『SPY×FAMILY』が大ヒット。デジタル化への危機感から生まれた「少年ジャンプ+」が挑む海外展開
2022/10/7
集英社が2014年にスタートさせたマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+(以下、ジャンプ+)」。オリジナル作品の『SPY×FAMILY』(著・遠藤達哉)はスパイ、殺し屋、超能力者という三人の偽りの家族が織りなすホームコメディとして空前のヒットとなっています。アプリをダウンロードすれば登録不要、連載中のオリジナル連載作品が初回に限り無料という他に類を見ないサービスで、多数のヒットタイトルを輩出しています。1994年に653万部という最高の発行部数を記録した「週刊少年ジャンプ」は、デジタルの時代にどのような変化を遂げたのか。ジャンプ+の編集長 細野 修平氏にお話を伺いました。
Contents
ざっくりまとめ
- ジャンプ+が大事にしているのは、多人数で作品を楽しむライブ感。読者が作品公開と同時に楽しめることを重視し、他のマンガアプリが採用している「24時間待てば無料」という仕様は取り入れていない。
- 大ヒット中の『SPY×FAMILY』は連載開始時からファンが付き、コミックスの発売、アニメ化でさらなるファンを増やした。
- ジャンプ+は、マンガ投稿サイト「ジャンプルーキー!」を通じて新人の発掘に力を入れている。
- デジタル全盛の時代となっても、ジャンプ+はリッチコンテンツ化ではなく、マンガ本来の面白さを追求していく。
- 集英社は海外向けの「MANGA Plus by SHUEISHA(マンガプラス)」というサービスも運営中。ジャンプ+で2023年1月から始まる新連載作品は、すべて英語に翻訳して配信予定。
ジャンプ+が重視するのは、新作で皆が盛り上がる「ライブ感」
ジャンプ+は約70本のオリジナル連載作品が読めるマンガアプリです。アプリをダウンロードしたら会員登録なしで、その時点で公開されている1話から最新話まで初回に限り無料で読むことができます。作品は一話ごとの話単位でもコミックス単位でも購入可能です。ジャンプ+のオリジナル作品の連載だけでなく、「週刊少年ジャンプ」「ジャンプSQ.」「ウルトラジャンプ」といった雑誌のデジタル版の定期購読サービスも提供しています。アプリのダウンロード数は2200万回を超えており、ウィークリーのアクティブユーザーはアプリだけで約450万人、ブラウザを加えると約630万人です。
――アプリをダウンロードした時点で公開されている全作品が初回に限り全話無料というのは大胆な施策ですね。社内や作家からの反対意見はなかったんですか?
編集部員から「初回に限らず、ずっと無料でもいいのでは?」といった意見も挙がってきましたが、さすがにそれは厳しいので、編集部で議論をして初回だけなら無料でも大丈夫という判断になりました。なかには不安に思う作家さんもいましたが、丁寧に説明をして納得いただきました。
――他社のマンガアプリが行っている「24時間待てば無料で読める」というサービスをジャンプ+は実施していませんが、何か理由があるのでしょうか?
これはジャンプ+を運営するなかで分かったことですが、雑誌の「週刊少年ジャンプ」と同じように、最新話が更新されるタイミングで友だちやまわりの人たちと一緒に盛り上がるライブ感が非常に大切なんです。作品が話題になるか否かは盛り上がり次第で決まります。作品が話題になったときに、その作品を読みに来てくれたユーザーが最新話に追いついて、盛り上がりを大きくしてくれることが大事だと考えているので、「24時間待たないと続きが読めない」という状況は、友だちとのライブ感を楽しめず、タイミングもバラバラと読むことになってしまうため、ジャンプ+では取り入れていません。
コミックスとアニメにより、多くのファンを獲得した『SPY×FAMILY』
『SPY×FAMILY』がスタートしたのは2019年3月です。一話目からすごく人気があり、読者数も多かったので、瞬時に右肩上がりの大きな成長を遂げました。コミックス6巻が初版100万部を超えて話題になり、それを機に新たな読者を獲得しています。今年の4月から7月にはアニメも放送されて新たなファンが増え、この10月からは第2クールが始まります。作品スタート時から読者が付いて、コミックスで増えて、アニメ化でさらに増えるというよいフィードバックが生まれています。
ただ、すべての作品がアニメ化されて大ヒットとなるわけではありません。今はかつてに比べて紙の本が売れない時代なので、アニメ化されてもコミックスの売上につながらないこともあります。けれども、『SPY×FAMILY』についてはうまい具合に相乗効果が生まれています。
――初回に限り無料で読めるという施策が功を奏した面もあるのでしょうか?
そうですね。アプリをダウンロードしてすぐに無料で作品が読めるので、皆でリアルタイムに話題のマンガを1話から最新話まで楽しめることでさらにファンが増えていく。『SPY×FAMILY』のヒットでこの施策は正しいと確信しました。
――アプリを運営してきて、ほかに手ごたえを感じた瞬間を教えてください
『SPY×FAMILY』以前ですと、2016年に始まった『ファイアパンチ』や『終末のハーレム』といった作品がスタート時点から多くの読者を獲得しています。それまではPVを増やすために小手先の改修をやってもあまり効果がなかったのですが、面白い作品が始まると目に見えて新しい読者が増えていきました。
デジタル化で大きく開かれたマンガ家への門戸
はい。ジャンプルーキー! は、オリジナルの漫画をいつでも投稿・公開できるサービスです。2014年にジャンプ+と同時に開設しましたが、当時は出版社主導のこのようなサイトが世の中にありませんでした。ここに投稿された作品はジャンプの編集者が必ず目を通すので、誰もがデビューできる道が開かれています。
――投稿される作品すべてに目を通すのは、かなりの労力ではありませんか?
ジャンプルーキー! は月平均で2,000人以上の方に投稿していただいています。作品数でいうと3,000~4,000作品ですね。膨大な数ですが、それこそが私たちにとっての財産なので、読むことは一番の喜びです。面白い作品は編集者間で毎回奪い合いが起きるので、若い編集者から優先的に気になる作家さんに声をかけていいシステムになっています。
――昔のマンガ家は連載を掴むためにいろいろなコンペに応募したり、編集部に持ち込みをかけたりするイメージがありましたが、ジャンプでは広く門戸を開いているんですね。
ジャンプ+やジャンプルーキー! を始めたきっかけの一つとして、デジタル化に対する危機感がありました。作家さん自身のWebサイトやTwitter上など、デジタル化によってマンガを発表できる媒体は格段に増えました。そのなかで出版社や雑誌が、作家さんに対してどんな価値を提供できるのか。ジャンプ+に載ることにどのようなメリットがあるのかを提示して、オープンに作品を募らなくては生き残れません。デジタル化によって従来の考え方が大きく変わった点ですね。
デジタル全盛の時代でも奇をてらわずに、マンガの面白さだけを追求する
スタート時は実験場的な色が強かったので、載せたい作品があれば載せるくらいのスタンスでした。そこで続けていくうちに、デジタル上でマンガを展開するときは、あまりジャンルを縛りすぎないほうがよいということが分かってきました。どんなジャンルでも面白い作品であれば読者からの反応が返ってきて外部にも広がっていくので、ジャンルを限定せずに挑戦的な作品も載せたほうが結果的には広がると考えています。
――週刊少年ジャンプではいわゆる「ジャンプシステム」と呼ばれる、読者アンケートの結果で連載順位が決まるシステムが有名ですが、ジャンプ+ではどうなっているのでしょうか?
分かりやすい指標として閲覧数やコメント数がありますし、アンケート調査や作品の読了率も調べています。デジタルなので週刊少年ジャンプよりも多くのデータを取得できますが、データを多く取れるからより細かい分析ができるかというと決してそうでもなく、どの数値を明確な指針にするかは検討中です。閲覧数はもちろん重視していますが、それだけではないと考えています。
――デジタル化の時代になってスマホに特化したWEBTOON(※)が登場するなど変化の波が押し寄せていますが、ジャンプ+としては実直に面白い作品を生み出していくことが最優先なのでしょうか?
※ WEBTOON(ウェブトゥーン):スマホの縦画面に特化したマンガ形式のこと。多くの作品はフルカラーで表現されている。
そうですね。いろいろ考えたり試したりしたのですが、これまでと変わらずよい作品を生み出すことが大事だと気づきました。「マンガに色を付けませんか?」とか「音楽を付けたり、キャラをしゃべらせてみませんか?」といったお話をいただくこともありますが、そうなるとアニメと同じですよね。だったらジャンプ+でやるのではなく、別のサービスを起ち上げるほうがふさわしいと、今は考えています。
打倒『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』。2023年からは本格的な海外進出も
具体的な時期については定めていません。やっぱり時の運が大きく絡んできますので。時の運を上げるために欠かせないことは新人作家の発掘です。ジャンプ+に作品を載せたいという作家さんを増やすことで裾野が広がり、頂点もどんどん高くなっていくので、まずは裾野を広げることです。もう一つ大事なことは、試行錯誤の回数を増やすことです。デジタルの大きなメリットはページの制限がないことです。集まった才能のアウトプットを増やしていけば、ヒットする作品が生まれる確率も高くなると考えています。正攻法でやっていくつもりです。
――マンガのデジタル化によって見えてきた可能性はありますか?
やっぱり、マンガとは個人的なものだということに気づかされました。たった一人でつくることのできるアートでありエンタメでありながら、日本だけでなく海外にも大きな影響力を持っている。個人でつくる作品としての影響力の大きさをあらためて認識したといいますか。マンガの世界においてこの10年間は「デジタル」がキーワードだったと思っていますが、今後の10年間は「グローバル」がキーワードになると思います。作家さんのペン一本で世界に影響力を与えられる面白い時代になっていくでしょう。
――最後に、今後の展望を教えてください。
ジャンプ+の初期は一話で閲覧数100万回を超える連載作品を生み出し、各曜日に配置することが目標でしたが、それはほぼ叶いつつあるので、次はウィークリーのアクティブユーザーを、現状の約630万人ほどから1000万人にしていきます。その先の目標としては、一話あたり1000万人が読みに来る作品をつくりたいですね。そのためには国内だけでは難しいので、海外からの読者を増やす必要があります。これからのヒット作品は日本国内だけではなく、世界規模でのブームを生み出すことが重要でしょう。
集英社では、2019年から「MANGA Plus by SHUEISHA」という海外向けサービスを展開しています。日中韓以外の全世界で、ジャンプグループの作品の最新話を無料で読むことができます。最大7言語(英語、スペイン語、タイ語、インドネシア語、ポルトガル語、ロシア語、フランス語)に対応しており、ジャンプ+で2023年1月から開始する新連載の作品については、すべて英語に翻訳して日本と同時に配信する予定です。これからは本格的な海外展開も進めていきます。
細野 修平
株式会社集英社 少年ジャンプ+ 編集長
2000年、集英社入社。「月刊少年ジャンプ」に配属され、マンガ編集者としてのキャリアを積む。以降、「ジャンプスクエア」を経て、2012年から「週刊少年ジャンプ」に所属。アプリ・マンガ誌「少年ジャンプ+」の立ち上げに関わり、2017年から同誌の編集長を務める。