山口周氏に訊く、アフターコロナで企業と個人の関係はどう変わるか。

新型コロナウイルス感染症の規制緩和が進むなか、オフィス勤務に戻る企業やリモートワークを続ける企業、リアルとリモートのハイブリット型を試みる企業など、会社や経営者の考え方の違いによって、働き方はより多様化してきています。一方で、いずれかの働き方を決定しても、そのスタイルで果たして本当によいのだろうかと思案する経営者も多いようです。
従来のオフィスワークとリモートワークという二つのスタンダードが両立する時代において、人々の生き方・働き方、そして企業と個人の関係はどのようになっていくのでしょうか? 仕事や働き方について数多くの著書を持ち、アートや哲学にも造詣の深い山口 周氏に、デジタルホールディングス グループCHRO(最高人事責任者)を務める石綿 純氏がさまざまな視点からお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- 同じ職種でも出社したほうがよいケースもあれば、リモートワークがよいケースもある。出社するべきかリモートに移行するべきかは、経営者が会社や仕事をどう捉えるかによる。

- リモートワークや副業など働き方の選択肢が増えると、社員の自由と権利に比例して責任も増加するため、会社に頼らない自己研鑽が必要。社員教育としては知識を教えるよりも、学び方を教えることが重要になる。

- オフィスで偶然生まれる先輩や同僚とのコミュニケーションは、日々の仕事のやり甲斐にもなっている。リモートで失われたこのやり取りをどう補完するかがポイント。

- イノベーションの8割は初出の時点でNGになるが、それを実現に導くのは意図的な偶然の出会いが多い。リモートワーク下でも適度なランダムネスを担保することで、イノベーションの推進につながる。

- 仕事とは多くの人にとって人生で一番多くの時間を費やす営みであり、意味のある仕事をつくり出す会社には多くの人が集まる。働き方と生き方が不可分の時代には、意味が企業価値となる。

出社orリモート? 大事なのは「職種」ではなく、経営者のwill

石綿:皆さんこんにちは、今日はデジタルシフトタイムズ特別企画として山口周さんをお迎えしています。私はデジタルホールディングスで人事を担当している石綿 純と申します。よろしくお願いします。それでは山口さん、簡単に自己紹介お願いします。

山口:こんにちは、山口 周と申します。私はもともと広告代理店出身で、30歳を過ぎてアメリカのコンサルティング会社に転職をしました。そこから15年ほどコンサル業界で経営戦略策定や組織デザイン、人事制度の設定に従事して独立。今は企業のアドバイザーや著作、学校での教育などにも携わっています。どうぞよろしくお願いします。

石綿:山口さんと私たちデジタルホールディングスグループの関係は3年ほど前、ちょうど山口さんが『ニュータイプの時代』を出版したころからですね。「正解を探すよりも問題を探す」「予測できない世の中では構想力が大事」「行動や思考をアップデートする」といったことをテーマに、のべ数百人のメンバーが参加したワークショップを行っていただきました。

山口:参加者が若い世代だったので、こちらもエネルギーをいただきました。

石綿:その後、コロナ禍によりリモートワークがスタートしました。今日は主に今後の働き方をテーマに、山口さんのご意見を伺いながら進めていきます。現在、オフィスへの回帰も叫ばれるなか、私たちデジタルホールディングスグループは柔軟で選択肢のある働き方を継続していくと決めています。私も今朝、電車に乗りましたが、通勤者は以前より増えていますね。これからの働き方について、山口さんはどのように見られていますか?

山口:「多様化していく」というのが一つの答えでしょうか。最近よくニューノーマルといわれますが、これはミスリーディングな言葉だと思います。オールドノーマルに対するニューノーマルなわけですが、ではオールドノーマルとは何か? 月~金の定時に決まったオフィスで働く。これがオールドノーマルだとするとニューノーマルの定義とは? スタンダードありきの考え方なんです。物理的にオフィスに集まったほうがよい職種と、集まらないほうがよい職種があるので、産業で区切れるものでもありません。製造業なら集まる、情報産業なら集まらないではなく、前者でも財務や経理などの情報を扱う仕事もあれば、モノをつくって手で触ってチェックする仕事もあります。仕事に応じて働くスタイルは多様化するでしょう。

石綿:職種で切り分けるだけでなく、もう少し工夫が必要だとすると、どのようなことでしょうか?

山口:世の中にはコロナ禍が明けたら全員出社という会社もあります。それに対して私に意見を求めてくる人がいますが、それはきっと「オールドタイプな会社ですね」と言って欲しい期待があるんだと思います(笑)。働き方とは経営者のwillなので、会社や仕事をどう捉えるかで変わってきます。考えなければいけないのは、労働力市場における競争力という観点です。

通勤時間に関するデータによると、首都圏では通勤に平均で片道1時間前後の時間をかけています。往復だと1日2時間。大人の1日の可処分時間を考えると、まず8時間の仕事と7時間の睡眠で15時間を占めます。残り9時間のうち家事や細かい仕事などでだいたい5時間は取られるので、可処分時間は4時間になります。ここから通勤時間を引くと半分になってしまいます。経営では時間を資本と捉えますが、時間を勉強に使うと語学力という人的資本、人と会ってコネクションをつくる人脈という社会資本、副業に使えば金融資本に変わります。この時間資本が通勤で奪われているわけです。通勤がなくなり時間資本を活用して人生の豊かさに変える人が増えてくると、毎日の通勤は損という認識が労働市場で広まるでしょう。そうなると通勤を強いる会社は、通勤を相殺するだけのプレミアムを報酬に乗せないと採用が難しくなる。現実もそうなりつつあります。

「学び方を学ぶ」ことで、自分自身のOSがアップデートできるように

石綿:中途採用の面接をしていると、リモートワークの割合と副業の可否についての質問がこの2年間で増えたと感じます。時間資本の考え方については、個の自立ができている人とできてない人で、有効活用の差が出ると思いました。日本の社会、企業において個の自立はどのくらい進んでいると思われますか?

山口:社員の育成を会社の責任と捉えている人はまだまだ多いのではないでしょうか。研修もしっかりやって、指導力のある上司を増やして欲しいという期待を持っている。けれども、今のように出社する時間が自由になり、副業も自由になると成長は自己責任による部分が多くなります。働く側の自由と権利が増えるということは、責任も増えるということです。マインドセットを変える必要性を感じています。

石綿:デジタルホールディングスグループでは、新入社員に対して最初の数年は会社が育成する期間と捉えています。入社から3年くらい経ってそれぞれが自立し始めたタイミングで、徐々に個の自由と責任を増やしてバランスを調整していく。そうなれば本人としても有意義な時間になるのかなと考えています。

山口:これからの時代の社員教育は、単に知識やスキルを教えることよりも、「学び方を学ばせる」ことが大事になってくると考えています。学びに関する思考や行動の様式を最初にインストールしておけば、自分で自分のOSをアップデートできるようになるわけです。

日々の働きがいを維持するのは、オフィスでの小さな偶然

石綿:私たちは今年の4月から「働き方のタネ」というプロジェクトで、デジタル時代における新しい働き方を推進しています。代表的なのがリモートワークの促進ですね。本社の市ケ谷オフィスには1,000名くらいの社員が在籍していますが、現在出社しているのは1日150名~200名ほどです。副業も解禁していますし、東京以外のどこからでも働ける体制も整えています。また、 チャレンジ休暇(※1)として年に12日、月にして1日は学びのために休める制度を設けていますが、こちらの利用者も増えてきました。

社員にとって働きやすい環境を整えてはいますが、それが「新しい価値創造を通じて産業変革を起こし、社会課題を解決する。」という弊社のパーパスの実現にどれくらい寄与しているのか? 社員の働きがいはどのくらいあるのか? この実感を掴むことは容易ではありません。リモートワークのなかで、働きがいをどう担保すればよいとお考えでしょうか?

山口:一つのプロジェクトの起ち上げから実現までには5年~10年の歳月を要します。プロジェクトが上手く進んでいるときはモチベーションの維持も簡単ですが、仕事とは常に四六時中進捗があるわけではありません。長期スパンでのモチベーションの源泉と日々の小さな仕事を駆動させるエンジン、この両方が必要になってきます。

仕事が上手くいかずに上司から怒られて悩んでいるとき、たまたま廊下で会った前の部署の先輩や同僚と5分ほど話をしてアドバイスをもらったら雲が晴れた、なんてことはオフィスでよく起こっていたと思います。実はこういったちょっとしたコミュニケーションが、日々の仕事のエンジンになっていたわけです。けれどもリモートワークになるとこれが起こりにくくなる。なんらかの方法で仕事を褒める仕組みや、人に感謝を伝える仕組みを構築することの必要性を感じます。

※1 チャレンジ休暇:毎年4月1日から翌年3月31日までの間に、既存の有給休暇とは別に、副業やボランティアなど社外での能力実践・自己研鑽に限定した有給休暇として、12日取得が可能な制度。入社初年度は入社時期によって取得可能日数の上限が異なる。

多様な人と出会うオフィスのランダム性は、イノベーションの土壌にもなる

石綿:今年の新入社員は大学の授業もインターンもリモートだったので、オンラインに慣れていると感じます。2年前は突然のリモートワークに対応できず、会社としても有効な支援ができずに辞めてしまった社員もいました。世代間のリモートワークへの対応についてどう見ていますか?

山口:今の新入社員はリモート慣れしている一方、オフィスに出社することのメリットを経験していません。たまたま出会った先輩に頼みごとをするテクニックなどもリモートでは身につきません。オフィスはランダムにいろいろな人と出会う場所でもあり、それによる副次的効果もあります。ちょっとした声がけをルーチン化する仕組みなどの対策が必要かもしれません。

石綿:山口さんの著書『どこでもオフィスの時代』には「累積行動量がイノベ-ションにつながる」ということが書かれていました。行動すること、色々なことを聞いたり見たりすることで好奇心は掻き立てられるが、リモートワークだとなんとなく内にこもりやすいが、やはりリモートワークでも意図的に外に出て、発信したり、行動してみることの必要性があると感じます。

山口:成功したイノベ-ション100個のうち8割は、最初の時点で上司からダメ出しをされています。その上司とは関係ない発言力のある人がどこかでそのアイデアを知り、応援したことで評価が逆転する。そこから実現に至るケースが多くあります。キネティックというセイコーの時計は、電池を使わない自動巻きのゼンマイで発電してクオーツを動かすという画期的なハイブリッド機構ですが、当初日本では開発にNGが出されました。自動巻き時計が好きな人は自動巻き時計を買うし、クオーツ時計が好きな人はクオーツ時計を買うという判断からです。しかし、スイスのバーゼルで開催されるフェアに出品したところ、ドイツ支社の社長が「環境意識の高いドイツでは、電池を使わない時計は売れる」という理由から目をつけて製品化に至りました。

完全なランダムではないけれど、一から仕組まれたものでもない。この適度なランダムネス、人が出会うような仕組みをリモートワークでどう実現するかがポイントでしょう。

個人と会社は選び選ばれる関係に。意味のある仕事をどれだけつくり出せるかが企業価値となる

石綿:では最後になりますが、今後個人と会社の関係はどうアップデートしていくべきでしょうか?

山口:仕事とは人生でおそらく一番多くの時間を投入する営みだと思います。20歳から60歳過ぎまで、毎日平均8時間を費やす仕事で、よい思い出をつくれなかった人とつくり出せた人では、人生のクオリティが変わってきます。出張で大変だった思い出とか、トラブルの記憶とか、そこにはいろいろなエピソードがあるかと思いますが、リモートワークになるとその密度が下がる可能性があるんですね。それを補うために、どれだけ有意義なことを実現できたかが大事になります。

デヴィッド・グレーバー氏の『ブルシット・ジョブ』という本は、「クソどうでもいい仕事」と翻訳されていますが、このブルシットなジョブをリモートでやると、ますますブルシット化してしまいます(笑)。大事なのはディーセント・ワーク、つまり意味のある仕事を会社がつくっていくことです。有意義な仕事を生み出す会社には多くの人とタレントが集まります。リモートワークは地理的な限界も超えるので、今後オンライン会議での同時通訳も進化すれば、優秀な人材を海外の企業と取り合うような状況になるでしょう。現在、メタ社では全社員がリモートワークを行っていますが、今後は軽井沢に住む日本人がメタで働くようなケースも出てくるはずです。これからは会社と個人が互いに選び選ばれる、より緊張感のある関係になっていくと考えています。

石綿:ありがとうございます。意味のある仕事をどれだけ企業がつくっていけるかですね。それが現実的に新しい価値をつくり、社会課題を解決するきっかけになれば、とてもハッピーなことだと思います。働くことと生活が一緒になった時代では、「働き方=その人の生き方」になります。より自分が望む生き方を実現できる会社、組織はどこなのか? それこそが選ばれる会社になるキーですね。今日のお話を聞いて、個人と会社のエンゲージメントを上げていくことの重要性をあらためて認識しました。ありがとうございました。

山口 周

独立研究者、著作家、パブリックスピーカー、株式会社ライプニッツ 代表

1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。
株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。

石綿 純

株式会社デジタルホールディングス グループCHRO(最高人事責任者)

1992年株式会社リクルート入社(現:株式会社リクルートホールディングス)。2007年グループ人事部長、2013年株式会社スタッフサービス・ホールディングス事業開発部長を経て、2015年株式会社光通信人事担当役員。2018年にオプトホールディング(現:株式会社デジタルホールディングス)へ入社、グループCHROとして人事部門を管掌。株式会社オプト取締役を兼務。

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