2010年代になり、InstagramやTikTok、TwitterといったSNSが普及したことを背景に、自社で企画し、生産した商品やサービスを流通業者や実店舗を介さずに、自社が運営するECなどで直接、消費者に販売する手法が生まれました。自社のECサイトで販売するという手法自体は従来からあるもので、とくに新しいものではありませんが、ファッションアイテムや生活用品、美容関連商品の領域では、ほとんど採用されていませんでした。こうした分野の商品は卸売業者や販売店を通じて、店頭に並ぶケースが多く、また企画や生産自体も外部に委託するケースが大半でした。そのためアパレル業界を中心に、新しいビジネスモデルとして注目を集めることになりました。D2Cと呼ばれる、このビジネス手法について、詳しく解説していきます。
D2Cとは
D2Cは「Direct to Consumer」の略で、直接、消費者に販売するビジネスモデルを指しています。従来は、製品を販売するメーカーやブランドは実店舗を持ち、そこに来店されたお客様に向けて販売するか、製品を販売してくれる店舗を獲得し、流通業者を通じて、その店舗に製品を卸すことで自社以外のチャネルを使って販売を行っていました。対して、D2Cでは自社で企画・生産した商品を、自社ECサイトなどのチャネルを使って直接、消費者に販売します。そのため従来のビジネスモデルと異なると言われるわけです。
SPAとの違い
D2Cは直接、自社のECサイトを通じて消費者に販売します。同様にメーカーやブランドが自社の運営する店舗で消費者に直接、販売するビジネスモデルがあります。それがSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)です。ECサイトで直接販売するD2Cと、店舗で直接販売するSPAという違いがあるわけです。
SPAとは
SPAは「Specialty store retailer of Private label Apparel」の略です。リアルな店舗を持ち、そこに常駐する店員が一般消費者に対して直接販売をする製造小売業のことを指します。たとえば代表的なSPAブランドといえばユニクロです。同ブランドはECサイトも持っていますが、自社の店舗での販売を中心としたSPAだと言えます。ユニクロの商品は他のアパレルショップには卸しておらず、自社で運営する店舗でのみ販売されています。こうした自社で開発した製品を、自分たちの店舗で消費者に販売するビジネスモデルがSPAです。
SPAとD2Cの大きな違い
では、SPAとD2Cではどんな違いがあるのでしょうか? 自社が運営する店舗に、自社で企画・生産した製品を並べ、そこを中心に販売を行うビジネスモデルがSPAです。D2Cも自社で企画・生産した製品を取り扱うという点ではSPAと変わらないのですが、販売するチャネルが自社のECサイトになります。D2Cではリアル店舗を持たないことによるコスト削減も可能になります。またリアル店舗がないことで常に在庫を抱える必要もなければ、それを売りさばいて、利益を確保する必要がなくなるため、その分の資金やスタッフをブランディングに注ぐことができます。
D2Cのメリット
2010年代に入り、アパレル業界を中心にD2Cを採用したブランドが続々と登場しますが、なぜD2Cがもてはやされるようになったのでしょうか?D2Cでビジネスを行うメリットについて解説します。
D2C企業の特徴① 販売チャネル
D2Cの特徴のひとつが販売チャネルです。商品を取り扱ってくれる店舗を探し、そこに卸すのではなく、実店舗も持っていません。主な販売チャネルは自社のECサイトです。したがって、店舗を持ち、販売スタッフを雇用するコストが不要になります。実店舗を中心に広くビジネス展開するためには、多くの店舗を保有する必要があり、そのコストは肥大していきます。D2Cブランドのなかにも、実店舗を持っているところもあるのですが、そのようなケースではブランド体験の場や、顧客とのコミュニケーションの場として機能しており、販売を主な目的としていません。ECサイトでは試着したり、サイズや素材を確かめたり、直接、製品に触れることができないというデメリットもありますが、その分、低いコストで全国の消費者に販売することができます。
D2C企業の特徴② 商品数と在庫のコントロール
店舗を持たないD2Cでは、店内に多数の商品を陳列する必要性がないため、商品点数を絞ることも可能です。むしろ、点数を少なくしながら、ブランドストーリーの構築に力を注ぎ、競争力の高いヒーローアイテムに磨き上げた上で勝負しているD2Cブランドが多数を占めています。こうした商品点数の絞り込みもD2Cビジネスならではの特徴だと言えます。また、同時にそれぞれの店舗に在庫を抱えておく必要もなくなるため、最小限の在庫を持つだけで十分、ビジネスができます。
D2C企業の特徴③ 顧客データがファーストパーティーデータに保管
ECサイトを通じて、顧客の属性や購買履歴などさまざまなデータを取得することができますが、他のECサイトに商品を卸している場合には、データを集めるのにコストがかかるケースがあります。また、サイトによっては、ほしいデータが取得できないこともあります。その点、D2Cなら自社サイトでの販売になるため、ファーストパーティーデータ(自社データ)に保管が可能です。そのデータを活用して、商品開発に生かしたり、より精度の高いウェブマーケティングへの材料にすることができます。
D2C企業の特徴④ 顧客との1on1コミュニケーション
SNS時代の顧客とのコミュニケーションは1on1が理想です。多くの販売チャネルを使って、顔の見えない顧客を相手にするのではなく、一人ひとりの顧客と向き合い、それぞれの嗜好や要望に寄り添ったコミュニケーションをすることが大切になります。魅力ある商品を生み出していくことはもちろん重要ですが、ファンになってもらうための接点づくりもクチコミが力を持つSNS時代だけに、力を入れていく必要があります。こうした顧客との1on1コミュニケーションもD2Cの得意とするところです。
仲介手数料を最小限に抑えられる
商品を卸さずに自社サイトでのみ販売するということは、仲介業者が介在しないということになります。そのため仲介手数料といった中間コストが削減できることになります。浮いた分の費用は商品開発や価格、マーケティング投資に還元することによって、より良い商品を多くのユーザーに届けることが可能になります。
D2Cのデメリット
D2Cは時代にあったビジネスモデルということができますが、デメリットも当然あります。マイナス点を理解した上で、D2Cにチャレンジしてみるか、判断してみてはいかがでしょうか?
インフラの設備投資
D2Cでは自社のECサイトで販売を行なったり、商品のPRやブランドストーリーの構築のため、SNSやオウンドメディアを主に活用することになります。仲介手数料や店舗展開のためのコストがかからない一方で、自社サイトの構築やサイトの運営、あるいは物流の整備にはコストが必要です。そのためのリソースや初期投資の余裕がない企業の場合、D2Cの環境を整備するよりも、大手のECサイトやDSPを活用した方がコストが安くなる可能性もあります。
自社の認知度を高める宣伝活動が必要
独立性の高いD2Cブランドの場合、認知してもらうまでに宣伝活動に力を入れる必要があります。大型商業施設にテナント出店したり、繁華街に店舗を構えるといった手法を取らない以上、インターネットやSNSを活用した宣伝活動の結果が、認知度を左右します。自社ブランドに関心を持つターゲットはどんなペルソナなのか?そして彼らに響くブランドストーリーはどんなものなのか?戦略を立てながら、ブランディングしていくことが重要になります。
顧客が購入前に直接商品を確認できない
D2Cの最大のデメリットは、顧客が購入するまで、商品を確認する機会がないという点です。とくに洋服や靴などアパレル商品では、思っていた素材やカラーではなかったといったイメージの相違や、着てみたらサイズが合わなかったといったトラブルが必ず起こります。あらかじめそのような事態を織り込んで、お客さまが安心して購入できるような返品保証制度などを設計しておくと良いでしょう。
D2Cブランドの成功事例
最後にD2Cブランドの成功例として代表的なブランドを紹介します。
株式会社Sparty MEDULLA メデュラ
メデュラはサイト内に設けられた簡単なカウンセリングに答えるだけで自分だけのシャンプーを作ることができるサービスです。配送されたBOXに顧客の名前が印刷されているなど、1on1コミュニケーションを大切にしていることがうかがえます。一度処方すればサブスクリプション(定期配送)されるので、面倒な更新手続きやなくなったら追加購入するといった作業が不要な点も好印象です。
株式会社Next Branders Foo Tokyo フートーキョー
肌へのストレスを徹底的に排除したリラックスできるルームウェアを提供しているのが、フートーキョーです。「日本のいいものを日本のブランドが使って世界に発信する」というブランドコンセプトを持っており、メインターゲットである日本人が心惹かれるMade in Japan品質を効果的に訴求しています。また、ブランドに使用されているフォントもいかにも日本人らしい明朝フォントを採用するなど、日本ブランドにこだわってストーリーを構築していることがうかがえます。
株式会社クラシコム 北欧、暮らしの道具店
インテリア雑貨や飾らないミニマルな文化が浸透している「北欧」をイメージとしたブランディングを行っているのが、「北欧、暮らしの道具店」です。主にInstagramアカウントでブランド発信を継続して行っており、商品の価値を上手く伝えながらファンを獲得しています。ECサイトへの導線はInstagramですが、Instagramの購買機能が導入される以前から多くのフォロワーを獲得していました。そのため購買機能の実装は、コンテンツマーケティングを強みとする「北欧、暮らしの道具店」にとって追い風となっています。
D2Cブランドの成功例に見られる共通点とは
売り上げを伸ばしているD2Cブランドは、「認知を広げる活動」とファンづくりのための「ブランドエンゲージメントを高める活動」の両方に注力していることがわかります。新規顧客を獲得するためにSNSやオウンドメディア、そしてペイドメディアをバランスよく活用することで費用を抑えながら認知を拡大させている点が特徴になっています。一方で一度、獲得した顧客に商品を継続して使用してもらうために、離脱防止策になる1on1コミュニケーションを、自社データを活用することで構築しています。
従来の販売法と比べ、メリットも多いD2Cブランド
D2Cは店舗を中心とした従来の販売方法と比べ、コストも抑えられ、在庫を抱えるリスクも低いため、メリットの多い手法だと言えます。さらに広告媒体もマスメディアからSNSなどのメディアに移行しているため、時代にあったビジネスだと考えられます。他方でデメリットもあるため、D2Cで展開するのが良いのか、事前にしっかりと検討しておくことが大切です。