売上、客数、調理時間など、KPIを全公開。「クリスプ・サラダワークス」のデータドリブン経営は外食業界をどう変えるのか

“外食業界の働き方”を想像したとき、どのような光景が思い浮かぶでしょうか? 「背中から学ぶ」というような、感覚的な働き方をしていると想像する人は多いはずです。しかしそんな外食業界において、さまざまな観点から指標を設けてデータを取り、売上から客数、LTV(顧客生涯価値)やアプリユーザーの離脱率も含め、自社が指標にするKPIをWebサイト上で全公開している一風変わった「カスタムサラダ専門店」があります。
「日本の外食を、ひっくり返せ。」という衝撃的なフレーズのもと、データドリブンという今までの外食業界にはなかった視点でイノベーションを起こそうとしている「クリスプ・サラダワークス」の運営企業、株式会社CRISPとは一体どんな企業なのでしょうか。今回は代表取締役の宮野 浩史氏に、データドリブン経営のきっかけや、それが現場にもたらした影響、今後の展望についてお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- これまでの外食業界では、勘や経験が経営の行く末を決めていた。

- KPIを公開することで自分たちが外食業界のベンチマークに。

- データドリブン経営が曖昧さを回避し、不安なく働ける環境に導く。

- データを使うことで、ユーザーが感じる体験の価値を最大化していく。

外食業界では“占い”が舵取りの指標だった⁉︎

——CRISPのデータドリブン経営が生まれた背景を教えてください。

我々がデータドリブン経営を行う理由は、外食業界の持つ性質と、それによる課題を解決するためです。外食業界は他業界よりも勘や経験が重視されることが多い業界です。我々はその勘や経験を“占い”と呼んでいるのですが、外食業界はそんな“占い師”が活躍している業界なのです。多くの業界はさまざまなKPIのもとに出されたデータを使って経営の舵を切っていますが、外食業界は経験則という数字などの裏付けがないところから出る「こういう動きをすれば売れる」という考え方のもとに動いています。なまじ、それで成長できてしまう部分もあるのですよね。

——“占い”で物事を決めてしまうことの弊害を教えてください。

“占い”には根拠やロジックがないので、“占い”で決定した物事や結果に対して議論ができません。PDCAを回すことができないため、得た結果を次のアクションへ反映することが難しく、持続的な成長ができなくなってしまう場合もあります。

「プロモーションした新商品が売れに売れた」という事象があった場合を例にあげると分かりやすいかもしれません。“占い”、つまり勘や経験則だけでこの事象を捉えてしまうと、購入したユーザーの属性を正確に把握できず、その後のユーザーの動きも追えないので「実はほとんどのユーザーが『買ってみたもののいまいちだった』」という感想を持っている可能性を考えられないまま終わってしまうのです。

——他業界の人たちが驚く場面も多そうですね。

そうですね。他業界からの転職者が活躍する土壌を整えられないという点でも弊害があります。本来成果を出せるはずの他業界の優秀な人材が、外食業界だと成果を出せないというパターンも多いですね。これはその人たち自身に経験則がないことに加え、外食業界がしっかりとデータを残していないためです。他業界の優秀な人材が活躍しづらい環境は、業界全体のデメリットですし、本人のフラストレーションにもなります。事象や情報のファクトを見える化することで、PDCAが回せるようになり、外食業界の外からきた優秀な人材が活躍できるようになります。

データの公開で外食業界の意識を変える

——データを重視するだけでなく、自社のKPIをWebサイトで全て公開しているのにはどのような理由がありますか?

社内のデータを公開しているのには、主に二つの理由があります。一つ目は、我々のデータを公開することで、外食業界全体がデータを使っていくことへの意識を持ち、ともによりよくなれれば、という願いからです。実際、我々もデータドリブン経営を行っていこうとしたときに、ベンチマークにできる外食業界の企業がありませんでしたし、今もほとんどない状態です。比較しようにも先立つデータがないので、自分たちが叩き出している数値がよいのかどうか、正しい方向に進んでいるのかどうかが分かりません。我々が率先してデータを開示することで、他の企業が我々のデータをべンチマークとして利用してくれればと考えています。

——外食業界全体の底上げですね。もう一つの理由はなんでしょうか?

採用広報の側面もあります。先に話したように、多くの人が外食業界に対して「勘や経験則がものをいう世界」というイメージを持っているのではないでしょうか。そんななかで「データドリブンな経営をしています」と口では言っていても、実際どうなんだろうと思われることが多いと思います。実際にどのようにデータを出しているかを見ることができれば、「自分はこの会社でこういうことができるのではないか」という働くことへのイメージをつけやすくなります。

——外食業界の外の人が業界に入ってくることのハードルを下げる、というイメージですね。

本社勤務の人を採用する場合はそのイメージですね。実は同じ外食産業でも、我々のデータドリブンな経営に共感してくれる人が多くいます。マネージャーや店長など営業の根幹となるポジションにいる人たちは、データが取れていない、上手に活用できないという“暗闇のなかで働いている”ような現状にフラストレーションを抱えていることも多いのです。

データを公開することで、フラストレーションを持ちつつも「外食業界が好きで今後も働きたい」と考えている人に「ここならよりよい働き方ができるのでは」と感じてもらうことができると考えています。そういった外食業界の人はすでに経験則も持っているので、データと掛け合わせることができれば、大きな強みになります。データがあるおかげで情報のキャッチアップが早くなりますし、すでに持ち合わせている経験と合わせることで、業務の習得スピードや管理・接客の方法も変わってくるのではないでしょうか。
CRISP METRICS (2023年1月19日時点)

CRISP METRICS (2023年1月19日時点)

データドリブン経営が現場にもたらしたものとは?

——データドリブン経営を行ったことで、実際の店舗運営には変化がありましたか?

ユーザーの声を正確に把握して接客を行うことができるようになっています。月間で平均1万〜1.5万件ほどのユーザーがアンケートに答えてくださっているのですが、このフィードバックが15分単位のリアルタイムで入ってきます。ユーザーの来店記録などのデータも見ることができるため、アンケートに答えてくれた人がいつ来店してくれた人なのか、といったことを把握できるのです。

例えば、「店内が寒い」というアンケート結果があったとき、同じタイミングで来店してくれた他のユーザーのアンケートも確認することで、その意見が「多くの人が感じた意見」なのか「そのユーザー特有の意見」だったのかを把握することができます。これまでのユーザーアンケートというのは非常に匿名性が高く、一度のクレームでパートナー(クリスプ・サラダワークスではスタッフをパートナーと表現)が萎縮してしまい、思うような接客ができなくなるということがありました。ユーザーの行動データもふまえてアンケート結果を分析することで、意見の母数が分かりやすくなり、曖昧な情報だけを把握して不安を抱えたまま接客するということがなくなります。

マーケティングなどに関しても同じです。「値引きはブランドイメージを損なう可能性がある」などの思い込みで行動しなかった部分も、データを取って適切に判断することで「値引きを行うことで新たなファンを取り込める可能性がある」というメリットに気づくきっかけになる施策に舵が切れるようになります。

——本社勤務の社員に関しては、データドリブン経営による変化はありましたか?

本社勤務のメンバーはそもそも外食業界の出身者が少ないこともあり、変化がもたらされたというよりは、「彼らにとって当たり前の環境」を整えてあげられたという表現が適切かもしれません。ファクトが見えないなかで闇雲に仕事をさせて、とりあえず成果を出してほしいとはこちらも言いづらいですよね。データドリブンな経営をすることで、成果へのコミットを求めることもできるようになります。

——本社勤務のメンバー以外は、データを見ることに慣れていない場合もありますよね。これを解決するための育成は行っていますか?

無理矢理にデータを見てもらおうとするのではなく、あくまで成果を出すためにデータやテクノロジーを適切に使える環境を整えています。データを見ることが大事なのではなく、そのデータを活用したり、それをもとに意思決定したりということが一番大切です。

例えば、店舗のマネージャーはパートナーとコミュニケーションを取って、いかによりよい接客ができるようにトレーニングするか、より快適に働いてもらえるオペレーションを構築できるかという点が重要な職務です。データを見ることでファクトを正確に把握したり、ツールを使用することでシフトを自動管理したりできれば、マネージャー本来の職務に注力できますよね。マネージャーの仕事に注力することが、マネージャーとしての評価基準を満たす要因になるので、おのずとデータを確認したりテクノロジーを利用したりという仕事の進め方を取り入れるようになります。
CRISP SALAD WORKS 麻布十番店

CRISP SALAD WORKS 麻布十番店

データの力で「体験の価値」を最大化させる

——CRISPが次のテーマとして掲げる「接客のマネタイズ化」とはどのようなものでしょうか?

データを使って、ユーザーの店舗での体験に価値をもたらす、というイメージです。例えば、生ビールの原価はすでにほとんどの人に知られているなかで、それでも1杯に1,000円近く支払われることもありますよね。「このお店ならビールに1,000円払ってもいいな」「接客がいいから1,000円でもついつい注文してしまう」という感情による場合が多いはずですが、それは原価と価格の差額の部分を“体験の価値”とみなして支払っていると捉えています。外食業界は「食べる」を売っていますが、すでに「美味しいのは当たり前」になっていて、価値が「食べる」そのものに紐づいていることはそう多くありません。つまり我々は、ものを売っているのではなく、接客を通して体験を売っているのです。

——接客のマネタイズ化の実現にも、データドリブン経営は寄与してくれそうですね。

パートナーの接客とユーザーのLTVをしっかりとデータで紐付けることができれば「ユーザーによりよい体験を提供する接客とはどんなものか」をファクトで把握することができますし、接客と体験の価値の相関関係をデータ化することでパートナーの時給設定もよりロジカルに行えます。プロモーションにお金を使うよりも、接客で企業に利益をもたらしているパートナーに適正な時給で還元しようという判断も可能になるのです。

——データドリブン経営やテクノロジーの活用で、メンバーが本来の職務にあたれることは今後の事業拡大にメリットが大きいですね。

そうですね。ただ、企業というものは大きくなればなるほど、一人当たりのユーザーに与えられるバリューが減っていく傾向にあります。外食業界は特にその傾向が強いですね。1,000円という値段を、個人経営の定食屋であれば普通に支払えるのに、チェーン店だと高いと感じてしまうのはそのためです。ゆえに、チェーン店などは薄利多売傾向になっていきます。

一つだけの店舗展開であれば、一人ひとりのユーザーに高いバリューを提供する、というのは能力さえあれば難しくありません。しかし、我々は企業のスケールと高いバリューを両立させたい、1,000店舗になろうがユーザーへのバリューを最大化したままサービスを提供したいのです。本来企業が大きくなり社員数が増えていけば、能力が高い社員の数も増えていき、提供できる価値は上がるはずです。外食業界はそれができていません。データを使って、そのような外食業界の“負の常識”をひっくり返す、というのが我々の目標です。

宮野 浩史

株式会社CRISP 代表取締役 CEO

1981年千葉県生まれ。15歳で渡米し、18歳のときに現地で飲食業を起業。22歳で帰国し、タリーズコーヒージャパンで緑茶カフェ業態に5年携わる。その後、ブリトー&タコス専門店「フリホーレス ブリトー&タコス」を立ち上げる。現在はカスタムサラダ専門店「CRISP SALAD WORKS」の展開を通じて、デジタルトランスフォーメーションで既存の外食業界にイノベーションを起こすことを目指す。

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