「現代ビジネス」「FRIDAYデジタル」の成功から生まれた新会社「KODANSHAtech」。講談社のデジタル変革の舞台裏。

現在、DX推進に必要性が論じられる中、大企業においては組織の大きさから、既存のルールなどの制約も多く、思うようにDXを進められないという悩みを抱える企業も多いようです。大企業がDXを推進するためにはどのような手段が有効なのでしょうか?

そんな中、創業100年を超える大手総合出版社 株式会社講談社は、デジタルメディアの研究・開発に特化した新会社KODANSHAtech合同会社を設立し、紙からWebへとコンテンツを届ける範囲を広げています。新会社設立の背景には何があったのか。これから出版業界はどのように変わっていくのか。KODANSHAtech合同会社ゼネラルマネージャーの長尾洋一郎氏にお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- KODANSHAtechは親会社内の部署が母体となって設立された
- 会社設立を行ったのは、エンジニアにとってより働きやすい環境を作るため
- 出版社の役割はキレイな誌面づくりから、ブランドを軸としたコミュニティづくりに変化してきている
- 編集者はこれまでの知見を活かし、デジタル領域でも特定のユーザーにストーリーを届けることができる
- これからは、ブランドやメディアに関わらず「届け方を売る」ビジネスを作っていきたい

「エンジニアが働きやすい環境を作るため」に子会社設立

ーKODANSHAtech合同会社立ち上げの経緯を教えてください

DX」という言葉が知られるようになる以前から、講談社ではITを活用して新たなビジネスを生み出す戦略を考えようという動きはありました。ただ、残念ながら、現場の編集者たちにはどこか他人ごとのような雰囲気があったのが現実です。紙の雑誌や書籍を作る仕事でキャリアを積んできた編集者からすれば、Webは、できあがった商材の宣伝を行うものというイメージが強かったこともあると思います。ですから、コンテンツをビジネスに落とし込む営業部門にIT戦略を考える部署が設置され、DXを引っ張ろうとしていた一方で、クリエイターとコンテンツそのものを作ることを生業にしている編集部門では、デジタルとコンテンツ作りの融合は散発的な「点」としてしか発生してきませんでした。

しかし私は、「Webは宣伝だ」というところで思考停止することは、編集者としての責任をまっとうしていないのではないかと感じていました。「編集」とは、書籍を発行する際に、紙や装丁にこだわるように、コンテンツを読者に楽しんでもらう周辺のあらゆる要素を大切にする仕事です。編集者は、ユーザーに届けるコンテンツのパッケージにも責任を持ち、そのコンテンツを最大限楽しんでもらえる形にしなければならないのです。

私が籍を置く部署は「週刊現代」「FRIDAY」といった、伝統的なジャーナリズム雑誌を扱っていますが、一方で「現代ビジネス」などのウェブメディアも展開しています。紙とウェブの両方に目を向けるからには、伝統的なコンテンツ作りの場面でも、UXをしっかりと設計し最適な形で届けられるように、編集部門も技術に関心を持ち、その可能性に挑戦することで「読者が情報を受け取るUX」というパッケージにまで責任を持つべきではないかと思ったのです。

そこで、デジタルを活かして、最適なコンテンツの形や届け方を模索し、継続的な開発・改善を行うため、社内でチームを立ち上げました。そしてそのチームを法人化したのが、今回設立したKODANSHAtechです。

ー最初は部署としてDXに取り組まれていたとのことですが、あえて新会社の設立に踏み切ったのはなぜなのでしょうか?

講談社という、多様な種類のコンテンツを扱う会社でDXを進めるには、もっと多くの仲間を集める必要があったからです。

私たちは、一般的な「発注者―受託者」の関係では切り離されているエンジニアと編集部の距離を縮め、コンテンツプロバイダーの「内部」に技術知見を持つことで、コンテンツの可能性を広げるDXを生み出すことを模索しています。
しかし、ジャーナリズムからファッション、コミックまで、幅広い案件にコミットするにはエンジニアの数が足りません。新会社の設立以前は、フリーランスのエンジニアの中でメディアビジネスに興味のある人に集まってもらっていました。しかし、チームの拡大を企図したとき、他の企業に勤めているエンジニアに「フリーランスになってウチを手伝ってよ」と声をかけていくというのは、困難が大きいですよね。

そこで、エンジニアが、フリーランスの良いところとサラリーマンの良いところを享受しながら働ける組織を作りたいと考え、その環境を整えるべく新会社を立ち上げた形です。

組織制度を作るうえで参考にしたのは、社員が働きやすさにこだわる会社として有名なサイボウズ社でした。真似をしたのは、例えば、翌月に働く日数をマネージャーと相談して決めるという仕組み。弊社は兼業も推奨なので、エンジニアが「今月は週4だけど、来月は週3出勤にします」と自分の出勤日数を決められるようにし、フリーランス的にさまざまな案件にコミットして知見を広げる機会を作ったり、個人で勉強をする時間を確保したり、あるいは自分の人生を豊かにする活動をしたりと、生き方を選択しやすい環境を目指しました。

出版業界に求められるビジネスモデルの変革

ー出版業界には今、どのような変化が求められているでしょうか?

ビジネスモデルの構造自体を変革することが求められていると思います。

たとえば、大きな転換が必要な問題点のひとつが、女性誌の分野では顕著にあらわれています。これまで女性誌は、年齢層を軸にターゲットを設定し、クライアントから広告費を頂き、旬のモデルさんや女優さんをアサインして、豪華な紙面を作るのが事業の花形でした。しかし昨今、クライアントは自分たちで消費者に向けてダイレクトにマーケティングができるようになり、雑誌からどんどん遠ざかっています。

クライアントが、なぜマスにインパクトのある豪華な誌面よりも、ダイレクトマーケティングに移行してしまったかといえば、マスな発信ではターゲットにリーチする手法として、無駄撃ちになるコストが大きいと感じるようになったからでしょう。

出版界は、これまで「情報をマネージドな形にする」ことを職責だと捉えてきましたが、ターゲット像を発信者が勝手に規定して情報を届けるというスタイルは、どんどん厳しくなっています。講談社でも各女性誌ブランドがWebサイトを持ち始めましたが、読者層がリアルタイムに、より精密に計測可能な環境になってくると、伝統的な紙の編集と同じように「うちの雑誌はこの年代がターゲットだから」といった自己規定をしてみても、実際のターゲットとはズレが出てしまうということをWeb担当者たちは肌身に感じるようになっています。

会社としては、雑誌を作るために多くのリソースが投下されているにも関わらず、クライアントはより精密なターゲティングを求めている。一方で、ターゲティングのきくWebで訴求力を取り戻そうとしたとき、Webにこれまでの論理を持ち込んで戦おうとしてもユーザーに届けるのは難しいという現実に直面し、女性誌ブランドのWeb担当者たちは、より本質的なモデルチェンジをせざるを得ないと考えるようになっているのです。

そうした流れの中で、ユーザーのデータを見てコンテンツを変えることに取り組むブランドが増えましたが、私はその先に別のやり方があると思っています。

ーどんなやり方を思い描いているのか教えてください。

ひとつには、ブランドを軸にコミュニティを作り、そのコミュニティを使ってマネタイズすることを検討しています。

Webメディアのユーザーは、Yahoo!ニュースやLINEなど、多様なメディアの記事が掲載される、いわゆるプラットフォームからの流入が多いです。ユーザーからすると興味のある記事をなんとなくポチッと押しているだけで、そのリンク先のブランドが何なのかはほとんど意識していません。

そうした時代に、メディアブランド(ここでは雑誌名を指す)の価値はどこにあるのかと考えたとき、ひとつの見方として、メディアブランドによって、それをきっかけに情報を読んでもらうという発想を捨て、「メディアブランドとは、何かの対象にくっつけるハイクオリティを保証する付加価値のラベル」という整理の仕方ができるのではないかと考えています。「VOCEコスメアワード」「ViViモデル」「withガールズ」といった言葉が代表例ですが、メディアブランドがモノや人のラベルになっている。そして対象の付加価値を高め、あるいは権威づけする役割を担っていますよね。

我々が今後提供すべきなのは、ユーザーがメディアブランドを通じて、「読むもの」だけではない、そのブランドが付加価値を提供し得る、あらゆる存在に「繋がる」ことができるコミュニティなのでは、と考えています。そして、そのコミュニティ自体にメディアがコミットすることで、多様なビジネスモデルを展開できるとも感じています。

これまでは、せっかくViViやVOCEがにぎやかにしたモデルさんが活躍したり、商品が人気になったり、フォロワーが増えたりしても、そういう「メディアの周りで起きた動き」からは、我々には1円も入りませんでした。でもこれからは、何らかの収益が生まれるビジネスモデルを作れるのではと思っています。

ストーリーを届ける技術を磨き、時代に合わせたビジネスモデルを

ーブランドを中心にコミュニティを作る際に工夫していることがあれば教えてください。

ユーザーが求める情報を、適切なストーリーに仕上げて提供することです。

商品にしろ、人にしろ、すべての存在にはストーリーがあり、そのストーリーの魅力についてくるフォロワーがいます。メディアは、そうしたストーリーをより巧みに発信することで、共感してくれる人たちに届け、そのコミュニティをキープする「ゆりかご」になりえるのです。

Webの世界は確率論です。Web以前は、宣伝費をかけて不特定多数のマス向けにドンと広告を打ち、共感してくれる人にだけリアクションをもらう、対象数×確率という期待値の計算では対象数を増やす方法しかありませんでした。次にターゲティングが来たわけですが、個人の情報を企業が勝手に収集して分析するというのは、あまりよろこばれなくなっています。そこでSNSなどを活用した、共感を呼ぶマーケティングにみなさん腐心するわけですが、出版社のポテンシャルから言えば、雑誌が持つ編集とブランディングの力をとらえなおし、活用することで、「共感されるストーリーを編み出し(=編集し)、コミュニティを作りますよ」という形でビジネスを再定義することができるはずです。

編集者はストーリーを提供するプロです。その知見を活かし、リアルだけでなくWebを通してターゲットとなるユーザーにストーリーを届けられると考えています。我々自身は「コンテンツをデジタルの力で届ける」をもう一段抽象化して捉え、「あらゆるストーリーを特定のコミュニティに届け、楽しんでもらえるようにする」と置き換え、発揮できる価値を高めていくべきだと考えています。

ー今後の展望について教えてください。

ストーリーを届ける技術をもっと磨く必要があると思っています。クリエイターとともに、よりおもしろいストーリーを作る技術は失わないようにしていく一方で、そのストーリーの届け先を理解し、把握する技術を使いこなす知見の社内水準をもっと高める必要があるでしょう。

それらを磨き続けることで、もしかするとブランドやメディアに関わらず「届け方を売る」という商売もできるかもしれないと思っています。そうなると、ストーリーを届けたいと活動するあらゆる人に対して、ツールの提供ができるようになるかもしれません。

これからも、我々が持つ技術や知見を最大限活かしつつ、時代に合わせたビジネスモデルを作っていければと思っています。
長尾 洋一郎
KODANSHAtech合同会社ゼネラルマネージャー
株式会社講談社 第一事業局 第一事業戦略部 副部長 事業戦略チーム

1982年生まれ。東京大学で数学を学んだのち講談社入社。文芸局(当時)で小説の単行本編集を経験したあと、「週刊現代」編集部へ。雑誌ジャーナリズムの現場で硬軟多様なテーマを取材。2017年、「現代ビジネス」編集チームに異動、ウェブメディアに関わる。2018年、社内エンジニアリング集団である事業戦略チーム(通称「techチーム」)発足。2019年、同チームの法人化を提案、KODANSHAtech合同会社を旗揚げ。

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