『生成AI導入の教科書』著者・おざけん氏に聞く。ココで差がつく! 企業の生成AI活用術
2023/12/14
ChatGPTの登場以来多くの注目が集まる生成AIですが、企業での活用率は決して高いとはいえない状況が続いています。2023年6月に発表された帝国データバンクの調査によると、実際に業務で生成AIを活用している企業はわずか9.1パーセント。DXの時代において、なぜ生成AIは企業での導入が進まないのか。
今回は、生成AIの本質から企業での導入プロセスを体系的に解説したことでAmazonでもベストセラーとなった『生成AI導入の教科書』の著者であり、AI専門メディア AINOWの編集長を務める小澤 健祐(おざけん)氏を取材。企業のAI推進を支援する株式会社デジタルシフト AI イノベーション推進室室長 内田隼人氏が、企業が生成AIを導入して効率的に活用するための方法についてお話を伺いました。
Contents
AIがエージェントとなって業務をサポートしてくれる時代に
おかげさまでAmazonのベストセラーにもなり、多くの方にご覧いただいているのかなと思います。ChatGPTの登場以降、生成AIの活用術に注目が集まりましたが、僕はそれだけだとAIは社会に普及しないと思っていました。今年6月の帝国データバンクの調査では、実際に「業務で活用している」企業は9.1パーセントという数値が出ています。やはり本質的な企業導入について解説できる本が必要だと感じて執筆したのが本書です。Amazonのレビューを見る限り、そういった僕の想いが読者の方に伝わっているかと思います。
――私も拝読しましたが、ノウハウだけではなくAI導入の本質にも触れている内容だと感じました。
2017年からAINOWの運営や、各地での講演を通じてAIに関わっていますが、本質があまり理解されず技術面だけが注目されていると感じていました。ですので、今回の本では「絆創膏のDX」「作るAI」「使うAI」といった分かりやすい概念で解説をしています。「絆創膏のDX」とはいわゆる対症療法のことです。業務のあり方や組織のあり方を見直さず、業務上の問題を解決するためにSaaSを入れたり、専用のAIを独自に開発してきた従来のやり方です。これらはKPI化しやすい一方で、個別最適化しすぎてしまう課題があり、結果としてツールやAI環境がますます複雑化してしまいました。
これからはドラえもんのような「エージェントAI」と、個別の課題を解決するひみつ道具としての「ツールAI」に分けて考えることが重要だと考えています。ChatGPTのプラグイン機能で食べログやメルカリが使えますが、まさにこれはドラえもんに話しかけたらひみつ道具として食べログやメルカリを出してくれるようなイメージです。これからは「Microsoft 365 Copilot(※1)」のようにAIがエージェントとなって業務をサポートしてくれる時代になるでしょう。
※1 Microsoft 365 Copilot:生成AIを組み込んで、ワードやエクセルなどのOfficeソフトの作業を効率化させる機能。
全社で生成AIの活用率を上げるには、社内DBとの連携が必須
ベネッセホールディングスさん、日清食品ホールディングスさんなどの大手企業が全社に生成AIを導入し始めています。しかし、多くの企業では現状の活用率を伸ばすことに苦労しているのが現状です。活用率を上げるためには、社内のデータベースや業務ツールとの連携が必須になります。例えば、経費精算の方法は各社異なるのでChatGPTに聞いても適切な答えは返ってこないでしょう。その会社に沿った回答を得るために社内のデータベースや業務ツールとの連携が必要になるわけですが、ここまで実現できている企業はまだまだ少ないのが現状です。
先日OpenAI社が発表した「GPTs(※2)」は自在にカスタム可能で、特定の機能に特化した生成AIをつくることができます。この流れは今後主流になると僕は考えていて、生成AIを使ってベネッセさんはWebサイトの開発効率化を進めたり、日清食品さんは営業部門のスキル向上に取り組んでいたりします。特定機能に特化した生成AIは確実に増えていくでしょう。
※2 GPTs:コードの記述が不要で、特定の用途にカスタマイズしたChatGPTを作成できる機能。
――社内データベースとの連携が重要ということは、生成AIを導入する前にデジタイゼーションが必要になるということですね。
普段の議事録や業務資料などを10年間ずっと社内データベースに保存してきた企業と、業務資料を各自が別の場所で保存しているような企業では雲泥の差がつくでしょう。生成AIの意義は「デジタライゼーションに革命を起こす」ことにあると僕は考えているので、前段階であるデジタイゼーション、情報のデジタル化ができていないのは死活問題です。会社として生成AIを活用するなら全社でクラウドのストレージを統一して、日々のコミュニケーションもSlackなどで統一し、データの流れを交通整理することが大切だと僕は考えています。
僕が所属するディップはSlackの活用が進んでいて、ユーザーはゲストも含めて3,800人、チャンネル数は3,000個です。勤怠もすべてSlackで管理しています。結果、年間70万時間、月間900万件のメール削減に成功しました。生成AI導入の前にこういった環境づくりが大事なわけです。Slackを全社に導入しておらず未だに紙ベースで仕事をしているのに、生成AIを導入しようとしてもうまくはいきません。これからは、その業界で最も多くのデータを蓄積している企業がすべてを取る時代になるでしょう。
それぞれの業界に精通したエキスパートを集めた組織
建設業界の例ですが、ビルを建てるにあたっては国土交通省が定めた標準仕様書を厳守する必要があります。品質管理や耐震構造の基準などが厳しく定められており、それらをすべて把握するには相応の専門知識が必要です。海外の取引先であれば翻訳の問題もあります。銀行にも数多くの稟議書があったり、人材業界では質の高い求人原稿をつくるためのノウハウが求められます。その業界に特化した文書作成をはじめとする、自然言語に関連するタスクを洗い出す重要性は日々感じており、そこにバーティカルモデルの可能性があると思います。
――生成AIの導入においては組織づくりも重要だと書籍で述べられています。従来のAIプロジェクトとはどのような点が異なるのでしょうか?
これまでの「作るAI」の組織のメンバーは、機械学習エンジニアやデータサイエンティストなど開発に特化した傾向でした。これからの「使うAI」の時代にはドメインエキスパート、つまりそれぞれの業務領域に精通した人が集まるべきだと考えます。今までのAIやDX推進室は少数でも成り立ちましたが、生成AIは全従業員が使うことが重要なのでスコープもまったく違うものになります。そして中央集権的なトップダウンの組織ではなく自律分散型、つまり委員会形式のように権限を委譲して柔軟にプロジェクトを推進できる体制が適していると考えます。
ディップでは全国に250名以上の生成AIアンバサダーを配置して、それぞれの部署で生成AIの活用を推進しています。生成AIを普及させるには全社的な組織をつくることが重要であり、それが実現できるのはトップダウンなんですね。トップダウンの意思決定でボトムアップ型の推進組織をつくったわけです。
もう一つ重要なのが評価の仕組みです。アンバサダーによって社内の生産性にどれほどの影響があるのかについては、短期的な成果が見えづらい側面もあるので、まずは挑戦したことに対して人事評価でプラスの評価を加えることが重要です。これはディップでもまだ実現できていないのですが、人事評価とアンバサダー制度の連携は必要だと考えています。
人間とAIが共存する社会へ
僕のビジョンは「人間とAIが共存する社会」をつくることです。とても抽象的ではあるのですが、プラスにもマイナスにも偏らないAIに対する正しい理解を広げていきながら、社会の中で適材適所でAIが存在してほしいと思っています。そのために重視しているのは、第三者目線と当事者目線のハイブリッド型を目指すこと。これからもAINOWを継続させ、生成AI活用普及協会を発展させるだけでなく、AI普及のためにさまざまな取り組みを実現させたいです。
一番心がけているのは「広く、ほどよく深い」AIの知識を持つこと。一人ひとりの深さを尊重しつつ、広さでは誰にも負けないことを意識して普段から情報収集や発信を行っています。SDGsなど社会課題がより意識される今、AIの活用がより広がり、豊かな人間社会になるように努めていきたいと思います。
小澤 健祐(おざけん)
ディップ株式会社 AINOW 編集長 / 『生成AI導入の教科書』著者
Cinematorico 創業者 / COO。「人間とAIが共存する社会をつくる」がビジョン。ディップが運営するAI専門メディア AINOW編集長。AIベンチャー Carnotの事業戦略、生成AI教育事業を展開するCynthialyの顧問。AI分野の1000本以上の記事を執筆。AI活用コミュニティ「SHIFT AI」のモデレーター、ディップの生成AI活用推進プロジェクト「dip AI Force」の推進。著書に『生成AI導入の教科書』(ワン・パブリッシング)。