リスキリングなくして日本の未来はない。Schoo CEOとキラメックス代表に聞く、将来の見通しが困難な時代のキャリア戦略
2023/2/21
今後5年間で1兆円の予算を「リスキリング」に投入することを発表した岸田政権。DXの推進やAIの発展により仕事の形が大きく変わることが予想される将来に備え、リスキリングの実施は急務といわれています。社会人になっても常に学び続ける必要のある時代において、私たちはキャリア戦略をどのように捉えるべきなのか? 365日オンライン授業をライブ配信する株式会社Schooの森 健志郎CEOと、オンラインプログラミングスクールTechAcademyを運営するキラメックス株式会社の樋口 隆広代表の意見を伺います。
Contents
ざっくりまとめ
- 岸田政権は5年間で1兆円の予算をリスキリングに投入すると発表したものの、まだ具体的な動きにはつながっていない。
- 社会の変数が多く将来の見通しが困難な時代においては、変化を前提として行動することが必要。目の前にある好きなことに打ち込むことで将来が開ける可能性も。
- 政府の定義するリスキリングとは「今自分が関わっている仕事とは異なる職種に就くための教育や訓練」のこと。経済が停滞する日本において、その実施は急務であると両氏は唱える。
- 都市部と地方ではリスキリングに対する温度差があるものの、地方にはまだ経済成長する余地があり、リスキリングにより豊かな生活が実現できる可能性がある。地方を起点にして日本が経済成長するシナリオも考えられる。
リスキリングに国が本格注力するのはこれから
森:受講される方のオンラインへの抵抗がなくなったことが大きな変化でしょうね。以前は対面学習の代替としてのオンライン学習でしたが、コロナ禍以降はオンライン学習が当たり前になってきました。現状、コロナも落ち着きつつありますが、オンライン学習はこれからもスタンダードになっていくでしょう。オンラインであれば遠方に住んでいる方も受講できますし、通常の対面学習に比べて価格面でもメリットがある。そういった点も受け入れられている要因だと感じます。
樋口:私もまったく同じ感覚です。これまでは「オンラインでもいいよね」だったのが、「オンラインじゃないといけない」に変わりつつあります。TechAcademyはプログラミングを学ぶためのスクールで、これまでは技術職として未経験から転職を目指す方の受講がメインでしたが、コロナ禍以降は在宅でできるWeb制作の副業やスキルアップを目標にした方の受講が増えてきていると感じます。
森:樋口さんに伺いたいのですが、実際プログラミングを学ぶことで副業はすぐにできるものなのでしょうか?
樋口:プログラミングを学んですぐに副業の仕事が見つかるかというと、それは難しいでしょうね。ですので、TechAcademyでは卒業生のスキルに合ったWeb制作の仕事を紹介して、独り立ちできるまで現役エンジニアの講師やプロジェクトマネージャーを含めたチームでサポートする仕組みを整えています。プログラミングの知識を身につけても、それがすぐに自分のスキルに合った仕事の獲得や実務につながるとは限らないので、我々としても丁寧にサポートを行っています。
――「学び直し」を意味するリスキリングが注目されていますが、個人単位では「何を学ぶべきか」という悩みも散見されます。学びの内容設計はどのように決めるべきでしょうか?
森:まず、リスキリングと似たニュアンスで使われる「アップスキリング」の違いについて説明します。政府が定義しているリスキリングとは「今までに経験したことのない職種に就くために、新しい技能を学ぶこと」です。一方、アップスキリングとは「自分の持っているスキルを伸ばすこと」を意味します。プログラミング未経験者がエンジニアになるため、一からプログラムを学ぶこと。これがリスキリングです。
「何を学べばいいのか?」という疑問については、一概には決められない難しさがあります。というのも、その方の持つ専門性やコアスキル、それまでの仕事、キャリアプランによっても変わるからです。ただ一つ言えるのは、少なくとも今は、リスキリングとデジタルトランスフォーメーション(DX)が切ってもきれない関係にあるということです。国の政策もまさに「デジタル田園都市国家構想」の実現に向け、5年かけてデジタル推進人材を230万人に増やすことを掲げています。
つまり産業や社会システムのDXが必然であるのと同時に、それを使いこなすデジタル人材育成や、関係するあらゆる職種の人のデジタルスキルアップもまた、避けて通れない必然なのです。ですので、それぞれの皆さんの持つ専門性やこれまでの仕事、今目の前の業務に「デジタル」を掛け合わせることは「学びの内容設計」において、一つの目安になると言えます。今の自分がデジタルの素養やスキルを身につけるなら、何からまずやるべきか?という視点を持つということです。
社会の変数が多すぎる時代は、変化を前提に考え行動する
樋口:世の中や、自分のおかれている環境が変化することを前提に考えて行動するべきだと思います。スタートアップには将来のキャリア設計を綿密に組み立てている人が多くいる印象を受けます。今の時代は終身雇用が成り立つ大企業に在籍していても変化は避けられません。どんな大企業にいたとしても、今のうちにマインドチェンジするべきだと考えています。
森:基本的にキャリア設計を考えるときは論理的なアプローチが必要です。「今の自分のスキルではこれからの時代に必要とされる人材になれないので、この足りないスキルを補おう」という具合に合理的な判断で進めるのが基本ですが、今の時代は変数が多すぎるあまり、そのキャリア設計が将来的にどこまで通じるか分かりません。新しく生まれたテクノロジーからこれまでにないサービスが開発され、さらに新しい職業も増えてくる。そんな時代において、論理的、合理的な判断はどこまで有効なのでしょうか?
私の友人を例に挙げますが、これまであまり勉強せず、ずっと野球だけに打ち込んできた人間がいるんです。彼はプロ野球選手になることが夢でしたが、その夢は叶いませんでした。野球というスポーツに人生をフルベットしてプロになれなかったということは、彼の描いたキャリア設計は失敗していることになります。けれども彼は今、年間で数千万円を稼ぎ出しているんです。
――それは野球以外の道を見つけたということでしょうか?
森:いえ、野球からは離れていません。というのも、彼はYouTubeやTikTokで野球の技術を教えていて、それが収益につながっているんです。当然ですが彼は「将来、動画で野球を教えよう」と計画していたわけではなく、自分の大好きなことを一生懸命やってきただけです。誰よりも野球が大好きで没頭してきたから、新しいプラットフォームを活用してマネタイズが可能になったわけです。綿密なキャリア設計をしてきた人たちよりも、稼ぐという観点では成功しているとも言えますよね。
社会の変数が多くなりすぎた時代は、合理的な計算だけで将来を予測することはできません。であれば、まずは自分の好きなこと、やりたいことに打ち込んでみる。そこから始めるのもよいかと思います。
樋口:「野球×テクノロジー」という組み合わせで上手く価値を生み出した好例ですね。自分の好きな趣味やスポーツを軸にして、いろいろなものを組み合わせることで新しいキャリアにつながることもあると思います。もちろんそこにプログラミングを掛け合わせてもよいわけです。
――現代は不確実性の時代ともいわれていますが、将来の目標を立てても社会が変化してしまえば、その目標も立ち行かなくなる危険があるわけですね。
森:変数が多すぎる時代は将来が見通せないですからね。そんな時代はむしろ将来を予測しようとしないほうがよいのかもしれません。
リスキリングを実施しなければ、日本は立ち行かなくなる?
森:リスキリングのためには、膨大な時間とコストが必要になり、先ほどお話ししたアップスキリングともリカレント教育(※)とも意味が異なります。私はリスキリングとは日本経済が停滞し、所得が下がり物価が上がっていく時代における個人と社会の生存戦略であると捉えています。今、自分が関わっている仕事とはまったく異なる職種に就くための教育や訓練のことですね。ですので、実現のためには相当なパワーを要します。
では、どうすればリスキリングという概念が広く浸透するのか。結論からいいますと、リスキリングをしなければ日本に未来はないので、やらざるを得ないと思っています。
※リカレント教育:社会人の学びを意味する言葉。学校を卒業したあとも各自のタイミングで学び直し、仕事で求められる能力を磨き続けること。
――もう、待ったなしの状況ということでしょうか?
森:DXに伴って働き方が大きく変わる時代には、多くの失業者が出てくる恐れがあります。そのセーフティネットとして国がリスキリングへの助成を行うわけです。「キャリアアップのための勉強」といったニュアンスではなく、新しい技能を身につけた人を増やし、労働移動を円滑化させることこそがリスキリングの目的です。
樋口:待ったなし感は、IT産業にいる身として非常に強く感じるところです。人によっては同じ業種、職種からアップスキリングの感覚でリスキリングを実現して、キャリアアップできるケースもあるかもしれません。けれども衰退するといわれている産業において、リスキリングは避けて通れません。もう今のタイミングがラストチャンスである、くらいの認識を私は持っています。
地方を起点に日本が経済成長する可能性
樋口:TechAcademyを受講されている方の1/3が地方在住ですが、地方の方の場合、学んだスキルが直結するような職種自体が都心部よりも限られているため、都市部の方との学びに対する温度差は感じますね。一度、山形在住の主婦の方数十名にITスキルを身につけていただき、東京の企業のデジタル業務を割り振るというプロジェクトを実施したことがあります。スキルを学んで終わりではなく、大切なのは学んだスキルを活かせる仕事をこちらが提供することです。
森:Schooでは約30近くの地方自治体と提携を結んでおり、例えば奄美大島では島内の5市町村全てと提携してオンライン学習の場を提供しています。取組を通じて分かったのは、インターネットを使った新しい取り組み、Web3やNFTなどの先端技術に興味を持っている方は少なくないということです。
そして、地方には都心より多くの経済発展余地があります。実際、都心より地方の方がGDPは成長していますし、現地の人たちと会話をすると「大手のコーヒーチェーンを誘致してほしい」「もっと良い車に乗りたい」といった声を聞くこともあります。経済発展に夢を持てる現状があるわけで、何か危機感を伝えるよりも、リスキリングで街や暮らしを豊かにするといった視点でモチベーションを上げることが可能な方も多く存在します。
――それは面白い視点です。
樋口:地方で技術者を育成して、東京の企業からの仕事をリモートで引き受ける。それこそ住民の9割がリモートで仕事をしています、みたいな状況が実現できれば税収も一気に増えますからね。
森:東京が成長しきった大企業だとしたら、地方は成長の余地があるスタートアップです。地方が起点になって、日本が経済成長する未来もあり得るかと思います。その鍵こそ教育であると私は考えています。
――地方が起点となって日本が成長するシナリオですか。
樋口:TechAcademy受講者のなかには、大手のIT企業で働かれている方もいます。すでに仕事が奪われ始めていることに危機感を抱き新しいスキルを学ばれていますが、地方にこの危機感は伝わりにくいんです。なので、経済的な動機付けはたしかに有効だと感じました。
森:IT企業で働く人間の仕事がAIなどに代替されてしまう一方、地方の信用経済はそのリスクがありません。肉を買うならAさんの店、魚を買うならBさんの店といったように、長く築いてきた人間関係で購入先が決まる。野菜なんかも採れすぎたら物々交換したり、信用第一なのでAIに取って代わられる心配がないんです。
一ついえることは、都市も地方も状況は異なりますが、学び続けることでよりよい未来が手に入り、万が一のセーフティネットになり得るということです。日本全国いろいろな人たちに学びを届けるという気持ちを常に持ち続け、樋口さんとともにこの業界の発展に貢献していきます。
森 健志郎
株式会社Schoo 代表取締役社長 CEO
1986年大阪生まれ。2009年近畿大学経営学部卒業。2009年4月、株式会社リクルート・株式会社リクルートメディアコミュニケーションズで、SUUMOを中心とした住宅領域の広告営業・企画制作に従事。2011年10月、自身24歳時に当社を設立し代表取締役に就任。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。
樋口 隆広
キラメックス株式会社 代表取締役社長
1990年生、新潟県上越市出身。2012年4月、株式会社スパイア(現ユナイテッド株式会社)に入社。インターネット広告代理事業に従事。その後、2015年10月より同社新規事業開発室にて新規事業開発を担当。2016年4月よりグループ会社であるキラメックス株式会社に参画し、経営企画室に従事。2018年6月、代表取締役社長に就任。