ENEOSが新規事業アイデア、カーボン・オフセットサービスの実証実験開始。スピード開発が実現できたワケ

「ENEOSと、はじめよう!カーボンニュートラル・チャレンジ」は個人ドライバーが使用した、ガソリンの燃料採掘から使用までのライフサイクルCO2排出量をカーボンクレジット(※1)で相殺できる、カーボンオフセットサービス(※2)です。より多くの方に参加いただけるよう、100円から購入可能です。これまでトン単位での取引が基本だったカーボン・オフセットをキログラム単位での取引にしたことで、エシカル消費(※3)に関心を持つ消費者のニーズにお応えした先進的なサービスです。そんなサービスを裏で支えたのが、オプトインキュベートが提供するクラウド型開発プラットフォームの「Pocone(ポコン)」です。サービスの立案者であるENEOSホールディングス 未来事業推進部の石川 充子氏に、開発時のエピソード、また、きっかけとなった、同社の社員発の事業創造を本気で目指すプログラム「Challenge X」についてお話を伺いました。

※1 カーボン・クレジット:省エネ・再エネ設備の導入や適切な森林経営によるCO2等の排出削減・吸収量を国や民間団体が認証したもの
出典:環境省 https://japancredit.go.jp/case/offset/pdf/offset_pamphlet_02.pdf を加工して作成


※2 カーボン・オフセット:日常生活や経済活動において避けることができないCO2等の温室効果ガスの排出について、まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行い、どうしても排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方
出典:J-クレジット制度及びカーボン・オフセットについて | 地球環境・国際環境協力 | 環境省 (env.go.jp)


※3 エシカル(倫理的・道徳的)消費:地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動のこと

トキの森の整備からインドの太陽光発電支援まで、個人で気軽にカーボン・オフセット

――エネルギー業界の現状について教えてください。

エネルギー業界は今、大きな転換期を迎えており、脱炭素に向けて日本中、世界中が動いています。当社としてもエネルギーの安定供給に加えて脱炭素・循環型社会への対応も期待されている、非常にチャレンジングな状況です。当社は、2023年5月に『エネルギー・素材の安定供給』と『カーボンニュートラル社会の実現』との両立に向けた挑戦を新たな長期ビジョンとして定めました。国内ガソリン需要の減少、EV・シェアリングの普及など、2040年の社会シナリオをもとに、脱炭素・循環型社会においても、ステークホルダーの皆様に貢献できるよう、挑戦を続けております。その挑戦の一つが、今日の本題である、社員のアイデアを形にする、「Challenge X」プログラムの実証です。

――「ENEOSと、はじめよう!カーボンニュートラル・チャレンジ(以下、本プロジェクト)」の概要を教えていただけますか?

過去2年間にENEOSのサービスステーションで給油いただいた個人のお客さまが対象です。お客様が購入された、ガソリン1リットルあたりのCO2排出量を計算して、相当するカーボン・クレジットをENEOSが購入・無効化し、カーボン・オフセットサービスとして、お客様にご提供します。特徴的なのは100円から購入できることです。通常、オフセットに活用するカーボン・クレジットは、トン単位で取引されますが、個人のお客さまが必要とする数量に合わせてキログラム単位の小口でのサービスを開始しました。お支払いいただいた購入費用は、国内を中心とする三つの環境保全活動を支援します。

詳細はこちらをご参照ください。20230519_01_01_1080097.pdf (eneos.co.jp)

――その三つの環境保全活動とは、どのような取り組みでしょうか?

『新潟県佐渡市「トキの森」整備事業』『家庭における太陽光発電設備の導入によるCO2排出削減プロジェクト』『インドにおける太陽光発電事業』の三つです。まず、「トキの森」整備事業と太陽光発電によるCO2削減プロジェクトは、信頼性の高い日本政府が運営する「J-クレジット(※4)」制度から選びました。当社は新潟が日本石油の創業の地なので、トキの森を整備して新潟に恩返ししたいという個人的な想いもありました。そして、今回のチャレンジは個人のお客さまを対象にしているので、各ご家庭が実施する太陽光発電によるCO2削減プロジェクトをセレクトしています。

また、海外で実施された環境活動のCO2吸収・削減をクレジット化した海外クレジットも入れています。様々な事業タイプのクレジットを検討しましたが、国策として太陽光の導入を推進している、インドの太陽光発電事業にしました。いずれも専門知識を持った有識者と相談をしながら活用するカーボン・クレジットを選定しました。実証は、2023年3月末で終了しておりますが、現在は、より良いサービスをお客様にお届けできるよう、社外サポーターも交えて、企画を構想中です。

※4 J-クレジット:温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度

消費者の約2割が「多少高くても環境負荷の低い商品」を選ぶ

――本プロジェクトの発案のきっかけを教えてください。

私はこれまで石油・ガス開発、再エネ、カーボン・クレジットなどエネルギー開発や脱炭素関連のビジネスに関わってきました。業務を通じて、エネルギー会社における環境対応の重要さを日々意識していました。そのような中、ある大手コンサル会社の消費者意識調査のレポートを読み、大変驚きました。そこでは洋服や食品を購入するときに「10%価格が高くても環境負荷の低い商品を選ぶ」と答えた消費者が2割近くに上っていました。より良い商品を安く提供することがメーカーの役割と考えておりましたが、このような考え方もあることを知り、環境価値が個人のお客様にも評価される時代だと実感しました。また、他の文献でも、洋服や食品ではエシカル消費対応の商品があるけれど、エネルギー分野における類似のサービスはほとんどなく、ガソリンについても、同様の商品を開発したいと考え、今回の実証に至りました。また、私は技術者ではないので、バイオ燃料など、商品そのものが環境対応されている製品の開発を手掛けることはできません。カーボン・クレジットの活用に対する批判の文献もよく目にします。広報の難しさなど、課題も多かったのですが、他社の類似商品を参考にし、社外の専門家・社内支援者と議論を重ね、ビジネスアイデアを形にしていきました。

――御社の社内起業プログラムで、本プロジェクトが最優秀賞を受賞できた理由はどこにあるとお考えですか?

まずプログラムから説明すると、ENEOSは2019年度から「Challenge X」という社内起業プログラムを実施しています。エネルギー領域以外のアイデアも受け付けており、在籍年数や役職の有無も関係なく誰でも参加が可能です。

受賞できた理由の一つは、目新しさだと思います。ENEOSがこのような取り組みをやることについては、特に社外審査員から評価していただきました。「社会課題の解決」や「脱炭素社会への寄与」という審査基準に当てはまったことも大きいかと思います。

受賞後、私は現在所属する未来事業推進部に異動となり、事業化に向けて予算が支給されました。初めての事が多く、毎日とてもハードですが、やりがいを感じています。自分の企画を形にしていく過程では、事業創造一連の実務を経験でき、文献調査では得られない多くのことを学べました。

――ちなみに、石川さんはこれまで事業の立ち上げに携わった経験はあるのでしょうか?

はい。私はENEOSグループのJX石油開発という企業から出向していますが、JX石油開発は社名のとおり、石油・天然ガスプロジェクトを国内外で開発し、操業している会社です。従来型の石油・天然ガス事業以外にも、環境対応型事業として、事業パートナーとともに、国内外でCCS・CCUS事業(※5)も推進しています。

石油・天然ガス事業は、探鉱から開発、生産まで、長期に及ぶ大型のプロジェクトですが、事業部員として、様々なステージの事業開発に携わり、また、2021年4月に設立されたサステナブル事業推進部では、環境対応型事業の企画立案なども担当しました。多くの事業パートナーを含む大型事業の事業管理や社外の方と意見交換しながら、アイデアを形にしていった経験は、本実証でも大変役立っていると感じております。

また、前職では中国の再エネ事業から創出されるカーボン・クレジットに関する業務に従事していたので、この経験を掛け合わせて、本プロジェクトが生まれました。

※5 「CCS」:二酸化炭素の回収・貯留技術/「CCUS」:分離・貯留した二酸化炭素の再利用技術

低予算かつスピードが求められるスモールビジネスに最適な、クラウド型開発プラットフォーム

――本プロジェクトではオプトインキュベートのクラウド型開発プラットフォーム「Pocone」を利用されていますが、その理由を教えてください。

大きな理由は柔軟性です。今回は個人のアイデアに基づくボトムアップの案件なので、なかなか企画自体がスムーズに進まないことが予想されました。発注前にオプトインキュベートさんと何度も面談を重ね、新規事業で予算も潤沢ではないこと、当社のエネルギー事業であるガソリンに関連したアイデアなので、関係者が多く、調整に時間がかかることをお伝えしたところ、すべて受け止めていただいた上で伴走いただきました。

Poconeにはひな形があるので、簡単なカスタマイズだけで形になります。料金も抑えられ、スピーディな開発が可能なのでスモールスタートの実証実験に最適でした。デジタルに精通していない私でも開発から3ヵ月ほどでサービスを立ち上げることができ、社内からもそのスピードに対して驚きの声が上がっていました。

新規事業担当としては、ITセキュリティが大変気になります。オプトインキュベートさんの丁寧なご支援は、デジタル関連の事業開発経験がない私にとって、非常に助かりました。

――競合他社のサービスと比べて、Poconeの優れている点があれば教えてください。

いわゆる大企業が新規事業を展開するときの課題なども、オプトインキュベートの皆さんは把握していました。日々変化するプロジェクトの進捗に合わせて、タイムリーに開発スケジュールを組み直していただき、実証開始に間に合うよう尽力いただいたことに、大変感謝しています。また、専用ホームページのデザインや表現を決める際に、これまでの他社事例を踏まえた一消費者目線での助言も大変有用でした。

ENEOSグループのオープンイノベーションについて

――スタートアップへの出資や新規事業創造に対する社内の反応や理解度について教えてください。

私が所属する未来事業推進部のコンセプトはオープンイノベーションです。「2040年に社の柱となる非連続な事業の創造」・「社内挑戦風土の醸成」を使命とする組織です。国内外の有望なスタートアップに出資するCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)活動に加え、Challenge Xなど様々な取り組みを実施しています。多くのスタートアップや事業パートナーと連携して新規事業創造およびその前段階の実証にも積極的に携わっていきます。

また、オープンイノベーションとともに、社内の変革も重要視しています。今後、事業環境が大きく変わる中、新規事業の必要性を感じているものの、社内で経験している人は少ないというのが現状です。新規事業に失敗はつきものです。Challenge Xのプログラムを通じて、「挑戦」を是とし、失敗を許容する企業風土醸成や事業創造の意欲と能力のある人材の創出も目的としています。

――今後はスタートアップとの協業も増えていくのでしょうか?

ENEOSイノベーションパートナーズは、これまでに43社に出資し(2023年5月現在)、様々なスタートアップ、さらに大学や自治体との連携も深め、新しい事業創造ができればと考えています。当社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)活動やChallenge Xも5年目となり、社員の意識も、変わってきていると思います。

――では、今後の展望について教えてください。

本実証で得た知見を社内で共有し、次のビジネスにつなげていきたいと思っています。またこのような取り組みに賛同して下さる社外サポーターとの協議も開始しています。これからも、社内外のパートナーとともにどんどん環境事業を生み出していきたいです。

石川 充子

ENEOSホールディングス 未来事業推進部 事業推進2グループ 担当マネージャー

証券会社、排出権取引仲介・コンサルを専業とするベンチャーを経て、2011年にJX石油開発に入社。北米の石油・ガス開発事業管理や環境事業の企画・立案に従事。2021年のENEOS社内ベンチャープログラム「Challenge X」にて最優秀賞を受賞し、2022年4月より、担当するスタートアップとの実証およびCNチャレンジ実証の企画・運営を担当。

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