寿司、狩猟。教育の専門家がAI時代に「身体」を使った学びを深める理由【スタディサプリ教育AI研究所 所長・GUGA理事 小宮山氏による「AI時代の教育変革」連載 第4弾<前編>】

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人とAIの共存が当たり前になっていく社会において、教育のあり方を再定義し、アントレプレナーシップ教育を推進する必要がある。この考えのもと、リクルート スタディサプリ教育AI研究所の所長であり、一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)で理事を務める小宮山 利恵子氏が、「AI時代の教育変革」をテーマに教育現場の実情や事例を紐解く連載企画。

第4回となる今回は小宮山氏へのインタビューを通じ、AI時代に必要な学びのスタイルについて考えます。前編では小宮山氏の学びの遍歴から、モチベーションの高め方、ビジネスパーソンに必要なキャリアの棚卸しの方法などについて伺います。

机上の学習だけが学び、ではない

――まずは、小宮山さんのリスキリング歴について教えてください。

常に何かしらは学んでいますが、その学びが加速したのはやはりコロナ禍ですね。Coursera(コーセラ)というオンライン学習のプラットフォームで学ぶとともに、生身の身体を使った学びも始めました。

小型船舶操縦免許の一級を取得したのも、食品衛生責任者の資格を取ったのも、沖縄でダイビングのライセンスを取ったのもこの時期です。とりわけ当時は宿泊費が破格の安さで、那覇のホテルにも数千円で宿泊できたので、年の半分くらいは沖縄に行き、年間100回以上は海に潜っていましたね。

去年からは、寿司職人の修業を始めました。まず、店舗で4カ月間修業をして、今年の1月から6月までは職人養成学校の鮨 銀座おのでら 鮨アカデミーに通いました。昨年末には、網とわなの狩猟免許も取得しています。2025年の春からは東京海洋大学の大学院に通う予定です。

――短期間で多角的に学びを進めていらっしゃると感じますが、常にそうされていらっしゃるのでしょうか。

私の学びのスタイルは、1つの分野を集中的に学ぶ時期もあれば、同時並行でいろいろな分野を学ぶ時期もあります。1つの分野をひととおり学んだら、まったく別の分野に手を伸ばすこともあるし、複数の学びを同時に進めるときもある。

多くの人は、こういった散漫な学びのスタイルをおそらく許容しないことが多いと思います。でも私は、学びについて厳しいハードルを設けるのではなく、視点をあちこち移すスタイルでもよいと思います。そのほうがより視野が広がりますし、別の視点が入ってくるかもしれませんから。

――最初から高いハードルを設けるのではなく、本当に気の向くままに学べばよいと。

多くの人は「学び」と聞くと、机の上で学ぶスタイルを想像するかと思いますが、私はすべての事柄が学びだと考えています。そのためにはハードルを落としたほうがいいと思っています

ただ、仕事上必要な簿記や宅地建物取引士資格試験などの資格を取得するときは、短期で集中して勉強する必要があります。私が学んでいる狩猟やダイビングなどについては、すぐに仕事につながるかどうか分かりません。というよりも、そんなことはまったく考えていません。興味があって深く知りたいから学んでみる。生涯学習的な学びです。

身体を先に動かせば、モチベーションは後から湧いてくる

――小宮山さんが学び続けるモチベーションの源泉はどこにあるのでしょうか?

私はモチベーション=水物だと考えています。「モチベーションを上げる」のではなく、先に身体を動かせば脳は後からついてくると思っています。仕事場に行って本や資料を広げて5分ほど経てば、脳が「今、仕事を始めたんだな」と認識してモチベーションが上がってくるわけです。

私は出張のない週末には朝7時~11時までの4時間は、地元のカフェに行って仕事をしています。眠いときもありますが、シャワーを浴びて着替えてカフェにきPCや本を開くと、いつの間にかやる気になってるんですよね。モチベーションはあくまでも結果です。

――今新たに学んでみたいことはありますか?

来年からアラビア語を学び直す予定です。実は、20年近く前にチュニジアに留学しその後、駐日サウジアラビア大使館でアラビア語を学んだ経験がありますが、さすがに忘れてしまったので再び学び直そうと考えています。忘れたら学び直す。中長期的な学びはそれでよいと思います。変化の速い時代には、過去の学びがすぐに通用しなくなるリスクもありますし、そういう意味で私は過去の学びに執着がないのかもしれません。

私がテクノロジーの世界にいるからかもしれませんが、新しく学びたいことがあればそのときに学ぶ。その姿勢で良いと思います。それができるのは、私には教育という軸があるからだと思います。

確固たる軸をもとに、異なる分野の学びを組み合わせる

――小宮山さんの教育という軸は、どのように培われたのでしょうか?

私は母子家庭で育ったので、奨学金がないと高校にも大学にも行けない環境でした。勉強が好きか嫌いかではなく、それ以前の話でよい成績を取らないと学び続けられない状態です。

大学院時代に韓国に交換留学する機会を得て、学びに対する意識が変わりました。母子家庭での留学は無理だと思っていましたが、世の中にはいろいろな手段があって、それらを駆使すれば留学もできる。ドアを叩いていないのは自分だったことに気づいたんです。私と同じような家庭で育った子どもたちも数多くいると思うので、そういった子どもたちにも教育の機会を与えられる仕事に就きたいと思い、今に至っています。

キャリアを見ても教育が軸になっています。最初の国会議員秘書時代には、議員の教育政策の補助を通して立法についても学びました。その後教育事業を手掛けるベネッセコーポレーションでキャリアを積み、次のGREEではICT教育に携わり、同時にメディアで同教育の連載も担当しました。現在はリクルートでスタディサプリ教育AI 研究所の所長を務めています。

教育という軸の周囲に、現在学んでいる狩猟や水産といったカードがあります。教育×狩猟、教育×水産といった異なるカードを組み合わせることで、何か新しいことが生まれるかもしれません

自分を客観視して、手持ちのカードを把握する

――教育という軸があるからこそ、いろいろな分野の学びを柔軟に組み合わせられる強みが生まれるのでしょうか?

そうだと思います。 私に狩猟や水産のカードがあるように、皆さんもカードを持っているはずですが、手元のカードの存在に気づいていない人が多いと感じます。カードがあることに気づいていないから、「異なるカードを組み合わせて、何か新しいことをやってみる」という発想が生まれないのだと思います。

――多くの人がカードを持っているのに、その存在に気づかないのは何か理由があるのでしょうか?

スキルの棚卸しをしている人が少ないためだと思います。自分が好きなこと、得意なことの領域について棚卸しをする人はほとんどいないですよね。だから、自分の手持ちのカードが分からない。

アメリカは日本よりも転職の機会が多いので、自身のアピールポイントなどを頻繁に棚卸しする機会があります。日本はそこまで転職の機会が多くないので、どうしても棚卸しの機会が少ない。棚卸しをしてないから、自分の軸すらも分からない。であれば、これからつくってもよいと私は思います。

――自分のスキルの棚卸しをするにあたってのコツなどはありますか?

1つは可視化をすることです。私がリーダーシップを学ぶためにハワイ・East West Centerに留学したときは、「気分がよいとき」「気分が落ち込むとき」などのテーマを決めて、50個ほど書き出す練習をしました。どんなときに幸せを感じて、どんなときに気分が沈むのか。いろいろな視点から自分を客観視することです。

また、私が来年から海洋大学の大学院に通うにあたって、教育訓練給付金(※)を受給する予定なのですが、この給付金は対象プログラムの数が約16,000件 と膨大にあるんですね。その中から興味があるプログラムを受けてみるのもよいかもしれません。ケースにもよりますが私の場合は最大で学費の8割を補助 してくれるので、皆さんも活用しない手はありません。

※教育訓練給付金:厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際に、受講費用の一部が支給される制度。

<前編はここまで>
後編では、「仕事」「遊び」「学び」を一体化させる生き方、失敗を恐れずに行動を起こすことの重要性、学びのサンクコスト、生成AI時代に求められるポータブルスキルなどのテーマで、トークを展開します。

小宮山 利恵子

株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所 所長/一般社団法人生成AI活用普及協会 理事

衆議院、ベネッセ等を経てリクルートにて2015年より現職。国立大学法人 東京学芸大学大学院准教授。東京工業大学リーダーシップ教育院、ANA、熊本県八代市等のアドバイザーを兼務。テクノロジー/AI、五感を使った教育、アントレ教育の領域を中心に国内外問わず幅広く活動。著書に『教育AIが変える21世紀の学び』(共訳、北大路出版、2020年)、『レア力で生きる 「競争のない世界」を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA、2019年)など。早稲田大学大学院修了。

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