「生成AIはニッチな分野に絞れば絞るほど、精度が上がる」。公務員に特化した「ChatGPT マサルくん」開発者が語る、自治体の生成AI活用必勝法

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公務員業務の効率化を図る生成AIとして、2023年5月にリリースされた「ChatGPT マサルくん」。通常のChatGPTに行政情報を追加学習させることで、提案書や議会答弁から挨拶文、交付金の申請書作成まで、幅広い文書を即座に作成します。民間企業だけでなく、公務員の世界でも導入が進む生成AI。自治体の生成AI 活用を成功に導く秘訣は、どこにあるのか。開発者である、東武トップツアーズCDO 村井 宗明氏に伺います。

「議会答弁」から「交付金の申請書作成」まで対応

――公務員専用の「ChatGPT マサルくん(以下、マサルくん)」の概要について教えてください。

マサルくんは、公務員の業務効率化を目指して開発した生成AIです。マサルくんの情報は、すべて公式な行政データからの引用ですから、正確かつ著作権上も問題ありません。自治体用のセキュアな環境で使用されるため、高い安全性を備えています。正確な行政データだけをエンベディング(追加学習)しており、通常のChatGPTでは答えられない、行政に関するさまざまな質問に回答できます。

マサルくんを使えば、提案書や議会答弁、挨拶文、通常メール文などの作成が可能です。「○○町のNFTを活用した観光促進の企画書」、「子育て支援策の充実と保育園の待機児童についての答弁」、「市長による植樹祭での挨拶文」、「老人クラブの会長に、○○市スマホセミナーの参加者を募る依頼メール」といった、かなり細かい要望にも、正確な情報源を参照して答えてくれます。特に、議会答弁では、正確な情報が求められるため、マサルくんには省庁が提示している白書や過去の議会答弁などの情報を中心に、エンベディングさせています。


――交付金の申請書作成に特化した「交付金申請書モード」について教えてください。

私が事務局を務める、一般社団法人「デジタル田園都市国家構想応援団(以下、デジ田)」の「デジタル田園都市国家構想交付金」の申請に特化した機能であり、現在のマサルくんの大きな強みです。デジタル推進を目的とした事業の概要を入力するだけで、細部まで決められた申請書のフォーマットに沿った文書を作成します。「その事業が目指す将来像」から「経費の内訳」まで、通常のChatGPTでは不可能な申請書作成に対応しています。

実は、東武トップツアーズの社内には、官公庁の補助金申請に特化したChatGPTを導入しています。該当する補助金の仕様書と、過去に通った申請書をエンベディングさせて効果を高めています。私たちの戦略としては、なるべくニッチな分野に絞って、その分野に特化したスペシャリストとなるAIをつくることです。強調すると、それ以外の分野では、まったくのポンコツでかまいません。多数のデータを学習させたら混在して精度が落ちてしまうため、一つの分野に特化させる。それが私たちの戦略です。
公務員業務の専用ChatGPT「マサルくん」TOP画面

公務員業務の専用ChatGPT「マサルくん」TOP画面

ニッチに特化すればするほど、AIの精度は向上する

――そうなると、将来は細分化された○○専用のAIが多数生まれるのでしょうか?

汎用型のAIを目指す企業もありますが、私は一点に特化したAIが強いと考えています。特に、デジ田の交付金申請は、各自治体のデジタル施策の生死に直結します。この申請一つで、数千万単位の金額が動くわけですから。ミスが許されない状況では、交付金に関連するデータ以外は、一切読み込ませない方が格段に精度が向上します。
2023年の10月には、農業関係者向けのChatGPT「金次郎」を、日本農業新聞と共同開発しました。これは、農業関連の質問、情報収集、相談などの用途に活用できるAIで、最新の市場動向、作物の栽培方法など、多くの知識をエンベディングしているため、農業関係者を幅広くサポートしてくれます。ただし、農業以外の分野についてはまったくもって活用することができません。使用するのは全国のJA職員の皆さまなので、それで問題ありません。
広島県三好市や山形県西川町などには、それぞれの自治体に特化したChatGPTを有償で提供しています。こちらは、マサルくんをベースにした改良版で、よりローカルな情報を学習させて、各自治体にとって最適なAIとして実現しています。汎用性を持たせるために、さまざまな知識を読み込ませるのではなく、一分野に特化させる方がAIの機能は大きく向上します。


――全国の自治体の生成AI活用における現在地を、どのように捉えていますか?

この1年から2年で大きく進みましたね。無料版のマサルくんは、2023年の5月にリリースしましたが、それをきっかけに各自治体に特化した有償版の提供も増えつつあります。有償版のマサルくんでは、各自治体の基本計画と過去の議会答弁をすべて学習させており、通常のマサルくんよりも高い業務効率化が期待できます。特に申請書の作成では、人間よりも圧倒的にAIに分があります。フォーマットが決まっているため、過去のデータを元に最適化された文書を瞬時に作成できます。人間が同じことをやろうとしても、どうしても必要以外の情報も引っ張ってきてしまうため効率が下がります。


――公務員だけでなく、地域住民も使えるChatGPTはないのでしょうか?

山形県西川町や富山県魚津市には、住民を対象にした専用のChatGPTを提供しました。ただ、住民は通常の検索をするような感覚で使ってしまい、どうしても長文のプロンプトを作成することが苦手という課題が発覚しました。「保育所の申請はいつまでに、どこで行えばいいですか?」と聞けば正しい答えが返ってきますが、多くの人は「保育所 申請」といった単語ベースの聞き方のため、思うような回答を得られません。そこで、 単語を入れるだけでも回答できる方式に切り替えました。
また、山口県美祢市には、観光客専用のChatGPTを提供しました。こちらも、観光情報だけを学習させる事で、美祢市の観光にだけ詳しい観光ガイドのAIとなりました。テキストだけでなく、音声でも利用できることがポイントです。

この例に限らず、マサルくんもリリース以来、継続的な改良を重ねています。初期開発は10日ほどでしたが、現在に至るまで1年間は試行錯誤を繰り返して、よりよいプロダクトを目指しています。

公務員の世界だけでなく、政治の世界への進出も

――マサルくんは、2023年の10月1日から2024年の4月30日までの半年間で、231自治体が約17万回利用していますが、その理由はどこにあるとお考えでしょうか?

やはり、公務員の皆さんもChatGPTには興味があったということでしょう。AIを活用することで業務効率化ができると気づいた人たちは、積極的に導入しています。ただ、公務員、行政の世界は民間企業と比べてさまざまな文化が異なるため、汎用型のChatGPTではフィットしないという課題がありました。公務員と行政に精通したエンジニアはほとんどいませんが、私は過去に衆議院議員を3期務めた経験があります。そのノウハウを活かしているため、マサルくんは議会答弁や首長の挨拶文作成というニッチな要望にも応えることができます。


――では、マサルくんの今後の展望を教えてください。

現在は、通常のマサルくんにはGPT-3.5、各自治体に特化した有償版にはGPT-4oを搭載していますが、Googleが開発したAIの「Gemini」なども話題になっていますよね。今のところはGPT-4oが優れていると感じていますが、より性能の高いAIが開発されればそちらに移行することも視野に入れています。


――ChatGPT以外のマサルくんもリリースされる可能性があると。

まだリリースはしていませんが、すでに裏ではさまざまなテストを重ねています。もう一つ水面下で動いているのは、政治の世界への進出です。世界でもAIを活用した選挙による候補者AIが普及を始めていますが、現在は、日本の某政党の党首のAI化を進めていて、政策についての質問を投げると、過去の発言を参照して回答してくれます。今後は、公務員の世界も政治の世界も、どんどんAI化が進むでしょう。特に、政治家はAI化により同じ話を何度もする必要がなくなるため、政策の議論の質が上がると考えています。AI党首やAI知事がいれば、24時間いつでも市民と対話できるようになり、選挙にも影響を与えるでしょう。

いずれにせよ、行政の世界で生成AIの有効活用を進めるためには、私たち自身が、行政のニーズに合わせて開発を繰り返すことです。過去に多くの失敗があって、今のマサルくんが成り立っています。そこを忘れずに、これからも開発に取り組んでいきます。

村井 宗明

東武トップツアーズ株式会社
CDO

衆議院議員3期、衆議院災害対策特別委員長、文部科学大臣政務官などを務めて、行政デジタル化の専門家になる。政界引退後、ヤフー株式会社、LINE株式会社などで行政専門ITエンジニアとして勤務。文部科学省、経済産業省、自治体を対象に、ワクチン予約システムや給付金申請システムなどを開発。現在は、東武トップツアーズ株式会社CDO。

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