電話一本、わずか20秒で「認知症疑い」を判定。AIで「認知症対策」はどう変わるのか
2022/12/13
9月21日の世界アルツハイマーデーにサービスの提供を開始した「脳の健康チェックフリーダイヤル」。「0120-468354」に電話をして、日付と年齢を答えるだけで、AIが自動的に認知機能の状態を判定してくれます。判定に必要な時間は約20秒で、その精度は93%。このプロジェクトの立役者が、NTTコミュニケーションズのビジネスソリューション本部 第一ビジネスソリューション部に所属する武藤 拓二氏です。自身の祖父母が認知症の患者になった経験からこのサービスを思い立ったという同氏に、誕生の経緯からパートナー企業との共創の形、目指す未来の姿についてお話を伺いました。
ざっくりまとめ
- 「脳の健康チェックフリーダイヤル」は、武藤氏の祖父母が認知症を患った経験から開発がスタート。電話をかけて日付と年齢を発話するだけで、AIが認知症の疑い有無を20秒程度で判定。
- 単体でのサービス提供だけでなく、介護施設、タクシー会社、金融機関との共創を進め、多方面から認知症の予防や早期発見を目指す。
- 今後は軽度認知症のさらに前の段階である「軽度認知障害」の疑いも発見できるよう開発を進めていく。
電話一本、わずか20秒で認知症の疑いの有無をチェック
私の祖父母が認知症になったことが大きなきっかけです。最初は父親が祖父を介護していたのですが、症状が進行することで父親すらも認識できなくなり、最終的には会話、意思疎通もままならない状態になってしまいました。祖母は70代の後半になっても地域コミュニティーセンターのイベントに積極的に参加し、周囲の方と交流するような社交的な性格でしたが、認知症になったあとは、ひ孫を連れて行っても覚えてくれず、認知症によって老後を幸せな記憶で満たすことができず、ただ消化しているように感じ、心の痛みを抱えた時期がありました。
認知症は早期発見であれば症状の進行を遅らせることができるといわれています。認知症で大変な思いをする人が少しでも減るように、いつでも気軽にチェックできるサービスとして、「脳の健康チェックフリーダイヤル」は生まれました。
――日付と年齢を答えれば20秒ほどでAIが認知症の疑いがあるか否かを判定してくれるとのことですが、どのような仕組みになっているのでしょうか?
まず、日付が合っているかどうかを判定します。医療機関で認知症の診断に使われている「長谷川式認知症スケール」というテストでは20問ほどの質問がありますが、そのなかでも「時間見当識」という当日の日付を答えられるかどうかという点が重視されています。そして、日付と年齢を答えるときの声の特徴も見ています。具体的には音圧や音の揺れ、発声のよどみなどですね。そういった情報から認知症の疑いがあるかどうかを判別するテクノロジーを用いています。
――電話で簡単な質問に答えるだけで93%の精度はすごいですね。電話形式にしたのは、やはり高齢者のことを考えてのことでしょうか?
高齢の方にも気軽に使っていただきたかったので、アプリやWeb上のサービスではなく電話にこだわりました。ダウンロードや事前の登録も不要で、自宅の固定電話でも携帯電話でも気軽に使えるサービスを目指しました。多くの方に使ってもらうため、まずは最小限の機能でリリースをしています。
――利用者の年齢や性別などの傾向はどうなっていますか?
チェック時に日付と年齢を答えていただいているので、今のところはその属性のみ取得できています。ただ、マーケットリサーチをするためにお客さまの情報を取得するという意図はありません。まずは、誰でも気軽に「脳の健康チェックフリーダイヤル」を使っていただくことを優先しています。リリース前はサービスのニーズがどれほどあるのか不透明でしたが、9月から10月時点で40万回以上のコールをいただいています。
――40万コールというのは事前の予想と比べていかがでしょうか?
かなり多いですね。当初は半年で100万コールを目指していたので、約1ヶ月で40万回というのは想像以上です。体重計に乗るような気軽さで、脳の健康状態をチェックできるサービスがあれば、これだけ多くの方に使っていただけるということが分かりました。
――利用者からの声やフィードバックは届いているのでしょうか?
ありがたいことに、発表以降、200件を超えるお問い合わせをいただいています。約半数は個人のお客さまからで、利用してみてのご感想をはじめ、健康相談をされる方もおられ、認知症への関心の高さがうかがえます。また企業さまからもぜひ話を聞きたいといったお声を多数いただいています。サービスのリリース時に、認知症で不安になる方が一人でも減る社会を実現したい、という理念に共感いただけるパートナー企業を募ったところ、こちらも多数の企業からご賛同いただきました。
介護施設やタクシー会社、金融機関と連携して新たな価値を提供
まずは、介護施設やジムなどと連携することで、認知機能の低下を予見したり、認知症予防につなげることができます。タクシー業界との連携も考えています。ドライバーの方が乗車前にアルコールテストを実施するように、脳の健康もチェックすることでより安全性の高い運転につながるでしょう。あとは金融機関ですね。テレフォンバンキングのサービスでは口頭だけで取引ができますが、そこで利用者の判断能力を判定する際にも、「脳の健康チェックフリーダイヤル」は有効と考えております。
検討中ではありますが、いずれは電話で判定を待つ数十秒の間に、利用者が興味を持ちそうな企業のCMを流すことも考えています。また、自治体などが行う認知症の啓発活動にも組み込んでいただくことで、サービスの認知度を上げるような試みも思案中です。
――金融機関との連携というお話がありましたが、認知症になると資産が凍結されてしまうリスクもあるそうですね。
このまま認知症患者が増加すれば、2030年には215兆円の金融資産が凍結される可能性があるといわれております。3年後の2025年には患者数が730万人になると予想されています。これは2015年の525万人と比較すると、10年で40%増加する計算になります。待ったなしの状態ですね。高齢者は若年層よりも資産が多く、このままでは資産の流動性が低下してしまうので金融庁も課題として捉えているようです。
誰もが認知症の不安を取り除ける社会を目指して
今後については二つのステップを考えています。手軽に脳の健康機能をチェックするサービスのニーズがあることが分かりましたので、第2のステップとしてさまざまなパートナー企業との協業を本格的に実施していきます。我々はこのサービス単体で何かを成し遂げられるとは思っていませんので、利用者の悩みを解決できるようなパートナー企業の存在が必須です。
第3のステップはサービス機能の拡充です。「脳の健康チェックフリーダイヤル」は、軽度認知症の疑いを判定するもので、医療行為ではありません。ご要望として、軽度認知症よりも前の段階を判断できるようになると嬉しいという声を多くいただいています。認知症の一歩手前の状態は「軽度認知障害」、もしくは「MCI(Mild Cognitive Impairment)」といわれており、この段階であれば運動やトレーニングなどの適切な処置を行うことで、回復する可能性があります。認知症は不可逆の病気なので完全に回復させることはできませんが、軽度認知障害はその限りではありません。認知症の手前の段階を発見できるようになれば、より認知症で不安になる個人や家族を減らせるでしょう。
――最後に、今後の展望について教えてください。
まずは、脳の健康チェックフリーダイヤルの機能をアップデートし、企業に対してSaaSのような形で提供できればと考えています。例えばタクシー業界では、乗車前に運転手の健康をチェックでき、さらに管理者が全体を把握できるダッシュボードの機能を持たせる、といったように、データの収集と分析の機能を持たせたSaaSでの提供を検討しています。
「脳の健康チェックフリーダイヤル」は白黒はっきりと判定するサービスではなくて、イメージしているのは体重計のような存在です。体重計に乗ることで自分の体調の変化や健康状態に気づくことができます。体重が増えたから運動をしようとか、食事を減らそうとか、ちょっとした行動の変化が起きます。我々が目指すのも利用後の行動変容となります。「脳の健康チェックフリーダイヤル」の精度を上げて医療機器にしたいわけではなく、毎日の体重測定のように認知症のチェックも生活習慣に組み込んでいきたいと考えています。
――誰もが気軽に脳の健康状態をチェックできる社会を見据えているんですね。
「認知機能が低下していると判定されたが、どうすればよいのか」といったお問い合わせも数多くいただいており、次のアクションに悩まれている個人のお客さまへの適切なご案内が求められていることを実感しています。現時点では認知症の疑いの有無のみの判定になりますが、いずれは介護施設や医療機関におつなぎしたり、パートナー企業のサービスと組み合わせて改善に向かう手助けをしたり、そういったサポートも拡充していく予定です。
多くの企業と会話するなかで実感したのは、深刻に高齢化の課題を受け止めて解決したいと考えている方が多いということです。マネタイズだけを重視するビジネスではなく、Win-Winを超えたような、理想に向かって共創するビジネスが生まれつつあると強く感じています。我々の理想とする社会の実現に向けて、新しい形のビジネスに育てていきたいと考えています。
武藤 拓二
NTTコミュニケーションズ株式会社 ビジネスソリューション本部
第一ビジネスソリューション部
入社より法人営業に従事。システム共通基盤提案を強みとし、複数の大型プロジェクトを手掛ける。金融戦略企画担当で営業戦略策定・推進業務を2年間経験。現在は金融機関向けの法人営業に従事。
一方、新規ビジネス創出チーム「人生100年」を部署横断で発足。40社を超える社外との意見交換を通じ、認知症にまつわる社会課題解決ニーズの高まりを実感。社会課題解決型BBX施策「脳の健康チェック」を共同発足、中核メンバとして参画。