能登半島地震でも活用された、デジタルやAIを駆使した防災。人口減少時代に整備が必要な理由とは

2024年の元日に発生した能登半島地震。死者241人、65,000棟以上の住宅被害(2024年2月13日時点)を出し、現地では未だに断水が続き、現在もなお復旧作業が行われています。地震以外にも津波や台風、噴火などのリスクがある災害大国日本において、今や防災対策は万人が意識しなければならない課題です。

日本が防災先進国になるために、どのようにデジタルを活用することが望ましいのか。SNSによる投稿や、気象・交通データやカメラによる映像などの情報を、AI技術を活用して防災や危機管理分野に特化したソリューションを提供している株式会社Specteeの代表取締役 CEO 村上 建治郎氏に、防災とデジタルのありたい姿について伺います。

スマホ所持率の向上で、被災状況は把握しやすくなった一方、なかにはデマや流言も

――災害発生時の情報伝達において、過去と現在ではどのような変化が見られますか?

総務省の調査によると、東日本大震災が発生した2011年のスマートフォン所持率は1割程度で、当時はLINEも存在しませんでした。2023年になると、所持率は約9割にまで増加して、今や誰もがスマートフォンを所持している時代です。これにより、被災した現場の情報をSNSを通してリアルタイムで発信できるようになり、メディアが現地に行けなくてもその詳細が分かるようになりました。一方、デマや流言などもこれまで以上に広く拡散されるようになっています。

――1月に発生した能登地震において、デマによる影響はどの程度あったのでしょうか?

デマにより、災害対応の現場が大きく混乱したということはありません。嘘か本当か分からない救助を求める書き込みが多く見られましたが、それを見たユーザーが拡散したり、消防署に連絡してしまうなど、部外者が混乱してしまった面はあります。

――デマに騙されないため、人々にはどのようなリテラシーが求められているのでしょうか?

今までとはフェイクの種類が変わってきているということが、難しい点です。2016年の熊本地震では、写真付きで「動物園からライオンが逃げた」というデマが拡散しました。2018年の大阪府北部地震でも「シマウマが脱走した」という同様のデマが発生しており、人々のリテラシーも上がってきました。最近は、この類いのデマが減っている一方、生成AIによるフェイク画像が増えつつあります。2022年に発生した静岡の水害では、生成AIを使用した水没画像が拡散しています。また、今のXは投稿の表示回数などに応じて収入が入るため、多くのインプレッションが見込める「救助要請」といった投稿がされました。

生成AIの画像もクオリティが上がっていますので、肉眼で見分けることはなかなか難しいのが現状です。大事なことは、見分けることよりも情報に対して意識的になることです。災害発生時に真偽不明の情報を見かけたら、拡散する前に自治体のホームページなどSNS以外の情報源にもあたってみることです。真偽について確信が持てないなら拡散はしない。こういったことを心に留めておかないと、すぐに騙されてしまうでしょう。

人口減少時代には、ハードよりもデジタルやAIのソフト面の整備が重要に

――デマとは異なりますが、能登半島地震ではボランティアがどのタイミングで現地に向かえば良いのかの論争がありました。

能登に向かう主要な道路は二本あって、そのうちの一本が土砂崩れで通行止めになってしまいました。緊急車両だけではなく、ボランティアの車が残りの道に殺到してしまうと、それだけで渋滞を招いてしまう。初動期においてまずはボランティアの受け入れ体制が整うまで待つことが望ましいでしょう。

今回の能登半島地震では、道路だけでなく、港も被災しましたので、海路も使えなくなってしまいました。本来であれば、そういったケースも想定して訓練を重ねておくべきですが、国も自治体もそこまで想定していなかったように見られます。

――日本が防災先進国になるためには、どのようにデジタルを活用すると良いでしょうか

弊社は、災害時に必要な「危機」情報を収集し、すぐに通知、「リスク」の分析・予測までを行うサービス「Spectee Pro」を提供しています。このサービスを導入してくださっている自治体も増えてきて、防災面でのデジタル活用は進んでいますがまだ十分とはいえません。日本は古くから災害が多く、堤防や耐震補強などのハード面の強化と、災害対応時のマニュアルやオペレーションの体系化が非常に進んでいます。しかし、ハード面の維持には膨大なコストや手間がかかります。人材も減っていくこれからの時代は、維持にお金と人手を要するハード面に力を入れるよりも、デジタルやAIを駆使して災害を予測し、素早く避難することで人命と財産を守っていく。そういった防災の方向にシフトする必要があると考えます。

災害時の「72時間の壁」をいかに乗り越えるか

――防災先進国を目指す日本において、貴社が担う役割を教えてください。

私たちの提供する「Spectee Pro」は、SNSの情報をはじめ、街中のカメラや車の走行データも収集しています。能登半島地震においてもそれらのデータを活用して、通行可能な道路をいち早く割り出しました。膨大なデータから被害状況を把握し、どのような対応が適切なのか。被災者の生存率が急激に低下する「72時間の壁」が来る前に、効率的な初動を可能にするのが「Spectee Pro」です。今では多くの企業や自治体に導入いただいていますが、私たちのサービスが広がれば広がるほど、多くの人命と財産が守られると考えています。

――では、今後の展望を教えてください。

能登半島地震が発生したエリアは人口が少なく、都市部と比べて得られる情報量が圧倒的に少なかったという特徴があります。今後は、過疎地域にも対応するべく、IoTデータや人工衛星など様々なデータソースを揃えて、人口が少ない地域でも精度の高い情報提供を努めていく予定です。もう一つは海外進出です。今、フィリピンで「Spectee Pro」を立ち上げるために現地調査を進めています。将来的には、アメリカやEUへの進出も考えていますが、まずはフィリピンを皮切りに東南アジア全体に「Spectee Pro」を普及したいと考えています。

――日本で培ったノウハウは海外でも活用できるのでしょうか?

そうですね。フィリピンで調査をしていて分かったことは、そもそも防災に対する技術的な整備がまだ進んでいないということです。日本はこれまでの経験から災害において様々な対応が進み、多くのノウハウも有しています。しかし、フィリピンをはじめとする東南アジアでは、日本と同様に災害は多いものの、そういった下地があまりない状態です。今からコストをかけて堤防の整備や耐震補強などをするよりも、デジタル技術による防災対策を進めて被害を少しでも低減させていきたいと考えています。

村上 建治郎

株式会社Spectee 代表取締役CEO

ソニー子会社にてデジタルコンテンツの事業開発を担当。その後、米バイオテック企業にて日本向けマーケティングに従事、2007年から米IT企業シスコシステムズにてパートナー・ビジネス・ディベロップメントなどを経験。
2011年に発生した東日本大震災で災害ボランティアを続ける中、被災地からの情報共有の脆弱性を実感し、被災地の情報をリアルタイムに伝える情報解析サービスの開発を目指し株式会社Specteeを創業。著書に「AI防災革命」(幻冬舎)

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