「誰一人取り残さない」リスキリングモデルを考える【Reskilling for Japan 2023 イベントレポート】

テクノロジーの急速な進化に対応すべく、新しい知識や技術を学び直す「リスキリング」が世界的に注目されています。日本においても、人手不足への対応や労働市場の活性化を目指すため、リスキリングが推進されています。この動きをさらに強めるべく、日本リスキリングコンソーシアムは2023年10月31日、「Reskilling for Japan 2023」を開催しました。本記事では、そのなかのパネルディスカッション「『誰一人取り残さない』リスキリングモデルとは?〜リスキリングがもたらす女性活躍と地方創生〜」をレポートします。

本セッションでは、総務省 情報流通行政局 地域通信振興課長 佐々木 明彦氏、デジタル庁 戦略・組織グループ参事官 吉田 恭子氏、一般財団法人地域活性化センター 内閣官房地域活性化伝道師 新事業企画室長 吉弘 拓生氏、日本マイクロソフト株式会社 執行役員 政策渉外・法務本部長 大島 葉子氏が登壇し、ジャーナリストの浜田 敬子氏が進行を務めました。女性活躍や地方創生というテーマを中心に、それぞれ異なる立場・視点から日本におけるリスキリングの実情と課題、そして展望が語られました。

「誰一人取り残さない」リスキリングモデルとは何か

浜田:最初のテーマとして、日本のリスキリングの現状について、「誰一人取り残さない」という観点から、どのように考えているか伺います。まずは佐々木さん、政府としてはどのように感じていますか?

佐々木:政府は今、「新しい資本主義」として、骨太の方針などでもリスキリングによる能力向上支援を打ち出しています。総務省としても、地域においてICTを活用した多様で柔軟な働き方の整備や、地域社会や自治体でデジタル人材を育成・確保していくために、働きやすい環境づくりに取り組んでいます。具体的には、子育て中の女性がキャリアを継続するために、環境を整えた上で地域のニーズに応じた仕事をできるよう支援しています。あるいは、人口減少を背景に、デジタル技術を活用して、いかに地域の課題を解決していくか。その求められる能力を提示した上で、伴走しながら支えていこうとしています。課題としては、やはり自分ごととしてどう動いてもらうかということです。地域の人たちに問題意識を持っていただくことが大事だと思っています。
浜田:同じく政府の立場から、吉田さんはいかがでしょうか?

吉田:政府は、デジタル田園都市国家構想を岸田政権の一丁目一番地の政策として進めています。デジタルはあくまでもツールであり、最終的な目標は、地方で新たな仕事を生み出すこと、あるいは、若い人が結婚し子育てをしやすい環境をつくっていくことです。そのなかで、2026年度末までに230万人のデジタル人材を生み出すという目標を達成しなければなりません。また、デジタル庁は大臣を筆頭に、デジタルの利用を進める基盤として、マイナンバーカードの利活用を推進し、利用者の視点に立った上で使いやすく、またそこから新たなビジネスが生まれるような環境をつくっていきたいと考えています。
浜田:吉弘さん、自治体もデジタル人材の育成プログラムなどを進めていると思いますが、この実態や課題をどのように感じていますか?

吉弘:そのような取り組みを進めていく必要があると思いますが、実装できているかというと、官民連携や官民共創という文脈も含め、越えなければならないハードルがあると感じています。例えば、私も元々はそうでしたが、地方公務員では、今、離職する人が増えています。もちろん、スキルアップして辞めている方もいるでしょうし、リスキリングを経ていろいろなことに挑戦している方もいると思いますが、最前線の現場で働いている地方公務員の仲間がどんどん離職しているなかで、立ち止まって学び直す機会があるかと言われれば、一生懸命走るだけになってしまっていると感じます。

浜田:リスキリングを推進するためには、学べば賃金がどれだけ上がり、どういう仕事に就けるのかという出口の設計も必要だと思います。地域でリスキリングをしようとしたとき、そもそも地域に仕事があるのかという問題もあると思いますが、いかがでしょうか?

吉弘:正直に申し上げると、仕事はものすごくあります。問題は、何を選ぶかや、どのような仕事があるかをしっかりお話できているかというところです。情報発信も含め、全体的にうまく見せられていないと思うところはあります。
浜田:大島さんは企業側から女性や地域の人たちのリスキリングに取り組まれていると思います。その事例や課題について教えてください。

大島:自治体職員のリスキリングとしては、弊社は今、二桁台の自治体と業務提携を結んでいます。私も、金沢市のDXアドバイザーとして、3ヵ月に1回、会合などに出ています。毎年20人が「デジタルリーダー研修」を受けており、今年で3年目になります。最初はデジタルというものを知らなかった人たちが、今ではアプリを開発しています。例えば、複数の窓口に重なる手続きを、デジタルを活用し一つに集約するなど、具体的な提案をするまでに育っています。そして、それを自分だけではなく周りの人に伝え、「積み上げていく」ということが本当に大事だと感じています。

また、コロナ禍に仕事の影響を一番受けたのは、シングルマザーや若者、移民だと思います。そのような方々へのリスキリングも、特にコロナ禍には力を入れていました。その際、何かの拍子に階段を落ちてしまうと、もう自分はダメなのではないかと思ってしまうのだと感じました。例えば、そのときにリスキリングへの窓口があることで、自分にもチャンスや運があるのだと自信がつき、そこからリスキリングにつながるということがあると思います。

テレワークとリスキリングの関連性

浜田:皆さま、ありがとうございます。「テレワーク」が今日のテーマの一つですが、例えば、せっかくデジタル人材になり、家で仕事をできる能力があったとしても、職場の働き方が変わっていないと離職や転職をしてしまうかもしれません。働き方はどうすれば変わるのでしょうか。吉弘さん、いかがでしょうか?

吉弘:自分ごと化し、実感できるものにできるかどうかがポイントだと思います。特に市区町村においてテレワークは、コロナ禍ではやっていたけれど今はやっていないというところが、ほとんどだと思います。仕組みも含めて、全体で考えていかなければならないと実感しています。

浜田:学ぶ時間を確保するためには、テレワークとの相性がよいと思いますが、吉田さん、ご意見をお聞かせください。

吉田:デジタル庁は、コロナ禍から一区切りついた今でもテレワーク率が高い状況です。例えば、幹部とのミーティングでも、リアルとオンラインの参加が半々くらいになっています。これは、トップのリーダーシップが重要だと思います。会議で幹部から「オンラインで参加する人は大丈夫か」と声掛けがあるなど、何気ないことですが、こういうことからカルチャーとして定着すると思います。

浜田:デジタル庁は民間人材も入っていますが、働く場の官民連携はテレワークがあるからできているのでしょうか?

吉田:民間から来ていただいている、いわゆる高度IT人材の方々は、兼業されている方もいますが、「平日5日間、全てリアルで来てください」と言うと、おそらく来てくださらないと思います。デジタル庁ではいろいろなシステムをつくっていますが、制度を知っている役人と、システムをつくることができる民間の高度IT人材、そして、現場を知っている自治体という3者が融合した形が一番強いチームになると思っています。その上で、テレワークなどの環境がなければ、なかなか優秀な方に来ていただけないと思うので、人数が増えていくなかでも、この土壌を大事にしていきたいです。

浜田:働き方とリスキリングは表裏一体だと思いますが、佐々木さんはどのようにお考えですか?

佐々木:まさにテレワークを推進する立場からすると、都会では引き続きテレワークの導入率が高いのですが、地方ではなかなか進まないという課題があると認識しています。どのように普及・定着させていくのか、職業や職種に応じた対応が必要なので、一定の地域差は出てくると思いますが、導入することでどのようなメリットがあるかを引き続き普及・啓発していかなければならないと思っています。

浜田:大島さん、企業側から見て、今後どうすれば官民連携でリスキリングをより進められると思いますか?

大島:企業側としては、提供できるコンテンツはいくらでもあるので、その届け先への発信を、非営利団体や特に地方自治体などと一緒にできれば心強いです。また、リスキリングとテレワークがセットになるという観点では、ジョブ型雇用の推進も重要です。都内では、テレワークをするためのスペースがないという人もいるかもしれませんが、その点では、逆に地方のほうがテレワークを物理的に実現しやすいと思います。このようなテレワークのロールモデルを積極的につくり、官の側でモデルケースにしていただきたいです。あるいは、私たちもまずは小さなプロジェクトとして始めて、それが成功事例になったら、広げていくということができればよいなと思っています。
浜田:リスキリングの必要性や日本の労働市場の課題はすでに指摘されていて、なんとかしなければならないという想いはありつつ、どうすればよいか分からない・やってみたけれどうまくいかなかったということが多くの人の悩みかと思います。小さいものも含め、成功事例を今後もこのような場で共有できればと思っています。これでパネルディスカッションを終了とさせていただきます。ありがとうございました。

佐々木 明彦

総務省 情報流通行政局 地域通信振興課長
国際経済課多国間経済室長として、 WTOや各種経済連携協定に関する交渉などに従事後、2023年より現職。

吉田 恭子

デジタル庁 戦略・組織グループ参事官
1994年 旧郵政省入省。経済協力開発機構(OECD)科学技術産業局情報通信・コンピュータ政策課(パリ)派遣、消費者庁消費政策課長などを経験し現職。

吉弘 拓生

一般財団法人地域活性化センター 内閣官房地域活性化伝道師 新事業企画室長
九州産業大学在学中にラジオアナウンサーとなり、FMラジオDJに。その後、市職員、群馬県下仁田町副町長などを経て現職。

大島 葉子

日本マイクロソフト株式会社 執行役員 政策渉外・法務本部長
司法研修所修了後、アンダーソン・毛利法律事務所、GE グループ会社などを経て、2021 年日本マイクロソフト株式会社へ入社し現職。

浜田 敬子

ジャーナリスト|Business Insider Japan エグゼクティブ・アドバイザー
朝日新聞社に入社後、AERA編集長やBusiness Insider Japan統括編集長など歴任。2019年、退職しフリーランスとして多方面のメディアにわたり活躍。

Article Tags

Special Features

連載特集
See More