コロナ禍を経て、地方に関わる会社員が増殖中。面白法人カヤックに聞く、移住や地域とのつながりの変化

コロナ禍を経て、リモートワークを取り入れる企業も増え、地方移住やワーケーションが身近な世の中になりました。皆さまの周りにも、「海のそばに引っ越した」「コロナ禍を機に、豊かな環境で子育てをするために地元へ戻った」など、生活環境を変えた人もいるのではないでしょうか。では、コロナ禍以前と以後で、地域に関わる人や自治体の対応には、どのような変化が起きているのでしょうか? 地域と地域に関わりたい人をつなぐ、関係人口づくりと移住のためのマッチングサービス「SMOUT(スマウト)」を運営する、面白法人カヤック ちいき資本主義事業部部長の中島 みき氏にお話を伺いました。

「面白い人を鎌倉に集めよう!」から始まった、地方創生事業

——SMOUTが開発された背景について教えてください。

開発背景には二つの要因があり、一つは我々の経営理念にあります。もともとカヤックは広告クリエイティブ制作事業から立ち上がり、その後ゲーム開発、プロジェクトのプロデュースなど事業領域が分散しています。これらの事業をまたいで共通しているのが「つくる人を増やす」という経営理念です。その理念のもとに培ったゲーミフィケーションやプロジェクトの創出などの知見を、地域の関係人口を増やす、地域資本をつくるライフスタイル事業にも活かせるのではと考えました。

——もう一つの要因はなんでしょうか?

もう一つは、カヤックが鎌倉を拠点とする企業であることに関係します。我々は弊社代表の柳澤を中心に「面白い人を鎌倉に集めよう」という取り組みを行っていました。鎌倉での起業や社屋移転、移住を勧めるなどの活動を通して、どうすれば地域に人が集まってくるのかという知見が溜まってきたのですよね。この取り組みを全国に広げて、事業化したら面白いのでは? と感じたことが二つ目の要因です。

——「地方創生をしていこう」という考えから始まったものではないのですね。

実は地方の方々でも地方創生を自分ごと化できている方は少なく、「困りごとを感じることなく普通に暮らしている」という場合がほとんどです。地方創生という言葉が肥大化してしまうことによって、自治体は「特に困りごとは感じていないけれど何かしないといけない」と感じ、移住者は「困っているのであれば」と、前のめりな気持ちで行動して拍子抜けするという、不一致が起きてしまうのです。そこでSMOUTは、「人口減少著しい地域に移住者を集めよう」という大掛かりなプロジェクトを唐突に打ち出すものではなく、自治体の特徴を活かして関係する仲間を増やしていく、ユーザーの目的に沿った地域を探す、といった“価値観のすり合わせ”の場という位置付けをしています。

まずは「ゆるく地域に関わる」ことから

——直接的に移住促進を掲げていないプロジェクトの掲載があることも、そういった理由からですか?

そうですね。ある地域に興味を持ったばかりの段階で、あまり情報も持ち合わせていないのに「移住しませんか?」と声をかけられても、腰が引けてしまう部分がありますよね。重要なのは、「情報収集」のフェーズであると考えています。弊社代表の柳澤の取り組みを例にすると、SNSなどで柳澤が鎌倉に関する情報を発信している様子を見て「鎌倉って面白そうな地域だな」と感じることでやっと、こちらから話を聞いてみよう、足を運んでみようというフェーズに移りますよね。個人間ではなく地方自治体といちユーザーの関係であれば、この段階を踏むことはさらに重要です。

ゆえに、SMOUT上でのプロジェクトの出し方についても、本当に募集したいプロジェクトに関する周辺情報を、まずは細分化してプロジェクトとして起こしてもらうことを推奨しています。例えば、本当に募集したいのは地域おこし協力隊であっても、まずは地域を紹介するプロジェクトなどを、子育て、就農などさまざまな角度からたくさん準備していただきます。浅い部分から深い部分に階層を経て重要プロジェクトに誘導していく、というイメージですね。

——SMOUTは、情報を出す団体が地方自治体に限らないのも特徴的ですね。

これは我々が「誰に誘われるか」という部分も重要視しているためです。自治体担当者が出す情報がユーザーにとって親和性の高い情報とは限りません。そうなると、担当者からの情報だけを聞いていてもその地方に対する解像度は粗いままですし、場合によってその地域は関係人口を増やす機会を損失してしまいます。自治体だけではなく、地域の民間企業や移住者を巻き込んだプロジェクトを創出することによって、多くの角度からユーザーにアプローチができるようになります。これもまた、「鎌倉に面白い人を集めよう」という取り組みのなかで得た知見ですね。柳澤だけではなく、柳澤の周辺にいる方や会社の人間など、それぞれ異なるバックグラウンドや波長を持つ方がこの取り組みに参加したことで、多くの多彩な方々が鎌倉に集まってきたのだと感じています。SMOUTの利用に積極的な自治体は、このさまざまな団体がプロジェクトを出せるという特性をフル活用している印象です。スカウト活動や移住相談ができる人材のバリエーションを広く打ち出されています。

——ユーザーが気兼ねなく参加できるプロジェクトが多い印象です。

プロジェクト数が多いがゆえ、「ゆるく関われるプロジェクト」も多いのがSMOUTの特徴ですね。ユーザーが「移住してくるかもしれない人」という位置付けで注目される存在ではなく、「いち参加者」としてプロジェクトに関わることができる仕組みが大きく影響していると思います。

この「プロジェクト形式」は、自治体にとっても大きなメリットがあります。ユーザーが自身の目的に合わせてプロジェクトを探すので、比較的知名度が低い自治体であっても見つけてもらえる確率が高いのです。また、周辺の大きな都市のベッドタウンとして人口が増えているだけで、その自治体に愛着を持って移住している方が少ない地域もあります。このように「本当に来てほしい人」が集まっていないという自治体にも、対象者を明確にしてプロジェクト形式で人を集める方法が有効です。

地域の方々が大切にしている「素敵なものを残していく」

——SMOUTの特性を活かした成功事例などはありますか?

兵庫県の豊岡市は、まず地域おこし協力隊募集のプロジェクトを立ち上げて、そのあとに時間差で担当業務を説明するイベントのプロジェクトを立ち上げるなど、プロジェクトを重ねていくという方法を取ってメンバーを集めていました。また、SMOUTを上手に活用している自治体は、スカウト機能を積極的に利用している印象があります。プロジェクトはあくまでプロジェクトを検索してくれているメンバーにしか届きません。待っているだけではなく、マッチしそうな人材1人ひとりにラブレターを送るようにアプローチする行動も、マッチングの成功率を高める要因になります。

——SMOUTは、自治体や地域の方々がプロジェクトを発信しやすいUI・UXにもこだわったと聞いています。

自治体側の管理画面において、我々が一番チャレンジングに感じている部分が「プロジェクトの代筆をしない」ということ。これまでの移住サポートプログラムやプラットフォームは、自治体にヒアリングをしてライターが掲載内容を代筆するものが多かったと思いますが、SMOUTでは基本的には自分たちで書いてもらっています。内容の自由度は高いですが、作成画面には「募集背景・概要」「目的」「どういう人に来てほしいか」など、記載内容のガイドが細かく入っています。自分たちで書くことで、「こう書けばたくさんの反応が集まる」「今回はいいねが少なかったから次はこう書こう」など、ダッシュボードを見ながら検討することができるので、プロジェクトに対するPDCAが自然と回るようになるのです。自治体の方々の自信やモチベーションにもつながる仕様だと感じています。

——「困りごとを持たない自治体もある」というお話がありましたが、そのような自治体は記載内容に困るのではないでしょうか?

この場合、「何か困りごとはないですか」ではなく「もったいないことはないですか」と聞くと、「あの店に後継がいなくてもったいない」「あの旅館になかなか人が集まらなくてもったいない」などの意見が次々に出てきます。もったいないと認識されていることは、地域の方々が大事にしていることです。その大事にしたいものに対して共感するユーザーは、すなわち価値観が合うユーザーということなのですよね。「マイナス要素を解決する」ではなく「素敵なものを残していく」というポジティブな打ち出し方をすることが、価値観のマッチングを生んでくれるのだと考えています。

コロナ禍以後、会社員ユーザーが急増中!

——2018年のローンチ後のコロナ禍を経て、ユーザー行動に変化はありましたか?

コロナ禍では、ユーザー側の属性に変化が見られました。それまでは、学生や事業を行っている個人事業主など、地域に関わることに対して明確に目的意識を持っているような方々が多かったのですが、コロナ禍に入って以降は“普通の会社員”のような方が多く登録されるようになりましたね。このユーザー層にはやはり、テレワークやワーケーションなど現在の環境を維持しながら、その地域に関わったり体験したりできるプロジェクトが響いています。新たなユーザー層が入ったことで、新規ユーザー増加率の高まりも顕著でした。それまでは月に500人ほどの新規ユーザーが入ってきていたのですが、コロナ禍の2020年2月から1年間でユーザー数は2.3倍に増加し、現在は5万人超えのプラットフォームに成長し、以降も月1,000人前後ずつ増えている状態です。

——SMOUTとちいき資本主義事業部の今後の展望を聞かせてください。

「地域に関わる人を増やしていく」ことと「地域に人の流れをつくる」ことが我々の目指しているところです。それを実現するものの一つが、価値観を通じて外側から人のつながりをもたらすSMOUTだと考えています。人と人をつないで人流をつくっていくことで地域に「つくる人」が増えていき、環境や文化が保全されたり新たなアクテビティが生まれたりして環境自体の価値が高まり、結果的にその地域の経済的な価値が高まっていく。その経済的な還元はその地域に関わっている方々への最大のフィードバックになり得ます。小さな部分からでも価値観を共有する人と人のつながりを地道につくっていくことによって、我々が目指している地域資本主義という考え方が具体性をもつようになってくると感じています。

中島 みき

面白法人カヤック 執行役員/ちいき資本主義事業部部長

大阪市生まれ。長野・千葉・東京・熱海・鎌倉など様々な地域で暮らす。オーバーチュア株式会社などを経て、2008年よりヤフー株式会社に入社しPayPay株式会社の立ち上げに参画。2019年7月カヤックLiving 代表取締役。現在、面白法人カヤック ちいき資本主義事業部 事業部長として、移住・関係人口促進サービス「SMOUT」やコミュニティ通貨「まちのコイン」などを運営。国土交通省「ライフスタイルの多様化と関係人口に関する懇談会」委員。内閣府 「関係人口創出・拡大のための対流促進事業選定委員会」委員。内閣府「地方創生テレワークアワード」審査員。

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