スタートアップの登竜門「IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO」優勝。介護テックabaが15年でたどりついた進化

2045年には65歳以上人口の割合が36.8%を占めるようになると予想される日本社会。超高齢化社会に突入しつつある我が国において、介護業界のDXは喫緊の課題です。しかし、介護者と要介護者の対面のふれあいが重視される介護の世界において、単なる効率化を求めるだけのDXは敬遠されてきたのも事実。そんな業界はコロナ禍を経てどのように変化したのでしょうか。前回のインタビューから3年。介護業界のDXに果敢にチャレンジし続ける株式会社aba 代表取締役の宇井 吉美氏にお話を伺いました。

性能を向上させ、価格を下げた排泄ケアシステム「Helppad2」をリリース

――前回の取材から約3年が経過しました。コロナ禍もあり、介護業界も当時の状況とは大きく変わったかと思います。当時の状況を教えてください。

前回の取材を受ける少し前に「Helppad」という排泄ケアシステムをリリースしました。これはベッドに敷くだけで尿と便のにおいから排泄を察知して通知する製品です。においセンサーを搭載したシート型なので、身体に何か機械を装着しなくてもよい点が強みでした。しかし、発売直後にコロナ禍となってしまったため介護施設に訪問に行くことができず、現場の課題も掴めなくなってしまいました。プロダクト自体にもまだ未熟な点があり、改良する必要性を感じていました。今振り返ると、本当に当時は大変でバタバタした状況でした。

―― Helppadの未熟な点とはどういった点でしょうか?

上手に活用いただいた介護施設さんもありましたが、メンテナンスの課題が浮き上がってきました。Helppadは透明のチューブからにおいを吸引しているため、おむつの外に尿や便が漏れた時に尿便が詰まってしまうことがたまに起きており、メンテナンスが少し大変という声を頂いておりました。

さらに値段も少々高額でした。一般的に流通している高齢者向けの見守りセンサーと比較すると1.5倍から2倍ほどの価格になってしまいます。それらの反省点を踏まえて改良を重ねたのが今回リリースするHelppad2です。

改良点は製品のベルトのなかにセンサーを埋め込んだことです。センサー自体の性能を改善したことに加えて、排泄物の近くにセンサーを配置したことで検知機能が大きく向上しました。チューブが付属していないので、メンテナンスも漂白剤を含んだぞうきんで拭くだけで終わります。価格も従来よりも下げることができました。

――従来よりも値下げができた理由を教えてください。

初代のHelppadと大きく異なるのはポンプを使用していない点です。初代では空気を吸い込むためのポンプが必要でしたが、ポンプは機械仕掛けのため部品数が多くなるため、どうしても原価が上がってしまいます。Helppad2ではポンプのようなメカニカルな機構がないため部品数を減らすことができ、その結果コストダウンが可能になりました。
Helppad2

Helppad2

デジタルとは、人と人とのふれあいを否定するものではない

――コロナ禍を経て介護業界でのDXはどの程度浸透しましたか?

コロナ禍でこの業界は大きく変わったと思います。施設には高齢の方が多くいらっしゃいますので、外部からの来客はなるべく控えてもらいたい。そこでどこの介護施設でもオンライン会議が当たり前になりました。電話での打ち合わせや商談にも限界があるので、必然的にオンライン会議が普及していきましたね。

それに伴い、介護施設の研修もオンラインに移行しました。複数の施設を運営している法人様の場合、従来は一つの場所に人を集めて研修を行っていましたが、コロナ禍では人が集まるリスクを避けるためにオンライン研修がメインとなりました。

――介護業界はDXが遅れているイメージがありますが、その理由はどこにあるとお考えですか?

やはり介護の仕事は対面で行うものなので、なんでもかんでも電話やオンラインで済ませることには現場としては抵抗感がありました。介護職の皆さんは雨の日も風の日も関係なく出勤されているので、我々メーカーにも同じ対応を求められます。これは当然です。そういった日常がベースにあるため、DXによる効率化や生産性向上という発想とリンクしづらいのです。

基本的に高齢者の方、障がいのある方は効率的には動けません。むしろそのペースに合わせて「自分らしく生きる」ことを支援する介護職の方に対して「人手が足りないなら、DXで生産性を上げましょう」とはなかなか言えませんよね。介護の現場にいる人たちは理屈ではテクノロジーの必要性を分かっていても、現場における使命とのギャップから折り合いをつけるのが難しいわけです。

けれども、コロナの感染が拡大して本当に首が回らなくなって、人間がやるべき介護の仕事にリソースを割くために効率化できるところは効率化するという方向に変わってきました。特に地方ではその傾向が顕著です。我々も出張で地方に行きますが、地方の人手不足は深刻で「ハローワークで募集をかければ人材が集まる」というのは都心部での話なんです。

――効率化一辺倒ではなかなか進まなかったDXですが、コロナ禍で否応なしにデジタル化せざるを得ない面が出てきたと。

我々メーカーも、現場の人と本当の意味で膝を突き合わせて議論をせず、効率化するか否かの二元論で話をしてきた面もあります。それがコロナ禍になって、デジタル化するべき点とするべきでない点がグラデーションで分かるようになってきました。デジタルとは、人と人とのふれあいを否定するものではなく、むしろ人間がやるべき仕事を守るために必要なものです。そのためにどんな仕事をデジタル化するのかを見極めることが大切です。

介護業界の現状を伝えるべく、すべてを賭けて参加したピッチコンテスト

――起業家の登竜門ともいわれる「IVS2023 LAUNCHPAD KYOTO」で優勝をされましたが、その勝因はどこにあるとお考えですか?

一ついえることは相当入念に準備をしたことです。コンテストで優勝して賞金がほしいのはもちろんですが(笑)、運営するLAUNCHPAD FUND代表の川村 達也さんをはじめとする皆さんのスタートアップにかける想いに応えたかったからです。なかでも川村さんの「やっぱり、スタートアップにはかっこよくあってほしい」という発言にはものすごく同意で、私も介護職の皆さんにはかっこよくいてほしいんです。日々ものすごく大変な仕事をやっているのに、それが世の中に理解されていない。

介護の仕事は本当に人類のために残さなければいけない職業で、そのために我々が最高のクオリティのケアテックを生み出して役に立ちたいと考えています。コンテストが終わって懇親会の場でとある参加者から「宇井さんは他の登壇者よりも熱量のレベルがぜんぜん違いましたね」といわれましたし、本当に今回はすべてを賭けて臨みました。今回のIVS2023 LAUNCHPAD KYOTOには、世界規模のピッチコンテストで優勝経験があるようなベテランの方が多くいらっしゃったので、私は介護業界で積んだ15年間の経験をすべて注ぎ込んでプレゼンを行ったことがよかったのかなと思います。

――主宰者の想いに共感したという点が大きかったんですね。

川村さんはプレゼンターの個性を消さないように上手くストーリーラインを考えて、適切なアドバイスをしてくれました。プレゼンの場では実際にHelppad2が作動するところをお見せしたかったのですが、さすがに会場でオムツをはいて実験をするわけにはいきません。遠目からだと分かりにくいし、時間もかかってしまう。一度は諦めようかと思いましたが、結果的には複数台のカメラを使って撮影した排泄実験の様子をプレゼンで流すことにしました。そのときも川村さんのアドバイスが背中を押してくれましたね。

これはテクニックの話になりますが、壇上には本格的な介護ベッドを持ち込み実演することで臨場感を出しました。来場者の多くは介護現場に足を運んだ経験がないので、具体的なイメージがしにくいんです。環境問題や途上国の貧困問題と一緒で、問題自体があることは知っているけれどイメージが湧かないとどこか他人事になってしまう。プレゼンの冒頭で、30年ほど前の排泄介護の写真をお見せするなど、介護の様子を伝えられるよう腐心しました。

「介護者の分身」としてのテクノロジーを活用する

――超高齢化社会に突入しつつある日本は課題先進国ともいわれています。介護業界のDXをけん引する立場として、どのように変革していきたいと考えていますか?

この業界にはまだまだテクノロジーを敵視する風潮がありますが、私から言わせればテクノロジーは介護者の分身なんです。Helppadは鼻ですし、カメラや見守りセンサーは目と耳、移乗支援機器は手足です。ケアテックは危険分子ではなく、介護職の皆さんの分身だと私は考えています。

介護現場では職員の皆さんが日々、自分たちの業務の記録を手書きで記録しています。それは非常に手間と時間がかかるので、センサーで自動記録をして効率化を図れます。また、現在は1時間に1回のペースで居室をまわる巡視業務がありますが、それもモニターを設置してすべて事務室から確認できます。これらの細かい業務はすべてデジタルの力で省力化して、職員が取り組むべき仕事に時間を割けるよう効率化を図ることができます。

――テクノロジーは介護職の分身、という考え方は斬新ですね。

センサーなどを活用して職員がわざわざ動かなくても、部屋のなかでどんなことが起こっているのか確認できるようにすることが重要です。我々ケアテック企業に求められているのは、職員の身体拡張を推し進めることだと私は考えています。

先ほどもお話ししたとおり、必要なのは効率化するべき業務とそうでない業務の見極めです。どんな業務を効率化して、空いた時間で職員は何をするべきなのか。そこを丁寧に整理する必要があります。我々はこれからも、介護現場の皆さんがやりたいケアを実践できるよう、伴走していきます。

宇井 吉美

株式会社aba 代表取締役

千葉工業大学大学院 工学研究科 工学専攻 博士後期課程 修了
中学時代に祖母がうつ病を発症し、介護者となる。その中で得た「介護者側の負担を減らしたい」という思いから、介護者を支えるためのロボット開発の道に進む。特別養護老人ホームにて、排泄介助の壮絶な現場を見たことをきっかけとして、排泄ケアシステム『Helppad(ヘルプパッド)』を製品化。「IVS LAUNCHPAD 2023」優勝。

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