禍が落ち着き徐々に状況は上向いてきているものの、移動だけに頼らない新たな価値創造をしていかなければならないという経営課題が見えてきました。

——JR WEST LABOが創造していきたい価値や未来とはどのようなものなのでしょうか?

稲田:実現したい世界観として、三つを掲げています。まず「デジタルとリアルが生み出す新たな価値・サービス」です。これは実際にお客さまが足を運んでくださる我々が強みとして保有するリアルな場所に、デジタルという付加価値を加えることで、新たにワクワクする体験を生み出していくものです。現在大阪駅うめきたエリアの一部にも導入されている顔認証サービスや、ネット上で注文した商品を駅のロッカーで受け取れるBOPISロッカーなどが該当します。

二つ目が、「人と技術が融合し、誰もが参画し、活躍できるフィールド」です。これは駅に限らずどこにいても、参加、活躍できる環境にしたい、というものです。遠隔地にいてもアバターなどを通して駅係員として働くことができる、などが例になります。

そして三つ目が「お客さまと共に進める環境負荷の軽減」です。これは、SDGsの観点から、ゼロカーボンに向けた活動を模索する取り組みです。大阪駅(うめきたエリア)を環境に優しいecoステーションとして、再生可能エネルギーの活用や、緑地の整備等の取り組みがこれに該当します。
JR WEST LABO

JR WEST LABO

新駅ビル 外観イメージ ※関係者協議により今後変更となる可能性があります

新駅ビル 外観イメージ ※関係者協議により今後変更となる可能性があります

基幹駅である「うめきた地区」を変革

——うめきた地区がJR WEST LABOのフィールドになった理由はなんでしょうか?

稲田:この大阪駅(うめきたエリア)ができた理由の一つに、2027年に全体開業するうめきた2期エリアに加え、2031年に開業予定のなにわ筋線があります。このなにわ筋線の開業によって関西空港から新大阪駅が路線としてつながり、ここ大阪駅のうめきたエリアが中心地になります。基幹駅として可能性が大きいエリアであると判断しました。

四家井:2018年に「JR西日本技術ビジョン」を発信したことにも由来しています。これは技術というキーワードで20年後の鉄道のありたい姿を、発展していくであろう技術も見据えながら描き、従来の延長線上ではないバックキャストの視点で技術による変革を興すべく掲げたビジョンです。技術を駆使してさらなる安全性を追求したり、お客様お一人おひとりへサービスを提供するなど魅力的なエリア創出の一翼を担うサービスを提供したり、持続可能な鉄道・交通システムを構築したりすることを目的とし、オープンイノベーションやDX、トライ&エラーなどを駆使してこれらありたい姿を実現させていくといった内容です。

このビジョンを発信したときに2023年の大阪駅(うめきたエリア)地下ホームの開業、2025年の大阪万博の開催、2031年のなにわ筋線の開業など、将来性のあるイベントの中心地となりうる大阪駅(うめきたエリア)を、技術ビジョンを具現化する未来駅の舞台とすることに決めました。

大橋:その後、コロナ禍に入ったことで新たな課題が発生したり、SDGsというキーワードの重要性が増してきたり、大きく変化する社会情勢のなかで、改めて大阪駅(うめきたエリア)をイノベーションの実験場の中心地と位置付け、社会の皆さまとの共創を推進することにより、新たな価値を創造していくこととしました。
JR西日本技術ビジョン

JR西日本技術ビジョン

お客さまの課題解消のために、他社との共創

——JR WEST LABOに先駆け、鶴橋駅でサイネージモニターを用いて、利用者ごとに可変案内サインを表示する実証実験を行っていますよね。

四家井:この実証実験は、うめきたエリア地下ホームにサイネージモニターを導入するためのものですね。鶴橋駅は近鉄との乗り換えがあるため、駅構内の移動の煩雑さに対するお客さまからの問い合わせが多く、駅係員の負担になっていました。こういった特徴が、巷でダンジョンと比喩される大阪駅周辺と共通点があったため、鶴橋駅を実証実験の場に選びました。この実証実験により、動画などで案内サインの視認性をあげることで、セルフ移動が大幅に促進されたという結果が出ています。

——このサイネージモニターは、JR WEST LABOの一つ目の価値を実現するものですよね。

四家井:そうですね。サイネージモニターの可変案内サインや顔認証改札などは、お客さまが抱える課題や煩雑さを解消するための取組みです。ロッカーを利用したOMO型サービスもそれに該当しますが、同時に前述の「移動だけに頼らない新たな価値創造」という我々の課題解決にも寄与してくれています。

——二つ目の価値に対する具体的な共創例はありますか?

大橋:現在進めている例としては、株式会社LIXILさん・株式会社バカンさんとの共創があります。loT技術を使って駅構内のトイレの状況をリアルタイムに可視化し、清掃員に通知を送ることで清掃や修理の対応が迅速に行えるだけでなく、清掃員の負担軽減にも寄与しています。
顔認証改札

顔認証改札

「守りの事業」が多いからこそ、イノベーション創造の課題も

——JR WEST LABO立ち上げに際して、障壁はありましたか?

四家井:鉄道事業は安全を最優先することから、守りの事業が多いです。そのような環境のなかで、20年後のあるべき未来に向けて、最先端の技術を使ってイノベーションを創造していくという取り組みを社内外に発信し、社員のマインドを構築していくことには苦労しました。また、鉄道事業は内製事業が多く、社外の技術を鉄道仕様にカスタマイズして、スピード感を出して事業を進めていくことに積極的になれない傾向もあります。

稲田:幾分大きな企業のため、新しい決定を行う際には「お客様の安全が確保できているか」「事業として効果が見込めるのか」「持続可能な仕組みとなっているか」などを都度クリアにしなければならず、どうしても意思決定が遅くなるという課題もありました。

——これらの課題に対してはどのようにアプローチしましたか?

稲田:社内の意思決定ルールやフローをある程度簡素化することで技術開発にチャレンジする部署が動きやすい環境を整えました。実際、従来よりも意思決定はスピーディーになり、イノベーションに対する社内気運を高めることができたと感じます。今までは「NGが出るだろう」と躊躇する傾向がありましたが、「新技術等を活用し、新しい挑戦をしたい」という声が出やすい環境に変化しました。これはグループ会社も含めて感じる傾向です。

四家井:エラーを否定的に捉えず、トライアンドエラーしやすい環境に変化しています。その結果、JR西日本ではオープンイノベーションの活動が評価され、経済産業省から知財功労賞をいただきました。この受賞は、我々の取り組みを社会に発信することにもつながりましたね。

変化する駅の機能。JR WEST LABOがつくる未来とは

——今後、未来の駅の機能は変化を重ねていきそうですね。

四家井:そうですね。駅というリアルな場で、1日あたり500万人ものお客様との接点を持っていることはJR西日本の大きなアドバンテージです。駅を単なる通過点として扱うのではなく、我々とお客さま、他社とのタッチポイントをつくり、新たな価値を生み出す機能を持たせることが、我々の大きなミッションです。また、技術ビジョンでも掲げていますが、均一的なサービスの提供だけではなく、一人ひとりの困りごとに合わせてサービス提供ができる場に変化していくべきであると思っています。

駅の機能を時代に合わせて変化させていくにはリアルとデジタルの融合が必要不可欠ですし、我々が駅という強いリアルアセットを持つ事業者だからこそ、常に変化に対応していかなければいけないという使命感を抱いています。

——JR WEST LABOを通じた今後のビジョンを教えてください。

稲田:まず、JR WEST LABOの中心地であるうめきたエリアは、大阪関西万博やなにわ筋線の開業を経て、日本中そして世界中から人が集まる地域になったのちも、進化し続ける場所でなければならないと考えています。駅という場でお客さまのニーズや課題をキャッチし、それに対して最新技術等を活用しながらどうソリューションを提供し続けるかが重要だと思っています。

四家井:共創してくれるパートナーにとって常に魅力的な存在であるために、新しい挑戦をやり続けていく必要があると思っていますし、取り組みを発信し続けていくことを大切にしたいです。JR WEST LABOを通じて、50年後も世の中の流れをつくっていけるような企業でありたいですね。

大橋 正義

西日本旅客鉄道株式会社 イノベーション本部

大阪駅(うめきたエリア)など、イノベーションに関するプロジェクトの広報を担当。

四家井 祐一

西日本旅客鉄道株式会社 イノベーション本部(取材当時)

大阪駅(うめきたエリア)開業時には、イノベーション本部うめきたPT。現在は施設部機械課に所属。
大阪駅(うめきたエリア)を、リアル(駅)とデジタルを融合した未来駅へと挑戦するプロジェクトのメンバーとして従事。プロジェクト以前、改札機や券売機などお客様がご利用される駅の機械設備に携わってきた経験から、顔認証改札をはじめとした、「近未来の駅設備」を中心に、計画・構想から導入に至るまで担当。

稲田 寛輝

西日本旅客鉄道株式会社 交通まちづくり戦略部 万博プロジェクト推進室

2025年大阪関西万博に向けたJR西日本グループの取組みを総括する万博プロジェクト推進室に所属。万博を見据え、JR西日本Gの「未来社会の実験場」として「JR WEST LABO」のプロジェクトを立ち上げ。

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