【地方移住起業家による徹底対談】地方スタートアップの光と闇
2023/12/12
未だ東京の一極集中が続くスタートアップの世界において、徐々にではありますが地方発のスタートアップが頭角を現すことも少なくない昨今。起業およびスタートアップという側面において地方と東京では、それぞれどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。今回、クリエイター・アーティスト向けにバックオフィスサービスを提供する、しろしinc. CEOにして瀬戸内VC共同代表を務める山田 邦明氏と、事業承継マッチングプラットフォーム「relay(リレイ)」を運営する株式会社ライトライトの代表取締役 齋藤 隆太氏の対談が実現。東京からそれぞれ岡山と宮崎に移り起業した二人から見た、地方スタートアップのリアルな現状を明らかにします。
地方には「創発の場」が少ない
山田:産業の数、特にスタートアップの数は東京と地方では桁違いなので、それらをサポートする機関や資金調達の環境などは圧倒的に東京のほうが優れていますね。
齋藤:地方に住んでいて思うのは「創発」の機会といいますか、人と人が関わり合って新しいビジネスが生まれる機会など、共同の発想の場みたいなものが少ないと感じることです。地方ではスタートアップに興味のある人の数がどうしても限られており、よく顔を合わせるようなメンバーになってしまうのです。もちろん、そういった関係から生まれるものもありますが、地方ではまったく違う視点を持つ人との出会いが少ないと感じます。たまに東京に行って自分と異なるカテゴリの人たちと意見交換をするといろいろな気づきがあります。
山田:本当にそのとおりだと思います。僕の住む岡山市は人口が約72万人です。そこからスタートアップが毎年何件生まれているかというと、だいたい1、2件です。これが人口1,000万人規模の都市だとすると、そんな比較も無意味なくらい数が違うと想像できると思います。
人口が少ないゆえに、独自のポジションを取りやすい地方
山田:ポジションが取りやすいというのはありますね。岡山で「弁護士の資格を持ち、瀬戸内エリアに特化したベンチャーキャピタルを運営している」という人間は僕しかいません。事業創出やスタートアップの文脈に絞るとプレイヤーがとても少ない。「プレイヤーが少ない=ポジションが取りやすい」ということです。独自のポジションを確保した上で、得意分野を持てば大きなレバレッジになります。
東京に比べると地方は新しいことをやる人がとても少ないんです。以前、マンガと自分の人生を絡めてスピーチする「マンガピッチ」というイベントを地方で開催したら新聞が取材してくれたことがあります。おそらく、同じイベントを東京で行っても新聞に載ることはないでしょうね。
齋藤:僕も宮崎でクラウドファンディングを使って地元の「若草通」という商店街の看板を綺麗にするプロジェクトを実施したところ、とても多くのメディアに取り上げてもらいました。もう一つ、地方のメリットは家賃の安さですが、東京のような居抜き物件が少なく初期費用がかかってしまうデメリットもあります。
また、国が「J-Startup(※) KYUSHU」のような支援プログラムを実施することで、僕らのような会社もフックアップされて多くのメリットを享受できている現状があります。宮崎での採用についても僕らはフルリモートの組織ですし、地方創生に興味を持つ人材は多くいるのでそこまで苦労はしていません。
※J-Startup:潜在力のあるスタートアップに対し、政府機関と民間が集中支援を行うプログラム。
齋藤:たしかに目立つことだけを目的にしたような人は地方にもいるかもしれません。ですが活躍している人は必ず実績の裏付けがあります。自分がやりたいことを追求し続けた結果としてユニークなポジションに立っている人は、やはり説得力がありますし、長く活躍されているイメージがありますね。
山田:承認欲求や欠乏感を満たすためだけに目立つのではなく、目立つことで得た知名度を自分の事業に利用するくらいのスタンスのほうが結果として長く続くと思います。そういう人は嘘がないし軸がブレていないんですよね。
スタートアップの世界は圧倒的な東京の一極集中
齋藤:これは先ほどもお話ししましたが、スタートアップに適したオフィスの不足と、創発の場が少ないことですね。以前、僕が個人的にイケてるなと思った人が「やっぱり僕らは老害だよね」という発言をしていました。これは、一定の経験を積んできてしまっている私たち自身が、どこかで新しい才能を潰しているかもしれないということを意味します。せっかく地域に有能な若手がいるかもしれないのに同じメンバーだけで集まって議論をしていると、知らないうちに若手の台頭を邪魔しているかもしれない。これは僕もほんとうに気をつけたいと思いました。
山田:オフィスの話ですが、地方ではスタートアップのように事業の規模によって拠点を変えていくニーズがなく、貸主もそれを把握できていないという話を聞いたことがあります。老害問題について、これは僕も当てはまるのですが、老害と自称することで逃げ道をつくっている部分もあると思うんですよね。まあ、このテーマについてはあらためてお話しできればと思います(笑)。
齋藤:山田さんは資金調達についてはいかがですか? 僕は宮崎で事業をはじめるときに複数のベンチャーキャピタルから「東京には来ないんですか?」と聞かれたんですよね。
山田:まだまだ地方の魅力が東京のベンチャーキャピタルの人たちには伝わりきっていないので、「東京で事業をやるなら出資をする」という意図が含まれていると思います。東京には1万社以上のスタートアップが存在していますが、それに次ぐ大阪は800社ほどです。圧倒的に東京の一極集中なんです。それをネガティブに見る人もいますが、だからこそ成長している面があるのも事実です。良い悪いの話ではなくて、経済合理性を考えれば東京一択が当然なわけです。
(※数値は https://journal.startup-db.com/articles/tokyo-overconcentration参照)
――ちなみにお二人は東京から地方に移って、生活スタイルや仕事に対する価値観において変化はありましたか?
齋藤:語弊を恐れずに言うと、僕は以前より働かなくなったかもしれません(笑)。東京では「働いて当然」みたいな人たちが周囲に多くいましたが、今はその逆の人が多くなった気がします。僕も経営者なので自宅でも休日でも働くべきときはいつでも働きますが、「周囲が働いているから自分も仕事しよう」みたいなことは減りましたね。
山田:僕は自然体になったと感じます。東京ではビジネスのときの自分と、オフのときの自分が分断されていたんです。でも今はそれが一体化したといいますか、家族と接するときも、仕事で人と会話するときも差がなくなりました。今は一人の自分に融合したように感じています。
地方ならではの「地の利」を活かしたビジネスを
山田:東京から地方に来て起業する場合は、商習慣や単価などが大きく異なるので、慣れるまでに時間がかかるかもしれません。付き合う会社の規模にもよりますが、契約書よりも口約束で物事が動くことがよくあります。もちろん契約書はあるに越したことはないですけどね。
地方で起業をする場合、地域を相手にするパン屋のようなビジネスなら話は別ですが、日本全国をターゲットにするなら東京に一時的にでも拠点を持つことは必須だと思います。これは世界を狙う場合も同じです。出張や旅行だけでは手に入らない人間関係があると僕は考えているので、マーケットを大きくしたいなら、そのための人間関係を構築する必要があると感じますね。
齋藤:地方にずっと住んでいて地方で起業したい人にお勧めしたいのは、地の利を活かしたビジネスです。僕がrelayを立ち上げた際、周囲からは「もっと宮崎の地の利を活かした分野のほうがいいですよ」といったことを頻繁にいわれましたが、当時の自分にはいまいち響かなかったんです。でも今振り返ると僕がrelayを続けられているのは、東京で生活していたときに得たスキルやネットワークがあったからこそだと思いますし、今なんの経験もなく当時の自分と同じように起業をしようとしている人がいたら、僕は考え直したほうがよいとアドバイスするかもしれません。地方でビジネスを継続できる十分なスキルとネットワークがないのであれば、地方ならではの地の利を活かしたビジネスのほうが成功確率は上がるでしょうね。
山田 邦明
しろしinc. CEO
岡山県津山市出身。 筑波大学社会工学類、京都大学法科大学院を卒業後、スタートアップ向け法律事務所で弁護士として活動。知的財産や資金調達に関する契約業務などに従事。 その後、株式会社アカツキにジョイン。管理部門の立ち上げ、IPO業務の主担当として、上場に貢献。 岡山県に帰郷後、クリエイターのパートナー事業「しろしinc.」、教育事業「無花果高等学園」、瀬戸内エリアに特化したVC「Setouchi Startups」をはじめる。
齋藤 隆太
株式会社ライトライト 代表取締役
2008年株式会社サーチフィールド創業時に取締役として参画。2012年「地域×クラウドファンディング FAAVO(ファーボ)」立ち上げ、全国100以上の地域でクラウドファンディングネットワークを構築。2018年株式会社CAMPFIREに事業譲渡し移籍。2019年同社執行役員を経て退職、2020年株式会社ライトライト設立、代表取締役に就任。同年、事業承継マッチングプラットフォーム「relay(リレイ)」立ち上げ。