DX戦略

唯一無二の衝撃的なファクトがDXの鍵。週刊文春がデジタルの世界でも勝ち続ける理由

「文春砲」なるフレーズを生み出し、芸能スキャンダルから政治家の汚職まで週刊誌の枠組みを超えた報道に定評がある「週刊文春」。老舗週刊誌として確固たるポジションを築いている同誌は、2021年3月にサブスクリプションサービス「週刊文春 電子版」を立ち上げました。週刊文春の加藤 晃彦編集長は「圧倒的なコンテンツ力があるからこそ、デジタルの世界でもどんなデバイスでも勝負ができる」と語ります。若者の雑誌離れが加速し、読者層の高齢化が進む紙媒体において、週刊文春が取ったDX戦略に迫ります。

ざっくりまとめ

- 2020年4月に発令された緊急事態宣言により、書店が軒並み閉店に。事業存続に強い危機感を抱き、「週刊文春 電子版」起ち上げを決定。

- 他社のプラットフォームに依存せず、自社で有料課金コンテンツを持つことはリスクヘッジとして必須。強いコンテンツがあればプラットフォームへの交渉材料にもなる。

- 面白いコンテンツは紙、デジタル問わず読まれる。コンテンツに最適化したデバイスを用意することが基本。

- デジタルの世界では、世界の企業と対等に渡り合うリスクとチャンスがある。そこで必要なのは、自分たちだけが持つ圧倒的なコンテンツの力。

コンテンツはあるのに届けられない。緊急事態宣言で感じた事業への危機感

——週刊文春 電子版を起ち上げることになった理由と経緯を教えてください。

一番のきっかけは2020年4月に発令された緊急事態宣言です。街の書店がどんどん閉まっていき、危機感を覚えました。大手書店の販売データを見ると、2,000冊卸して返品率が100%。書店が営業してないから当然1冊も売れない。けれども、コンビニは緊急事態宣言中でも営業していたので、全体の売上は通常よりもよかったんです。それで一安心はしましたが、先の見通しが立たない中で、今後コンビニも閉店する事態が起きたら終わるなと。これはもう電子版を起ち上げないと事業継続ができなくなると感じました。

物流が止まれば、コンテンツ、記事はあるのに読者に届けることができないわけです。以前から物流が弱くなっていたことも事実で、もともと広島より西は東京より1日遅れの金曜発売だったところが、私が編集長になった2018年7月に発生した広島の豪雨災害以来、さらに遅れて土曜発売になっていたんです。

一方で、デジタル化で情報の流通速度が速くなり、スクープに対する世の中の反応が早くなっています。2020年5月に黒川検事長(当時)の賭け麻雀問題をスクープしましたが、木曜の発売前日である水曜には辞任が決まり、すでに後任人事も報道されていたんです。ニュースのスピードが速くなっている時代に、読者に届けるまでの時間を短縮する必要があると感じていました。以上の理由から、電子版はやらざるを得ない状況でした。

デジタル化でクリアできた「時間・量・世代」という三つの壁

——コロナ禍以前に、デジタルへの移行などを考えたことはありましたか?

これまで、LINEやYahoo!で記事をバラ売りしたり、ニコニコ動画上に「週刊文春デジタル」のチャンネルを設けたり、dマガジンで配信をしたり、他社のプラットフォームにコンテンツを提供してきました。しかし、今回は完全に自社メディアです。すべて自前で完結するにあたって一番の難点は課金システムですが、世の中のDXが進んだおかげで導入しやすくなり、「文春オンライン」によるデジタルの知見も溜まってきたので実現することができました。

特定のプラットフォームに依存しすぎるのはリスクがあります。切られたら終わりですから。自社で記事を販売できるようになったことは大きな強みになりました。コンテンツが強ければプラットフォームとも交渉できますからね。

——デジタルに進出することで、紙媒体とは違う読者層も獲得できましたか?

そうですね。紙の週刊文春は50~70代の読者が多かったのに対し、電子版は30代がコア層で、40代以下の読者が60%を占めます。私は編集部員にデジタル化によって「三つの壁」を越えることができると言っています。まずは「時間の壁」。毎週木曜という発売日にこだわらず、いつでも好きなときにスクープを出せます。次が「量の壁」。雑誌で100万部売れたらとんでもない数字ですけれど、デジタルなら数千万、多ければ億に及ぶPVを稼ぐことができます。紙を圧倒的に超える数字です。最後が「世代の壁」。紙ではリーチできなかった若年層に届けられるようになりました。

——紙の週刊誌は決まったコンビニや駅のキヨスクで、ルーチンとして購入されているイメージがあります。対して、電子版はどんなきっかけで購入されることが多いのでしょうか?

毎週、水曜16時にスクープ速報を4本出しますが、これが高い確率でYahoo!ニュースのトピックスに掲載されます。その爆発力で読者を呼び込んでいます。ただ、芸能系の記事は読者数の多さの割には課金に至らず、政治関係の調査報道記事のほうが課金される傾向がありますね。その要因については研究中です。

圧倒的なコンテンツはどのデバイスでも読まれる。やるべきことはDXよりもCX

——電子版を立ち上げて仕事量が増えたと思うのですが、編集部の体制はどう変わりましたか?

電子版オリジナルの記事もありますが、基本的につくっている内容は同じなので、そこまで業務は増えていません。私は編集長になった3年半前から、次代を担うデスクに部数など毎号の数字をすべて開示しています。これだけスクープを出しても、10年前、20年前よりも売上が減っています。紙で数字を伸ばす大変さを編集部全体で理解しているので、デジタルに舵を切るしかないという意識は浸透してきたと感じています。LINEで記事を5,000本売れば雑誌が5,000冊売れたのと同じことですからね

——紙と電子版の売上比率を教えてください。

売上は圧倒的に紙が多いですね。ただ、あまり紙とデジタルを分けることは意味がないと思っています。常々現場に言っているのは、「われわれがやるべきはDXじゃなくてCX、コンテンツ・トランスフォーメーションだ」と。これまではコンテンツを紙に載せることだけが週刊文春 編集部の仕事でしたが、今はそれだけではありません。紙はもちろん、電子版、LINEやYahoo!での展開、文春オンラインの無料PV、テレビの記事使用料、連載をまとめた書籍化など、すべてを週刊文春の編集部でできるようにしました。

大切なのは紙とデジタルを分けることではなく、コンテンツに最適なデバイスを考えることです。先日の某芸能人の不倫記事は、文春オンラインで速報記事を出して2,000万PVを記録しました。そうして稼いだ広告料は、週刊文春に配分される仕組みを、会社にお願いしてつくってもらっています。9月に出版した『嫌われた監督』という元中日監督の落合 博満氏のノンフィクション本は紙で12万部を超え、電子でも1万5,000部以上売れています。PVでみれば10万は大した数字ではありませんが、本で10万部売れると圧倒的に稼げます。コンテンツによって最適なデバイスは異なるのです。

一方で、圧倒的に面白いコンテンツはどこでも読まれます。『嫌われた監督』は書籍化する際に一部を文春オンラインに出したらPVがかなり伸びて、そのままAmazonの売上に直結しました。つまり、どこに載せても売れるものは売れるのも真実。そのためにはコンテンツが圧倒的である必要があります。記事でいえば、読まれるのはファクトが衝撃的な記事です。そして、圧倒的なコンテンツを流通させ、週刊文春がスクープメディアであることが認知されれば、自ずと情報が集まるようになります。そのために「文春リークス」というフォームもつくっています。スクープを出すことが一番の宣伝になるので、この好循環をいかにつくっていけるかが肝です。

——週刊文春 電子版では編集部の人間が動画や音声などを公開していますが、どんな狙いがあるのでしょう?

アウトプットが多様であるほど、コンテンツは強くなります。あるとき言われたのが、編集部自体がコンテンツになっているということ。中の人への興味を持たれている方が多いので、それをコンテンツ化しています。一方で顔出しはしていません。謎があることが興味を惹くようです。

よい記事をつくり出す環境を次の世代に引き継ぐ

——今年の8月に中づり広告を廃止したことも話題になりましたが、特にデメリットはないのでしょうか?

水曜16時のスクープ速報を通じてデジタルでムーブメントを起こす、今っぽくいえばバズらせることはそれなりにできていたし、高齢者に対しては新聞広告を出しているので、中づり広告がなくなることのデメリットはそこまでありません。中づりは紙の雑誌が出来上がる前に入稿しなければいけないので、特ダネが間に合わず入れられないときもありました。広告なのに雑誌の宣伝が思いっきりできないジレンマがあったんです。

——中づり広告の件も含めて、週刊文春には改革者的なイメージがあります。

編集長になると、やっぱり数字を背負うんです。うちの会社は基本的には数字を背負う意識がなく「よいものをつくっていればOK」という文化で、それはそれでよいことだと思います。けれども、週刊誌の場合は毎週、部数という成績表がしっかり出るんです。私が辞めるときに、いかに週刊文春の看板を傷つけずに次代に譲るか。今、一生懸命働いている編集部員が報われる体制を残すことは私の責任です。そう考えたとき、この先、紙媒体だけでは終わることが分かりきっています。変えないといけない危機感があります。

自分が享受してきた、やりたいことをやれて、取材費も惜しまずに使えて、圧力に屈せず、裁判になってもマイナスに働かないという週刊文春の恵まれた環境を次の世代に残したい。この環境を維持できる収益を残せる仕組みをつくるのが私の責務です。

デジタルの世界はある意味、どんな巨大企業ともフェアな戦いができるチャンスの場

——今の時代、紙メディアはなにか新しいことをやらないと、若手が入ってこないという状況もあるのでしょうか?

新入社員の採用面接を担当して意外だったのは、週刊文春 編集部を希望する人が増えていることです。新聞やテレビが元気のない状況で、週刊文春にジャーナリズムの光明を見出してくれている若い人がいます。取材を思う存分できる環境があれば人は来るわけです。

私は週刊文春の記者が大切にすべきなのは「3K」だと思っています。まずは「好奇心」。「とにかく気になる、知りたい」という人間の欲です。そして「志」。世の中に対して「こんな不正義が許されていいのか」という憤りや「世の中をよくしたい」という気持ちがないと続きません。最後は「功名心」。これは、記者ならみんな持っていてほしい。コンテンツをつくっている以上、より多くの人に読んでほしいはずです。どれかが突出してもいびつになる。正義ばかりふりかざしても、読んでいてしんどくなる。この三つがいい形でカクテルされているのが週刊誌だと思っています。編集長になるともう一つの「K」が加わります。それが「金」です(笑)。この四つでバランスよく大きな四角形をつくれるのが、いい編集長だと思っています。

——最後に、紙メディアがDXを推進する際に必要なことを教えてください。

結局DXをする上で大事なのはコンテンツの力です。これまではある意味、デバイスの壁に守られてきました。今残っている新聞社は新聞の世界で、テレビはテレビの世界で、雑誌は雑誌の世界で勝ってきたんです。しかし、デジタルの世界ではNetflixのような企業と戦って、可処分時間を奪い合う必要があります。圧倒的に負けない、少なくとも日本では絶対に負けない武器がないと厳しい。デジタルの世界では「ここにしかないモノ」にしか課金してくれません。

しかしこれはチャンスでもあります。これまで週刊文春は一番売れていた時代でも100万部ほど。新聞の部数には絶対に勝てなかった。しかし、デジタルの世界、たとえばYahoo!ニュースの世界では同じ土俵の勝負になるわけです。2,000名以上の記者を抱える新聞社に対して、うちは31名ですが、それでも対等に戦える。今はメディアの世界も気候変動の時期です。身体の大きな恐竜は不利ですが、われわれは小回りの利くネズミ。これからも素早く、自分たちの強みを活かして勝負を仕掛けていきます。
加藤 晃彦
株式会社文藝春秋 週刊文春 編集長

1997年4月、文藝春秋に入社。営業部、『Title』編集部、2001年『週刊文春』編集部に異動。記者として大島理森農水相の秘書官の6,000万円口利き疑惑を報じ、大島氏は辞任。その後、『Number』広告部、月刊『文藝春秋』編集部を経て、2012年『週刊文春』特集班デスクに。下村博文文科相の政治資金問題、甘利明経済再生相の現金授受問題など主に政治記事を担当。2018年7月、『週刊文春』編集長に就任。

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