【Digital Shift Times 5周年企画】山口 周氏に聞く、AI時代の働き方の変化と「直感」を働かせるために必要なこと
2024/8/27
2024年6月で5周年を迎えたDigital Shift Times。2019年から2024年の間で、DXにまつわるトレンドは大きく変化してきました。そのなかで今回は、「アフターコロナ/AI時代の働き方」にフォーカスします。
リモートワークからオフィスワークへの回帰、生成AIの劇的な進歩など、この数年で大きく世の中のすう勢は変わりました。時代の変化に伴い私たちの働き方はどのように変わるのか。
仕事や働き方について数多くの著書を持ち、アートや哲学を専門とされる山口 周氏とともに、デジタルホールディングス 上級執行役員:SVP グループCHRO(最高人事責任者)を務める石綿 純氏が新時代の働き方を考察します。
【Digital Shift Times 5周年企画】山口 周氏に聞く、AI時代の働き方の変化と「直感」を働かせるために必要なこと
リモートワークに欠けているもの
山口:「正統的周辺参加」という言葉があります。寿司屋の見習いは実際に寿司を握らせてはもらえませんが、板場にいてごはんを炊いたり、皿を洗ったりしています。この期間が正統的周辺参加であり、この間に見習いは、大将が新ネタをどうやって常連客に勧めているのかとか、酒に酔った客をどうあしらっているのかとか、いろいろなことを見て学んでいるわけです。これは会社も同じで、先輩が顧客からのクレームに対処している様子をなんとなく見ているだけでも、実はすごく勉強になっています。しかし、リモートワークだとこの機会がなくなってしまいます。
ルーチンワーク的な仕事であればある程度リモートワークでも対応できるでしょうが、プロジェクトワークのようにメンバーが各自バラバラに動いて、定期的に情報交換をして、方針も変わるような仕事の場合、リモートワークは不向きです。局面局面においてリモートワークがいいのか、出社がいいのかを考えられるリテラシーとセンスが、リーダーに求められる時代になってきたと思います。
AIと人間がどう仕事を分担するかは、予測できない
山口:広告の世界ではAIによる広告効果の検証もできますから、今まで職人的に運用をやっていた人間のノウハウがどんどん機械化されていくでしょう。投資の世界でも人間のトレーダーは少なくなりつつありますし、弁護士の世界も契約書類はAIにつくらせたほうが速くて正確です。「優秀さ」の定義がいろいろな業界で変わっていくでしょう。
石綿:「人にしかできない仕事は残るので、AIに取って代わられる心配はない」という人もいますが、どれくらいの仕事が人間からAIに置き換わると予想しますか?
山口:クリエイティビティは人にしかないといわれますが、これも相当怪しいと思います。数年前にマイクロソフトが関わったプロジェクトでは、AIにレンブラントの作品を大量に読み込ませ、さらに筆遣いや絵の具の盛り上がりなどの3次元データも学習させて、AIがレンブラントの新作を生み出しています。カウンセリングの世界にもAIは進出していて、アメリカではAIの産業カウンセラーに多くの人が頼っている状況です。人間に自分の弱みを見せることは大きな障壁がありますが、相手がAIであればその障壁もないので、素直に弱みも話せるようです。
僕は、今後AIが担う仕事と人間が担う仕事の予測はできないと思います。いろいろな分野でAIを活用する試みはこれから進むでしょうし、そのなかで人間でなければできない仕事というものが分かってくるのだと思います。ちなみに僕は1カ月ほど前にのどの手術をしました。手術をした当日の夜は痛みも残っているし、眠れないときもありますが、そこにライトを持った看護師さんが巡回に来てくださると本当に安心するんですね。病院の診察はAIの導入が進むでしょうが、人を勇気づけたり癒やしたりするのは人間にしかできないことだと思います。
過去からの延長で未来を予測する
山口:過去からの延長線上で物事を見てる点が大きいかと思います。1980年代にとある思想家が「ベルリンの壁とエジプトのピラミッド、どちらが先に崩壊するか?」といった質問に対して、ベルリンの壁と答えたんですね。過去からずっと続いてるものは長く残るし、新しいものは早くなくなるだろうと言って、その予測どおりになったわけです。過去から長く続くトレンドがあれば将来もその方向に進むだろうし、逆に過去に存在しないトレンドが生まれたとしても、それにより未来が大きく変わることは可能性として低い。そういった考え方ですね。
個人が複数の仕事を持つ時代に
山口:世界的なトレンドとして労働時間が短くなるなか、通勤時間も短縮されていくでしょう。けれども通勤そのものがなくなってしまうと、正統的周辺参加ができず、新人がいつまでたっても仕事のコツがつかめない問題も起こります。どこかでバランスを取る必要があるでしょうし、職種によっても変わると思います。僕が社外取締役を務めるゲーム会社は4年前からオフィスがないけれど、業績は堅調です。
例えばMeta社では、リモートワークのポリシーを全世界で決めていないという話を聞きました。マネジャーの裁量で出社もリモートも自由にして、社員のエンゲージメント、離職率、満足度などあらゆるデータを収集しているそうです。いわゆる「ランダム化比較試験」ですよね。1つのスタイルに決めてしまうと、それが良いのか悪いのかが分かりませんが、マネジャーごとに出社形式がバラバラだと、数年後にはそれぞれの統計的なデータが判明します。そのため、数年間はデータ収集に専念するということでした。これは面白い考え方ですよね。
石綿:以前、ジャック・マー氏が孫正義氏との対談で「いずれ、週3日労働の世界になりますよ」と発言をしていました。これからは短い労働時間でどれだけ生産性を上げるかにフォーカスし続けた企業が勝ち残るのかと思いますが、企業としてどのように労働時間に向き合っていくべきでしょうか?
山口:週休3日が近い将来のスタンダードになると、意外と暇に耐えられない人が出てくると思うんですね(笑)。1日休みが増えて本当に嬉しいかというと、意外とすぐに退屈になってしまう気もします。僕が思っているのは、これからは2つ3つの仕事を同時にやるのが当たり前になるということです。週4日はデジタルホールディングスで働いて残りの2日は別の仕事、場合によっては起業して自分の会社を経営するのもいいでしょう。僕は40代からそのような働き方をしていますが、個人の仕事で煮詰まったときは、仲間と一緒にやっている仕事に切り替えるとリフレッシュできるんですね。そこで愚痴をいうのもまた楽しい(笑)。逆に仲間と進めているプロジェクトが大変なときは、個人で本の執筆をすることがリフレッシュになる。お金を稼ぐ仕事が全て気晴らしになるんです。これはとても心理的に健康になりますし、1つの仕事に依存してしまうと逃げ場がなくなってしまう。会社と個人の仕事を持って、良い仲間ができれば生産性も上がります。これからはそういった働き方が当たり前の世の中になるでしょう。
対談終了後は、参加者からの質問に山口 周氏が答える特別セッションが展開されました。その印象的なやり取りをご紹介します。
参加者:業務を進めるなかで、データやエビデンスがないとプロジェクトが進まないことが多いと感じています。そのなかで、山口さんがおっしゃる「直感」と「感性」、「アート的感覚」を意思決定の基準に取り入れるにはどうすればよいのでしょうか。
山口:理論と直感にはあまり関連性がない気がしています。しかし、過去の意思決定の事例をたくさん知っていることが直感を働かせやすくすることがあります。「歴史」とは意思決定の積み重ねです。だからこそ、たくさん勉強しつづけることが重要だと感じています。
新規事業を始める際には、利用率がものすごく低い時に事業を興すことが非常に重要です。では、なぜ孫さんがこの領域にかけられたのか。それは一歩先をいくアメリカで何が起こっているのかをずっと見ていたからです。だからこそ、インターネットの可能性に気付けた。
「何が起きているのか」を知るということは非常に大事です。センスや直感というのは根拠がないものではなく、「先駆け」や「兆し」があります。ですからどんなニュースが頻繁に出ているのか、最先端の動きは何なのかについて、常にアンテナを立てておくことが重要です。直感は情報源から生まれるのです。ですから最先端の動きをいちはやく知るためにも、英語を学び、自分なりの情報ネットワークを作って、時には現地に行って知人を作り、「今世界で何が起こっているのか」を知ることを意識してください。
山口 周
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー、株式会社ライプニッツ 代表
1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。
株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。
石綿 純
株式会社デジタルホールディングス グループCHRO(最高人事責任者)
1992年株式会社リクルート入社(現:株式会社リクルートホールディングス)。2007年グループ人事部長、2013年株式会社スタッフサービス・ホールディングス事業開発部長を経て、2015年株式会社光通信人事担当役員。2018年にオプトホールディング(現:株式会社デジタルホールディングス)へ入社、グループCHROとして人事部門を管掌。株式会社オプト取締役を兼務。